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いただきますの習慣 外国

海外で日本のような「いただきます」の習慣がある国を教えてください。
神にお祈りするではなく、作って頂いた方や食材の恵みやその命に感謝するという意味合いでの「いただきます」です。

投稿日時 - 2018-08-06 12:46:45

QNo.9525199

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質問者が選んだベストアンサー

>海外で日本のような「いただきます」の習慣がある国を教えてください。
「いただきます」という言葉に直接該当する言葉は使いませんが、食前の祈りという習慣はユダヤ教やキリスト教圏の国には広くあります。

>神にお祈りするではなく
何に対してどうのように祈っているとお考えでしょうか。
少なくても日本人が天神様に合格祈願をしているようなことを祈っている訳ではありません。
食前の祈りというのは神に対する感謝の気持ちを表した行為です。

>作って頂いた方や食材の恵みやその命に感謝するという意味合いでの「いただきます」です。
食前の祈りの中の決まり文句に「主の御惠(おんめぐみ)によりて われらの食せんとするこの賜物(たまもの)を祝したまえ」とか「ここに用意されたものを祝福し」というのがありますがこれが作った人に対する感謝の意味を含んだ言葉です

「食材の恵みやその命」に対する考え方が一般の日本人とは基本的に違います。
ユダヤ教やキリスト教の聖典である旧約聖書の中では全てのものは神が作ったと考えています。
神は人間に対して、「産めよ、増えよ、地に満ちて地を従わせよ。海の魚、空の鳥、地の上を這う生き物をすべて支配せよ」と命じたことになっています。
この「従わせよ」や「支配せよ」はヘブライ語の原語「kabash」は「鞭打って血を流してでも従わせる」といえるような強い言葉です。
つまり生き物を殺して食べるのは神に認められた権利であり神によって課せられた義務と考えられています。
無事に権利を行使することできて義務を果たすことが出来たことに対して感謝しているのが食前の祈りです。

蛇足
食前に「いただきます」というのは戦後に生まれた習慣です。
進駐してきた米兵の「食前の祈り」をとりいれたのが始まりです。
その後一般の人達が外国人と食事をする機会が増えて普及するようになりました。
一般の日本人がキリスト教徒ではなかったことから現在のような意味付けがされるようになりました。
食事の前に神棚や仏壇に灯明やご飯などの食事を上げてお参りしてから食べ始めるのが一般的でした。
古来日本人は神仏と共に食事をするという考え方がありました。
お正月のおせち料理を食べる際に両端が尖った丸箸を使うのは片側は人間が使い反対側は年神が使うためです。
大規模な建築工事が終了した際に行われる直来も工事が行われた土地の土地神と施主や工事関係が食事を共にする儀式です。
天皇が即位する際の大嘗祭でも天皇と神が共に食事をする儀式が含まれています。

日本人には生き物を殺して食べることに対してその生き物を供養するという考え方もあります。
釣りをする人の中に多く見られます。
動物を殺すことだけを目的とするハンティングというのは日本では普及しません。
仏教の殺生戒というよりも自然に対する考え方の違いです。

投稿日時 - 2018-08-17 13:58:00

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回答(8)

ANo.7

「作った人に感謝」は、(私自身は)他の国や民族では聞いたことがありません。

以下、少し複雑で難しいですが私なりに理屈で考えてみます。

家族以外が「なりわい」として作ったものを食べる習慣は、農耕民族である日本古来の風土や社会環境に拠るものと思います。
そこに食材を無駄にしない目的で、幼児教育の場面に「感謝」という概念を持ち込んだものと考えられます。

日本国内の遺跡で確認されてる穀物倉庫は、日本独自の文化だろうと思います。
(これは私の推論なんですが)その文化から発生して根付いたのが、生産者が神の恵みを形にする代理人として感謝の対象になったのではないでしょうか。

「食材の恵みや命」という概念は宗教観の一つであり、自然環境を司る何者か…つまり「神に祈る」行為と通じるものです。
…このような考え方は日本にも外国にも、古代からの社会的概念として存在してます。

