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締切り済みの質問

「至高体験」

以前読んだ本に書いてあったことですが
強烈な幸福感を伴い、自分が取るに足らない存在ではないと思え
人生を肯定的に歩める原動力になる体験を「至高体験」と呼んでいました。

それはビジネス本にあるような「成功体験」とは似て非なるもので
例えば、ミュージシャンが演奏中に感じることもあり
主婦が、日当たりの良いリビングで夫と子供が遊んでいる時
キッチンで料理をしている時に突然襲われたりする感情のようです。

私も、子供が生まれた時は勿論のこと
釣りをしている時やバンドの練習をしている時等にも
しばしば、そういった感情に襲われました。

皆様の「至高体験」をお聞かせください。

投稿日時 - 2013-03-20 17:50:13

QNo.8003003

暇なときに回答ください

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回答(18)

ANo.18

alterd1953さんに「嬉しかった」と言っていただき、marc2bolantiさんに「ありがとう」って言われたり、
私もとても嬉しいです(^^;

いえいえ、日頃の、alterd1953さんのご質問を楽しく読ませていただいてるお陰です。
marc2bolantiさん、面白い方だなあと思ってましたから…

marc2bolantiさんのご回答の中で、
「動物たちは無垢を見抜く・・・」私もそう思います。
「幼子やダウン症のかたの根源的微笑み」・・・本当に’福音’ですね。
動画の、無邪気にしっぽを降って牝ライオンに纏わりついてたオリックスのベイビー・・・
「無垢」の勝利なのでしょうね。

心に触れる「至高体験」は、そこに「無垢」の心があってこそ、心を打つのでしょうね。

どんなに洗練され計算され尽くしたものであっても、そこに「邪心」があっては不思議に心に触れない、
そこに「無垢」の心があってこそなのだ、と改めて思いました。

PS 動画、本当に’福音’ですよ~皆さんにオススメです。
marc2bolantiさん、フォーサイスのフランクフルトバレエ団のDVDください(笑)

投稿日時 - 2013-03-25 13:13:57

補足

そろそろ締め切らせて頂きます。

ちょっと気張ったタイトルをつけてしまいましたが
私の質問史上に残る深いご回答をいくつも頂けました。

皆様、ご回答ありがとうございました。

投稿日時 - 2013-03-30 16:40:22

お礼

どうもです(笑)

>alterd1953さんに「嬉しかった」と言っていただき、marc2bolantiさんに「ありがとう」って言われたり、私もとても嬉しいです(^^;

いえいえ。これも一重にadele24さんのご人徳の賜物です(笑)

>marc2bolantiさん、面白い方だなあと思ってましたから…

まぁ、変わり者ですけど心はキレイみたいですね(笑)

>「動物たちは無垢を見抜く・・・」私もそう思います。

ここは非常に重要ですね。
昔、指揮者について言っていた言葉ですが
「多くの者が腐り、力のある者だけが円熟出来る」とありましたが
「円熟」どころか「無垢」であり続ける者すら非常に少ないと思います。

>心に触れる「至高体験」は、そこに「無垢」の心があってこそ、心を打つのでしょうね。

全くもってその通りだと思います。
以前、婚礼サーヴィスの仕事を結構長くやってまして
花嫁にスポットライトを当てながらよく貰い泣きしてましたが
手紙を読むシーン等なら分かるんですが
最初に扉から入って来た瞬間で花嫁が泣いているのが分かる時がありました。
そういう時に限って父親がすでに亡くなってたりするんですが
あれは不思議な体験でした。
私は特にオカルトは信じない方なんですが
テレパシーなのかと思いました。
動物にそういうことがあっても不思議ではありませんね。

ではまた(笑)

投稿日時 - 2013-03-25 13:59:25

ANo.17

 御礼と追加です。
 私の質問に、バレエのお姉さまadele24が来て頂きました。ああいう奇跡的?動画、ひとりでも多くの方が見て頂けるの、嬉しい限りです。同情もらったかな?\(^o^)/どうもありがとう。
 私も音楽家ですので曲が出来た時が一番の体験です。
でも人としては、生き物と、この世の限りない美しさに改めて気づく時ですね。
 幼子やダウン症のかたの根源的微笑み、小鳥達、。蝶の恩返し以降、そんな事に胸キュンとします、焼きが回ったかも。
微笑みと言えば、女優さんの質問で答えるべきでしたが、
大原麗子さんのTVドラマ「雑居時代」最後2回の微笑み、あれは至高です。普段は勝気、実生活でも闘士であった方なので、よけいに天に上れる感じ。有名な共演者達全ての乗り切った最良の演技もあってドラマ史上屈指との評価もあります。彼女は倒れた時、筋肉麻痺の病気もあって九日間そのままで格闘してたそうです。笑みの美しい方のそんな姿に、至高へと駆け上る心意気感じます。  
 前答で余計な事言ったかもしれませんが、許してね! 世界中の子供達は闘争の中にありますから。
どうぞ又、ツッ込んで来て下さい。

