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締切り済みの質問

人を殺してはいけない理由を教えてください

人を殺してはいけない理由を教えてください

投稿日時 - 2018-06-18 23:20:57

QNo.9509688

困ってます

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回答(21)

ANo.21

社会は人と人の信頼で成り立っている、という前提において

「自分らが安全であるために『自分は他を侵さない』し、
『他人も自分と同様である』ことを信じる」
ということが社会をなりたたせているのでそれをぶっ壊しちゃうのは
『自分が侵される可能性がある』ということにつながるので
自分"たち"が侵される可能性を生むものをタブー視し牽制するからではないでしょうか


それと人間、あえてホモサピエンスと書きますが彼らはもとより共同体をつくり協力して生きる種族なので
害を"自分に"与えない仲間を殺すことっていうのは自分たちが生き延びるための狩りの手勢が減ってしまうわけで、
その名残というかホモサピエンスならではの性質的に「ひとを殺す」ことはやっちゃいけないことになるのではないでしょうか

あんまし、正しい!っていう
自信はないんですけど、私はこう思います。

投稿日時 - 2018-06-30 11:41:06

ANo.20

もしあなたがわたしを殺す権利があるなら、
あなたは地球上の人間全部から殺される
義務が発生しますよ。

投稿日時 - 2018-06-20 17:49:05

補足

もし私があなたを殺す義務があれば私は誰からも殺されないという事ですか?

投稿日時 - 2018-06-23 09:14:52

ANo.19

腹が減ったから人を殺して喰いたいと考えるならば、殺人の正当性は社会は理解するでしょう。
社会生活で人を殺す意義はそれくらいです。

投稿日時 - 2018-06-19 21:45:21

ANo.18

理由はこれだけ。
「社会とはお互いに共生するための体制です」
他の回答社さんもあなたと似たり寄ったりですよ。
質問者さんは素直だ。

投稿日時 - 2018-06-19 21:43:22

ANo.17

哲学趣味のものです。
まづ、社会とはお互いに共生するための体制ですから、社会にこのような質問を投げかけた場合、だれもが否定的傾向の意見を述べるでしょう。
他人を殺すだけでなく、あなたが殺人を肯定するなら、共生する意図のないあなたを、社会は処刑しますよ。
社会的地位で締めあげて貧乏にしたり、人格に関して阻害したりです。
そしてますます人が殺したくなるというのが、転落パターンで多いです。
ただ、根幹を突き詰めて納得しようとするあなたは、なぜ社会を恨むのかわからない不満だらけの人より正直ですから、さらに探求を進めてください。

投稿日時 - 2018-06-19 21:41:31

ANo.16

理論的な説明は困難です。

ウイトゲンシュタインも、無理、と
言っています。

これはルールです。

それ以外に理由はありません。

人を殺して良い、となったら北斗の拳の世界に
なるから、なんてのは理論的説明にはなって
いません。

ルールなのです。

野球で、三振でアウト、というルールに理論的理由、なんて
無いのと同じです。

人間は独りでは非力ですが、集団になると神も驚く
力を発揮します。
人間は、この力により、食物連鎖の頂点に立つことが
できました。

そうした集団を構築するためには、ルールが必要です。

人を殺すな、というのもそうしたルールの一つです。

投稿日時 - 2018-06-19 18:29:53

ANo.15

 日本は法治国家なので、法律で殺人を処罰するので、違法行為としての殺人は禁止されています。戦場のように、法律が適用されない場所では、殺人を否定しても、法律の適用が無いので安全を保てません。そういう場所では、自分の身を守る為には、武器を取って戦う以外に方法が無いからです。

 法解釈以外の理由もあります。

 殺人を犯した人は、精神的に苦しむ結果になります。PTSDなどの後遺症を発症して、不眠、幻聴、幻覚などに悩まされます。精神病にかかりたくなければ、殺人を犯すのはやめた方が良いでしょう。善人であるほど、殺人を犯すと重症の後遺症が残ります。

 人間関係の問題もあります。

 殺人事件を犯した人は社会的な信頼関係を保つのが難しくなります。知人や友人を失う結果になります。親子関係や親戚関係も疎遠になる事があります。孤立したくなければ、殺人事件を起こすのはやめた方が良いでしょうね。

投稿日時 - 2018-06-19 14:17:57

ANo.14

他人のことを決めたらいけないからです。
質問者さんだって、赤の他人からいきなり「今日はこうしろ」「死ぬのは明日ね」と言われたら「はい、わかりました」とは言いませんよね?

