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締切り済みの質問

中学から数学を学ぶ必要性

僕は、未だに中学校から数学を学ばなければならない事に疑問を感じています。
結論を言うと、小学校までの算数を学ぶまでで、将来社会人となって働くには充分だと思います。

高校数学は勿論、中学校で学んだ数学が今までの日常生活はおろか、現在社会人である僕の仕事で

役に立った事など全くありません。

それもそのはず、日常生活でする計算など、電卓やレジやエクセル等を使えば充分なのに、
方程式、連立方程式、1次2次関数、証明、平方根、因数分解等が何の役に立つのですか?

これらの数学が出来なくて、困った事など、断言します一度もありません!!!!

とはいえ、将来は理系に関わる仕事(土木・建築・医療・薬学・電気・機械系・農学等)がしたい人や、数学を専門的に学べる大学や大学院に進みたい人もおり、あるいは国立大学に進みたい人、数学の
教師や塾講師になりたい人もいるでしょうから、そういう道に進みたい人だけ数学を学べば良いのです。

しかし、私が納得いかないのはそんな数学が、中学から国語と英語に並ぶ、重要教科になっているという事です。一般教養だかなんだか知りませんが、英語や国語ならともかく、数学なんて一般教養の科目にしても何の意味もないと思います。
更に、大学入試だと、私立の文系大学なら受験科目に数学を選択しなくても良いのに、高校入試だと
必修選択です、それも実に納得いきません。

ちなみに数学が嫌いや不必要という考えを持ってる人は僕以外にも沢山おります。mixiのコミュニュティーでも「数学嫌い」というコミュもあるぐらいです。

ここで、質問に入りますが何故日本という国は、数学なんかを中学で強制的に学ばせ、必修教科にする等訳のわからない事をし、何故選択教科にしないのでしょうか?

投稿日時 - 2013-07-04 00:19:51

QNo.8161358

困ってます

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回答(21)

ANo.21

単純に、色んな勉強をするための1つの手段だと思います。
大体本当の勉強なんて、社会にでて、自分が危機にさらされてするもんだと思いますがね。その時に、少しでも頭がいい方が助かる確率が高いだけと違う?
別にやりたくなきゃやらなきゃいいじゃん。逃げ回ってればさ。
だけど、カリキュラムについてはさ、
大学受験を意識するまで、学生の方向性は、定まらないし、苦手なのを知っておく事や、知能のバランスを考えて、何百万の学生に公平で公正な価値として、高卒を認定する。という前提・・・さ、あなたならどんなカリキュラムにしますか?世界各国から認められている日本のカリキュラムを覆す素晴らしいご意見をどうぞ!

投稿日時 - 2013-08-30 23:50:41

ANo.20

じゃあ、ぼくからもっと過激な意見、いいですか?

学校の科目って、どれも義務化する必要なくねって感じです。

ぼくね、理系だったんです。

古典とか、社会、意味わかんなかった。

古典なんて、誰も使わないし、地理なんて地図見りゃわかるじゃんって。

なんでこんなの覚えなきゃいけないんだろうって。

みんながやりたい勉強やれば、しあわせでしょ?

お花勉強したい人はお花を、スポーツならスポーツ、お笑いならお笑い、
物理なら物理、法律なら法律。

あんな画一的な教育の意味がわかりません。

ってか、あなた勘違いしてますよ。

あなたは勉強する義務なんてないんです。

先生の言う「勉強は権利でありがたいものだ」とは違います。

あれは、権利と言う名目の義務です。(笑)

