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解決済みの質問

日本の歴史の決め方

大学再受験をしようと勉強し直している者です。
日本史も何年ぶりかぐらいに勉強し直しています。
歴史が好きなので司馬遼太郎の小説や磯田道史その他諸々の学術書も読んで掘り下げていっているのですが、実はもっとも基本的なところで思うことがあります。

なんで大昔のことなのにこんなに詳しくわかるの?

です…はい。参考文献云々はわかるのですが、その参考文献も、意図があって書かれていることが多い中(例えば吾妻鏡は源氏より北条ことをかなり褒めているとか)、日本史の決め方は、これら同時代の文献を照らし合わせながら、学者たちが決めていっているのでしょうか。

むちゃくちゃ初歩的ですみません。

あとこれはもし良ければでいいのですが、戦国時代とか、幕末はなんでこんなに人気なのかです。
かくいう私も大好きなのですが、なんでこんなに人気なのかわかりません。確かに時代背景を考えると戦国時代なら群雄割拠、幕末なら維新の英雄のイメージですが、けど群雄割拠の時は他の時代でもあるぞと思ってしまいます。
私個人の推測では幕末は明治政府の正統性を主張するためのキャンペーン的な政策から、戦国時代は徳川幕府の幕藩体制になってからの各藩の正統性を主張するために、議論が活発になったからと思っています。

20後半になってこんな基本的なことをずっと疑問に思いながら過ごしていたのが恥ずかしいです。
私は学者でも何でもないものなので、この辺りに詳しい方がおられるなら、ぜひ教えて下さい!

投稿日時 - 2019-06-22 10:33:49

QNo.9628070

困ってます

質問者が選んだベストアンサー

>日本史の決め方は、これら同時代の文献を照らし合わせながら、学者たちが決めていっているのでしょうか。

「決める」という表現は厳密には正しくないでしょうけれど、「何が起きたか最も蓋然性が高いのは何かを考える」という意味に捉えれば(大まかに言えば)、そういうことです。ご指摘のように、歴史において史実の裏付けとなる史料(文献・絵画・金石文)などは、何らかの意図をもって書かれているので、鵜呑みにするのは危険です。しかし、それを十分認識したうえで、そうした一つ一つには限界のある史料を突き合わせてその正当性・妥当性を分析し、史実に迫ろうという「史料批判」の力を習得することは歴史研究をするうえで欠かせないことであり、プロの研究者はそのノウハウを持っています。

卑近な例ですが、回答者が60年近く前の小学校1年生の時に書いた「夏休みの絵日記」にはこう書かれていました。

「8がつ1にち きのうなまわくちんをのみました。ちゃいなまうぶるみたいでした。1ねんせいから3ねんせいまでは1じから3じまでです」
「8がつ3にち きょうぼくはにほんのうえんのよぼうちゅうしゃをしました。はりをさしているときはいたくないけどあとがいたいです」
「8がつ13にち きょうはいつかしたにほんのうえんのよぼうちゅうしゃの二かいめをしました」

何ということもない、1年生の夏休みの絵日記ですが、今読めば当時(1961年夏)ポリオ(小児マヒ)が大流行していて、夏休み中の小学生が学校でまとめて(ソ連から緊急輸入された)生ワクチンを飲んでいたことや、当時、これも流行していた日本脳炎の予防注射は10日後に2回目をしていたことなどがわかります。たかだか60年近く前のことでさえ、今は分からなくなったり忘れてしまったりしていることが少なくないのですが、こどもの「絵日記」も役に立ちます。

なお戦国時代や幕末の歴史が人気があるのは、社会が短期間に(ここ重要!)大きく変化した時代で、栄枯盛衰・勝ち負けがはっきりしているからと、適当に史料が残されていて(=失われていて)勝者にも敗者にも魅力的な人物がいたことがわかるからではないかと思います。

もちろん「魅力的な人物がいる」という点はいつの時代も本質的には同様なのですが、古代は史料が限られているため人物像を詳細に明らかにすることができず、逆に現在に近過ぎると史料が多過ぎることやその人物を知る人がなお存在することもあって、「一つの人物像に絞りにくい」傾向があるように感じます。

投稿日時 - 2019-06-22 15:17:31

お礼

回答ありがとうございます。
参考にさせていただきます。

投稿日時 - 2019-06-24 02:18:12

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回答(3)

ANo.2

>大学再受験をしようと勉強し直している者です。

野暮ですが、受験で合格したいなら司馬先生や磯田先生の本なんか読まないで参考書を読んだほうがいいです。司馬先生や磯田先生の内容はテストに絶対出ませんからね。

>なんで大昔のことなのにこんなに詳しくわかるの?