投稿日時 - 2018-06-19 13:54:40

ANo.13

 人間は社会生活を営むことで、現在のように種として繁栄するようになりました。ホモ・サピエンスは大規模な(数百人から数千人規模)の社会生活を営むようになったから栄え、ホモ・サピエンスより体も大きく頑丈で、腕っぷしも強く、しかも脳が大きく芸術性(=抽象的な思索ができる高度な脳の働き)も持っていたネアンデルタール人が絶滅したのは、ネアンデルタール人がせいぜい十数人が共に暮す程度で、大きな集団での社会生活をしなかったからだと言われています。(NHK特番の受け売りです(^_^;))

 ある程度の規模を越える集団で社会生活を円滑に効率的に営むには、分業しての相互依存による全体効率化、貨幣という共通のものさしでのモノ・サービスの交換の円滑化(貨幣経済)というものが必要になります。

 それを実現するためには、少なくともその集団のなかではみだりに殺されることなく、安全に生存できるという確信を集団の構成員が持てるようにする必要があります。その集団に居てはいつ殺されるかわからないとなれば、突然殺されるリスクを負うよりも、一人ないし家族だけで生きていこうということになってしまいます。だから、同じ集団の構成員同志では殺し合ってはいけないという根源的なルールができました。

 仮に、今の日本で「人を殺してよい」ということになったら、極端な話どんな社会になるか想像してみれば、すぐご理解いただけると思います。

 学校で、他のクラスより平均点の悪いクラスの担任の先生は出来の悪い生徒を皆殺しにして、平均点をあげようとします。生徒は殺されてはたまらないから、先生を先に殺してしまいます、「先生じゃない、先死だぁ」とか叫びながら。学校はあっという間に誰も寄り付かない廃墟になります。

 コンビニで金を払いたくない客が店員を殺して、品物を持ち去ります。コンビニは店員のなり手がなくなり、店を続けることができません。スーパーも百貨店も専門店も同じで、みな営業を続けることができなくなります。消費者はお金を出してお店でものを買うという当たり前の経済行為ができなくなります。

 会社でも、上司は自分の部の成績を上げるために、売上が上がらない部下を殺して経費削減を図り、部下はいやな上司やクレームの多い取引先を殺してしまいます。銀行では、他の行員を皆殺しにして、行員が行内の現金を全部持ち去る事象が頻発して、金融機関は麻痺します。企業の正常な経済活動はできなくなります。

 病院で研究熱心な医師がまだ安全性が確認されていない新薬を患者に投与して殺したり、趣味で毒薬を投与して患者の悶え死ぬ姿をみて喜んだり、手術でまだ確立されてない術式を試して、モルモット代わりに患者を殺したりします。

 人を殺していいのですから、人の健康を守るための安全衛生基準なども全部守られなくなります。店で買った食べ物には何が入っているか分からないので、怖くて食べられません。人を殺していいのですから、食べ物に毒を入れても全然構いません。

 車の運転でも、横断歩道を渡る歩行者など邪魔になったら、どんどん跳ね飛ばしていきます。人を殺しても構わないのですから、怪我をさせるくらい平気です。

 現在の法律や規則はその多くが「人を殺してはいけない」というルールが基礎になっています。いのちを守る、健康を守る、安全を守る、そういう目的の法律や規則、規制が山のようにありますが、人を殺していいのであれば、それら無数の法律や規制は全部意味がなくなります。ものすごいカオスの世界になります。
 
 そんなとんでもない世界では、人はみな、他人を誰も信用できず、誰にも頼ることができない絶対孤独状態に陥り、いつ突然殺されるかわからない不条理な恐怖に怯えながら、引きこもって原始時代のように完全自給自足の孤独な世界に生きていくしかなくなります。大多数の人は、自給自足のスキルなど持ち合わせるはずもなく、餓死するか、耐えられずに自死を選ぶか、やぶれかぶれで他人の食糧を奪おうとして、殺されるでしょう。

 人間は、集団での社会生活を円滑に営むために、その最も根源的なルール、最低限のルールとして、「人を殺してはいけない」ということを決めました。それで、現在の種としての繁栄を勝ち取ることができました。

 ネアンデルタール人の遺跡を発掘して、骨からDNAを調べると、ひとつの集団は血縁関係のある者ばかりで構成されていたそうです。ネアンデルタール人は「人を殺してもよい」というルールの集団だったのではないでしょうか。だから、親子グループ程度の小さな集団しかつくれず、原始時代の自給自足経済から次の段階に発展することなく、絶滅してしまいました。

 一方、ホモ・サピエンスはより規模の大きな集団=社会をつくることで、発展を遂げてきました。より規模の大きな集団、社会で共同生活を営むための一番大元のルールが、「人を殺してはいけない」=「同じ社会の構成員同志は殺し合わない」なのです。