投稿日時 - 2013-03-24 02:55:26

お礼

どうもです(笑)

adele24さんのご回答読みました。
私をかばってくれたのが特に嬉しかったです(笑)

>焼きが回ったかも。

あんなにやんちゃだったのにね(笑)

>生き物と、この世の限りない美しさに改めて気づく時ですね。

そういえば、生まれて間もなく亡くなった赤ちゃんが
亡くなる前に母親が顔を近づけると
手を伸ばし母親の頬に触れたという話を聞いて何か神秘的な感じに打たれたことがあります。
「生きとし生けるもの」という言葉がありますが
生命の尊厳を感じない人達は、多分、両親の愛情が乏しかった
非常に可哀そうな人達なのではないかと思ってます。
大人になってからでは、よほどの愛情深い人との出会いが無い限り
取り戻せないのではないかと思います。

私、どちらかというと、気の強そうな美人は苦手ですので
大原麗子さんにはあまり興味が無かったんですが
晩年は不幸だったようですね。
今更ですがご冥福をお祈り致します。

>前答で余計な事言ったかもしれませんが、許してね! 世界中の子供達は闘争の中にありますから。

いえいえ。世界の子供達の為に頑張ってください。

ではまた(笑)

投稿日時 - 2013-03-24 09:57:03

ANo.16

 こんにちは、 セックス!
        ドラッグ、&ロック'nロール
で御座います。   定番ですね。クラプトンはクリームの頃のライブで何度か‘Peak’体験したとか、後には御子息喪った後の、{~~ヘブン}の曲が天から降ってくるように出来たしまった時の事を語ってます。
 私、柑橘類食って出た種を、カップ麺器に土盛って埋めてたら、いくつも双葉発芽して葉も茂ってきたのですが毛虫が付いて、最初小さい頃は取り除いてたら、いつの間にか青イモムシに育ってて多分柑橘好きのアゲハの幼虫、もう大きくて捨てにくくて見ると可愛くもなって来て、もういいや、と放って置きました。葉は全部食べられました。その後どっかに消えたようで、鳥に啄まれたかサナギになれたのか、気にも止めずにいたのです。
 暫くした初夏の晴れた日に、ドアを開けて外に出た途端、3羽の蝶が身体に纏わりついて来ます、モンシロ、紋黄にアゲハ蝶と、。ビックリしたけどフワーっとなって、体軽く浮く気がしたので私も羽ばたくマネをすると彼らは一段高く空へと蝶道を去ってゆきました。 恩返しですかね? 漫画家のつげ義春さんが入院してベッドで動かずズボラにしてると、布団上に小鳥が巣を作り始めた、と水木しげるさんが証言してるけど、動物達は無垢を見抜くそうですね。
私の取るに足らない喜捨行為、に返礼での至高体験でしょうか。 
   ~~~ 
  しかしズルイわ~兄さん、反則だ。これは私の質問、
<皆さんにとっての、「良き知らせ」とは何ですか?>と被るわ~。ご回答あなた様だけです。長年の御精進の賜物でしょうけど、。こちらのご回答そのまま参考にできます。でも皆様、子鹿の動画だけでも見てやって下さい。温まりますよ。
 さてこの夏、日本の形が変わってしまう?可能性という事で、私ホームグランドで忙しくしてました。両サイドに防御が割れてて真ん中がら空き、改定の前にせめて攻防論ぐらいはして欲しく、六道の中道突破試みましたが苦心してた所です。こちらに来るとホッとしますね。でもいきなり‘高み’ですか~。
驚くわ、年の功ですな、。

投稿日時 - 2013-03-23 15:41:11

お礼

どうもです(笑)
酔っ払いのようなご挨拶ありがとうございます(笑)

しかし、クリームの頃のクラプトン‘Peak’体験を何度もしてましたか。
確かに、あの頃のクラプトンは特に凄かったですからね。
逆にあんなのをかる~くやられてた日にゃたまりません(笑)
でも、あの人、自伝読むと結構暗い生い立ちだったみたいだから
その反動かもしれませんね。
それと「Tears in Heaven」が天から降って来たというのは
あの曲、結構ややこしいコードを使ってるみたいですから凄いですね。

それはそうと、あなた、ちょうちょの話をさらっと書いてますけど
麻原 彰晃が座禅したまま宙に浮いたなんて与太話なんかより
ずっと凄いと思いますよ。
鳥なんかはまだちっこいとはいえ脳みそがありますからね。
ちょうちょの脳みそどんだけあるんだって話ですが
そんなことがあるんですね。
正に鳥肌が立ちました。
それこそ「福音」ですね。
キリスト教やイスラム教などの原理主義には首をかしげますが
どうも人知を超えた力は存在するみたいですね。
まぁ、とりあえず敬虔な気持ちはどこかに持っていたいとは思ってます。

>しかしズルイわ~兄さん、反則だ。

いやいや、これはあなたが私に「生」に関する質問をリクエストした結果ですから(笑)
しかし、頂いたご回答の内容の濃さにびっくりしてます。
あなたに感謝します。
