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日本人の風呂の歴史

欧米人が使うバスタブとシャワールームを使ってみて、日本の湯船と洗い場との違いを思いました。
シャワールームはゴシゴシと体を洗うためには作られていないし、バスタブものんびりと湯を楽しむためには作られていない。
ベルギー人神父のグロスター氏によると、欧米人はつい最近まで一生に3回しか体を洗わなかったと言います。産まれた時と結婚する時と死んだ時の3回だけで、体を洗うと言う日常行為がなかったということです。
翻って日本民族は他の熱帯地域の人のように毎日のように体を洗うし、それを快楽にまで昇華して「温泉文化」を作り上げました。
日本人が風呂を楽しみ始めた歴史はどうなっていますか?誰が最初に風呂や温泉のことを書いてますか?
また、日本人は一日の終わりに風呂に入ってさっぱりするのが普通ですが、欧米人は朝にシャワーをしますね。昼間に汗をかいても彼らの体はネチネチにならないのでしょうか?それともネチネチでも気にしないようになっているのでしょうか?
私と同じように汗をかいてるのに、夜にシャワーせず朝にするのが不思議でなりません。
よろしくお願いします。

投稿日時 - 2017-08-22 13:29:08

QNo.9365928

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回答(10)

ANo.10

歴史上で有名なのは、他の方もコメントしている光明皇后の施薬院ですね。そこに風呂を作ったと記録にあります。
また日本書紀には舒明天皇が有馬温泉に行ったという記載があるので、温泉に入る習慣はほぼ日本史と共にあったといってもいいのではないかなと思います。なにしろ日本はサルやカピバラまでお風呂に入る国ですからね・笑。結局、「温泉が出る」ということに尽きるのではないかなと思いますよ。冬は結構寒いですから、そりゃ温泉があったら入りたくなるに決まってるじゃないですか。

外国で風呂文化が広まらなかったのは、水がそんなに豊富ではないことと、温泉が出なかったからではないかなと思います。もし温泉が出たらみんな入っていたと思いますよ。ヨーロッパの冬は寒いですしね。
ただそのヨーロッパでも、古代ローマは日本と並ぶお風呂大好き帝国でした。ヨーロッパ(&北アフリカ)中に作られたローマ風都市には必ず劇場と風呂が作られていましたから、ローマ文明の象徴だったのだと思います。
それが廃れた理由ですが、ローマ帝国を滅亡させたのはゲルマン民族などの他民族だったので、ゲルマン人やスラブ人などがヨーロッパに広まっていく中でローマ人の文化は失われたのだろうと思います。

ヨーロッパ人て、昔はお風呂(湯舟)にも下着を着たまま(!)入るんですよね。今でもドイツのバーデン(温泉施設)では水着で入ります。ちなみにドイツには裸で入るお風呂施設もあるそうですが、そこは売春宿になるんだとか。
「チャーリー・シーン アルプスを越えて」という寄宿舎に行ったアルプスの少女ハイジを描いた実写映画では、お風呂を初めて見たハイジが戸惑いながら裸でお風呂に入っていると、隣の女の子がカーテンを開けて「キャー!ちょっとなんでアンタ裸で風呂に入ってんのよ!この田舎者の野蛮人!」と罵るシーンがありますし、ジャン・レノがタイムスリップした中世の騎士を演じた「おかしなおかしな訪問者」では、ジャン・レノが下着を着たまま風呂に入るシーンがあります。我々日本人としては「服を着たまま風呂に入ったら、濡れた下着が体温を奪って風邪ひかない?」って思うところですが。

また日本人の風呂好きを世界に知らしめたのが阪神淡路大震災でした。この大災害を取材に来た外国マスコミが被災者に「今、望むことはなんですか?」と聞くとほとんどの人が「風呂に入りたい」と答えたので、「え?風呂??なんで風呂なの??」ってものすごく戸惑ったらしいです。