そうじゃなくて、国民の義務は「教育を受けさせる義務」です。

あなたが受ける義務じゃない。

あなたが「勉強したい」って望んだ時に、「それを大人は受けさせろ」ってことです。

権利ですから、当然放棄していいんです。

まわりがガミガミ言おうが、数学やらなければいいんです。

どうせ、まわりはガミガミ言うことしか、できません。

投稿日時 - 2013-08-13 14:56:13

ANo.19

 こんばんは、三度目の回答です。
質問者様は「現在の中学校の数学カリキュラム」と70年代頃のそれとの違いにお気付きでしょうか。現在、中学校の数学の教科書には三角関数の項目がありません。
 僕が過ごした70年代には、この項目があって中三の段階で「サイン」「コ・サイン」「タンジェント」を扱っていましたが、それには理由もあります。この「三角関数」を実際に使用するシーンが実業界でもあり、それは測量を扱う建築の分野です。
 中学校の教育課程は義務教育課程ですから、国民としての最低限の知識を習得する場でもあります。つまり中学校を卒業した段階で一人の日本国民としての最低限の素養を持つことを意味します。これは裏を返せば、中卒でも仕事に従事できる人間を育成するとの意味であり、日本の得意とする分野でもあった土木建設の領域で即戦力となる人材育成を意図してのことに他なりません。現在なら差し詰め、異文化とのコミュニケーションを図ることを企図しての外国語教育に相当するとお考えになっても差し支えはありません。
 質問者様の論理からすれば、「英語は役に立つから必要科目ではあるが、数学は役に立たないから必要科目ではない」との帰結になりますが、この英語も数学も「論理とそれを示すための適切な表現手法」との点では一致もしています。むしろ問題であるのは、そうしたファンドメンタルな部分の意味を教えず、節枝末葉に拘ってしまう運用上の不味さと、教員の独創的なアイデアを中々認めたがらない文科省の基本姿勢にあるともいえるでしょう。

投稿日時 - 2013-07-27 01:05:21

ANo.18

学校教育の内容に関していろいろ問題があるのは事実でしょうが、「実社会に出てから使わない人には必要ない」「必要になりそうな人ややりたい人だけやればいい」というのは最も陳腐で浅はかでつまらない考えです(だからたくさんいるんですね) 。しかしあなたにそれを説明しても無駄だろうからやめておきましょう。こういう投稿をする人って、ただ自分の考えを主張したいだけで、それに対する反対意見を真摯に受け止めようとする姿勢を持っていないんだもの。

投稿日時 - 2013-07-26 09:14:35

ANo.17

そんなこといってたら、社会だって国語だってなんだって別に知らなくてもできなくても生きることはできますし、それによって損をすることと特をすることを天秤にかけたら習わなくてもなんとかなるのではないでしょうか?例えば、読解力とか言いますけどそれって結局何?って思いますしね。漢字だって書けない読めないと困るときもあるでしょうが、今はパソコンで打てばいいですし、知らない漢字が出てきたらネットで調べればすぐにわかりますよね。メールの文章力とかそういうのだって結局国語ができるからといっても結局社会で通用する「マナー」みたいなのはもともとお手本のパクリみたいなものであって別にオリジナリティを発揮する必要はありません。これもどちらかというと知らなければネットや本で調べて真似すればよくって結局そう言う事を言っていたらどちらかというと最低限の日本語力があれば(多分小学校+中学校の一部)、あとはネットとか情報端末とか人脈とかを駆使してどのようにして知らないことをすぐに調べてやりくりできるかとかの方が必要なことになってしまいますよね。

 数学が苦手とかそういうのは人それぞれですので、結局国語や社会が苦手な人からすればそれを知らなくてもいいでは?と思うこともあってもおかしくないでしょうよ。ですが、結局何が言いたいかというと中学校とある程度高校までの内容ってのはやっぱり教養として考えるべきである意味それは”基礎”であります。義務教育までは管理する側の都合と考えると、高校以上の教養ってのは基本としてそこまではエリートとして(本来は)どのような分野にいる人であろうと対応できなればならない”基礎”という位置づけであるべきものだと思います。実際高校までの数学なんて本当に基礎ですから、できないならやっぱり嫌いだから使わないから知らなくていいという問題ではなくてできないなら(理解)できるようにならなくてはならないものだと思います。