但し、私、この1年ぐらいみっちり質問を続けて素晴らしい回答者の皆さんを
ゲット出来ていたお陰だと思いますので
正に「継続は力なり」なんでしょう(笑)

後、動画も観させて頂きました。
最初、かなりハラハラさせられましたが
牝ライオン、完全に母親モードになってましたね。
小さいオリックスがしっぽを振ってるのがたまりませんでした。
一体、食い物と保護する対象との線引きをどこでやってるのか分かりませんが
言いようのない不思議な気持ちにさせられます。

なにやら今年の夏、日本の形が変わって大変のようですが
ホッとして頂けてなによりです。

ではまた(笑)

投稿日時 - 2013-03-24 08:33:58

ANo.15

お礼をありがとうございます。

>考えてみれば、最も古い芸術形態のひとつでしょうから
人間の根源的な情念が出易いのかもしれませんね。

そうですね。
太古の昔から、踊るという肉体表現は人間の根源的な欲求の1つだったのでしょうね。

>私は元来、団体行動が苦手な人間なので

笑、私もどちらかと言うと得意ではないのですが、後半の部分なぜかな?と考えてみました。

私の場合は、自分で楽器(ピアノ)を弾いて、たまに多少の恍惚感に酔うことはできても、
到底、「至高体験」には程遠くサッサと諦めたから、
自分で高みを目指すなんてあまりに遠すぎる、サッサと聴く側に回ろっと(笑)
だから、もし演奏する側なら、1ヴァイオリニストとして、オーケストラの音の厚みの中でなら
本物の「至高体験」ができるに違いない、と思ったのかもしれません(笑)

ただ、オーケストラ好きな私でも、何の感銘も受けない演奏ももちろんあります(汗)

>でも、ようやく最近になり、パブロ・カザルスや辻井伸行さんの演奏を聴き
深い感銘を受けましたので

これはもう、よくわかります。
私も1度、辻井さんのコンサート『展覧会の絵』の時、に行く機会があり、
本当に魂が震えるような感動で、まさに「至高体験」でした。

彼のような天才は、練習がすでに努力ではなく、そもそも甘美な至福の時間なのですね。
そして、演奏者の人間性というものが、やはり感動を呼ぶのでしょうね。

PS 13のhazarさんのとてもステキな回答読ませていただきました。

「その時、この声に ついて行きたいと 強く 願い、 諦めたのは、
両親が 探すに 違いない と 思ったからでした …」

少年hazarさんが目に浮かび、私も遠い昔の童心が蘇りました・・・

投稿日時 - 2013-03-22 12:14:07

お礼

素敵な補足をありがとうございます。

>太古の昔から、踊るという肉体表現は人間の根源的な欲求の1つだったのでしょうね。

嬉しい時に小躍りしたくなるのは全く自然なことですもんね。
私は昔からやんちゃで、よくむやみやたらに走り出したくなりましたし
調子が良い時は天井を蹴れるんじゃないかと思うこともありました。
(別に蹴る必要はないんですけどね。笑)

それと、そういえば、バンドの練習中に目をつむって演奏している時に
雲間からレンブラント光線が見えたことがありましたが
あれも、バンドだからこそだったと思います。
それに、ひとりで演奏している時も
サックスやフルートで良い音が出た時や速弾きが上手く演奏出来た時等も
凄く気持ちが良いんですが
ピアノをへたながら弾くと、メロディと和音の混ざりぐあいに陶然とします。
ですので、ポイントはハーモニーの素晴らしさなんでしょうね。
まぁ、明日は、久しぶりにバンド練習ですので、じっくり味わって来ます(笑)

>私も1度、辻井さんのコンサート『展覧会の絵』の時、に行く機会があり、
本当に魂が震えるような感動で、まさに「至高体験」でした。

これはもう、たまらなく羨ましいです。
私、YouTubeで聴いただけでも震えましたから。
佐渡 裕さんが彼を初めて聴いた時に号泣されたそうですが良く分かります。
結局、音楽って、誰が演奏するかなんですよね。
しかし、号泣した佐渡 裕さんの感性もさすがだと思います。

>少年hazarさんが目に浮かび、私も遠い昔の童心が蘇りました・・・

あの人、普段の映画や音楽、本等のご回答も凄く良いんですが
今回は、ご自分の実体験でしたので特に凄かったですね。
へたなプロの文章をはるかに越えてました。
他の皆さんも含めてですが、ネットでこんなに味わい深いご回答を頂けるとは
思ってもいませんでした。
物凄く幸せなことだと思っています。

ではまた(笑)

投稿日時 - 2013-03-22 13:07:15

ANo.14

こんばんわ。

>強烈な幸福感を伴い、、人生を肯定的に歩める原動力になる・・・

これは少し躊躇しましたが、、ハズカシながら回答させていただきます。。

40代から始めてもう10年以上、今も週3回は通っているバレエのレッスン(^^;汗

