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締切り済みの質問

自己否定が強いと他人にも否定しがちと聞きましたが…

自己否定について調べていたところ、『自分に対して否定的であればあるほど、他人の許せない部分、気に入らない部分、嫌な部分が多く見え、他人にも否定的になります。』といった内容を複数の記事で見ました。
「自分は屑ですアカン奴です。他人様は別、兎にも角にも否定とかはしません」というスタンスな身としては、「そうなの?」と疑問です。
自分では自己否定が強いのだろうと思っているだけで実のところ私は自己否定が強くないから共感を覚えないのか、そうやって異を唱えるのが他人の否定なので間違ってないのか、あくまで『こういう人が多い』というのが断言的に書かれているからスタンスが違ってもおかしくないのか、どうなのでしょう?
皆様の御見解を賜りたい所存です。
回答よろしくお願い致します。

投稿日時 - 2018-12-04 16:33:58

QNo.9564554

困ってます

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回答(9)

ANo.9

恕の精神を持ちましょう
http://www.upgrowth.org/rongo/importance/
恕(じょ)は恕(ゆる)し、と意味し
自分を許せない分、人も許せないと言います。
大きな心をもって恕しましょうというのか恕の精神

投稿日時 - 2018-12-05 21:38:58

お礼

回答ありがとうございます。

投稿日時 - 2018-12-06 02:26:36

15chigo様

★回答者(婚活、人間関係、専門家)の「NISHISHINJUKU」と申します。私は東京で長年、結婚相談所をやって来た経験を活かし専門家としての立場で客観的に回答させて頂きます。

★結婚相談所という世界から回答した理由は、多くの老若男女が在籍しており、
御質問の様な人種も良くいるからです。


❶<基本的な事だけ回答申し上げます>・・

✚貴女が書かれた・・

✚「自己否定について調べていたところ、『自分に対して否定的であればあるほど、他人の許せない部分、気に入らない部分、嫌な部分が多く見え、他人にも否定的になります。』・・・は、一般的に言って正しいと言えます。

*ただし個人差は大きく、10人10色ですが、客観的傾向として言えるのは・・
『自分に対して否定的であればあるほど、他人にも否定的になります。』・という事です。


❷<これらは基本的に「心理学」の領域として科学的に分析してます>

✚専門的に言うと長くなりすぎますので、超端的、超簡単に言えば、

(1)そもそも、これらの「心理」は産まれた時点に遡り、親から「愛情」を受けて育ったか? 否か?がそのまま影響すると言う大原則です。

(2)親から、生まれながらにして「肯定感」を以て、育った子供は、その心地良さを産まれながらにして原体験するので、始めから「親から肯定されて」≒「愛されて」育って来た経過を知る事になる。

(3)その結果、今度は自らが他人を肯定出来るか?否か?という成熟された年齢になると、「愛されて肯定された経験」≒「今度は逆に相手に対しても、肯定する事を知っている」・・


(4)したがって「笑顔」を伴って他人を「肯定」する「心理的実感」が持てるので、ごく自然なうちに、自分が肯定されて育てられた様に、自分も他人に向けて肯定していく・・と言う単純なメカニズムです。


❸<すべては親子関係から来る伝承なので、不幸にも>・・

✚こういう経緯で肯定的に育てられずに、ともしたら「虐待」を受けたり「ネグレクト」で育った子供は、自分がされた様にしか他人にも出来ないので肯定など出来ないのが「心理学的解釈」です。

*あくまでも心理学の一般論ですが、個人差があり「個」の成熟度によって、自らの意識や努力で変えて行こうとする人種も多いです。

💛端的に言って、人は自分が生まれ育った様に・・そして親から愛された様に、そのまま真似して行く物だ‥と理解して頂けば単純に理解出来る事と思います。


★ちなみに「ダリア」の花をテーマ写真にしている理由は、同じダリアでも、
これだけ種類がある様に人間も無限な「10人10色」を象徴してます。

(PS)
★たまたま、今の瞬間に於いては、私は専門家回答者ランキングTOP(下記URL参照)におります・・・少しでも参考になれば、「お礼コメント」と「ありがとう」をクリック頂ければ励みになりますので、追加質問等があれば、ご遠慮なくお願いします。

