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締切り済みの質問

自分のこころと親・先生との板挟み。

音楽大学声楽専攻の4回生です。
音楽を学んできて、歌も人並み以上にはなれるだろう。オペラ歌手として続けろと先生に言っていただいています。それを聞いて母と父も喜んで、続けなさいと言ってくれています。
ありがたいんですが、私はそのお金を自分で工面しながら音楽の世界でやっていくのは自分のキャパシティでは厳しいと感じています。
かといって、両親のお金は私のお金ではないから、それを使ってまで歌を続けるのは嫌だというのが、私の譲れない部分です。なぜかというと、私は心身金銭面、ともに自立した大人になってから自分のできる範囲でやりたいことをしたい、私が私になること、それが私の夢だからです。
親のお金を使ってなりあがっても、私はそれを自分だと認めてあげられないと思うのです。

だから猛反対のなか就活をやってきました。しんどくてもレッスンは欠かしませんでした。成績トップ7代表者として海外のレッスンにも行くことになっていますので、それに向けても頑張っていました。先生の毎回の叱責と、就活で出掛けるたびの親の小言や嫌みも、無責任なことをしている私の受けるべき罰として受け入れてきました。

でも、最近急に身体が重くて動けなくなり、トイレでしゃがみこんだまま立ち上がる気力がでないなど、自分に異変を感じたので、両親に話して病院に行きました。
病院では、3度目くらいの診察で、初期だけど深めのうつ状態だから、大学を1ヶ月休みなさいと言われました。2週間、どんなに焦燥感にかられてもじっとしていました。
今日、どうしても入りたい会社の二次面接に行かなくてはならず、重いからだを引きずって、2週間でためたエネルギーをぶつけようと思って家を出ようとしたら、
「あらまぁ、そういうときだけは動けるのね。精々がんばっていらっしゃったら!」
と言われてしまい、面接は受けてきましたが、
心にずっしりとのし掛かって歩けません。

私は間違っていたのでしょうか?
しんどいとはいえ面接に全てを注いだ私は、甘えているだけでしょうか。
私が私になりたいとおもうのは、やはりおかしいのでしょうか。

長くなりましたが、みなさまの客観的な意見を拝聴いたしたく、こちらで質問させていただきます。どうかご意見をよろしくお願い申し上げます。

投稿日時 - 2014-06-10 16:34:38

QNo.8631750

困ってます

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回答(3)

ANo.4

本当にオペラ歌手になりたくてこれまでやって来られたのでしょうか?
それとも何となく、親の敷いてくれたレールを歩いて来られたのでしょうか?

もし本当にオペラ歌手になることが今のあなたの夢であるのなら、
親の援助でも何でも利用させてもらってそうするのは構わないと思います。
100%親の援助で医者になるのが普通なように、
大学へ行くのも親の援助で行くのが今は普通であるように、
やりたいことを目的達成するために利用できる援助は
大いに利用してもよいと思います。

国内の大学は知りませんが、外国の大学ではそうした目的と状況によっては、
返還なしの特別奨学金、つまり授業料免除が与えられるシステムがあります。
これなども他から与えられる援助であって、
それが親であるかないかの違いだけです。

またどうしてもやりたい研究などがある時、多くの人は親が頼れない時、
必要なスポンサーや援助してくれる組織などを探すものです。
そうまでして私たちは、自分の夢を達成しようとするものなのです。
そしてある程度、足場ができた時、それに見合う利益の供与があるでしょう。

ここまで私の文章を読んでこられて、あなたが抱えている問題は、
実は金銭的な問題なのではないことがおわかりになったと思います。

文面からの推測ですが、
あなたは歌の勉強を、もうそれほどやりたくないのではないでしょうか。
なぜならもし本当にオペラ歌手になることが夢であるのなら、
親であれ誰からであれ、利用できる援助は利用すると思うからです。

感じられることは、これまでの恵まれた環境の中で、何の問題もなく生きてきて
親からも先生からも援助と保護と、適切な指導をもらいながら、
同時に親の望みによる干渉とコントロールもいっぱい受けてきて、
どこに自分というものがあるのかという焦燥感に追い立てられている様子です。

本当にオペラ歌手になることがあなたの夢であるのなら、
仕事をしながらでもレッスンに通い、何が何でも頑張れるでしょう。
しかしその状況は、考えるほどそんなに甘いものではありません。
ましてや、それが本当の自分の夢でないのならば、なおさらです。
あなたは親や先生が望むからではなく、
自分が心から本当に
歌の勉強を続けたいと思っているのかどうかを自分に知る必要があります。

