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解決済みの質問

実母の病気とネガティブ思考の向き合い方

母が3年ほど前からパーキンソン病の診断をされて、
徐々に進行が進み、今は歩行困難になってきています。
病気になる以前は、活発すぎるほど活動的で、
他人のいらぬ世話までかってでるようなところがあり、
時に家族を呆れさせ、振り回していました。
特に仕事への執念がすごく、
まだ小学生の子供がいても、
家を放ってでも仕事にまい進して、
数日間仕事で帰らない時もありました。
今思えば、母親なのに信じられない生き方をしてきたと思います。

でも、それもあり、3人の子供は自立心が強く、
自分で見つけた結婚相手と家庭を築き、
親に迷惑をかけることなく、自分の家を建て、
生活しています。
子育てでも、小さいころは見てもらったこともありましたが、
教育費などは、長男である兄だけがもらいましたが、
下の2人、私も含め親の援助もなく生きてきました。

親には感謝していて、温泉旅行に行ったり、
子供が小さい時には頻繁に実家に顔を出して
親を思ってきたつもりです。
それは母には自慢だったようで、
子供が全員結婚して子供に恵まれているのは
友達の中でも自分だけみたいだと言って、
自分の子供たちの悩みがほとんどないので、
他人の家庭のゴタゴタの世話を生きがいみたいにしていて、
実家にも一時、色んな親戚や知り合いなどを住まわせたり、
結婚の世話や夫婦げんかの悩みを聞いたり、
人が病気になったと言えば、世話にために駆けつけたりと、
自分の生きがいのように人と関わってきていたような人です。

しかし、病気になって一転しました。
動かなくなる自分の体を友達に見せたくないと言って、
治るまで会わないと言って、リハビリに励んでいましたが、
病気の特性で症状はどんどん進み、
嘆き悲しむことが増えていきました。

いつも父が見てくれていますが、
元気な時は父を放ってでも出かけて行っていたのに、
今は父と二人の日々が多く、
引きこもりのようになっているのですが、
不自由な暮らしを予想して、介護認定を受けてもらい、
介護サービスなどを手配して、
デイサービスもいいところを探して
子供としてそばには居れないけど、
色々生活面の改善はしてきました。

しかし、それでも自分の病気のつらさで、そのことばかり嘆き、
足りない足りないとせがまれるような日々です。

それぞれの子供が中学生や高校生や大学生になり、
親としての生活も忙しく、
実家に顔を出す時間がなかなかとれなくなりした。

それもありますが、会ってもいつも嘆き悲しんだり、
甘えからひどいことを言ってくる父と母の形相が恐怖で、
何をしてもひどく嫌な気持ちにさせられているような気がして、
私自身も自分が不安定になり、
実家に行くと具合が悪くなることが増えました。

感謝して大事にしてきたつもりの父と母が
その存在が重荷で、どんどん人間として醜くなっていくような
そんな姿を見るたびに、
受け止めきれない自分がいます。

自分自身、子供たちの事や毎日の生活もあり、
私が母親として機能しなくなっては
自分の家族が立ちいかなくなると思い、
実家と距離を取ることで、何とかやっていってますが、

母は「会いに来てくれない」「生んでくれてありがとうって言ってくれない」
など、自分はこんなにつらいのよと投げかけてきます。
もう、自立した子供の生活より、
自分のつらさにしか気持ちがいかないようです。

何をしても、足りない足りないと心が枯れていくような母を
もう母親はいないんだなぁと感じてしまいます。

そうなると、母の思考が嫌でたまらなく、
どんな励ましをしても、
「あなたは正論ばっかりだわ」と言われたときに
心が折れてから、
励ましてもダメ、どうしても満足いかない母の思いに
向き合えません。

悩みぬいて、以前ある療法を受けました。
高額でしたが、何か改善策があればと思ったのですが、
「親など放っておけ」という指導でした。
バカなところにお金を使ってしまった。
こんなことなら、まだ高級エステに行った方がよかったと後悔。

結局、母が存在する以上、悩みからは解放されないと感じています。
母は一瞬ポジティブになりますが、
すぐにネガティブに転じて、
自分の生きざまなど延々と語ります。
『命がけで子育てしてきたんだよ』と言ってきます。