投稿日時 - 2017-08-25 17:43:53

ANo.9

>日本人が風呂を楽しみ始めた歴史はどうなっていますか?
風呂という字がくせものです。
現在のように湯舟にお湯をはって入浴するスタイルは湯です
風呂というのは元々は蒸気浴です。いわば蒸し風呂です。
発汗した汗は冷水で流していました。
この蒸し風呂形式のものは日本のみならず、世界中の古代遺跡で確認されています。
有名なのが古代ローマの浴室跡です。
仏教の発祥地である古代インドにもあり、お釈迦様が説法を始めた王舎城にもあったことが確認されています。
仏教では入浴で垢を落とす行為を煩悩を洗い落とすのと同じ行為として仏教寺院にはこの形式の浴室が設けられていました。
日本へ仏教が伝来してきた際にも湯屋・温室などと呼ばれる入浴施設が設置されていていました、
僧侶が入浴するだけではなく、施湯(せゆ/ほどこしゆ)・湯施行(ゆせぎょう)として一般の人にも開放されていました。
有名なものとしては光明皇后(701年~760年)が菩薩業として奈良法華寺の施浴において千人の俗人の垢を洗い流すことを発願して実施したことが知られています。

この蒸し風呂形式とは別に温泉に入るということは古くから記録があります。
この場合は入浴を楽しむのではなく湯治つまり病気の治療方法の一つでした。
古くは日本書紀や風土記に記述されています。
万葉集にもあります。
「枕草子」にも温泉について書かれた部分があります。。
現在の各地の温泉では由来としてこの日本書紀や風土記の記述を根拠としています。
有馬温泉の有馬も大化の改新の際の登場人物の一人である有馬皇子に由来します。
天皇をはじめ江戸時代の将軍に至るまで時々の権力者が温泉のお湯を運ばせて入浴した記録が沢山残っています。
冷めてしまいますが風呂釜など無い時代ですのでおそらく火で焼いた石を放り込んで昇温していたと思われます。
井戸などから汲み上げた冷水を加熱して入浴するようになった起源は不明です。
庶民階層まで広まったのは江戸時代以降と考えられています。
それ以前は庶民は行水スタイルの冷水浴だっと考えられています。
欧米人が入浴する習慣が少ないのはヨーロッパの湿度が低いだけではなく温泉に恵まれていなかったことが原因の一つでしょう。

>日本人は一日の終わりに風呂に入ってさっぱりするのが普通ですが
この習慣は電気照明が普及した後の時代の習慣です。
江戸時代には朝風呂が一般的でした。
仕事に出かける前に入浴していました。
浴室の照明が難しいだけではなく、照明に使われる灯油が高額でした。ろうそくは更に高額でした。
できる限り日暮れ前までに入浴は済ませていました。
高額なろうそくで照らしながら入浴するのは相当に贅沢な行為でした。

>昼間に汗をかいても彼らの体はネチネチにならないのでしょうか?
年間を通じて湿度が低く乾燥していますので発汗してもすぐ乾いてしまいます。

>それともネチネチでも気にしないようになっているのでしょうか?
発汗が多ければ気にはします。「面倒くさい」の方が先にたつようです。
日本へ観光にきて彼らをなやますのがこの汗です。
ホテルなど宿泊設備にあるシャワーを使っています。
留学生や駐在員など滞在期間の長い連中はマンションの部屋にあるシャワーを使っています。
浴槽を使う時は入る際に石鹸などを持ち込み泡だらけにしてしまいます。

