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解決済みの質問

創造的な人とそうで無い人の違い

創造的(クリエイティブ)な人とそうで無い人の違いとは何でしょうか?

ドラえもんに出てくるのび太君のような空想家タイプが創造的になるのでしょうか。
または知識の量も大事でしょうか。
創作物を制作し完成するための技術力も重要な要素と言えますか。

投稿日時 - 2014-05-31 20:01:40

QNo.8618558

暇なときに回答ください

質問者が選んだベストアンサー

一番の違いは、意識の使い方だと思います。

常に意欲的に意識し、情報収集にも見識にも
何に使えるか、どうやるのかなどを強い興味を
持ち続け意識を傾け続ける。

知識や経験、技術もそれに伴い増えて行くからです。

妄想・空想は、無い物ねだりならそこまでですが
創造は常に現実化できる方向ですので、事実把握が重要になると思います。


それっぽいのがありました。

I have no special talent. I am only passionately curious.
私には特別の才能はない。ただ私は、情熱的に好奇心が旺盛なだけだ。
                  アルベルト・アインシュタイン

投稿日時 - 2014-05-31 23:53:00

お礼

ありがとうございます。

投稿日時 - 2014-06-01 13:04:45

ANo.6

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回答(11)

ANo.11

いやー。
A8さんはこのカテで神として君臨する名物男でね。
いい事お言ったからフォローするよ。
わたしの人生は私だけのものであるとでも言う、自らの尊厳に目覚めるとあんたの場合いいだろう。
そして自らに意思で生きる事を体現し自らを切り開く。
そこに自分自身の着想や独創が備わるだろう。
そうじゃ無く誰かに養ってもらいたい。
いい就職口に収まりたい。
これだと、奴隷志願だろうね。
まあ市民権を得るために励みたまえ。

投稿日時 - 2014-06-02 23:28:10

お礼

ありがとうございます。

投稿日時 - 2014-06-07 07:23:05

ANo.10

No.6です。
クリエイティビティと言うことでプラスします。

クリエイティビティは個性の象徴であり
他者依存では無いと言うことです。

今世間にある情報から自律と依存の違いは
自らが欲しい情報を、他者に集めてもらい咀嚼してもらい
全てをお膳立てしてもらうのが、依存。
これは自らが深く考えず、判断が主な作業となります。

自律は自らが奔走し、必要だろうと思う情報をかき集め
その成り立ちや、知りたいことの周囲の情報など
多岐に渡るものを手にしてやって行きます。
その場合、自らで答えを出すために深く長い時間を要することが多いようです。

依存情報収集は他律的であり、奔走型は自律的となります。
他律に個性的なクリエイティビティは算出(産出)できず
自律によってのみクリエイティビティは、磨きをかけることができます。

どちらが良いとか悪いとかは無いのですが
自分がどう言う人間になるのか、あるいはなりたいのか。
そこに大きく関わってくる所だと思います。

それが、創造的人間として歩むか
空想的人間、あるいは自らだけでは非生産的人間として
歩むかの、大きな違いになる選択箇所だと思います。

投稿日時 - 2014-06-01 14:13:22

お礼

ありがとうございます。

投稿日時 - 2014-06-07 07:22:36

ANo.9

創造的でない人とは破壊的な人の事です。

創造的な人は人間関係を大事にします(友達がたくさん居るという意味ではない。友達は少数でも仕事、買い物の店員、近所の人。人生で出会う人を大事にします。)そう言う人当たりの良い人は好まれるので、本人は他人に警戒心が無くなり、自分自身も好きになり、趣味や作品つくりなどの制作欲求や新たな人間関係の出会いの欲求など、「創造」的な人生をより一層強める好循環になります。

破壊的な人は、人間関係を軽視します。人とトラブルを起こし、今ある人間関係を「破壊」します。そして、周囲から忌み嫌われ、より一層人間嫌いになり孤立していきます。そして人と合う気も起きず趣味をする意欲も起きず、酒びたりになったり健康を害しても気にならなくなり、より一層破壊的な思考に囚われる悪循環になります。いずれは周囲だけでなく、自分自身を破壊します。


創造的な人と、そうでない人の違いです。

投稿日時 - 2014-06-01 13:06:28

お礼

ありがとうございます。

投稿日時 - 2014-06-01 13:21:50

ANo.8

 こんにちは。


 自分が自分であるように

 また家族がすこやかに暮らせるようにと 

 日から日へおのれをうんうんと推してあゆみ

 これを天寿をまっとうするようにあゆみきることは

 じゅうぶん《創造的な生き方》です。よ。

投稿日時 - 2014-06-01 10:29:41

お礼

ありがとうございます。

投稿日時 - 2014-06-01 13:20:39

ANo.7

創造には、表面的なパターンにおいて新たな表現を
作り出す芸術的(現象的)創造と、原理的な改変を
伴う工学的(原理的)創造がある。
前者を行うには、多くの現象的パターンを知り、また
多くのパターンを自ら作り、自分の中のデザインボキャ
ブラリーの引き出しを増やす事で、環境からの新たな
与条件に対応して、新しいパターンが生まれる。
後者は、現象的対象を複数の原理的要素に解析し、
その要素の組み合わせの中に、実用的可能性を
見出すという方法をとる。
これらは必ずしも厳密に分かれている訳ではなく、
1つの創造の中で両方が分かち難く用いられている
ケースが多い。