でも、あなたが留守に間、子供だって命がけで生きたよと思うのですが、
自分の苦労にしか目が行っていない母には、
それも「責められた」と思うだけのようなのでやめました。

パーキンソン病という、残酷な病が母を蝕んでいるのもわかるのですが、
「あなたたちもいつかわかりますよ」
「誰もが来る道です」など言われると、
まるで脅しのような呪いのような思いをぶつけられているようで、
顔を見に行くのさえも、出来なくなってきました。

世の中にはもっと大変な人がいるという慰めは
意味がないことも感じています。
今目の前にある問題は、世の中ではなく
病気を受け止めきれずに家族に依存して、
呪われたような人生を受け止めきれず、
家族に吐き出す母のこと。

私も母親ですが、自分が病になっても
子供が同じような病気になるなど絶対にないと、
子供には言うつもりです。
そのために、老後資金は貯めて、
自分の人生の幕を閉じれる準備をしていくことと
思っています。

でも、母も元気な時はそう思っていたと言います。
でも、なってみたいとわからない。
人生何があるかわからないんだよと。
あなたも同じように醜い自分のようになると、
念じられているようです。

母を精神的に切り離すことしか、
もう乗り越えられないような気がしますが、
それは母の人生の終わりなのかもしれないとも思います。
この先、どうなっていくのか・・・。

母親が突然亡くなってしまった友人は、
今も悲しみが言えないけど、
母親を尊敬して愛し続けています。

私はそうなれない気がしています・・・。
弱い気持ちの母親と向き合えない
弱い娘だと思いますが、
なにかアドバイスを頂ければと思います。

吐き出すように書いてしまいました。
読みにくくてごめんなさい・・・。

投稿日時 - 2016-08-09 10:48:09

QNo.9212907

困ってます

質問者が選んだベストアンサー

 質問を拝読させて頂きました。
 ごめんなさい。
 大変ですね・・・。
 お母さまの言う事を、一つ一つ何でも聞いてあげて
ください(‘v‘*)
 文章を読んで、お母さまの事を本当に大切に思って
居る事と思います(‘v‘*)
 心から、献身的に看病してあげてください(‘v‘*)
 [病は気から」
 お大事になさってください(‘v‘*)

投稿日時 - 2016-08-09 12:22:28

お礼

本当に、病は気からですね。
気の持ちようで周りへの影響も大きいです。

投稿日時 - 2016-08-09 15:38:26

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回答(5)

NO.4の続き.NO.3への自己レスです
>本当にあきらめきて受け入れることができれば,とても素晴らしくなると思います.
●あきらめるとはどういうことか
自我の木のアからイへつづく枝が尊敬されたい欲とすれば,他人から尊敬されることをあきらめるということは,イ,ウ,エの葉っぱは記憶として残っていますけど,枝がなくなるのでアから先へ行かなくなる,ということです.

●あきらめるとどうなるか
イ,ウ,エへ行かないので,過去を思い出さないので,過去に戻りたいと思わないので,現在と比較することはないので,理想と現実のギャップに悲しくなることはなくなると思います.あきらめるので病気や肉体への怒りはないと思います.将来どうなるのかという妄想,不安は残ると思います.エネルギーの漏えい,浪費が少なくなるので,エネルギーが余ると思います.
bを怖れているので,bを逃れて上へ行きたいと思うと思います.つまり自我の木の下から上へ向かうエネルギーがあります.木であれば萌芽能力があるなら,枝葉を剪定したあとのように,切った枝から芽吹き,新しい枝葉が生えてきます.新しく生えた枝葉はその環境に合っています.新しくできる自我は,そのときのお母様にあっていると思います.老木で萌芽能力がなければボケるということになるかもしれません.経験ないです.わかりません.

>聖人として接する方法もあることはあると思います.肉体的にはきついですけど,今のような嫌な気分にはならないと思います.
●上記の聖人とはなにか
お母様にどんなことをされても,許し,やさしくする態度のことを書きました.

●聖人になるとなぜ嫌な気分にならないか
餓鬼や暴れ牛のお母様と目線を合わせなくてすむので,嫌な気分になる役を演じなくてすむからです.

●聖人になるとなぜ肉体的にきついか
エスカレートしていく要求や暴れ牛のような突き上げが,肉体にこたえると思うからです.