バレエって見かけによらず凄くキツイのですが、でも、美しい音楽に合わせてレッスンする時は、
疲労物質(乳酸?)以上に、脳内快感物質(アドレナリン?ドーパミン?)が出まくっていて、
私にとって「至福」の時間・・・(^^;

そもそもバレエとの出会いは、子供の頃、オシャマだった妹が、父にねだってピアノを止め、
クラシックバレエに転向。
「私も!」と言ってはみたものの、ただピアノの練習をサボりたいだけと見抜かれ、あえなくノー。
バレエは体験だけに終わり、、でも、内心はホッとしたものでした。

まあでも、結局、根性なしの私は、ピアノも中途半端で、もちろんモノにもならず(笑)
そして、大人になって始めたバレエは、日常の楽しい「至福」のひと時(笑)


音楽の好きな人間にとって、音楽する、楽器を演奏するって、本当に甘美な「至高体験」ですよね。

私がもし演奏する側だとしたら、厚みある音に包まれた方が高揚するので、ピアノじゃなく、
ヴァイオリンを習って「オーケストラ団員」になりたかった、と思ったこともありました。

音楽や芸術の、ある意味高みを知る程に、「至高体験」と言えるのは、やはり畏敬の念を持って、
本物の芸術に触れた時。

以前のご質問の、鳥肌がたつ瞬間、とも言えると思います。

回答もまたかぶりますが、初めて、「ケルン・コンサート」の1小節を聴いた時もそうですし、
M・ベジャール来日で、バレエ「ボレロ」を観た時もそうですし・・・、

最近では、今年2月、交響曲「HIROSHIMA」東京全曲初演コンサートに行くことができ、
本当に幸福な「至高体験」となりました。

投稿日時 - 2013-03-22 01:43:02

お礼

どうもです(笑)

「強烈な幸福感」にしないと「至高体験」にならずに
よくある「どんな時に幸せを感じますか?」的な質問になりますので
敢えてこうしましたが、こんなに充実したご回答を沢山頂けて驚いています。

一般的に芸術全てに言えることだと思いますが
勿論、いつもではありませんが、時として強烈な陶酔感に襲われますね。
当然、ダンスもそのひとつだと思います。
嫁さんも創作ダンスのクラブに入っていたくらい好きみたいです。
私も、目さえ回らなければやってたかもしれません(笑)
実際、知り合いに何人かダンサーがいて
何度かライブに行ったことがありますが
テレビと違い、ダンサーの情熱が生で伝わって来て
思わず、泣きそうになったことがあります。
考えてみれば、最も古い芸術形態のひとつでしょうから
人間の根源的な情念が出易いのかもしれませんね。

後、面白いと思いましたのが
私は元来、団体行動が苦手な人間なので
「私がもし演奏する側だとしたら、厚みある音に包まれた方が高揚するので、ピアノじゃなく、
ヴァイオリンを習って「オーケストラ団員」になりたかった、と思ったこともありました。」のくだりが
なるほど、そんな方達もいらっしゃるんだと腑に落ちました。

そして、若い頃、かなり激しいジャズばっかり聴いていた頃に
クラシックの交響楽を聴きに連れて行って貰ったことがありました。
しかし、さすがに眠くはなりませんでしたが、なんの感銘も受けることが出来ませんでした。
でも、ようやく最近になり、パブロ・カザルスや辻井伸行さんの演奏を聴き
深い感銘を受けましたので生で聴くとどんなに素晴らしいだろうと思うようになりました。
そのうち、良さそうなものがあれば行ってみようと思っています。

ではまた(笑)

投稿日時 - 2013-03-22 05:27:03

ANo.13

こんばんは alterd1953 様
小さい鳥が 寛いで 繰り返し 鳴いているのを きいた とき
穏やかな 昼間とか 雨上がり、 夕暮などに、 決まった 木立の 中で
雀が 群れて 木が ざわめいているように 鳴いていたり、
先程のように カワラヒワが 一羽 電線に 止まって ぴるぴるぴる と
鳴いては、 遠くで 応えるように 鳴いている 声と ずっと 遣り取り
して居るのを きくと、 その場で 立ち止まって 聴き入って しまい …
昔 鳥だったのかな と 思う 位、 何もかも それで よくなって
その声を きいていたい、 その声を 満たす 間隙に なりたい と …
昔 一年中 クリスマスの 町 という 処に バスが 立ち寄って
クリスマス 用品の 店を 覗いた 後、 日暮れ までの ほんの 短い
ひととき、 木立の 鬱蒼とした 城壁の 上を 歩いていたら、
小夜鳴鳥と 思うのですが、 きいた ことも ない ような 澄んだ 声で、
下がっては 上がる 三つの 音で 鳴きながら、 何処か 前方の 木立の
中を 行きつ 戻りつしながら 辺りを 飛んでいました …
その時、この声に ついて行きたいと 強く 願い、 諦めたのは、
両親が 探すに 違いない と 思ったからでした …