 そもそも学問なんて根本を突き返すと実学的なものというよりも好奇心の探求のようなものなのであって、昔であればそれは貴族の暇を持て余した趣味に過ぎないでしょう。だから、当然自分の生活に余裕のない人とかそんなん学んでいる暇があったら仕事しないと生きていけないと思う人がいれば、それは当然優先順位としては低くてもいいでしょう。まあ日本でいう義務教育ってのが最低限国の保証する期間だとすれば高校以上は当然趣味の域であって、本来なら勉強したくなければしなくてもいいんではないかなあとも思います。ただ、いずれにせよ国語だろうが数学だろうが本来ならば中学あるいは高校レベルは好き嫌い苦手得意を問わずして対応できるようになるべきものであって、できないならばできるように努力するのは至極当然なものなのではないかと思います。

投稿日時 - 2013-07-23 11:29:32

ANo.16

いや、Excelで「関数」つかうでしょ。関数って小学校の算数では習わないと思うけど?ひょっとして四則演算しかしてない?(それでも本当に数学音痴な人は四則演算の式も立てられないよ)

中学校の数学で習ったことを小学校の算数で習ったと思ってないかな?


私は仕事も理系ですが、趣味でも数学使いますよ。

旅行→移動距離や所要時間の計算。海外旅行では外貨計算して準備しておかないと。

天体観測→もうこれは数学の塊。実際自分で計算することは稀だが数学的な感覚は必要。

鉄道模型→三角関数の計算するために関数電卓買った。パソコンより使いやすい。電気工作でも数学必須の理系の趣味。(苦手でもできるが金がかかる。電気関係は自作した方が圧倒的に安いので)

コンピュータ→ハードいじるのは数学の知識要ると思うけど?

高校の物理・化学は方程式が解けることを前提としているので、中学校の数学が無いとほとんどわからないです。だから強度計算が必要なものを作ったり、化学反応を伴ったり、数字の持つ意味を理解することが必要な仕事や趣味は数学要りますよ~。

投稿日時 - 2013-07-10 02:12:00

ANo.15

 序でにいうとね。英語よりも「国語教育」をもう少し何とかせねばならない、と僕は考えてもいます。
何となれば「日本語」は全ての成立過程において「翻訳語」でもあり、万葉仮名は一字一音の原則で音を示すことに目的がありましたが、それに「意味」を与えるとの行為に変化するのは、少なくとも「カタカナ」の登場を待つしかならない。
 カタカナは構造として漢字の旁の一部を取りだすことで成り立ってもいる。そこから逆算すると「漢字が持つ意味」を理解できなければカタカナの由来も説明することは困難でもある。
 実際にカタカナには61もの発音があり、ハ行でも「ハ行点呼音」などといって、助詞の「ハ」を「ワ」と発音するものと「ハ」自体が“pha”であるものとそれ意外に分けることもできます。
 漢語そしてサンスクリット語や古代朝鮮語、日本独自の仮名と発音、中世での西洋との出会い、近代以後の本格的な西欧語の移入と外来語が日本語に転化する過程などを踏まえますと、より一層「翻訳文化としての日本語」に関する教育時間を割くことが必要であるとも考えられます。英語はその後でも十分です。英文を日本語訳してもわけの分からない文章になってしまっては意味がありませんから。

