みんなの「教えて(疑問・質問)」にみんなで「答える」Q&Aコミュニティ

こんにちはゲストさん。会員登録(無料)して質問・回答してみよう!

解決済みの質問

和訳お願い致します。

The point is that, notwithstanding special difficulties in assigning this or that being to one or the other class, the psychological classification which I advocate resembles the zoological classification which I have cited ; it is a valid classification, inasmuch as it recognizes a distinction where there is certainly something to distinguish. For even if we take the most mechanical view of mental processes that is possible, and suppose that conscious intelligence plays no part whatever in determining action, there still remains the fact that such conscious intelligence exists, and that prior to certain actions it is always affected in certain ways. Therefore, even if we suppose that the state of things is, so to speak, accidental, and that the actions in question would always he performed in precisely the same way whether or not they were thus connected with consciousness, it would still remain desirable, for scientific purposes, that a marked distinction should be drawn between cases of activity that proceed without, and those that proceed with this remarkable association with consciousness. As the phenomena of subjectivity are facts at any rate no less real than those of objectivity, if it is found that some of the latter are invariably and faithfully mirrored in those of the former, such pheno mena, for this reason alone, deserve to be placed in a distinct scientific category, even though it were proved that the mirror of subjectivity might be removed without affecting any of the phenomena of objectivity.

投稿日時 - 2014-04-25 11:43:32

QNo.8568158

すぐに回答ほしいです

質問者が選んだベストアンサー

以下のとおりお答えします。(抽象的な表現が多く、具体的な意味が不鮮明になりがちです。これは、翻訳のまずさもあると思いますが、取り扱っている事柄の性質に由来する部分もあると考えます。)

私の主張する心理学的分類は、どれとどれをどれとどれの種類に割り当てるかという場面で特別の困難があるにもかかわらず、すでに引用した動物学的分類に似ているということが重要なところです。それは、何かを確実に区別するような違いを認識するものであるからこそ、有効な分類であります。

なぜなら、もしも私たちが可能な心理作用の中で最も機械的な視点をとり、そして、意識的な知能が、決定する行為において何の役も演じないと推測するにしても、そこにはまだ、そのような意識的知能は存在し、特定の行為に先立って、何らかの方法で常にそれに影響する、という事実は残ります。

したがって、ものごとの状態はいわば偶然的なものであり、問題の行為が、意識とこのように関係があるにせよないにせよ、常に同じ方法で正確に実行されるであろうと私たちが想像するにしても、科学的目的のためには、意識との明確な関連なしに進行する行為の場合と、関連を伴って進行するものとの間に刻印される区別の線引きをするのが望ましい、ということは依然変わりないでしょう。

とにかく、主体性の現象は、まさに客体性のそれに負けず劣らず現実的事実ですので、もし後者のうちのいくつかが前者のそのような現象の中で常に忠実に反映されるのが見られる場合は、たとえ主体性の反射鏡が客体性の現象のうちのどれにも影響せずに転移するというようなことが証明されたとしても、この理由だけで個別の科学的範疇内に置かれるに値するものであります。

以上、ご回答まで。

投稿日時 - 2014-04-28 09:42:58

お礼

ありがとうございます。

投稿日時 - 2014-04-29 03:21:02

このQ&Aは役に立ちましたか?

1人が「このQ&Aが役に立った」と投票しています

回答(1)