保育園 という 処へ 初めて 行って、 門が 締まり、 母が 私を 置いて
行ってしまうのを 見て、 絶叫し、 猿のように 門を よじ登って、
もう 少しで 乗り越えられる という 処で 取り押さえられ、
喚き 暴れながら 見た、 母が 振り返って 泣きそうな 顔で 戻って
来そうに なった のを、 私を 取り押さえていた 奴 (女性 でしたが …)
が 「だめです、行ってください」 とか 言って 母を 静止して 以来、
毎回 同じことを 繰り返す ので、 父とか 別な 誰かに 連れて 行かれる
はめに なり、 考えに 考えて、 昼寝の 時間に タオルケットの 中で、
ずっと 「こそ、こそ、こそ、こそ」 と 呟いていたり、 最後に、
ブランコに 乗って 斜めに 揺す 振って、 支柱に 激突し、 額に
物凄い たんこぶを 作り、 悔しい のと 驚いた ので 泣きも せず、
いつもの ように むくれていた ので、 私に 手を 焼いていた 保育士に
叱られ、 そのままで 帰ると、 いい具合に 内出血した のが 皮膚を
透かして 鼻の 両脇へ 青黒く 垂れて 溜り、 見るも 無残な 有様に
なり、 驚愕した 母に 「ブランコで ぶつかったのに そんなふうに
乗るのが 悪いと 叱られて 何も してくれなかった」 と 話すと、
激高した 母が ひとしきり 電話を かけた 後、「もう あんな処へ
行かなくて いい」 と 言ってくれた のを きいたとき
その後、 母は 復帰していた 米国人 弁護士 事務所の 秘書の 仕事を
辞めざるを 得なくなり、 一日中 家に 居て 遊んでくれて、
気に入りの 木製の 汽車の おもちゃを 出すと、 人形を いろいろと
乗せて、 あれこれ 話を 作りながら、 動かしてくれる のを、
全身を 耳にして 恍惚として きいていた とき
いまだに 何かの 拍子に 保育園 という 言葉や 話題が 出ると、
母は 「ひどい 保育園に 入れて 申し訳なかった」 と 謝るのです …
こちらこそ、どうしようもなく ひどい ガキで 申し訳なかった と
思うのですが …

投稿日時 - 2013-03-22 00:16:11

お礼

うわ~。
連続で、こんなに充実したご回答を頂いてびっくりしています。
自分が投稿した質問ですが、他の方のリクエストで思い付いたタイトルなので
その方に感謝します。

順番が逆になりますが、とりあえず、3才前で母を亡くした私には
お母さんとの思い出があるhazarさんがとてつもなく羨ましいです。
しかし、本来、明るい性格である私に、ずっとどこかで悲しい気分が続いているのは
仕方ないことなのだと、改めて思えます。
保育園を辞められて本当に良かったですね。
その時に経験出来たお母さんとの触れ合いは一生の宝だと思います。
面白いことに、私も幼稚園が嫌いでしたが父親が怖かったので行ってましたが
嫁さんは「面白くない」と言って家に帰りそのまま行かなかったそうです。
似た者夫婦ですね(笑)

さて、ヨウム好きのhazarさんが鳥好きなのは分かるにしても相当なものですね。
思わず「日本野鳥の会」の創始者、中西 悟堂を思い出しました。
あの人にはとんでもない逸話が沢山ありますが
中でも、山道を歩いていると鳥が肩に止まったというのには驚きました。
ほとんど、仙人の世界ですね(笑)
ただ、「至高体験」というタイトルには、こういう話も似合いますね。

後、一年中 クリスマスの 町というのは、ドイツにあるのでしょうか。
そして、小夜鳴鳥というのは正しく、ナイチンゲールですね。
この間、読み終えたハドスンの本にしょっちゅう出て来て
一度だけでも聴きたいと思ってました。
これもまた非常に羨ましい経験ですね。

感慨深いご回答を改めてありがとうございました。

ではまた(笑)

投稿日時 - 2013-03-22 04:56:24

ANo.12

 その昔ある航空会社で客室乗務員になり立ての頃のことです。たまたますべての研修を終えて審査官による最終検定を受けるために乗務に就いた、その便が福岡国際空港に到着間際になって前部の降着装置(車輪)が出ないことが分かったのです。機長からその説明がアナウンスされた時には、機内は騒然となりました。

 最初に執る処置は地上からの目視、コクピットからでは機体の真下にある降着装置は直接見ることができません。そのために到着予定だった福岡空港上空を低空でゆっくりとローパスして地上から目視確認をしてもらったのですが、しかし、やはり前輪は出ていないとのことでした。

 当時の747型ジャンボ機には螺旋階段の下あたりに、さらに最下層に降りられるハッチがありました。副操縦士とたまたま乗り合わせていた他社の整備士がこのハッチから下に降りて行って原因を調べたのですが、目に見える故障は見当たらなかったということでした。