(質問者さんが)
>〇将来パーキンソン病気になる不安
bの正体をつきとめることが王道と思います..
bを怖れて,bから逃れて必死に上へ上がろうとしている,あるいは落ちないよう現在いるところに留まろうとしているから,下へ落ちることを怖れると思います.bを怖れることがなければ,上へ行く,下へ行く,aへ降りることは怖くないので,下へ落ちることを怖れて,地獄や動物,人や天の自我にハマって,抜け出せなくなることはないと思います.ハマっても「私は~したい」からハマってると知ってるので,~をやめれば抜けれることを知ってると思います.エネルギーが十分あれば抜けれると思います.
「つきとめる」と決めれば,誰に聞かなくてもどうしたらいいか,わかってくると思います

お母様
尊敬は精神的欲望なので,なくても死なないです.でもある程度尊敬されたほうが社会的なストレスが少ないと思います.

●尊敬される範囲,量を限定する
お母様が,なぜ尊敬されたいか,だれに尊敬されたいか,どのくらい尊敬されたいかを考えて,決めて,その範囲で暮らすと楽と思います.近所の同じコースを散歩すれば,そのうち認知されて,外見で差別されることは少ないと思います.ご本人の意思次第です.

以上です.
長文失礼しました.
最後にオレがここに書いたことは,ほぼすべてデタラメです.道具として使えるなら使ってください.役に立たなかったり,使い終わったら,いらないものなので捨ててください.

投稿日時 - 2016-08-19 19:53:12

NO.3です.NO.3のコメント読みました.大変ですね...オレが質問者さんでもそう思うと思います.ご自愛ください.

質問者さんの役に立つかもしれないと思ったのでNO.4,NO.5を投稿します.NO.3の補足です.NO.3より長文です.いつか落ち着いたときにでも,気が向いたときにでもお読みください.読まなくても結構です.コメントもいりません.

以下本文です.
NO.3で地獄とか界とか,あやしい語を書きました.妄想です.でも使えると思ったので,自我と対応して説明します(NO.3を書いたあと思いついたあとづけの説明です).

●自我
よく使って電流が流れやすくなっている脳の神経回路?のようなもの.通勤経路のようなものです.たとえば会社の社員寮から最寄駅への通勤経路とすると(1)入寮初日,会社でわかりやすいけど遠回りな道を教えてもらって最寄駅から社員寮へたどり着く.(2)(今はグーグルマップがあるからしないけど)入寮後2-3日は社員寮の人に駅まで一緒に来てもらう.最短コースを教えてもらう.(3)休みの日,脇道がどうなっているか探索する.(4)毎日通い続ける.(5)通勤にその道しか考えなくなる.
通勤経路からそれる脇道を見ても,道として認識しなくなる.わき道について考えたり,行ったりしないで,最短経路を進んだほうが,目的のために効率がいいからです.NO.3の低エネルギー状態で書いた渓谷はこの通勤経路のようなものです.

上記の自我は物質として存在しないと思います.自我を変化のない固定したもの,境界線の見えるもの,固有の性質が見られるもの,他人と理解を共有できるもの,客観的な方法で測定できるもの,議論の対象となるものとして規定することは難しいと思います.でも多くの人にとって,感覚的に自我はあるのではないか?と思って感覚的に説明します.(つまり妄想を妄想で説明しますよ~)

●自我の木
〇自我の木
自我を立てて見ます.地面から1本の木が生えているとします.名前を自我の木とします.自我の木の地上部を横から見て,下から上に下記のようにあるとします.
記号;名前(量)
a;地面,
b;幹(1本),
c;主枝(数本),
d;主枝から分岐した枝(複数)



ア;太い枝(多数)
イ;太い枝から分岐した中くらいの太さの枝(多数)
ウ;細い枝(多数)
エ;枝に繁った葉っぱ(いっぱい)

〇自我の木と界の対応
記号;界
ア;地獄
イ;動物
ウ;人
エ;天

〇使い方
相手の自我が,自我の木のどこで発現したかにより,相対したときに感じる界が変わる,という考えかたです.理解できない相手を理解するモデルです.