「生産者に感謝」するのは、四季が有るせいで穀物を大量に保存して集団生活する必要がある、日本独自の農耕文化によるものでしょう。

・狩猟でも放牧でもなく、
・季節に関係なく食料が採集できる南国でもなく、
・外国との交易に頼れない島国であり、
・社会の構成単位が一家族だけでは成り立たずに、複数家族が寄り添う集団社会という、

様々な要件に制約された自然環境による日本独自の社会文化から生まれた、
「生産者は神の恵みを形にしてくれる、神と同様に感謝するべき存在」
という考え方から生まれたものではないでしょうか。

…勿論、御百姓さんは自分が生産者なのだから「天地の恵み」に感謝でしょう。
また、アイヌ民族は食料そのものが「神の化身」という概念です。

外国なら「一家族」が社会の単位であり「家族が生産者」として神に直結して感謝する関係なんだろうと思います。

日本は「複数家族」が社会の単位であり、そこに「なりわい」として「神の恵みを形にする生産者」が神に繋がる感謝の対象なのではないかと思います。
…他の民族には無い宗教観から来るものではないでしょうか。

投稿日時 - 2018-08-07 08:36:28

ANo.6

 まさに、『作って頂いた方や食材の恵みやその命に感謝するという意味合いでの「いただきます」』は、他国にはない、というのを読んだことがあります。

 美味しそうな料理を前にしての「喜びを表す言葉」や、そのような食べ物を手供してくれた「神に感謝する言葉」などはあるらしいですが、質問者さんが書かれたような意味あいでの「いただきます」や、「ごちそうさま」に該当する言葉はないそうです。

 ついでにいうと、「行ってきまぁす」や「ただいまぁ」という言葉もないそうで、例えば帰ってきたとき「アイム ホーム」と言ったりするようですが、意味が違うと書いてありましたよ。

 どう違うのか書いてありませんでしたが、「アイム ホーム」は単に「自分が家にいる」という事実を伝えるダケなんですかねぇ?

 話を戻しますが、食事前に唱える言葉だからみんな同じ、ということにはならないと思います。

 例えば、「頂きます」と言ったとき、「一般の」日本人には、料理作ってくれた人やそれを出してくれた人に対する御礼の気持ちはあっても、「神様に対する感謝の気持ち」などナイように思えます。

投稿日時 - 2018-08-06 15:35:49

ANo.5

「いただきます」は神様仏様に言っているのです。お父さんお母さんや食材や命にではありません。お間違えなきよう。キリスト教徒も食べるまでにキリスト様にお祈りします。あれと同じです。

投稿日時 - 2018-08-06 15:08:52

補足

そうなんですか?
いただきますは神に祈るのが元なんですかね?

投稿日時 - 2018-08-06 23:53:29

ANo.4

 
キリスト教徒、イスラム教徒は食卓について食べる直前にお祈りします。
 

投稿日時 - 2018-08-06 14:37:12

ANo.3

世界でも同じように食事をする前に行う特徴的な決まりがあります。

代表的なのは
ドイツ Guten Appetit!
フランス Bon appétit
イタリア Buon appetito!
スペインにもあります。

ご飯を食べる前に料理を作ってくれた人と その食材に対して感謝する意味を込めて
「いただきます」
という気持ちは言葉が違っても同じなのですね。

また 食前食後に何も言わない国もあります。そういった習慣がなければ
「いただきます・ごちそうさま」
といった言葉は ひとつの驚きではないでしょうか。

投稿日時 - 2018-08-06 13:36:29

ドイツ・・・Mahlzeit ・・・いただきます、てきな。

https://www.compathy.net/magazine/2015/08/19/can-you-say-itadakimasu-from-the-hearth/

投稿日時 - 2018-08-06 13:02:49

「いただきます」の習慣がある国
 で検索すればいい

投稿日時 - 2018-08-06 13:01:37

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