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締切り済みの質問

ボランティアの概念とは

大学一年の者です。私は、夏休みを利用して東北へ震災復興ボランティアに参加したいと考えています。
震災が起きた年、何か行動を起こしたいと思っていても当時は高校生で、参加できるプログラムが少なかったり、日程が合わなかったり、東北へ行くことができませんでした。
大学生になったら東北へ行き、自分の目と心で実際に被災地の現場を見たい、学びたい。これは高校生から考えていたことでした。
震災から何年か経った今も何かできることがあるはず。東北へ実際に足を運びたい。学校に東北へボランティアに行くプログラムがあります。それに参加をしようかと悩んでいるところです。

しかし、母に、”単なる興味本位で東北へ行くということは被災地の方に非常に失礼なことである”といわれ、はっとしました。そして、ボランティアについて深く考えました。
プログラムでは瓦礫撤去や、地域の方の手伝い、傾聴サロンなどの活動があります。もちろん、そのような活動に一生懸命取り組み、その活動を通して、自分がなにか学べたり、経験を通して一歩成長できたりするだろうと思い、ボランティアに参加したいと思っているところです。
“自分”が学びたいという下心を持ってボランティアに参加することはやはりいけないことなのでしょうか。
ボランティアとはなんでしょうか。どのような気持ちでボランティアに参加をすればいいのかわからなくなってきてしまいました。
ボランティアとは"100%の善意"を求められているものなのでしょうか。
実際にボランティアに参加する人々に対して「自己満足だ」「売名行為だ」などと言われることが多くあるとは思います。
自己満足、いけないものなのでしょうか。
ボランティアをしているから「自分は偉い、感謝されるべき」などと考えるのは間違っていることは確かだと思います。
ボランティアとはどのような気持ち、心構え、考えで取り組むべきものなのでしょうか。
様々な方の意見お待ちしています。

投稿日時 - 2013-08-04 21:04:02

QNo.8205898

困ってます

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回答(9)

ボランティアは、自己満足です。
自己満足と自覚するから、助け合い、感謝し合うことができる。

ボランティアとは何か・・・それを本当に考えるのは、実際に体験してからです。
まずは悩みながら、参加することです。

投稿日時 - 2013-08-04 23:45:42

ANo.8

>単なる興味本位で東北へ行くということは被災地の方に非常に失礼なことである

私はお母さんとは違う考え方ですし、違う考え方で東北に行きました。
そして結果的に、それは「間違いではなかった」と思っています。

考えてみてください。
「興味」というものは、何でしょう?。
これはとても重要で、今回の質問の核となる部分なので、よく考えてみてください。




何かの行動を起こすとき、そのキッカケになっているのは「興味」です。

それが不謹慎であれ、現地の人の気持ちを逆なですることであったにせよ「興味」というものが無ければ、人は心底「行きたい!」とは思わないでしょう。
…違いますか?。

私は「見たい、行きたい」と、まず思いました。
ただ、やはりどこかで「行ってもいいものだろうか?」という迷いもありました。
何をやるでもなく、現地の人の苦闘の地に、私がヒョコヒョコ行っていいのか?と。

しかし、現地の方が、あるメディアを通じて「来て欲しい、見て欲しい!」と言ってくれたのです。
発言をしてくれた。
それで私はハッ!としたのです…自分の目で見ないで、何を迷っているんだお前は!と。
自分の中の「気後れ」に棲む「見て見ぬふり」に気づいたのです。

だから、私は行きました。
もちろん「ボランティア」ではなく、あくまでも「訪問」として。

いろいろなことがありましたけど、私は現地から「様々なもの」を「戴いて」来たのです。
それは私の「血肉」になりました。
私のこれからの、生きる方向性を教えてもらいました。
生きるとはどういうことか?ということを、私は教えて頂きました。

私もボランティアの経験はあります。
災害ではないですけど。
ボラに関わっていく中で私は「教わる」ということを当事者の方に叩きこまれました。
変えるのではなく、まず自分が変われ、と、私は教えていただいた。
変わりながら、今まで抱えていた常識を破壊しろ、もっと自由になれ!と教えられました。