 だから、同じ社会(ムラとかクニ)の構成員ではないよそ者(他のムラ、他のクニ)は殺してもよいのです。21世紀の現代でも大量殺人行為である戦争がなくならないのはそのためです。「社会的分業による効率的共同生活ができる規模をもった社会のなか」では人は殺してはいけないが、よその社会が滅びても自分たちは自分たちの社会の中で自活していけるので、よその社会の構成員は殺してしまってよいのです。

 第二次世界大戦以降、局地的な戦争は頻発するものの世界大戦と呼ばれる規模の戦争が起きていないのは、別に人間が進歩して平和主義に目覚めたわけではなく、世界のなかで主要国を中心に国境を越えた経済的な相互依存が強まって、ひとつの社会として機能せざるを得ない要素が増えているからです。今、局地的な戦争が起きているのが、世界規模の経済的相互依存のフレームから抜け落ちたような場所に多いのも、同じ理由からです。

投稿日時 - 2018-06-19 13:02:24

ANo.12

人を殺してはいけない社会になったからでしょう。
いくら凶悪犯といえども簡単には死刑にならないし、あなたもいきなり訳もなく殺されたくないでしょう?。

投稿日時 - 2018-06-19 12:39:07

ANo.11

人を殺してはいけないという法律がなかった場合、メリットはなんですか?教えてほしいです。平和が好きではないのでしょうか。よくわかりません。

投稿日時 - 2018-06-19 12:28:38

ANo.10

殺しても良かったら、とても凄惨な殺しをする人に、
自分が殺されるかもしれません。
貴方も拷問されながら死にたくはないですよね?
そういった人たちの創意で、殺しては行けないという
ルールが作られました。

まぁルール(法律)を破りすぎると今度は自分が殺されますけど、
そこはまぁルールに力を持たせるために仕方ありません。

投稿日時 - 2018-06-19 10:43:02

ANo.9

倫理とか、法或いは社会の秩序とはその社会と国家の維持継続とそんぞくのための原理でしょうね。
人間同士、近親者の間についてもそうなのでしょうね。
そういう原理、してはならないということが感情にまでなっているのが歴史でしょう。
そして動物でも仲間同士は理由なく殺し合いはしない。
そういう禁止の原理の上の主張が殺人をしてはならないという理由でしょう。
宗教的な当為の原理は別でしょう。してはならないから、してはならない。

投稿日時 - 2018-06-19 09:56:29

ANo.8

そういう理由はないのでは。戦争では人を殺すことが奨励される。しかしこのときでも味方は殺さないことになっている。誰かにとっての損得の打算で、いくらでも原則が変えられるものなのでは。戦争でなくてもちょっと権力を持てば容易に殺人は行われる。もっともリストラだって殺人の一種です。

投稿日時 - 2018-06-19 01:44:07

ANo.7

生き物の「生きよう」とする本能に起因します。

人間の場合「自分は生きたい」。
そして「相手も生きたい(筈だ)」という前提に立ちます。

だったら「互いに殺さなければ互いに生きられる」という論理が成り立ちます。

その論理が通用する世界で「殺してはいけない」という決まり事が成立します。

昔も今も、その論理が通用しない世界は存在してます。
その代表的な例は命の取り合いで紛争を解決しようとする社会です。
例えば反社会集団とか戦争当事国などです。
(テロ国家「IS」などが端的な例です。)

そのような社会では質問が前提から崩れてしまい、無意味で成立しないものとなります。

投稿日時 - 2018-06-19 01:25:40

ANo.6

それをひとことで言うなら、「人間が生きるため」です。

人間は他の動物よりも、同族同士のつながりを強化することで、
過酷な氷河期を乗り越え、今日の発展を迎えました。

その同族同士のつながりを、信頼という言葉にできると思います。
中華の国など、「信用するほうが悪い」「騙されるほうが悪い」
という地域も無くはないですが、殺人は取り締まりますよね。

つまり殺人が許されると、人間同士のつながりが失われ、
今まで発展してきたもの全てが維持できなくなるからです。

お金借りても殺せばちゃらになる、なんてことが出来てしまったら、
維持できなくなることはイメージできると思います。

電気水道ガス通信クレジットカードなど、
利用したあとで支払うものも、ある意味お金を借りているのと
似た状況です。
また、保険のようなものも殺人が許されると、なりたたなくなります。

石器時代だとしても規模は違うだけで、同様だったはずです。

このように人間の社会は、殺人が許されると維持できなくなる仕組みの上で
成り立っているので、それが許されることは無いでしょう。


殺人が許されないことと理解できない人は、
なんらかの問題をかかえている可能性があります。
理解力読解力が無いといった場合と、
大切な人や物を感じることができない場合です。
生まれつきの場合が多いですが、生後でもそのように
変化することもあるようです。
しかし、そんな人でもほとんどは、理解力読解力を
向上する努力をしたり、頭の中で「これは大切なもの」
「大切なものへの対応方法は、こう」と試行錯誤して
社会に適応しています。