たいして詳しく分かっていません。日本史についていえば、古事記と日本書紀以前のことは魏志倭人伝しか資料がありません。だから邪馬台国がどこにあるかで論争になっているのです。
古代日本には、いわゆるヤマト政権あるいは邪馬台国の他にも出雲に大国があったことは間違いありません。出雲大社がありますよね。しかしその出雲大社がヤマト政権に組み込まれたのは古事記の「国譲り伝説」に曖昧に書かれた程度なので、どうやって出雲大社がヤマト政権に取り込まれていったのか全く分かりません。
で、古事記とか日本書紀とか吾妻鏡とかは「政権の公式資料」です。国家が公式に調査して発表したものですから、個人が書いたものに比べれば信用度は高い(現代でも個人による調査より、省庁から出される白書のほうが信用されますよね)のですが、当然その権力者にとって都合が悪いことは改竄されたり無視されることも沢山あります。有名なのは吾妻鏡で源頼朝の死について「落馬して死んだ」と極めてあっさりした書き方になっているってのがありますね。創業者の死なんだから、もうちょっとちゃんと書くべきで、あまりにあっさり書いたのがひょっとしたら書いた人はそこに裏のメッセージを込めたのではないかと勘繰ることもできますよね。
そしてその公式資料と、遺跡調査で出土したものを調べてつっつき合わせて推理していくわけです。
例えば公式資料である続日本紀に「長屋王」と記載されていた人物は、邸宅の遺跡が見つかって発掘調査したところ「長屋親王」と書いてある木簡が出てきました。以前から「長屋王って、実は親王だったのではないか?」という説はあったのですが証拠がないのであまり信じられていませんでした。しかし木簡が出てきたことから、俄然親王説が有力になったのですが、しかし木簡とても「書き間違えた」可能性なども捨てきれませんから、まだ決定打とはなっていません。

>戦国時代とか、幕末はなんでこんなに人気なのかです。

登場人物が多くてしかもみんな個性的でスターがいて、戦争があって展開も二転三転して物語として面白いからでしょうね。三国志が人気なのもそれです。
やっぱりスターが必要ですよ、物語には。三国志には劉備、曹操、関羽などがいて、脇役でも呂布や周瑜のような彼らだけでも主役ができそうな個性的な人物がいます。
戦国時代は信長、秀吉、家康の天下人の他に信玄公や謙信公、伊達政宗や真田一族のようなスターが沢山います。幕末も新選組を筆頭にして、坂本龍馬や西郷隆盛といったようなスターがいます。
それに比べると、平家物語(源平盛衰記)は源義経と武蔵坊弁慶というスターがいても物語の変化に乏しい(一発逆転的なものがない)ですし、太平記は物語に変化はあるけれどスターが足りない。

新選組なんて、太平洋戦争が終わるまではISみたいなテロリスト扱いだったんですよ。そりゃそうです、明治政府を作った長州の志士を斬りまくったんだから。戦前に子母澤寛が「新撰組始末記」というのを書いて、それを基にして司馬遼太郎が「燃えよ剣」などを書いて新撰組ブームが起きました。司馬先生は坂本龍馬という大スターをプロデュースしましたから、まあ幕末人気は司馬先生が作り上げたといっていいかもしれませんね。

投稿日時 - 2019-06-22 15:03:05

お礼

回答ありがとうございます。
お礼をすっかり忘れていました。すみません

投稿日時 - 2019-10-14 19:26:01

ANo.1

> 日本史の決め方は、これら同時代の文献を照らし合わせながら、学者たちが決めていっているのでしょうか。

決めるという言い方には違和感がある。歴史はすでに決まっているのです。学者がやっているのは,歴史がどのようであったかがわからないところを文献などで推測していきます。もちろん,できるだけ多くの史料を集めて相互に批判検討を行うことが重要なのはわかっています。

> 戦国時代とか、幕末はなんでこんなに人気なのかです。

社会の変化が大きいからではないですか?他の時代は人生は生まれたときからある程度決まっていて変化が少ないですが,戦国時代や幕末に生まれた人には一発逆転のチャンスが多かったのです。

投稿日時 - 2019-06-22 14:55:18

お礼

回答ありがとうございます。
参考にさせていただきます。

投稿日時 - 2019-06-24 02:17:55

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