■アの人の例(上のイ,ウ,エからアへ落ちてきた人の場合)
□主観
水切れでエ,ウ,イからアまで落ちてきた.さらに水切れして下へ落ちるのを怖れている.アからイへ伸びる枝の1本に「他人からよく思われたい」と書いてある.上へ上がりたいと思っている.他人から尊敬されれば,これより下へ落ちずにすむ,元いた上へ行けると思っている.尊敬はあればあるほどいいと思っている.他人からよく思われないことを怖れている.
□客観
餓鬼が地面に座り,周りに散らばる石を手で集めて,一心にほおばっている.お腹が空いてるようなので,テーブルにごちそうを並べて,どうぞ,と勧めたけど,いっこうに食べに来ない.地面にはいつくばって石にかじりついている.あんなにいっぱいの石を食べて体の中はどうなっているのだろう?と不思議に思ってよく観察した.尻の下の地面に穴が開いていた.底の見えない,無限へつながる穴だった.穴の名前は,人からよく思われたいだった.
□対人的な特徴
理性は通じない.怒りの感情は通じる.苦しみが途切れる瞬間が喜び.喜びを感じるために苦しみたいと思っているようだ.怒られると,嫌がりながら喜ぶ.耐苦性がある.

■イの人の例(アからイへ来た人)
□主観
まだまだ下へ落ちることを怖れている.もっと先へ行きたい.もっと樹冠を広げたい.中くらいの太さの枝をどんどん広げる.隣の木にぶつかるまで広げる.隣の木にぶつかったら,隣の木の枝葉を押しのけて,枝を伸ばす.なにも見えない,聞こえない.隣の木の硬い部分にぶつかって,もうこれ以上進めなくなるまで,枝を伸ばす.
□客観
遠くの大きな石の後ろから牛がヒョイと顔を出す.目があった.こちらへ駆けてくる.「あの...」と言った.勘のいい人はこれでスッと消える.「そちらの方向には」と言った.社会人ならここで,「ああ,すみません.」と言ってニコッと笑って方向転換する.「オレがいるんですけど,,,」と言った.普通の人はこれで「すみません」と言って方向を変える.「そのままこっちにくるとその先にオレがいますから」と言った.こんなことは誰にも言ったことがない.「そのまま来るとその先にオレがいてぶつかりますから」と言った.こちらへ一目散に駆けてくる.「ぶつかるとオレが痛い思いをするからと言った.」スピードは衰えない.「そのまま走ってくるとオレにぶつかるから,オレが痛いから」ともう一度言った.どんどん近づいてきてもう間近だ.「ホラッ!ぶつかる,ぶつかる,ぶつるっ!」・・・ドーン!「うがあ...」.牛は無表情な目でオレを見つめて,Uターンして石の後ろへ歩いて去っていく.
□対人的な特徴
理性的な言葉は通じない.怒りの感情は通じる.オレはやったことはないけど分かれ道で鼻づらをグイと引っ張って,行かせたい方へ誘導することは可能なようだ.

■ウの人の例
□主観
ここまできたら十分だわ.下に落ちることはないわ.樹冠の広さは十分です.樹冠の範囲については満足してます.これ以上樹冠を広げるつもりはありません.身分相応です.このままの状態を保ちたいです.隣の木の樹冠を侵害しません.ですから隣の木も私の樹冠を侵害しないでくださいね.
□客観
人.一軒家の女主人.お隣の奥さんから旅行のお土産に500円のお菓子をもらったら,遅くならないうちに必ず500円くらいのお菓子を買って返す.100円のお菓子をもらったら,100円くらいのお菓子を買って返す.貸し借りなし.町内のルールを知ってて守らない人には,機嫌を損ねないよう二枚舌で対応する.それにより敵視されることを回避する.すべては樹冠の範囲を侵害されたくないから.
□対人的な特徴
理性が通じる.言葉が通じる.言語によるコミュニケーションができる.いわゆる普通の人.社会人.ご近所の人.

■エの人の例
□主観
小さい細い木を見つけた.このまま放っとくと他の木に負けて枯れるかもしれない.一本立ちできるまで,樹冠の下に置いてあげよう.葉っぱを分けて,光が当たるようにしてあげよう.強すぎる直射日光はさえぎってあげよう.強風は幹でさえぎられて当たらないだろう.
□客観
日差しの強い日に,風通しのよい,適度に明るい木陰で休むことができる.風の強い日に,太い幹の風下で強風をよけられる.大きい.親切.尊敬できる人.
□対人的な特徴
会ったことない.わからない.