投稿日時 - 2013-07-08 18:51:56

ANo.14

 こんにちは、大学教育に携わる者の一人です。ネコの先生が仰る「認識論としての数学の位置付け」これはとても大切な部分です。
 突き詰めてしまえば、物事の筋道や流れそして論理なるものを数学の中心的課題とするならば、中学校での連立方程式やら図形の証明問題などは「生活の上」では一見して必要のないものに見えるかもしれません。確かに数値を出すだけならば、電卓や表計算ソフトを使えば瞬時にして値をはじきだすこともできます。
 けれどその電卓なり表計算ソフトの裏側では「その過程」が演算されていることも忘れてはならない、こともあります。
 数式が国語の「説明しなさい」との部分と同じであると考えるならば、それは「意味を示す」ことと等値である。大学の一般教養で自然科学領域として「数学」が挙げられていることも「論理や発想の仕方」を学ぶ一つの方法論、であるとお考えになってはいかがでしょうか。
 かくいう僕も理工学部の一般教養課程で「歴史学」を扱った経験もありますが、論理的な思考のできない学生に限って、「こんなことやっていても意味がない」との答案を書き、「ではなぜ意味がないのかを説明して下さい」といっても説明ができない。だから僕はそうした学生の答案を撃墜します。ネガティブであっても論理がそれなりに通っていれば認めもしますが、何もなければ通すわけにはいかない。
 逆に「文章を書けない学生や社会人の増加」が今では深刻な問題になってもいます。それは「論理」と「言葉の遣い方」に関する基礎的なトレーニングがなされていないからであり、これこそ深刻な事態ともいえます。
 先日、文科省が教育再生に関する答申を受けて「国際的に活躍できる人間の育成」を一つの方向性として打ち出す指針を示しましたが、何を以て国際社会で活躍できる人間といえるのか、その定義もなされていません。外国語でコミュニケーションを図ることと、自らの言葉で自国の文化なり政治風土などを説明できなければ、外国の方々にそれを説明することなどできないことは火を見るよりも明らかです。
 何か最近の文科省や教育再生会議は誤解しているようにしか見えませんね、僕がその様な審議会に呼ばれたなら、イスを蹴飛ばして「ふざけんな、あんたらは教育の現場を見ているのかね」とその場を立ち去りますね。だから僕など一生呼ばれる可能性は皆無でもある 爆!

 【補足】
因みに「哲学」や「歴史学」そして「政治学」や「経済原論」が日常生活の中で「役に立つ」シーンがありますか?。
「役に立つ」ものはおしなべて皮相な存在であるともいえます。生物学においても「オパーリンのコア・セルべート説」といった生物発生などは片隅に押しやられている状況で、そうした光景は学問そのものにとってもとても不幸な自体であると考えますが、この辺りに関しては質問者様はどの様にお考えでしょう。役に立たない学問は存在する意味がない、とお考えでしょうか。
 「役に立たない学問」ば実は、学問の基礎的部分を構成しているとの事象を踏まえるなら、質問者様がお立てになった今回の質問は成り立たないはずですが。

投稿日時 - 2013-07-08 18:36:15

ANo.13

小学校の算数でも、中学入試のような複雑な問題になると
中学校程度の数学を知っていると簡単に解ける問題がたくさんあります。

大学に入って、数学あるいは数学的思考能力が不要という
学部学科は非常に限られます。
経済系の学部は微積分必須ですし、
法律系だって、今の世の中の法律関係は工学的な技術抜きに語れませんから
当然数学の知識は必要です。
一番数学と縁が遠そうな文学系だって、社会学や心理学では統計的な
アプローチは必須です。

かつて、数学は日本人のお家芸でした。
一方、今、国力を増している中国やインド、
ロシア、トルコ、シンガポールなどは
国を挙げて数学教育に力を入れています。

日本で「数学が苦手」という人口が増たるのと、
日本の国力の低下していった時期はほぼ同じで、
相関関係があると思います。
質問者さんのように考える人が増えると、
日本はどんどん貧しくなる一方でしょう。

ちょっとソースは失念しましたが、
数学ができる方が平均収入が高いという統計結果も
実際出ているようですよ。

投稿日時 - 2013-07-08 16:48:29

ANo.12

高度な教育を使ったり応用できる人は、高収入な仕事に就くことができる。
できなけえればできないだけの仕事に就くしかない。
でも、低所得のままで終わるだけ。
若いうちにサボれば社会人になってから大きなしっぺ返しがくる。
最後はホームレスですかね。
社会人になってから勉強しておけばよかったと思っても遅い。
運よく会社に入れても、いつかは勉強ができた同級生が上司になってくるだけ。