 そうなると次の手段に移るしかなかったのです。それはしかし、残った燃料を高空で投棄したあと、機体を空中で振り回して前輪を振り出すことを試みるという乱暴な方法。すっかり日が落ちた日本海上空で燃料投棄が始まりました。北九州沿岸の街の明り、イカ釣り漁船団の水銀灯の明り、そして釜山らしい遠い明かり、それらが何度も入れ替わるように小さな窓から見えました。大量の燃料を投棄する長い時間、それはさらに恐怖をつのらせる時間。

 お客様にキャンディーを配って歩き、多くのお客さまから、こんな時に飴なんかいらない…と怖い顔で睨まれました。正直に言うと、わたしだって気分が悪くなるほど怖かったのです。機体を振り回すといっても軽飛行機や小型機などではないのです。総重量270トンもの大型旅客機、こんな大きな機体を振り回すとなると、ひょっとして主翼が折れてしまうかもしれない…、それを考えたらその場に座り込んでしまいたい気持ちでした。

 父に、母に、遺書…、今のうちになにか書いておこうかと本気で考えました。乗客に呼び止められるたびに、大丈夫です…と繰り返しながら、その実、わたしは気が変になるほど恐怖に苛まれていたのです。そんな時、自分の席からそう離れていない席で、ひとりの老婆が激しく咳き込み苦しんでいるのが目に入りました。その時でした、突然、なにかのパワーがわたしを包んだのです。

 突然、なにひとつ怖くなくなったのです。なにかすっきりとした感覚、不思議なほど活気が漲った自分、わたしは乗務員、自分を席に縛り付けていたハーネスを外すと、老婦人のところに駆けつけました。幸い、コップ一杯の水だけで彼女は平静をとりもどしました。

 そしてついにその時が来ました。突然急降下する機体、ハーネスで席に緊結されながら宙に浮いてしまう自分の身体、そして次に、今度は内臓がみんな下腹に集まってしまいそうな急上昇、文字通りのジェットコースター状態。機内の天井がギシギシと大きな音を立て、ギャレーのハッチの中でなにかが倒れる音も。そして乗客たちの悲鳴と喘ぎ、さすがに誰一人言葉を発する人はいませんでした。

 乗務員たちもあきらかに恐怖の表情を湛えたまま、誰もがみな押し黙って激しい重力の変化に耐えていました。でも、わたしは平気でした。たしかに気持ちは良くなかった、でも、恐怖心は消えていました。振り回し操作が一旦中断された短い時間、席を離れてお客様を見て回ったのはわたし一人だったかもしれません。

 墜落するのでしょうか…、いいえ、そんなことにはなりません…、最後は胴体着陸するのでしょうか…、いえ、まだそれは分かりません、ですが、胴体着陸は異常な事態ではありますが、それ自体、適切な操作で行われれば、それほど危険は伴わない想定内のことなのです…。

 研修の中でそう言うものだと教えられていた、そのままを平静になって実行していました。すっかり夜になってしまった時刻に、270トンもある満員状態の大型旅客機がはたして安全に滑走路上で停止できるのだろうか…、大丈夫、無事に停止できるさ…と結論を出していました。

 二度目の振り回しが行われ、それから機長のアナウンスが流れました。どうやら前輪は出た模様だ…と、その瞬間、機内には歓声が…いえ、上がりませんでした。全員が無事に生命を長らえられる喜びを噛み締めていたようでした。

 万一を考慮してか、いつになく低い高度で福岡の街を飛び越し、ソッと滑走路に脚をつけた747型機、静かな拍手が湧きました。ギャレーの鏡で自分の姿を確かめてから所定の位置に立ちました。驚いたことは、何人ものお客さまから有難う…のお言葉を頂いたことでした。でも、一番嬉しかったのは、自分が自分を信じて立ち上がれた、そんなパワーがどこかからか湧き出てきたそのことでした。
http://Blog.goo.ne.jp/mirage001 

投稿日時 - 2013-03-21 13:21:54

お礼

う~ん。
適切な表現が浮かびませんが、非常に貴重なご経験を詳細に描写して頂いて
ありがとうございます。

不謹慎かもしれませんが良く出来たサスペンスを読んでいるようです。
昼寝前に読みましたので少し眠かったのですが吹き飛びました。

「至高体験」と言うより「修羅場中の修羅場」のように思いましたが
お婆さんの激しい咳で、突然、なにひとつ怖くなくなったというのは
正に「至高体験」と呼べるでしょうね。
それも、飛び切りの。

今までも、Nannetteさんは当然、並みの方とは思ってませんでしたが
内面に持ってらっしゃる凄みの一端を覗かせて頂いたように思います。

ブログもたまに覗かせて頂きます。

ご回答ありがとうございました。

投稿日時 - 2013-03-21 13:53:01

ANo.11

旅行で‥。
宿泊先の女将さんが私に『幸せのおすそ分けをありがとうございます』と言ったのですが その時そう感じました。
主人にも同じような言葉をかけてくださったみたいです。