〇構造
オレは30代で生きるのをあきらめたとき,時間とともに消えていく欲望を観察したことがあります.その結果,(ここまで不明),生きていたい欲(保全欲),性欲の順に欲が見られなくなり,最後まで知欲が残りました.自我の木に対応すると,どこからかわからないですけど,幹に近いところに,下から上へ知欲,性欲,保全欲の順に分岐していたと思います.今の自我がどうなってるかはわかりません.

〇状況によって変化して発現する自我
ある70代女性を観察したところ
状況;自我のタイプ
家の中で同居する家族の前;餓鬼または牛,
家の外で近所の人の前,家の中でまれにあう家族の前;人,
家の中で同窓会の幹事として同窓生へ電話してたとき;天人
でした.
家の中で同居の家族といるときは,趣味の難しいゲームをして嫌な気分になっていたり,杞憂して不安になってたりしました.家の中で家族に対する態度は餓鬼や牛でした.一歩家の門を出ると,急にニコニコして,餓鬼から人になりました.近所の人へ普通の人として話しかけてました.対応も人でした.まれにあう家族などお客さんが家へ来たときは,いい役を演じようとして,家の中でも人になりました.同窓会の幹事で同窓生へ電話してるときは天人でした.キャキャキャッ!と聞いたことのない笑い声を聞きました.電話相手へ対してサービス満点でした.
上記のように,相手,場所によって,その人がいると感じる界が変わりました.その人のコントロールするエネルギーによって,発現する自我の木の高さが変わるからと思いました.

投稿日時 - 2016-08-19 19:41:56

こんにちは!
パーキンソン病についてどんな病気か知らずにググりました.大変な病気ですね.
オレは病気に関してはあまり似たような経験がないのですけど,とても元気な母との関係など
こうではないか?と思ったので書きます.的外れで,ご不快を感じさせたら,すみません.読むのをやめてください.

●お母様
a. 理想と現実のギャップ
理想;過去,天人のように他人へふるまい,とても尊敬されていた..
現実;現在,質問者さんへ餓鬼としてふるまっている.尊敬されればされるほどいいと思っている.パクパクしている.あるいは牛としてふるまっている.大きな石の後ろから質問者さんめがけて一目散に走ってきて突き上げる.
理想のアタシに戻りたかった.かなわなかった.理想と現実のギャップがとても大きいので,その分悲しんでいる.

b. 社会的に許せない
肉体がパーキンソン病に罹ったことが社会的に許せない.パーキンソン病の姿を人に見せたくない.

c. 低エネルギー状態
老化,病気,運動不足,悲しみ,不安,妄想,怒り,恐怖などでエネルギーが少ない状態.深い渓谷にチョロチョロとしか水が流れていない.川の流れは先細ると思っている.生活については今のままで,状況がどんどん悪くなると想像している.渓谷の壁の高さに対して水位が低いので,将来が悪くなる想像から将来がよくなる想像へ,川の流れを変えることができない.低エネルギーで今の状態を維持することでやっとなので,変化に対応できない,保守的になっている.変化に対応できないので,他人と意見が異なると,アタシ(意見)を変えられると思って攻撃的になる.

d. 徐々に能力が失われることを見続けることへの恐怖
パーキンソン病の進行で肉体が徐々に意のままに動かせなくなるのを見続ける.肉体機能が徐々に衰えていくのを見続ける.