参考URL:https://okwave.jp/ranking/professional/month

投稿日時 - 2018-12-05 04:14:10

お礼

回答ありがとうございます。

投稿日時 - 2018-12-05 14:05:05

ANo.7

概ねそんなところだと思います。
自己肯定感の低い人は、他者の絶対的な教えに縛られていることも多いです。
親が「お前はダメだダメだ」と言いつづけてきたから、自分で自分のことを「その通り」だと否定する。
その教えをたとえば他者に否定されると、自分の根幹が揺らぐので、全力で他者の否定に走るとかね。

また。他人への攻撃は、形を変えた自分への攻撃とも言われています。
自分で自分が許せないので、それを受け止めきれない場合、それが他者への攻撃へと転ずるということもある。
(その言葉を自分当てはめると、まるで自分に言ってるかのようであったり)
書かれているのは、この部分であるケースが多いのでしょう。

ほかにも。
質問者さんのことを「あなたは素晴らしい人だ」という人がいたら、その意見を質問者さんは否定しませんか。
質問者さん自身は他人を否定しないとはいっても、他人の(特に自分に対する)意見は、否定することもあるはずです。

結局、信じるものは自分の中にある価値観なんです。
自分の中に否定する材料が多ければ多いほど、他人の価値観も受け入れがたくなり、否定しやすくなる。
だからといって、どんなことに対しても同じだけ否定するわけじゃないのが人です。(あることには比較的大らかに意見の違いを受け止められても、あることに対してはどうしても受け入れられないは、あるあるです)

こういうものって、1か0かではないので。
そういう傾向は多く見られると受取られるくらいでいいと思います。

投稿日時 - 2018-12-05 00:39:55

お礼

回答ありがとうございます。
否定と言うか…想像するのも卒倒物でしたが何とか想像してみたところ、発言者は大丈夫かと心配になりました…。
そういうところか…。

投稿日時 - 2018-12-05 02:52:19

ANo.6

そんな感じではないかなと思います。私も若い頃、自己否定の塊でしたが、同じように「アイツもクズだ。コイツもゴミだ」なんて思っていました。あの頃は2ちゃんねるもTwitterも存在していませんでしたが、もしあの当時にそういうのがあったらすげえアンチをやっていたと思います・笑。

そういう強い自己否定って、自分への過剰な全能感の裏返しなんですよ。俺は本当は100点がとれるはずだと思い込んでいるから、70点だとイラつくのです。それで、こんな俺はダメなやつだという。本当の自分は全能だと思ってるのです。本人が自覚していないだけでね。
で、自分が全能の存在(のはず)ですから、周囲はバカに見えるってワケです。だから自分も周囲も否定となるのです。
また全能ではない自分に対するコンプレックスから、とにかく「足を引っ張る」ほうになるのでしょう。自分を成長させるより、他人の足を引っ張ったほうが楽ですからね。

私はあるとき「俺が俺の味方にならなかったら、いったい誰が俺の味方になってくれるんだ?」と気づいて自分を否定するバカバカしさに気づきました。
アメトーーク!の「ナルシスト芸人」の回で、品川祐さんが「僕ら(ナルシスト芸人)はアンチが多いから、誰より自分が自分のファンになってあげないとファンがいなくなってしまう」といっていましたが、そんな感じです。

質問者さんは、おそらくですが自分に期待していないタイプなのではないかなと思います。元々期待していないから、何かできると思っていない。なので、周囲の人たちに対してもはっきりいって期待していないのだと思います。だから周囲がどうだろうと気にならないんじゃないかしら。

だからなんというか、同じダメ人間でも「自分に期待しない」ほうが業が深いと思います・笑。だって自分に対する期待をやめたらもうそこに成長や改善はないじゃないですか。「いや自分はもうちょっとできるはず」があるから人間は成長できるのですからね。
どちらが多数派なのかは、他人の本音を知る術がないから分かりません。自分に期待はしていないが他人の足を引っ張りたいという人もそれなりにいるかもしれません。
あとややこしいことに、自分に対しては肯定的なのに他人には否定的っていう人もいますからね。この世にスターは私だけで十分よ、みたいな。