数学を学ぶ意味は、数式から予測する力を身につけることです。
また、数式を変形して応用することを学ぶことができる学問ですので、これって社会人で重要なことですよ。
あー、それと数式で表せたものは誰が何と言おうとも証明されたものになるので、説明する道具にもなるよ。
計算だけが数学ではなく、いろいろなことに使えるしいろいろな教科につながっているからね。
そのほかの教科も別の見方をすれば同じだよ。

自分で考えて発見できなければ、能力分の給与となるだけですから。

投稿日時 - 2013-07-06 12:16:02

ANo.11

 私自身数学は苦手だけど必要と考えて居ます。

 実際社会に出て職種によっては確実に必要な知識です。それと、投資の話しとか詐欺めいた話しとか問題になるけど、数学の基本的な知識があると防げることもあります。経済は生活と切れない物ですし、経済は数学の世界でもあります。
 資格試験とかでも当たり前のように知識が必要となることもあります。

 数学が嫌いなのは数学の面白さを知らないからでしょう。教科書の世界では非常につまらない世界です。でも、実社会で使って居る数学って面白いですよ。
 GPSはなんで分かるの? 測量ってなに? ギャンブルの確立は? 比率とかも黄金比率って出てきます。パズルの世界も数学の楽しみ方ですし。電気関係だと必要な知識でもあります。
 設計とか作る側になると必要な知識ですよ。コンピュータでコサイン、とかタンジェントとか出てきて困ったよ。 動き方とかもそういった知識も出てくるから。

投稿日時 - 2013-07-05 14:45:34

ANo.10

こんにちは。
楽しそうな掲示板になっていますね。
飲み会でも良く話題になるテーマでもあり、「理系のおじさん」の私も混ぜて下さい。
(私にとっては、古文や世界史が”苦手”にあたりますかねえ・・)

ポイントは、「コンピュータの発達をみると質問者さんの意見にも一理ある。一方、質問者さんはラッキーだった。普通は中学生では道を”閉ざす”のは早すぎる。そして今後は・・・」

○ まず、時代が急変し、電卓やパソコンのEXELLにより計算が事足りるようになったのは事実でしょう。その結果、暗算・筆算の能力が低下しているのは寂しいですが、私も「時代である以上、ある程度容認」せざるを得ないと思っています。

○ 他方で、数学に限らず、「中学生(や高校の一部)で行う勉強は無駄」という意見はたくさんありますね。
「漢字なんかもっと簡略化すべき」「英語だけより他の言語もやるべきでは?」「社会科で暗記させられる事項は不必要なくらい細かすぎる」「古文なんか好きな人だけやればいい」・・・etc.
これらを包括して考えると、中学生から相当に多くの科目を選択制にできるはずでしょうし、私も一部は選択制にしてもいいかも・・とも思っています。

○ 質問者さんはラッキーだったと言えるでしょう。(少なくとも現段階では)
 質問者さんは、中学生の際に感じていた判断と現在進んでおられる道に大きな差がなかったようですね。
 別の言い方では、質問者さんにとっては、中学生の段階で数学や技術への道を「閉ざして」しまっても大して問題がなかったということでしょう。
 一方、私及び私の周りの多くの方々ではそのような方は希で、高校生・大学生、それどころか社会に出てからもなお大きな転換を経験しています。
例をあげれば・・・

・”私”は理系(技術)です。
 その点、物理や数学は重視しましたが、「英語は論文が読めればいいだろ」「世界史なんか細かく暗記するのは無駄」と思いながら「受験なんだから仕方がない」としてしぶしぶ取り組み、海外とのつながりの少ない職場を選びましたが・・・何の因果か、現在までに20ヶ国以上の国の方々と交渉する羽目になり、彼らとの飲み会に至っては現地の歴史や文化にも話を合わせ、当方からも象形文字としての「漢字」の成り立ちや仕組みの紹介までする羽目に。
・「転換」した人
 高校の技術クラブの後輩と久しぶりに飲みました。「先輩、白状します。文系志望だったはずの私が高校時代に技術クラブに入ったのは、一番 楽そうなクラブで、ちょっと違った世界も見ておくのもいいかな・・程度の理由だったからです。でも入ったら、なかなか楽しくて・・」。結局、彼女は、国立大工学部を卒業して現在、研究機関に勤務しています。(まあ、それが成功かどうかわわかりませんが(笑))
・ 私の周りは文系も多数です。
 それでも、彼らにも容赦なく数学は降ってきます。統計としての「分散・偏差」や「損益分岐予測」などを分析しろという命令を受けて仕方なく私のところに「この数式の意味するところを教えて」などと相談に来ますが、あまり悩ませずに相談に乗ってあげられるのも、彼らが微分・積分などを一度は習っていることが(たとえわずかしか覚えていなくても)大きな利点になっています。