>この先、どうなっていくのか・・・。
a理想を追い続けると実現しないので苦しい.理想をあきらめると苦しみはなくなる.
b症状が外見でわかることが最大の苦しみと思います.知人にパーキンソン病を隠し続けると,許せないものを隠して持ち続けることになるので嫌な気分と思います.知人にパーキンソン病であることをカミングアウトすると,隠して持ち続けることできなくなるので,嫌な気分はなくなると思います.またパーキンソン病が知人に受け入れられる,つまり社会的に許容されると,お母様はパーキンソン病について社会的に許可できるような気がします.パーキンソン病,あるいは罹った肉体への許せない怒りがあれば,なくなるかもしれません.お母様次第ですよね.
c悲しみで漏れたり,不安,妄想,怒りなどで浪費してしまうとエネルギーが減ります.悲しみ,不安などを小さくし,怒りをなだめ,とまらない妄想をしないようにすれば,エネルギーは今より増えると思います.
dすぐ死ぬ病でなく,徐々に進行する病を受け入れるのは,かえって難しいですね.胆力のいることですけど,男性ならパーキンソン病の病気の進行のビデオなどを見て,病気の進行についての概要を知ることで,病気の進行を予想して,妄想を止め,不安,恐怖を解消しようとするかもしれません.ただし将来を悲観して,鬱になるかもしれません.パーキンソン病の人の輪に入って,他人の病状を見たりすることで,同じ効果があるような気がします.また同じ病気の人と対等に話すと精神的にいいかもしれません.
本当にあきらめきて受け入れることができれば,とても素晴らしくなると思います.

●お父様
お母様と暮らすことで,お父様が地獄に巻き込まれているのではないでしょうか?大丈夫ですか?質問文を読んでて一番気になりました.

●質問者さん
〇質問者さんがお母様から受ける不快感について
お母様は今,餓鬼なのでお母様は質問者さんを餓鬼か鬼扱いすると思います.あるいはお母様が牛(動物)だったら,質問者さんを牛(動物)か牛飼い(飼い主)扱いすると思います.質問者さんをそれらとしか認識できないと思います.
質問者さんがお母様とコミュニケーションするということは,お母様と目線を合わせるということなので,質問者さんの意志に関わらず,質問者さんはお母様の属する界のどれかの役を演じることになると思います.そうすると必ず嫌な気分になると思います.質問者さんがいた元の界へ戻って影響を抜けるには時間かかると思います.質問者さんの不快感,母としての機能不全が生じる原因はその嫌な役を演じるから,ではないでしょうか?
(1)実家を離脱したら,意識して,それらの役を降りるようにするとどうでしょうか.
(2)質問文の内容から,お母さんは人一倍他人からよく思われたい欲が強いと思うので,デイサービスのヘルパーさん相手だったらお母様は人としていられるのではないでしょうか?また質問者さんでも短時間の接触なら質問者さん他人として認識して,人としていられるのではないでしょうか?そうだったら予めお母様との接触のあとにわざとどうしても外せない用事などを入れておいて,実家へ行って,お母様の様子を見て,用件が済んだらすぐ離脱するようにしたらどうでしょう?
(3)コミュニケーションしないでやらねばならないこととやりたいことだけやって,お母様のことはスルーする手もあります.
(4)お勧めはしないですけど,お母様を愛するなら,お母様に今生の人生を捧げるつもりで,聖人として接する方法もあることはあると思います.肉体的にはきついですけど,今のような嫌な気分にはならないと思います.


〇理想と現実のギャップ
理想;死ぬまで尊敬して,死んだ後も尊敬したい
現実;尊敬できない
今尊敬できないのだから,理想をあきらめたらどうでしょう.性欲の対象としての美が老化で衰えるように,尊敬の対象としての人格はヒトの手を入れ続けないと乱れる,という意見です.ジェームス・ディーンが美が衰える前に亡くなったように,たまたま友人のお母様が人格が乱れる前に亡くなったので,お母様に同じであって欲しいと思うのではないでしょうか.盆栽が自然に帰った,と思うのはどうでしょう.

〇将来パーキンソン病気になる不安
そうなったらそのときにどうするか決めよう!と思うのはどうでしょう?たとえなってもお母様の様子を見てるので,症状の進行を予想できます.未知の症状への不安や,思ってもない症状にいきなり見舞われてショックを受けることがないのではないでしょうか.