投稿日時 - 2018-12-04 20:00:50

お礼

回答ありがとうございます。
確かに自分については見限ってます。
驚く程向上心が無いです。
まさに屑。

投稿日時 - 2018-12-04 20:22:42

ANo.5

一般的に言われていることでも、疑いを持ってみることは良いことですね。
おそらく、無意識に否定してることについてはそうなるのでしょう。自分の持つ感情や衝動をすべて意識できている人はいません。て言うか、感情・衝動と意識は別系統ですから、自分の持つ感情や衝動をいくら言語化しても、理解したことにはならないと思います。だけど、同じ方向を向いている、と表現できる状態には出来ると思います。古い言い方でいう理性のことです。感情と理性が同じ方向に力をかける時、人のパワーは最高になるのではないでしょうか。禁煙したいけどできないとか、勉強に打ち込まなければならない時とか、そういう時にです。
「抑圧されたものは投影される」というのがあります。心理学での抑圧は社会学でのそれと違い、無意識でのことを指します。抑圧された自己否定は他者に投影される、のではないかと思います。

投稿日時 - 2018-12-04 19:47:07

お礼

回答ありがとうございます。
疑いを持ったというよりかは、気になった、という感じです。
自分はそんな感じがしないなと思ったので…。

投稿日時 - 2018-12-04 19:59:48

ANo.4

ケース・バイ・ケースですな。

そのような人も、そうでない人もいる
というスタンスの方が宜しいかも
しれませんよ。

自己否定にしても
《満足したらお仕舞い》という認識から
その種のスタンスを採用している人も
いるでしょうし、或る種の謙遜的なスタンスから
自己否定的な人もいるでしょうし~~~

その種の思考のジャグリングが
お好きなのか、趣味に近いのでしょうけれど、
現状を「短文」や「詩」などにしてみると
宜しいのではないでしょうか。
《短歌は、自分を見つめる詩形であり、
自分自身を発見する詩形である》と云っている先人が
いますので「短歌」を書いてみるのも
1つのスタンスになるでしょう。

ふろく:
[生れきて目指すものなしなめくぢら苔の築地を越えゆきにけり  (緒形光星)]
[近頃は過去の失敗が次々に思ひ出されて切なき日日よ (三馬昭一)]
[手の届かない目標を目指して歩んできたあの道この坂  (狩野和紀)]
[草わかば色鉛筆の赤き粉のちるがいとしく寝て削るなり (北原白秋)]
[平凡な人生って感じても星に住んでいるって思えばステキ  (冨田真朱)]

[萬華鏡この世は夢を見るところ   (中尾藻介)]
[ふだん着でふだんの心桃の花   (細見綾子)]
CiaoCiao.

投稿日時 - 2018-12-04 17:48:36

お礼

回答ありがとうございます。
ケースバイケースな事を断言して書くのは…どうなのでしょう…。
大半がそっち派なら良いでしょとかなのでしょうかね…。

創作は嫌いでは無いとは思うのですが、やると必ず(←本当に毎回、一時のテンションに身を任せて学習してないのかと思うレベルで)自己嫌悪に陥るので…。

投稿日時 - 2018-12-04 19:24:27

ANo.3

自分の悪い部分が目に付くのだから人のことも・・と考えたらいいのかわかりませんが、自分のことは肯定しかしないけど他人は否定しまくる人もいるので、「こういう人が多い」=「その他色々いて普通」なのかなと思います。

投稿日時 - 2018-12-04 17:09:12

お礼

回答ありがとうございます。
確かに、自分は肯定するけど他人は否定する、という方も聞きますね。
何でそんなに自分はOKなのか謎になります。

投稿日時 - 2018-12-04 19:25:59

ANo.2

自分が持っている価値基準が明確でない人は自分のこともほかの人のことも同じようにあいまいな判断しかできないというか、しないという事なのでは。その前に自己否定ってどのようなことを指しているのかも曖昧です。

投稿日時 - 2018-12-04 17:08:11

お礼

回答ありがとうございます。
「自分は駄目」だとか、否定的な言葉を自分に突きつけるのが自己否定だとかだそうです。
それが過ぎるのは宜しくない、とか何とか…。

投稿日時 - 2018-12-04 19:27:35

中にはそんな人もいるというだけで、絶対ではありません。

投稿日時 - 2018-12-04 16:55:00

お礼

回答ありがとうございます。
専門家と言えるのではという方の記事でも、そんなに言っちゃって良いのかなと心配になるくらい断言する様に書いてあり、どうなのかなと思いました。
目を引く書き方じゃないと、とかを考えるとそうなってしまうのですかね…。

投稿日時 - 2018-12-04 19:30:35

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