投稿日時 - 2013-03-21 09:50:13

お礼

きっと、例えベタベタしてなくても凄く信頼し合っているのが伝わったんでしょうね。
正に「仲良きことは美しきかな」ですね(笑)
この世にそれ以上幸せなことは無いと思います。

ご回答ありがとうございました。

投稿日時 - 2013-03-21 11:12:51

ANo.10

旅行してて、
宿泊先のホテルを朝チェックアウトして
車に乗り込んでからしばらく
好きな音楽を聴きながら、
車の窓から天気の良い外の景色を見ていると
すごく幸せな気持ちになることがあります。
旅行は好きなので、旅行中はずっと楽しいですけど、
特にその時はそう感じます。
旅行中は
とりあえずは色々な心配ごとから逃れられているので
そんな風に感じるのでしょうか。

投稿日時 - 2013-03-21 09:36:54

お礼

クサイ言い方をしてしまえば
旅行中は、魂が解放されてるんじゃないでしょうか。
私も昔、嫁さんとキャンプに行った朝、山で散歩した時のことを時々思い出します。
山の朝ですから清々しいのは当然なんでしょうが
何か、静謐な感じに打たれたように思います。

ご回答ありがとうございました。

投稿日時 - 2013-03-21 11:06:08

ANo.9

>例えば、ミュージシャンが演奏中に感じることもあり

これに近いのかな。ちょっと自信はありませんが。ソロを取っているときより、例えばベースでルート音を弾き続けているとき、キーボードで、どんどん転調していき右端近くまで来てしまったときにメジャーとSUS4交互に弾いていてそこからテーマに戻ったときなど・・・ちょっと分かりにくいですね。

妙に面白い夢を見て目が覚めたとき。何が「面白い」の基準なのか自分でもはっきりしませんが、特に何も感じない夢や寝覚めの悪い夢がある一方で、面白い映画やドラマを見た後のような感覚を覚えることがあります。

http://okwave.jp/qa/q6212775.html
そういう夢の例を↑で回答しています。

投稿日時 - 2013-03-20 23:22:40

お礼

>メジャーとSUS4交互に弾いていてそこからテーマに戻ったときなど

メジャーとSUS4を交互に弾いたことがありませんので
イマイチ分かりませんが何となく分かります(笑)

>妙に面白い夢を見て目が覚めたとき。

trgovecさんの音楽の詳しさで十分ただ者ではないと思ってましたが
夢のシュールさもハンパないですね(笑)
まるで、ダリ、マグリット、カフカ、安部 公房のような。
ここに謹んでアーティストの称号を捧げます(笑)

ご回答ありがとうございました。

投稿日時 - 2013-03-21 00:04:03

ごめんなさい。 なんで一度に書けないんでしょうね、、私は。(笑)
alterd1953 さんの”家への帰り道は足が地面から30cmぐらい浮いて”
という表現をみて、思い出しました。
5年前にピアノの腕を磨くためある時音楽教室を訪れ一曲弾いたの
ですが、担当講師になんだかものすごく褒められて、おまけに別の
講師まで現れ拍手しながら「今まで聴いた〇〇(タイトル)で一番!」
とお世辞を言われ、担当講師には「このジャズピアニストのところに
行くべきだわ」とメモを渡されました。  この帰り道、まさに足が浮いて
いました。  たまたまこの時は南米に来ていた父が当地に立ち寄って
いて、家族と一緒に私の帰りをレストランで待っていたというのもあります。
「褒められる」って、”人生を肯定的に歩める原動力”になり得ますよね。  
実際、子供にはこれが一番ですし、それは結局大人になっても変わら
ないと思います。 

投稿日時 - 2013-03-20 23:14:42

お礼

>ごめんなさい。 なんで一度に書けないんでしょうね、、私は。(笑)

多分、連想が連想を呼ぶんですよね。
そこが、アーティストたるゆえんでしょう(笑)

仰るように「褒める」ことは非常に重要ですね。
ハービー・ハンコックがマイルスのオーディションに呼ばれた時に
何か弾けと言われて、1番リラックスして弾けるバラードをビビリながら弾いたら
あのしゃがれ声で「Nice Touch!」と言われてホッとしたそうです(笑)

ではでは(笑)

投稿日時 - 2013-03-20 23:48:33

そうそう、”子供が生まれた時”はもちろんです!

小学生のとき初めて子犬を飼ったのですが、翌日学校から帰宅する間、
ものすごい興奮状態でしたね。。(A)
面白いのは、産後の疲れから眠りに落ち、起きた瞬間この(A)の興奮
とほぼ同じ感覚が蘇ったことです。 「別室に ”わが子”がいる」 =
「子犬が家で待ってる」?(笑)

投稿日時 - 2013-03-20 22:48:02

お礼

分かります。
私も我が家に子ネコが初めて来た時のことを