そこをクリアすることができれば、あなたは間違いなく、あなた自身になるのです。

投稿日時 - 2014-06-10 19:02:55

ANo.3

全然おかしくは無いと思う。
ただ、
貴方が自ら書いている「譲れない」部分。
それは言い換えれば、
譲るつもりが無い場所に最初から貴方が置いているとも言える。
そして、
その置き方(置き場所)は、
親や先生には良く分からない。
分からないだけでは無くて、
貴方は分かるようにも伝えていないんだよ。
伝えようとはしたんだと思う。
でも、
分かってもらえないならそれはそれで構わない。
私が分かっていれば、
護り続ければ良いんだから。
少し頑固になっていたんだと思う。
勿論頑固の代償はあるよ?
自分が考えている方向が周りから祝福されていない。
それを貫き通すタフな心。
ある所まではそれが自足出来ていた。
でも、
今回の貴方のように限界が来てしまう事もあるんだよ。
それでも、
貴方はダウンはしても心は折れない(折らない)。
そういう自分を焦燥の中持ち続けていた。
その時点で休養にもなっていないんだよ。
一旦決めた道を貫くぞ(やり抜くぞ)!
休ませるというよりも、
貴方の言葉のように再び動く為のエネルギーを「溜める」時間にしていた、
そんな貴方がいる。
溜めて、溜めて、溜めて・・・
何とか大事な時には復活出来るようにと腰を上げてみた貴方。
でも、
貴方の水面下の気持ちの流れや頑固な部分は周りには見えていない。
見えているのは、
休めと言われているのに休もうとさえしない貴方の姿だけ。
それも、
こちらが求めている方向に自分を使わずに、
自分が欲しい方向に必死になっている貴方の姿。
私が私になる事。
それが私の夢。
それは分かるんだよ。
でも、
ある程度限定された方向に自分の進路の舵を切っておきながら。
そこから急に浮上する「私は私」論の違和感。
貴方の「中」では一貫性があるのかもしれない。
でも、
それはあくまで貴方の「中」なんだよ。
結果的には、
周りにも良い顔をして、
それなりの対応をしておいて。
その後で「私は私」を言われても困るし、それは今言う事じゃない。
周りはそう思う方が自然なんだよ。
貴方も実は分かっている。
だからこそ、
周りの反論や逆風を「罰」とさえ捉えている。
自分が本当に正しい(誰が見ても間違っていない)。
そう考えているなら、
そもそも罰論なんて持ち出さないから。
どうして罰なんて与えられないといけないのか?
むしろ、
もっともっと周りに分かってもらうように。
その分かってもらえる力こそ「私は私」の根幹じゃないか?
貴方はそう考える筈なんだよ。
でも、
貴方はあくまで自分の「内なる」私は私になる、
それに向き合う事を一つのスタイルにしてきた。
内に向き合ってるからこそ、
外側には内側とは違うスタイルも選べたりするんだよ。
貴方の理想は、
いつか内なる私が外側の私にも勝り、
それが結果的に私「そのもの」になる事だった。
貴方はその方向で自分に鞭を打っていた。
でもその鞭が折れて、鞭を落とした。
限界が来て少し身体を休めて(でもあまり休まってもいない)、
貴方は再び鞭を持って動き出そうとした。
その内なる貴方のスタンスは、
周りには本当にただの「内向き」に見えてしまう。
内向きに見える=自分が見たい景色しか見ていない。
貴方の必死な感じは、
親から見たら全然貴方「らしさ」としても伝わってこない。
貴方はどう思う?
あっているか?間違っているか?
その極論を持ち出す前に、
もう少し自分自身に優しい気持ちで向き合ってみたら?
今の貴方は周りも自分自身にも優しくない。
ただ自分の「私は私になる」に頑なになっている。
だから自分自身を置いていっているんだよ。
そのサインが貴方の足元を止めている(体調不良)のに・・・
貴方はそのサインさえきちんと受け取らずに、
休むという時間の使い方にも頑ななんだよ。
ただエネルギーを溜める。
溜める事で、止まった足を再び動かす。
その為に貴方の内側が貴方をストップさせた訳じゃないのに・・・
アンバランスへのアラームが貴方の体調不良なんだよ。
それに気付いて欲しくて、
貴方の内側は貴方に対して少し待ったを掛けたんだよ?
その貴方の心の声こそが=私は私でしょ?
もっと丁寧に耳を澄ませないと。
別に貴方が思う事は否定しないよ。
でも、
何かを必死に考え続ける事によって、
他の部分が小さく狭くなったり、見えなくなってしまう事。
それが貴方の考える「私は私になる」なのか?
こうして心身が悲鳴をあげているから「こそ」、
改めて昂ぶる気持ちはロッカーに預けて。
ゆっくりと丁寧に自分自身に向き合ってみたら?
それが出来る力こそ、
私は私を大切に出来る力の源なんだからね?
優しさを失うと考え方が「極」になる。
極が生まれると、
対極が見えなくなる。
対極が敵になる。
対極がただのマイナスになる。
そうなってしまったら、
バランスの良い貴方は生まれない。
ゆっくりと深呼吸を。
バランス良く、
今の自分自身に笑顔でオッケーを出せている。
その状態こそが、
「私は私」が心地良く成り立っているサインなんだからね☆

