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葬式と塩

葬儀から帰ったら家に入る前にお清めの塩と言いますが私らの宗派ではとんでもない失礼とされています。したがって葬儀のお引きものに塩は付いていません。昨日の宗派のお葬式には会葬御礼に塩が同封されていました。まぁいろいろ解釈はあると思いますがそもそもどぉして塩はお清めなんでしょうか?お寺様の説法でも人が亡くなるのは魂の聖地(仏国土)に戻るというむしろおめでたい出来事であるとされているようです。

投稿日時 - 2019-05-14 21:33:45

QNo.9616613

暇なときに回答ください

質問者が選んだベストアンサー

しきたり、風習などは数十年もあれば変わるそうです。
それだけ人間の記憶や考えはいい加減なものなのでしょう。
門徒さんの数は、仏教宗派では最大のはずなんですが、仏教及び葬儀の際には、重要視されていないような気がします。
例えば、香典袋ですが、門徒さんの葬式ではご仏前とかご香料とかを使用しますが、1970年代にベストセラーになった冠婚葬祭入門の本では、お葬式の香典袋は「御霊前」が一般的ですよ書かれていたらしく、それから以降は、ネコも杓子も、お葬式には「御霊前」と書いた香典袋を用意し、「ご仏前」は四十九日後に持って行くものだと認識したようです。
葬儀の終了後のお清めの塩も、そこには書かれていました。

まあ、お釈迦さまも葬儀の段取りは、在家信者に任せよとと言ったとか、日本の葬式仏教の歴史もキリシタン弾圧と関係があるようで、葬儀に本当に仏教が必要なのかという問題さえ出てきます。

塩が清めのために用いられたというのは、他の方も書いているとおりですが、一方ではサラリーマンの給与の語源であるサラリーも塩を意味していた訳で、地球上に暮らす人間、いや哺乳動物(馬などにも岩塩を与えます)にとっても、塩はかけがえないのないものとも言えます。

それは地球が炎の星から、海をたたえる豊饒の星に生まれ変わり、そこから生命が誕生した時からの物語に繋がるような気がします。
ですから、一方では塩を忌み嫌うものに対して使い、他方では褒美として使うということが生まれたのだと思います。

投稿日時 - 2019-05-15 10:53:48

お礼

ありがとうございます。そもそも仏教とお葬式は全く関係がありません。仏教の教えは人が生きていくための教えであり死者のためにあるのではないということです。仏前で導師様がお読みになっているお経は故人のためではなくそこに参列している方々を悲しみから安堵の世界に導いていただいているものと理解します。まぁ私もそろそろ順番が回って来そうな年頃ですのでしきたりにこだわらず生きていきたいと思います。しかし塩気の無い病院食は最悪です。

投稿日時 - 2019-05-15 21:35:36

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回答(4)

ANo.4

日本の神話で イザナギとイザナミの話がありますが イザナミは火の神であるカグツチを生んだために死んでしまい、黄泉の国(根の国、死者の国)へ去ってしまいます。
(この黄泉の国というのが「穢れ」)
イザナギは黄泉の国にイザナミを迎えに行きますが・・・・略・・・・
黄泉国での穢れを祓う為、イザナギは筑紫の日向の橘の小門の阿波岐原に行って、川の水で身を清めたという。

このあたりからきているのでしょう。
ここには 川の水と書いてありますが 他のところには海で清めたと書いてあるところも
https://nisinojinnjya.hatenablog.com/entry/20080624
潮で清めたので 塩で代用するという意味で使われるようになった。

神道は多神教ですから あとから仏教が入ってきても 自然に入り混じってしまうというような キリスト系の宗教には見られないことが起こります。
神道の中の塩の使い方が仏教にも使われるようになった といったところです。

投稿日時 - 2019-05-15 21:19:48

ANo.2

>葬儀から帰ったら家に入る前にお清めの塩と言いますが私らの宗派ではとんでもない失礼とされています。

以前は、仏式(創価学会葬を除く)では半強制的に「清めの塩」が付いていましたよね。
が、最近の葬儀では「必要な参列者は、お取りください」となっています。
我が家の宗派でも、「清めの塩」は存在しません。

>そもそもどぉして塩はお清めなんでしょうか?

色んな説がありますが・・・。
多くは「神仏習合の名残」との説が強いようです。
神棚には、「米・塩・酒」を供えますよね。
全て、「邪悪を清める・祓う」意味があります。
特に「塩」は、強力な力を持つのです。
「あの世とこの世の境」「自分と他人の境」を、結界として設けます。
1.死者が、この世に戻らない様に。
1.死者が、この世の者を(あの世に)連れ去らない様に。
現世でも、「嫌な来訪者だ。塩をまけ」と言いますよね。^^;
まぁ、古代の「死」は邪悪なものだったのです。
葬儀を見たら・霊柩車に出会ったら・・・。
全国各地で、色んな「おまじない」が残っています。
私が生まれた地域では、「親指?を噛む」事で邪悪な物から身を守るという風習がありました。

>お寺様の説法でも人が亡くなるのは魂の聖地(仏国土)に戻るというむしろおめでたい出来事である

通常は、その通りですね。
特に、浄土真宗系では「一切のまじないは信用しない」事になっています。
今流行の朱印もないし、お守りもありませんから・・・。
ただ、同じ仏教でも180度教えが異なる場合もあります。
どれが正しいのかは。誰にも分かりません。
教祖様でも、あの世は見た事がないのですからね。

投稿日時 - 2019-05-14 22:20:09

お礼

ありがとうございます。実は菩提寺は真宗大谷派です。最近のご当地ブームで御朱印を求めて参拝される方が多いらしいですがそお言うものはありませんと丁重にお断りしているそうです。

投稿日時 - 2019-05-14 22:59:37

神道では、死は不浄のものだから清めるので、神道的な文化なんでは?
神仏習合の時に、お互いが混ざり合った結果かと。

ただ、キリスト教でも、塩は魔除けの効果があるとされる場合もあるので、世界的に有効かとおもいます。
塩漬けにすると腐らないしね。
それを神秘と思われても仕方がない。

あと、気になるのは、仏国土や極楽に入れるのは悟りを開いたもののみで、一般人は入れないとおもいますが。
親鸞さんも、すぐに極楽に行けるわけではなく、現世では悟るための修行ができなかった人に対して、特例として、仮の修行場を用意してあげている。
その修行に失敗すれば地獄や現世戻りになるって話ですよ。

宗派が違うかもしれませんが、悟りを開いていない人は、仏国土や極楽に入れないとするのが、仏教だとおもいます。
そうでないと、極楽は俗人で溢れちゃうので、仏教徒なら、悟りを考えついたお釈迦さまはリスペクトしてあげて下さい。

余談が長くすいません。

投稿日時 - 2019-05-14 22:17:06

お礼

ありがとうございます。悟りですか。いわゆる小乗仏教の話になるかと思います。しかし日本の仏教は全て大乗仏教ですので悟りは必要ありません。むしろ普通の人間には無理な話です。あの空海さんも仏国土には到底到達できずに弥勒菩薩様の兜率天で修行中ということみたいです。

投稿日時 - 2019-05-14 23:10:17

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