○ もっとも、学習内容は時代に合わせて見直すべきでしょう。数学も視点を変えるべき。
 「理科」の分野でも次々と発見や新理論が生まれています。「歴史」の記録は増えるばかり。それならば、時代に合わせて何かを省略する必要はあるでしょう。
例えば、「漢字」なら、ワープロの発達により、「読む」はともかく「書く」は軽減できるかも。
 また、数学も、コンピュータの利用を前提に、「暗算・筆算」は軽減してもよいとは思いますが、数式(方程式)の「意義」は逆に重要になるかも知れません。
 たぶん、質問者さんは数学が苦手でおられるでしょうが、多くの苦手の方ポイントは「方程式を解く」(変形する)ことを「しごかれた」経験のようですね。
確かに、数学としては変形も重要ですが、本来はそのもとになる「意義」の理解が重要なはず。
例えば微分・積分は、
・ 災害で列車を緊急停止する場合、「微分」はブレーキに期待される性能を示し、「積分」は止まらない距離(乗客を危険にさらす距離)を示す。。
・ 会社経営では、「微分」は短期借り入れの運転資金であり、「積分」は累積赤字や企業買収時の提示額に当たる。
 これらの意義を的確に理解することは、コンピュータ(や部下)に計算をさせるための「命令」事項になるので、将来はなおさら重要と思われます。
その点で申しあげると、現代の中学・高校での数学は少し見直す必要があるでしょう。

○ 申しあげにくいですが・・・
 私もこの年になると新規採用者の面接や、退職の勧奨などを行う立場にあります。
 うすうすお気づきでしょうが、その場合、今回のようなお考えの方は、採用時の優先度は低く、退職勧奨では高くなることが多くなります。
 「○○○の勉強は無駄。そんなことより別のことをやった方が良い」は自然な意見ですが、「勉強」や「挑戦」について「時間の無駄」を論じる人は、結局「時間があっても挑戦しない」ことが多く、「あんまり好きじゃないけど、せっかくかじったからそれを手がかりにもう少し深めようかな」ということを
考えている方のほうが「使える」可能性が高い・・・。
 組織としても、「従来の仕事が急激に減って、思いもかけない仕事を請け負わざるを得ない」ということも少なくない以上、過去の断片的な勉強経験を積極的に拡張・深化できる人材を求めています。ましてや「数学」は非常に応用が広く・・・。
(質問者さんも上司に向かって今回の質問のような内容を言うことはないでしょうが、やはり、多くの場合は見え隠れしてしまいます。ひょっとして上司が「誰かこれ分析しといてくれないかなあ」と(聞こえるように)つぶやいているのを(俺には関係ない)と無視していませんか?・・・)

さてさて、すっかり長くなってしまいましたが、いかがでしょうか。
お役に立てば幸いです。

投稿日時 - 2013-07-04 20:28:45

ANo.9

 「何に役にたつか分からないから一通り学ぶ」というのが義務教育です。
 一通り、いろんな事をやってみて自分の適性を発見していく…という所でしょうか。

 生まれた時から家業を継ぐ事が決まってるとかなら、そればかりを勉強すれば良いですけど。

 数学はプロセスですから、問題を解くプロセスを学ぶ事によって、色んな事柄に応用できるとも考えられます。

 --------
 自分はデザイン系ですが、数学も得意だったので、すんなりCGや3DCGの世界に入る事ができました。
 周りはワリと文系だったので、CGは苦労してましたね。

