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解決済みの質問

美川憲一さんはいつ頃からメイクを?

父が昔好きだった曲を集めてクリスマスプレゼントにしようと思い、ふと思い出して気になったので質問させてください。

今から40年くらい前、父の持っているレコードに美川憲一さんのものがありました。
「カスマプゲ」と大きく書いてあったのと、当時幼稚園~小学低学年だった子供心の私にも、ジャケ写の美川さんは中性的に見えて「変わった髪型、不思議なキャラの人だな」とは思っていました。

ただ、今グーグル等で画像検索しても当時家にあった盤と同じものが見つからず、昔の美川さんのジャケ写はどう見ても普通に男前です。
ちなみにそのレコードにはカスマプゲ以外にも、「女が靴下を脱ぐとき」とか収録されてた記憶があります。

当時から女性目線の歌ばかりだったから、自分が勝手に中性的イメージを持っただけで、今のお化粧も妖艶な美川さんのイメージに比べると普通だ・・・というのが本当のところなのでしょうか、それとも当時既に彼はメイクなどしていたのでしょうか?

大麻所持で捕まって以来開き直ってオネエキャラになったという話も聞きますが、私がレコードを自宅で見たのは40年前です。

子どもの頃の家庭での思い出がモヤモヤして気になってしまっているので(笑)、よろしくお願いいたします。

投稿日時 - 2016-12-17 20:32:51

QNo.9269506

暇なときに回答ください

質問者が選んだベストアンサー

#1です。もう少し調べてみました。
1972年『さそり座の女』のジャケット写真
 http://item.rakuten.co.jp/eiyodo/10012780?scid=af_pc_etc8sc2id=342038665
この写真を見ても分かるように、まだ普通の青年の髪型ですし、化粧をしているようにも見えません。
1976年の『カスマプゲ』も同様の写真のようです。

そこでこの時期以降にリリースされた曲で、再ブレーク後の喋り口調の特徴が出ているタイトル曲名を探してみると、次のようなものがあります。
79年:『あたし』
   『スカーレット・ドリーマー』
   (発売前の予定では「玉三郎のように」だったが、
    玉三郎側からのクレームのため曲名変更。
    玉三郎は歌舞伎の女形ですから、この頃から化粧を始めた可能性あり)
    https://twitter.com/diskunion_showa/status/707461435752914948
    この写真だと、多少髪型に変化がみられるのでは
86年:『だってさ』
88年:『よせよ』
89年:『てんで話にならないわ』
90年:『あんた』

つまり、79年頃から、女言葉や特徴的な言葉が、曲のタイトルにも使われるようになっていることが分かります。
と言うことは、1979年あたりから、徐々に現在のようなスタイルに変化していったのではないでしょうか。

投稿日時 - 2016-12-19 00:56:11

お礼

お礼コメントが送信エラーなのか入力されていませんでした、すみません。

URLのスカーレットドリーマーの画像の方が私が子どもの頃見たのに近い気がします。
もしかして私の記憶違いでレコードを見たのはもうちょっと後だったのかも知れません。
ちなみにLPレコードでしたので、カスマプゲを含めちょっと前の曲を集めたベスト盤みたいなものだったのかも知れないですね。

詳しく調べて頂きありがとうございました、モヤモヤがちょっとスッキリしました。

投稿日時 - 2016-12-19 13:15:26

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回答(2)

ANo.1

美川憲一のレコード・デビューは、1965年の『だけどだけど』という青春歌謡でした。
青春歌謡ですから、当然美少年歌手だったのです。
しかし、この曲は売れず、3枚目のレコードとなったムード歌謡・演歌路線に転換した『柳ケ瀬ブルース』が、独特の低音歌唱によって大ヒットしました。
その後も、68年の『釧路の夜』のヒットで、紅白歌合戦にも初出場し、当時の若手歌手では結構いい線を行っていたと思います。ただ現在のアイドル歌手とは少し違うような位置づけと言えましょうか。
70年の『みれん町』『おんなの朝』の頃までのレコード・ジャケットの写真でも、普通の男性歌手の装いです。
やや女っぽい言動が出てきたのは、72年発売の『さそり座の女』あたりからだったような気がします。
その後の大麻取締法違反による2度の逮捕で、スターの地位から追放されていたのですが、コロッケによる美川の物まねが受けたことを契機に再ブレークし、91年の紅白では17年ぶりの出場となり、以後は小林幸子との衣装対決が見ものとなり、歌のヒット曲がないにも拘らず、2009年まで19年連続出場でした。
『カスマプゲ』は1976年発売の曲ですから、『さそり座の女』よりは後の曲になりますが、
あまりヒットしたわけでもないので、おネエキャラがどの程度だったのかは記憶にありません。
ただ本格的に女装メイクになったのは、91年以降であることは間違いないことだと思います。

投稿日時 - 2016-12-18 02:11:53

お礼

>あまりヒットしたわけでもないので、おネエキャラがどの程度だったのかは記憶にありません。

そこらへんが知りたくて質問を投稿したのですが、オネエっぽい言動は1972年あたりからとのこと、参考になりました。
そういうオーラがジャケ写からにじみ出ていたのかもしれませんよね。

詳しくありがとうございます。

レコードや画像についての情報があれば知りたいので、もう少し引き続きご回答を待ちたいと思います。

詳しいご回答ありがとうございました。

投稿日時 - 2016-12-18 09:24:41

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