どんな立場であれ、人と人との関係性は「相互扶助」です。
「助け合っていくこと」でしか、人は互いを認め合い、暮らしていくことはできません。
困った時に助けるという行為は尊いものですが、助けること「そのもの」に何かを見出すことはしてはいけないのだと思うのです。
それは「エゴ」ですから。

あなたの気持ち、あなたの「想い」は、一体あなたに何をさせようとしているのでしょうか?。
そこのところをもう少し、自分で見つめてみてください。
それがもし、ボランティアであるなら、それは素晴らしいことに違いないです。
でももしそうでなくても、私は現地に生きたいと願うならば「興味本位でいいから」行くべきだ!と思います。

何かを得たことで、理解したことで、その後の人生すら変わっていくのですから。
そしてそれはきっと、現地の人にとっての「福音」につながっていくはずです。
私は信じています。

投稿日時 - 2013-08-04 23:07:33

ANo.7

仰るように、ボランティアって結局は偽善だ、と知ったふうにうそぶく人もいますね。
そのようなネガティブな意見にどう決別すればいいのか、高校生ぐらいまではわかりませんでした。
が、アメリカのボランティアと寄付事情を知って、私のボランティア観が変わりました。
>ボランティアとは"100%の善意"
とも思わなくなりました。

英語での意味をご存じですか?
volunteerとは、もちろん英語においてもボランティア活動を含みますが、本来の意味は「自発的な行動」を指します。
「自分/自分たちでできることはやる」という意味です。
成り立ちを考えると、アメリカには政府に対する不信といってよい感情が常にあります。
フロンティア精神で自分たちの生きる場所を切り拓いてきた国民性です。
アメリカでボランティア活動がさかんな理由はこの精神がひとつにあります。何もかもを他人/政府にまかせておけない。
アメリカ市民の一人として、自分でできることでこの社会を支えるんだという意識があります。
大統領就任演説で「国があなたのために何をしてくれるかではなく、あなたが国のために何ができるかを考えようではありませんか。」と述べたのはジョン・F・ケネディです。
日本の「お上になんでもまかせておけばいいんだ。」といった感情とは真逆です。
日本で寄付やボランティア活動が西洋諸国に比べておとなしい理由は(もっと貧しい国の方が寄付総額が大きかったりする)、こうした国民性と関連があるのでしょうね。

ですので、私はボランティア活動=善意ではないと思います。その社会を自分もできる方法で支えるという意識でしょう。
あなたができることが向こうにあり、それを望んでいる人がいるのならやるべきですし、行ってもいいと思います。
ですが、学生さん特有の甘さは指摘させてください。
>自分の目と心で実際に被災地の現場を見たい、学びたい。
>その活動を通して、自分がなにか学べたり、経験を通して一歩成長できたりするだろう
半歩の成長も、何も学ぶことがなければボランティアはやめますか?
あなたの目と心で見ることで、あなた以外の人に何かメリットがあるのでしょうか?

これ、就職活動の時の志望動機でも同じことを書いてしまう人がいます。
職場は学校ではありません。ボランティア活動だって同じです。
あなたは「自分の学び」のために、困っている人をだしにしようとしている、
被災者に向かって「困ってるんでしょ?助けてあげるんだから、文句は言うなよ。」っていうんですか?そう思っているんでしょう?
そんなふうに受け止められかねませんよ。

お母様はそれを「興味本位」と不快に思われたのではないでしょうか。
いずれにせよ、日常と違うところで過ごせばなにがしか学ぶことはあります。でもそれは結果であって、目的にするのは…どうでしょう。
そういう意識の学生は、えてしてやるべきことを自分で見つけるのが下手で、指示されたことしかやらなかったりしがちだそうです。
それまで学生で学ぶことを与えられてきただけの立場なわけですから。その上女性となると、迎え入れる側も防犯など気を配らなければならないのに、力で男性に劣るので戦力にはなりにくい面があります。

あなたが今ボランティア活動で「深く考えるべき」なのは、動機の是非ではなくて、もっと別のことではないかと思います。
与えられたプログラムをながめてこれならできそうと思うだけじゃなくてね。
厳しい回答申し訳なく思いますが、自分自身がボランティアとして参加した結果、私が学んだことでもあります。

