みんなの「教えて(疑問・質問)」にみんなで「答える」Q&Aコミュニティ

こんにちはゲストさん。会員登録(無料)して質問・回答してみよう!

締切り済みの質問

なんでサムライは?

なんでサムライはパンチやキックや脳震盪を狙う技を使わなかったのですか?

投稿日時 - 2019-04-18 23:39:25

QNo.9608186

困ってます

このQ&Aは役に立ちましたか?

0人が「このQ&Aが役に立った」と投票しています

回答(7)

ANo.7

武士の本来のメインウェポンは、弓です。ですから弓道こそが本来の武士の嗜みで、徳川将軍は弓道の練習が必須でした。武家の棟梁として、弓道は必須科目だったのです。

弓が衰退したのは、単純に鉄砲という飛び道具が出てきたからです。こっちのほうが射程距離も長くて力も技術も必要ありません。弓を遠い場所に正確に射るには技術の他に筋力も必要ですからね。
代わって武士の必須科目となったのは、刀の扱い即ち剣道でした。パンチやキックをやるより刀で斬ったほうが確実に殺せますからね。

柔術も江戸時代にはありましたけれど、本当にマイナーな存在でした。柔術がメジャー武道になったのは嘉納治五郎先生の功績であります。
空手となると江戸時代は沖縄の武術でしかありませんでした。当時は「唐手」という字を宛てていたようです。明治以降に沖縄から本土に渡った人々によって本土に知られるようになりましたが、その存在を全国に広めた人は誰かと言われればそれは大山倍達先生なんじゃないかなあって思いますね。

投稿日時 - 2019-04-20 19:32:07

ANo.6

戦国時代なら、
戦は遠距離攻撃が主流で、
近接戦闘になれば槍が主流。
取っ組み合いの接近戦は敵の大将を討ち取るときに行なわれ、
このときは、
組討や捕手という古事記や日本書紀にかかれている相撲が
源流となった格闘業が使われていて、
この組討や捕手には打つ(パンチだけではない)や蹴り(キック)が存在していました。

なのでなかったわけではありませんが使う場面は非常に少なかったと思われます。

この組討や捕手が江戸時代に入り、
技や思想を洗練し、
柔術となります。

源平合戦の頃には、

矢合わせ、打物(太刀)で斬りあいのあとに組討に至るのが
一般的な一騎打ちの流れだったそうです。

投稿日時 - 2019-04-20 12:30:26

ANo.5

使います。
剣術の流派の多くは、平時に素手で戦うための技として柔術を伝えています。その中にはパンチもキックもあります。
テレビドラマや映画では、刀でチャンチャンバラバラとやらないと絵にならないので、やって見せないだけです。

投稿日時 - 2019-04-19 23:12:30

ANo.4

刀を持っているなら、刀を使った方が効率的だから。

投稿日時 - 2019-04-19 10:12:07

ANo.3

基本としては両手に刀を握るのですから、パンチは無いでしょう。
刀を持つ相手にパンチでは、リーチや速度で明らかに不利です。
キックですか?蹴り出した足を刀で払われたらお終い。どっちが早いか?同等の能力の人間同士なら、手に持つ軽い刀の方が早い。
第一、ルール違反では?
名誉ある武士はルールを尊ぶものでしょう、そうでない人も大勢いたようですがね。

投稿日時 - 2019-04-19 06:28:46

ANo.2

使いましたよ。蹴りはあまり無いですが、剣術の流派を漁れば打撃の技も型も幾つもあります。
鍔迫り合いからの頭突きが考慮されていると思われる型は、どの流派だったかな?

ただ基本的には手に鉄の棒を持っているので、棒で殴った方が早いし強いし安全です。なのであくまでも奥の手、というか、奇策の一種だったでしょうね。

投稿日時 - 2019-04-19 00:08:50

そりゃおととが大事だから。チョンマゲを首替わりに、苅る時も有るぐらい。剥き出しの頭皮ヘの慈愛心。武士道、みねうち、そんなさらけ出した急所は狙わぬ。

投稿日時 - 2019-04-19 00:03:26

あなたにオススメの質問