 これからますますPCとか標準になってきますから、数字に強いにこした事はないです。

投稿日時 - 2013-07-04 12:03:51

ANo.8

子供と関わる仕事をしています。
おっしゃることはわからなくもないです。
日常生活ではあまり使いませんからね。
また例えば、医学部受験にそこまで難易度の高い数学を課す必要があるのか、
そのせいで本来医者として優れた資質を持っている人間を
ふるい落としているのではないか、という話を聞いて、
確かに、と思ったこともあります。
ですが中学から、というご意見にはあまり賛同できません。
子供たちを見ていると、まだまだ中学生は未知数です。
自分でも文系か理系か良くわかっていません。
将来どのような道に進みたいかも、どんな職業があるのかすらわからないでしょう。
中学生では小さな子供の、「お花屋さんになりたい。」程度の漠然とした将来像と
対して変わりがありませんし、もしなりたいものがあっても、
変わる可能性は十分にありますし、実際そういう子を何人も見てきました。
私は子供たちに、「どうして勉強しなければいけないか」聞かれると、
「やりたい事、ないたいものが見つかった時、やれる力、なれる力を
蓄えておくため」だと説明しています。
もしかしたら数学を勉強していくうちに、面白さがわかってくるかもしれない。
大学受験を控えて、数学が必要な大学や学部や職業を目指したくなるかもしれない。
その時の為にも、中学では必修であるべきだと思っています。

投稿日時 - 2013-07-04 09:58:10

ANo.7

質問文から数学が苦手なのがハッキリと分かりますね。

数学は計算力だけでなく、論理的な思考能力が要求される科目でもあります。
というより数学では計算力だけ解くことを「力技で解く」なんて言われるほどで、論理的思考能力さえあれば計算力など二の次です。

質問者さまはご自分がいかに数学を使わないかを挙げ、数学嫌いの人たちもいるという例を引き合いに出して、数学を不要だという結論を導いたのですね。
それと同じ論法を取れば、国語(特に古典なんかいる?)だって、英語(今年一年でまともな英文を言ったり、聞いた?)だって、社会科(世界史は必要?)だって、理科(物理も化学も生物も地学もいらんね)だって、体育(言うに及ばず)だって、美術(卒業して絵を一枚でも書いた?)だって、音楽(カラオケくらいでしょ)だって、技術(電球交換とネジまわせれば困りませんよね?)だって、家庭科(家事手伝えば十分でしょ)だって、同じことが言えるとは思いもしませんでしたか?

小学校レベルの「読み書きそろばん」で十分な人だっているんですから。
仮に質問者さまの論法だと、中学で学ぶ教科すべてが不要とも言えます。

しかしどの道にすすむにしても、教科との出会い、人との出会いで、行きたい道が変わることなんて日常茶飯事です。
そのときのために一つでも多くの選択肢を残すために、いずれの科目だって学ばなくてはいけないものです。

数学だって別に科学のプロでなくても、経理職で損益分岐点などを扱うのなら、比例を知っておかないとエクセルに式も入れられませんし、そもそも紙とペンと定規で書いちゃった方がずっと効率的です。
大工さんでも関数電卓を持っている人がいました。
思ったより多くの人たちにとって、数学は身近なものです。

投稿日時 - 2013-07-04 09:39:52

数学をやるのは,抽象的な思考の訓練をする意味もあるのですね。ぼくは,数学科は文学部の哲学科の隣に置くべきじゃないかとも,マジで思っています。

あとは,いろいろな日常現象が,やはり数学を理解しているとよく理解できるから。たとえば,受験をしたことがある人なら誰でも知っている「偏差値」も,統計を勉強していれば正しく意味がわかります。車を運転していて,速度20km毎時で電柱に激突することと,60km毎時で激突することの違いも。

ま,ぼくも大学一般教育の数学がわからず,「数学を駆使する専門分野に行くのはだめだな」と判断しましたから,あなたの気持ちもわからないではありません 笑。あきらめるのは,そのくらいになってからでいいです。