殺人が許されないものと、理解できなくても、
社会適応は工夫次第で可能です。
うまく適応できれば、幸せになれます。
参考にならなかったらごめんなさい。

投稿日時 - 2018-06-19 01:19:53

ANo.5

 殺したい人のために死んでくれる人がいないからです。殴られる位は、審判員でも出来ますが。(いや皮肉ではなく)
 

投稿日時 - 2018-06-19 01:16:30

ANo.4

 生き物としての本能として、長く生き延びたいから。というのが、根源ではないですか?
 ルールとして、人を殺してはいけないと決まっていない頃というのもあったと思いますが(それは随分昔に)、その頃は、実力で「自分を殺すことはまかり成らん」と言ったわけですよね。ようするに、返り討ちにすると。
 人が人を支配して人を動かせるようになると、その権力を持った人が考えるのは、やっぱり、「自分を殺すことはまかり成らん。」ですよねぇ。そして、自分を守ってくれる兵も殺してはならんとなる。(兵を殺されたら、自分の守りが減りますからね。)
 支配下にある人が増えれば増えるほど、いろいろと自分が豊かになっていくことに気がつくと、当然そこから産まれるのは、支配下にある人間同士で殺し合いをしてはならない・・・となるでしょう。(勝手に殺し合いされたら、支配下の人間の数が減り、自分の豊かさが減ります。)
 この時点で、お国のルールとして、殺人が罪になったことになりますね。

 人を殺していけない・・・の正に反対が、戦前の「産めよ増やせよ」とか、明治の「富国強兵」でしょう。
 または、「数は力なり」ともいえますか。数を揃えるためには、数の間で殺し合いして数を減らされては困るわけです。(「困るのはだれか?」と「力とは何か?」の答えによって、時代背景と政治形態が決まりますね。)

投稿日時 - 2018-06-19 00:38:57

ANo.3

自分がされて嫌なことは、他人に対してするべきではないのではありませんか?また、人間として相手を尊重し、法律などの社会のルールを守ることで、地域社会や国に暮らす国民が、それなりの人生を歩んでいけるのではありませんか?

もしも、好きな時に好きなように誰でも殺していいというのであれば、自分の命はいつ誰に狙われるかもわからないので、まともな生活ができなくなり、弱肉強食の世界が続いていくことになるでしょう。そして、それが愚かしいことだと悟った時、人は人権というものや法というものにより、お互いの身の安全をはかるようになり、人を殺してはいけないという考え方をするようになるはずです。そしてそれは人類が過去から現在に至る過程で、現実社会に顕現してきた歴史でもあります。

また、極端な話ですが、全世界が人を殺すことが善であり、推奨されることであり、自殺する人こそ天国に行けると人類すべてが騙されて洗脳された場合、人類は自殺により滅び去るので、さすがにこれはまずいでしょう。人類すべてが自殺した場合、みんな一緒に地獄の底で苦しみ抜くことになるのですから。

人は放っておいても寿命がありますので、勝手に死んでいきます。そしてここからは科学が解き明かしていないので、あなたは信じないかもしれませんが、人を殺すと、殺した人も殺された人も、死んでから苦しみ続けることになるのです。これがいわゆる因果律というもので、生命の法則であり、宇宙の真理なのです。人を呪わば穴二つということわざもありますが、これは人間の経験からきており、因果律や生命の法則にも当てはまるものなのです。

ざっくり言うと、人を殺すと、いろいろ都合が悪いことが起きるので、人を殺してはいけないのです。つまり、現実世界では人殺しは罪として罰せられるし、死んでからも自分のやったことは魂に刻まれているので、因果律により人殺しの責任を取らなければならず、苦しみ抜くことになるからです。

投稿日時 - 2018-06-19 00:15:39

ANo.2

「人を殺しても良い」となると「自分が他人に殺される確率が上がるから」です。

時雨沢恵一さんの小説「キノの旅」の5巻2話「人を殺すことができる国」を読んでみて下さい。

投稿日時 - 2018-06-18 23:48:15

ANo.1

誰がそんなことを決めたのですか?
私は知りませんので出典希望します。

こっちでした。

投稿日時 - 2018-06-18 23:42:34

補足

あなたが他の質問で仰っていたように 殺人をすると罰金と服役という罰を与えられますよね。
そう法律で決まっているんですよね。
僕はその理由が聞きたいのです。
法律を犯しては行けない理由ではなく。

投稿日時 - 2018-06-19 00:03:03

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