投稿日時 - 2017-08-24 22:11:56

ANo.8

こんにちは。
私は、自称「歴史作家」です。

★「風呂」は歴史的に言うと、文献等で出て来るのは、平安時代に桓武天皇が「空海」と「最澄」を遣唐使として唐(中国)へ派遣をし、この「空海」又は「最澄」が帰国をした時に、
★仏教の教えの一つに、
「汚れ(穢れ)を落とすことが仏に仕える者の務めである」
と言う考えを持ち帰ったのが始まりと言われています。
★従って、寺院ではこの頃から「風呂」を設置するようになりました。
★庶民の間では、例えば、「農作業で身体が汚れてどうしても汚い」、そのような時は川や井戸水で汚れた部分だけを洗い流すだけでした。
★やがて、仏教が庶民に広まり「汚れを落とす・・・」の教えが信心の一つとして定着すると、そう簡単には庶民の各家に「風呂」を設置することができませんでしたので、近くの寺へ「もらい湯」と称して寺の「風呂」に入るようになりました。
★寺側も信仰が広まって行くことを喜び、宗派に関係なく積極的に「もらい湯」を受け入れました。また、参詣客にも開放されていました。
★では、平安時代以前はというと、前述のように汚れた部分だけを洗う、と言う習慣しかありませんでした。
★従って、例えば貴族など・・・「源氏物語」などを思い描いてみると、身体を洗うという習慣が伝播していませんでいたので、貴族の間では「皮膚病」が蔓延していました。
★更に、当然のように、現代で言うところの「加齢臭」が漂ったため「香」を焚いたり衣服を何枚も着て匂いを隠す。「十二単」はそのためだった、という説もあります。
★やがて、鎌倉時代あたりからは武士の家には必ず「風呂」を設置し、庶民も次第に各家庭に「風呂」を設置するようになりました。
★江戸時代になると、江戸を例にとると、100万人の大都市で狭い江戸の街に押し込められましたので、また、火災予防の観点から庶民の家には「風呂を作ってはならない」というお触れも出ました。その変わりとして、それぞれの町内には「風呂屋」が1軒だけ許可されました。庶民はその「風呂屋」へかよいました。
★大店で有名になった「三井越後屋」(現・三越)の店員でさえ、町内の「風呂屋」へかよいました。
★武家の屋敷内には風呂を造ってもよかったのですが、「貧乏御家人」などの屋敷では、いわゆる「五右衛門風呂」で鉄のお釜(風呂桶)を下から燃やして風呂を沸かすものでした。そこで「向こう三軒両隣」。
★つまりは、例えば、両隣の三~四軒の屋敷が話し合いをし、いわゆる「組」を作ります。そして、輪番に風呂を沸かし組の人たちは「もらい湯」をしていました。
★なぜなら、当時は「薪代」がべらぼうに高かったからです。
★また、「風呂屋」も江戸時代の初期には「男女混浴」が当たり前でした、
★しかし、松平定信が老中となってから、寛政3年(1791)にいわゆる「寛政の改革」の一端として「風紀の乱れ」の観点から「混浴禁止令」を出しましたが、なかなか改善されず、幕府はそれ以後もたびたび「禁止令」を出しています。
★当時は、庶民は男も女も「陰毛」や「恥部」「陰茎」が見えても、それが「当たり前」と考えられていたからです。
★完全に混浴を徹底的に取り締まりをしたのは、幕末のペリーが来航して混浴に驚かされてから、幕府が湯屋の主を「犯罪者」として補足する、との禁止令を発布してからです。

貴方の「答え」となっているかは分かりませんが「ご参考」までに・・・。

投稿日時 - 2017-08-24 01:20:24

ANo.7

風呂に関して言うと、戦国時代末期に上級武士の中で風呂を作る文化が生まれました。誰あろう風呂大好きで知られた戦国武将は秀吉です。三成など散々秀吉の風呂を焚いたことでしょう。
当時家で風呂に入ることが当時の武将で最高の贅沢とされたほか、主君自ら献立を考え馳走をしそして家臣を風呂でもてなすのが最高の家臣に対するもてなしとされたのです。
蒲生風呂で有名な蒲生氏郷はなんと大名自ら家臣のために風呂を焚いたと言われます。
家臣はいつか自分も(蒲生)風呂に入るんだと懸命に働くわけです。

基本的にそれ以前の風呂は寺院の薬草風呂などの福祉(治療)施設か沐浴施設しかないと思われますが、経済的に豊かな層が出てきた途端たちまちに風呂が普及するあたり、日本人の風呂好きはいつの間に培われたのか不思議ですね。