投稿日時 - 2013-07-04 06:26:37

ピラミッドの底辺をしっかり作るためですよ。

特に日本は資源もなく、科学技術のみを売りにしています(←極端な言い方なのは承知ですが)。
これが無くなると、日本の経済は没落してしまいます。

希望者のみに数学を学ばせるより、全員に学ばせておいたほうが、優秀な技術者や研究者が生まれる確率が高くなります。またチームで行動する場合にも全体のレベルが上がります。

落ちこぼれは放っておけばよいのです。
才能に気づかずに学ばない、あるいは、数学知識が必要になるのに学ばない、というような人が出てこないようにするためには、全員に数学を学ばせておく必要があります。

投稿日時 - 2013-07-04 04:56:35

ANo.4

高校の数学の教師に言われた言葉を、今でも時々思い出すことがある。
「数学なんかやったって社会にでて何の訳にも立たない」

社会人になって事務系の職に就いて計算は電卓、暫くしてPCを使う様になった。
10年以上たった時に、微積を使う羽目になった。こんな経験をした者は稀だろうね。
だからと言って、いつ使う羽目になるか解らないから勉強しろとは言わない。

>>私が納得いかないのはそんな数学が、中学から国語と英語に並ぶ、重要教科になっているという事です。
私が解らないのは英語や数学を何故小学生からやらないのか!!

江戸時代は12~3歳の子供でも、今の数学者が頭を捻る様な問題を解いている。
明治維新で爆発的に入ってきた西洋の技術をいち早く取り込む事が出来たのは
和算として高度な数学を身分の分け隔てなく学んでいたからに他ならない。

どんどん沈んで行くの日本と同じ様に、数学のレベルも落ちている。
だいたい、国語、英語、数学の3教科程度で不満をぶちまけるのでは将来性などない。

>>mixiのコミュニュティーでも「数学嫌い」というコミュもあるぐらいです。
それは正しい主張なんですか?自分の都合の良い情報だけ取るのは不健康な証拠。

方程式を憶えてテストが出来たらと言って社会にでて何の役には立たない。
必要なのは方程式の考え方であり、その応用が出来る事、それが役立つ数学。

進学や就職の為に学校で国語や英語を学ぶなと言うなら、数学だけでなく学校など行く必要はない。

投稿日時 - 2013-07-04 01:45:38

ANo.3

40過ぎの社会人ですが、中学、高校の数学が仕事に役だっています。
一般の事務職で、別に専門的な事をしているわけではありません。
数学が好きだったわけでも得意だったわけでもなく、学生の頃は天敵でしたけれどね。

実際に問題が出て解くわけではありませんけれど、集合の概念とか、方程式の概念とか、使いまくりです。
「エクセルを使えば」って仰っていますが、そのエクセルで関数を設定したり、マクロを組んだりするのに、数学の概念は使っているはずですよ。

数学の概念が分からない人と仕事をしたことがありますが、何かをしようとした時のリスク管理とかチェックパターンの洗い出しすらできなくて、学校で数学の成績が良かったか悪かったかはともかく、存在くらいは知っていないと話にならないと感じました。

投稿日時 - 2013-07-04 00:55:25

ANo.2

そんなこといったら, 「中学校の勉強」なんて何一ついらんよ.

投稿日時 - 2013-07-04 00:42:57

ANo.1

解ける解けるで数学好きだったからなー。


まあでも数学(算数)が小学生卒業とともに必須科目ストップになってたら、
社会人になるまでに基礎知識丸忘れになりそうですよね。
とくに数学嫌いな方々は高校大学に行ってもなお基礎部分ができていなかったりしますし、
その点から考えて、数学は続けても続けても足りないってことじゃないですか?


わたしは科学の方が選択になるべきだと思うけど、
まあそれもそれでいつかの危機回避のために学んでて損はないんでしょうね。

投稿日時 - 2013-07-04 00:35:25

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