投稿日時 - 2013-08-04 22:26:04

ボランティアは奴隷労働じゃないんだから、自己満足成分は入っててもいいと思いますよ。

要は、ボランティアをされる相手に何かいいことがあれば、それでいいんです。
なにかしたほうが、しないよりはましです。

善意が100%もあるような人って、この世にいないですから、心配しなくてもいいと思います。

それに、一度被災地へ行ってみるというのが、あなたの勉強になると思います。
行くと、とんでもなくびっくりします。それはテレビみてるだけの人には絶対わかんないから、いったほうがいいと思う。

そういう勉強させてもらって、その分なにかお返しする、という感じが一番理想的な気がします。

行くなら、楽しんで来たらいいと思います。無駄にしかめっ面しても、意味ないからね。

投稿日時 - 2013-08-04 22:05:16

ANo.5

大学生のころ4年間障害児のボランティアをしていました。

そのボランティアは、もちろん最低限護るべきルールや配慮しなければいけない点はありましたが、基本的に「皆が楽しく過ごす」を目的としていました。親御さんたちも、学生が楽しめるように配慮してくれていました。
『楽しくなければ続けられない』『ボランティアされる側にもする側にもメリットのある活動がしたい』と思って活動をしていました。

ボランティアをするうえで、単なる自己満足はいけないと思います。
ですが、あなたの起こした行動で助かる人や喜ぶ人がいるなら、自己満足ではないと思います。
すべきこと、出来ることを精一杯する。そのうえで楽しんだり学んだりすべきなのかな~と思いますよ。

投稿日時 - 2013-08-04 22:02:37

ANo.4

ほんのわずかでも
被災地の手助けをしたい
きもちがあるのなら
ボランティアにいっていいと思いますよ。
だれにもとめる権利ないと思います。

当時 よく報道を通して聞こえてきたのは
「生半可な気持ちで 手助けにこないように」でした。

わたしはおもいましたよ

「じゃ ボランティアのプロだけあつめれば?」
 とおもいました。


>>>震災から何年か経った今も何かできることがあるはず<<

やることはくさるほどありますよ。
その証拠にいまだに片付いてない部分が
やまほどありますから。

すこしでも学校に行った人なら
過去の歴史の大災難を学んでるはず。
学んでも、この程度の効果です。

投稿日時 - 2013-08-04 22:01:38

ANo.3

人の為に、の中に、自分の為に、を混ぜる事は不純な事でしょうか?
私はそうは思いません

自分の欲求が、結果として人の為になる
そう思えば良いのではないですか?

普通の仕事だって、「お金を稼ぎたい」っていう欲求が
結果として人の役に立っている
そんな人だっているのです

自己満足で良いじゃないですか それが人の役に立ってるんですよ?
役に立たない人間より100倍マシです
自分の為にボランティアしてみましょう

投稿日時 - 2013-08-04 21:57:27

質問拝読しました

非常に素晴らしい、優しいお嬢さんですね

「ボランティアとは何ぞや?」→一番求められるのは自主性と無償かな?

学校のプログラムはどんな感じですか?

寝る場所と食料は当然自前ですよ

>自分が学びたいという下心を持ってボランティアに参加するのはやはりいけないことなのでしょうか?

いいえ、むしろ大賛成です

質問者様はまだ18歳とお若いですが、仮設で暮らしているお年寄り全員と挨拶をして回ったりお話を聞いてあげたり...

まぁ、瓦礫の撤去は体力的に厳しいでしょうが...

できることはナンボでもありますし、義援金じゃ片付かない問題もあります

学校単位で参加できるならそれでOKですが、東北のお役所に電話して問い合わせてみるとか、それともお母様の言う通り何か心にモヤモヤがあるならこの夏休みを利用して観光に行ってください

お金を落として帰るのも立派なボランティアです

健闘を祈ります

投稿日時 - 2013-08-04 21:22:15

ANo.1

>自己満足、いけないものなのでしょうか。

いけなくはないけど、現地の人に喜ばれた上での自己満足であって欲しいですね。
「現地の人に喜ばれる」ことこそボランティアだと思います。
自分のことは2の次です。

投稿日時 - 2013-08-04 21:18:34

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