投稿日時 - 2017-08-23 09:33:54

ANo.6

あまり回答になっていないですが
『ラバウル温泉遊撃隊/山崎まゆみ』
という本がありまして
戦時中にラバウル(水木しげるも兵役でいった所)に行った日本の兵隊さん達が現地で温泉を作って入っていたという情報から、実際に作者が現地に赴いて当時の兵隊さん達は外国の地でどのような気持ちでお風呂を作って入っていたのかを追うという内容で、
日本人のお風呂への執念とかこだわりを学べる本でしたよ。

投稿日時 - 2017-08-23 02:26:06

ANo.5

 少なくとも三つの流れがあると思います。

 一つは、日本列島は太平洋ブレートの回収地帯にできた、言わば地殻の脆弱線ですから、火山や、温泉が多い。そのため自然の湯が利用できる場所が多い。

 もう一つは、フィンランド、北欧、アメリカ大陸の先住民文化などに見られる、蒸し風呂です。ユーラシア大陸から東へ移動する途中で南下すれば日本に着く。

 第三番目は、宗教儀式としての清めの伝統で「みそぎ」など冷水の形式もあれば、戦いの前に蒸し風呂に入る伝統を持った先住民文化もあります。

 日本は、この三つとも可能である、という有利な立場から、それらを融合した伝統ができあがったとも考えられます。

投稿日時 - 2017-08-22 16:14:22

ANo.4

日本で最古の温泉旅館は1300年の歴史があるそうです。
日本は温泉の豊富な国ですから、それを利用することはそのずっと前からしてきたことでしょうね。
戦国武将が湯治に来たという温泉もたくさんありますよ。
一般家庭で毎日お風呂に入るという習慣はここ30~40年ほどのことで、それ以前は温泉も真水も豊富にある日本でもほとんど入浴しませんでした。
海外は温泉もなければ飲み水さえも確保が難しい地域もあります。
気候も違うので湿度が高くなければそれほど不快ではないのかもしれませんね。
いずれにせよ、日本が特殊なのです。
温泉と水源と気候と経済成長が重なった結果です。
今後は毎日入浴できない人も増えるかもしれませんね。

投稿日時 - 2017-08-22 14:09:17

ANo.3

とりあえずお風呂の歴史というとやっぱり最初は沐浴で6世紀ごろに沐浴問う形で寺院などにありました。
その時は湯と風呂と別れていました。
湯は今でいう湯に入る現代のお風呂です。
風呂というのが蒸し風呂で今でいうサウナでそこに敷いた布が今でいう風呂敷です
お風呂というのは贅沢なものだったらしく普段は行水だったみたいですよ。
で江戸時代になって湯と風呂がごっちゃになってしまい銭湯が出来ました。
当時は混浴が当たり前みたいでペリーが困惑したとあります。
温泉も日本書紀などに書かれているみたいで6~7世紀には入っていたみたいです。
ちなみに外人さんは、日本みたいに湿気が少ないところが多いから、あまり入る習慣がないみたいですよ。
それで有名なのが、風呂に入らないから体臭をごまかすために香水が発達しまいした。

投稿日時 - 2017-08-22 14:08:27

補足。

燃料を使って釜で大量の湯をわかすというのは,たいへん「ぜいたく」な行為です。江戸時代でも,水がえにくく貧しい開拓地などでは,1日の農作業の終わりに温浴はできませんでした。かわりに草やわらなどを水で濡らし,体を拭くのです。

投稿日時 - 2017-08-22 13:50:05

原点をたずねるなら,温浴の風呂よりも,滝の冷水や海水による「みそぎ」じゃないでしょうか。衛生的観点ではなく宗教的な観点から,体を清めるわけです。

自然の温泉を利用する,湯治やリラックスのための温浴なら,有史以前からの古さがありそうですね。

いまも古い形式がごく一部に残っているのは,サウナ式の岩風呂でしょう。岩穴のなかで焚き火をし,それに濡れた布をかけて蒸気を発生させ,出口をふさいで籠もるのです。

投稿日時 - 2017-08-22 13:43:25

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