投稿日時 - 2016-08-17 16:56:13

お礼

丁寧に様々な意見をありがとうございました。
すべてを読むのは今の心情的にむりで・・・。

久しぶりに会った母の状況に衝撃を受けていて・・・。
なんと残酷な病気なのだろうと思っています。
母はガンを2回。その他の内臓疾患手術を2回。
と、4回の外科手術を乗り越えてきていますが、
今の病気が一番つらいと思います。

この病気を避けることが出来るのだろうか・・・。
なぜこの病気があるのだろう・・・。

病は気から。
でも、病から心も侵略されていくと思います。

感情を出しても何もならないことを感じています。
ただ淡々と、
今の状況に向き合うメンタルが必要と思いました。

投稿日時 - 2016-08-18 15:22:55

ANo.2

>>私も母親ですが、自分が病になっても
子供が同じような病気になるなど絶対にないと、
子供には言うつもりです。
そのために、老後資金は貯めて、
自分の人生の幕を閉じれる準備をしていくことと
思っています。
と書くあたりはまさに正論ですね。同時に
>>でも、母も元気な時はそう思っていたと言います。
でも、なってみたいとわからない。
人生何があるかわからないんだよと。
あなたも同じように醜い自分のようになると、
念じられているようです。
と、推測できているのですから、双方の気持ちも理解できているようです。

親も完ぺきではありません。人の誰しもが過ちを犯すように、その時々には正しい道を選んだように思えていても、後悔せずに生きてきた!という人はいないと思います。親の弱った姿を受け入れられないというのは、あなた自身が「老い」や「病気」を意識せずに生きてきた証拠です。当たり前ですけれど、普通はそうなってみないとわかりませんからね。
ネガティブな彼女もポジティブな彼女も全部彼女です。含めて全部で成り立つのです。

○○をしてあげた。というのは個人的な主観に基づく自己満足でしかありません。だから足りないと言われて怒りを覚えるのです。どうして欲しいの?と聞いたうえでそれをした挙句にそうじゃなかった!と言われたら怒ってもいいけれど、それでも本人の思うようにならないことは沢山あるでしょう。
あなた自身にもあると思いますよ。例えば想定時間内に子供がご飯を食べ終えてくれないなど。言われてすぐにやらないで、だらだらテレビを見ていた時など、少しはイラつきませんか?ないというなら失礼な例を出してしまったことをお詫びしなきゃなりませんけれど。

母親が一番戸惑っているし、混乱しているのです。自分と病気と死というものに向き合えていない。パーキンソン病は難病ではありますが、回復の見込みがまったくないわけではなく、介護も長期化することが多いですね。大変だと思いますが、やはり本人が一番大変。

私はあなたとは違って子供には言い含めています。「親族にがん系が多いから検診などをよく受けて早期発見に努めること!」と。遺伝子的にその傾向があるなら対策をとるべきです。知らされないまま病気になるのとはちょっとわけが違うと思っています。

母親とどう向き合えばいいのか。作らず飾らずありのままでいいと思います。昔の愚痴を言うのもいいでしょう。「自分たちをほおって仕事を続けたんだよね、寂しかったな」とか、学費を出してもらえずに苦労した。でもなんとかなったということはやっぱり自分で努力する力を身につけさせてもらっていたということでその点では感謝している。など。いろいろな話し方があると思います。一方的に話を聞くからストレスになるのであって、時々は「ねえ、恨んじゃいないけれど、こういう感情もあったんだよ」と知らせてあげるのもあなたの心を軽くする一つの方法であると思います。病気の人に何を~と思うかもしれませんけれど、実際そうなのですから、それでいいんです。

私も実母の介護をしていた時期には、天使と悪魔が同居していました。一秒でも長く親には生きていてほしいという気持ちと、早くこの苦行から解放されたい!という気持ちがせめぎあっていました。でも、いつの日にかXデーはやってきます。

精神的に離れるのではなく、表面的にそうするだけでいいと思います。
離れた自分と、離れていない自分、を作って上手に使い分ける。
そういうのが良いです。今更完全に吹っ切れるほどのことではない様に思います。

落ち着いて、あなたが後悔しないようにしてください。

投稿日時 - 2016-08-09 12:27:07

お礼

色々吐き出して、時々たまった毒を抜くようにしていますが、
母の病気の進行がここ数か月で急速で、
ケアマネや親せきなど、
色んな方から心配されている電話が来ています・・・。
私自身、ここ最近母とまともに向き合えず、
メールのみで会っていなかったのですが、
久しぶりに会い、母の身体の衰えに衝撃を受けています。
母のつらさや苦しみは、私は理解することが出来ません。
それは体験していない病気だからです。

人の事をわかるのはとても難しいことだと思います。
自分の感情を出していては、介護は出来ないと思いました。

投稿日時 - 2016-08-18 15:19:20

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