そうした場合、日常において環境に流され、社会的に
与えられるアメ(お金や出世)やムチ(法規やモラル)
によって他律的に生かされている人間は、環境認識
も既成概念に縛られがちで、どちらの創造性も乏しく
なりがちである。
もちろん、そうした人の創造物でも、利益や名声を
生む事もあるが、そうした物は、長い時間の経過の
中で忘れ去られて行くような、真の創造ではない
場合が多い。

投稿日時 - 2014-06-01 08:35:11

お礼

ありがとうございます。

昔、漫画家になりたいので訓練の一環として一日一本の映画を見ているというような書き込みを見たことを思い出しました。
現象パターンを知り、現象パターンを作りだしというところなのでしょうね。
言い換えると芸は模倣から始まるというところでしょうか。

工学的には、技術や仕組みの根本を理解して応用していくという感じでしょうか。

投稿日時 - 2014-06-01 13:20:16

ANo.5

私はむしろ技術力こそ重要と思います。好きこそものの上手なれ、や、鍛錬によって磨かれた技術力が、唯の空想や知識を、形ある存在にならしめるからです。

投稿日時 - 2014-05-31 22:44:59

お礼

ありがとうございます。

投稿日時 - 2014-06-01 13:04:29

ANo.4

市民か奴隷かの違いだよ。

投稿日時 - 2014-05-31 22:39:53

お礼

ありがとうございます。

市民…自発的に行動できる
奴隷…与えられたこと、言われたことだけしかできない

このような事でしょうか。

投稿日時 - 2014-06-01 13:00:25

創造というのは、あたらしいものをつくることです。空想というのは夢を見るのとおなじことで、これらには直接の関連はありません。
貴方の文章の中では「知識の量」というものが創造にかかわっています。というのは、宇宙のはじめから今の物質がたくさんある今までの変化は、おおむね創造による変化ですが、その変化は基本的にあるものAとあるものB、あるいはあるものCなどの組み合わせによってなされたものです。つまり、創造にはそのための材料が必要なのですが、知識はその材料になりますから、知識の量が多い人は、可能性として創造する力が比較的大きいと考えられます。
ところで、何と何を組み合わせたら「創造」になるのか、ということについては、知られておりません。その技術についてもカード式とかブレーンストーミングとかいう技法が考えられていますが、それらが本当に有効かどうかはわかっていません。やはり、創造力の強い人は、羽生名人のように、何と何が組み合わさったらいいものが出来ると一瞬にして判断できる未知の能力を持った人なのでしょう。

投稿日時 - 2014-05-31 21:45:45

お礼

ありがとうございます。

投稿日時 - 2014-06-01 12:57:32

ANo.2

「創造性」は、「妄想力」ということと、殆ど同義だと思います。
強い妄想力が無いと、新たな世界や価値は生み出せません。

技術力は「ツール」です。
確かに、「創造性」を形にする確かな「技術」というのも、大きな要素かもしれません。
でもおそらく、本当に創造性が並外れた人間というのは、ペンが無いならで鍵盤で、鍵盤が無いならノコギリで、ノコギリが無いならフライパンで・・・と、何かしらのツール・形式で、自らの「創造性」を生かすでしょう。

勿論、それを「形にしたい」という強い欲求がそこに無ければ、結果的に何も無いも同じでしょうけどね。

投稿日時 - 2014-05-31 21:08:35

お礼

ありがとうございます。

何かがなくても工夫で乗り切るのが創造性の豊かさというわけですね。

投稿日時 - 2014-06-01 12:38:09

ANo.1

形として残さねば、社会の他人にとっても意味があるものにはなりません。

ですから、空想したものを、なにか文字として残すなり、実際に材料をつかって形にして試してみる、というところまでしないと、少なくとも何も創り出していないのです。

一方で、そのアイデアを聞いたら、こういう方法で実現できるかもしれない、これくらいの馬力がある動力を使えば動くかもしれない、という知識や技術に通じている人もいます。

昔(20世紀のはじめごろまで)は、最初から最後まで自分ひとりでアイデアを実際に動くものにまでしていたのが、今はさすがに誰かの協力をえたり既存の材料に一工夫してこれまでの壁を乗り越える、という共同での開発が多くなっているのではないでしょうか。

これは、バイオのような世界でも、ITのような世界でも同じです。

投稿日時 - 2014-05-31 20:44:04

お礼

ありがとうございます。

投稿日時 - 2014-06-01 12:36:04

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