投稿日時 - 2014-06-10 17:27:47

お礼

深く、丁寧で、思いやりのあるアドバイス、いたみいります。本当にありがとうございます。
なんかもう、的を射すぎていて返す言葉もないというか、それを通り越して感動を覚えております。
本当は一つ一つ丁寧に返していきたいのですが、とんでもなく長くなりそうなので、抜粋させていただきますがご了承願います。

周囲から見て、一貫性がなく理解できない、なにを肩肘はってるのと思われていることはわかっていました。でも、blazinさんに言われて、私がしていることは自然じゃないことには初めて気がつきました。可愛くないやつだったわけですね…笑
親にさえ私らしさも伝わっていなくて、なにが面接でしょうか。そりゃ親からしたら意味わかんないですよね。
私に厳しくなりすぎている、というのは目から鱗でした。私はいま自分を甘やかしていると思っていたので…。なんか、自分では目標に向かってやっているつもりだったけど、そうかんがえるとすごくあやふやで不安定ですね。
おっしゃるとおり、視界も考え方も狭くなっているし、見ていて痛々しいのかもしれません。
一人でなにをもがいてるのか、不思議で仕方ないって感じですかね?

まず、優しさってなんだろうって思ってしまいました。私はよく人に、優しいと言われます。でも自分に優しくするなんて言われると、わかりません。 こんがらがってきました。
サインを受け止めるやり方も、いまはわからないし、どうすれば自分に優しくできるのかも、わかりません。
でもなんだか、blazinさんの回答には、心揺さぶられました。コンサート中寝てたときに、予想外のシンバルの音にびっくりして飛び起きた感じににてます。笑
自分自身に丁寧に向き合うのは本当に難しそうですが、びっくり飛び起きたのを機に、手探りですがゆっくり考えてみたいと思います。
でも、一人じゃなんだか迷路のようで不安ですから、カウンセラーにでも行ってみようかな。一緒に考えてくれる人が必要かな。
なんて考えました。
こんなぐにゃぐにゃの私に、気づかせてくれてありがとうございます。
とにかく、あやふやながら道を探しながら生きていきます。

投稿日時 - 2014-06-10 18:49:20

ANo.2

とても自立した素敵な考え方だと思いますよ
芸術系のお仕事はどうしても難しいです。
それだけで食べていけるまでになるのには
時間がかかりますし、必ず成功するとは限りません。
大成功したと思いきやすぐに終わったなんてことも。

質問文を見る限り、うつの原因って親の小言では?
診察の時に先生に相談してみるのも1つだと思います。
親は良い顔はしないと思いますが、それだけ負担になっているんですし。

入りたいと思う会社もあるのですし
就職しながら音楽の勉強をしても良いと思います。

投稿日時 - 2014-06-10 17:06:36

お礼

回答をいただきまして、本当にありがとうございます。
うつの原因…そうですね。先生に聞かれても、親の手前きちんと伝えられていなかったかもしれません。先生も疲れてしまったんでしょう、としかおっしゃいませんでしたし…笑
医者の先生にお話してみるのも1つですね。
現実的で、わかりやすいご意見本当にありがたいです。
なんとか、がんばります。ありがとうございました!

投稿日時 - 2014-06-10 18:11:21

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