今でもまざまざと覚えています。
多分「子供」というところに秘密があるのでしょうが
何か「神聖」なものを感じますし
ワクワクの100乗ぐらいでしょうか(笑)

再度のご回答ありがとうございます。

投稿日時 - 2013-03-20 23:40:42

「至高体験」=「強烈な幸福感を伴い、自分が取るに足らない
存在ではないと思え人生を肯定的に歩める原動力になる体験」
ということですが、例を拝見すると あ~なるほど、ああいう時かな
というのがいくつかあります。 
・ダンス(今は主婦クラスのバレエですが)のレッスンを終えたとき
・ピアノ演奏を終え、良い反応があったとき
・夏に限らず、穏やかな日当たりがよく、緑の多い公園やビーチ
(こちらは”人工ビーチ”がおおいのでそれも含め)に、家族と一緒に
きて、更にビーチボールやバトミントンしたとき。
・新しい料理・お菓子作りに挑戦し、それが成功したとき
・何か幸せな夢(たいてい「光」が多い)をみて、目覚めた瞬間

こういう時は、自分が悩みなど何もないすごーく幸せな人間と感じます。 
この状況から離れた数時間後、または翌日、それが”錯覚”と気づくの
ですが。。。(泣笑)  それらが「運動(何らかのフィジカル・アクティビティ)」
や「太陽光線」を伴っていることから、たぶんノルアドレナリンのなせる業
なのでしょうか・・ ドーパミンでしたっけ?

※自分にとって意味があって、何らかの行動を引き起こすような場合には
必ずドーパミンニューロンが活動しています。つまり、私たちは周囲の環境に
適応し、学習しながら生活するすべを会得していきます。 言ってみれば
人生は学習の連続です。 ドーパミンはそのような学習の強化因子として
働いているのです。 http://www.tmig.or.jp/J_TMIG/kouenkai/koza/67koza_2.html

投稿日時 - 2013-03-20 22:36:45

お礼

こうして挙げて頂いた例を拝見すると
heartoheartさんは徹底的にアーティストなんだなと改めて思います。

ただ「光」に関しては旧約聖書の冒頭にあるように非常に重要で普遍的な現象なんでしょうね。
私は特定の宗教を持ってませんが、良く晴れた日に光が窓から射している時など
「神」の存在を感じます。

後、仰っている化学物質は「脳内麻薬」と言われているものでしょうね。
いわゆる「ナチュラル・ハイ」をもたらすものでしょう。
酒や麻薬、そしてギャンブルなどは身の破滅をもたらしますので
私は、もっぱら楽器でそれを追求しています。
物凄くしんどいですけどね(笑)

ではまた(笑)

投稿日時 - 2013-03-20 23:29:40

こんばんは。

私も、子供が生まれたことです。

30歳そこそこで卵巣の手術をしていたので
子供は半分諦めていましたが、37歳で授かりました。

満面の笑顔で私に向かって駆け寄ってくるとき、
ぐちゃぐちゃの泣き顔で抱っこを求めてくるとき、
始めて「ママ」と言ってくれたとき。。。

私のことを100%信頼して愛してくれる
純粋無垢な子供のおかげで
自分の存在意義、自信を見出せます。

心の底から感謝の気持ちでいっぱいです。

そして「孫を抱くまで死ねない!」という
生きる糧も見つかりました(笑)。

投稿日時 - 2013-03-20 21:48:36

お礼

「子宝」と言いますが本当ですね。
私も看護師さんにインターホンで「生まれましたよ」と言われた時は
膝から力が抜けてへたり込みました(笑)
その後、家への帰り道は足が地面から30cmぐらい浮いている感じでした。
この世に、子供の笑顔に匹敵するものはそんなに無いと思います。
どうかお子様を大切にお育てください。

ご回答ありがとうございました。

投稿日時 - 2013-03-20 22:47:10

ANo.4

こんばんは。
これが「至高体験」にあたるのかどうかは判りませんが、
中学・高校時代に陸上競技をやっていて、練習で10数キロ走り込むことがよくあったのですが、走り初めは呼吸や脈拍が上がっていってだんだん辛くなるのですが、その辛さを我慢して黙々と走り続けていくと、その後突然呼吸の辛さが突然スっと消えてしまう時点があり、その後は呼吸も脈拍も落ち着いてしまって、このままずっと永遠にどこまでも走り続けられるような感覚になってしまうことがよくありました。
一種のトランス状態(無感覚?麻痺?)とでもいうのでしょうかね。
で、その後、目的地やゴールが近くなってそれ(目的地やゴール=雑念とでも云うのでしょうか)を意識しはじめると、また辛さ(今度は以前にも増して辛いです)が戻ってきます。
こういう感覚は長距離走やクロスカントリーのスキー競技の練習のときなどには、よく体験したものです。

投稿日時 - 2013-03-20 20:51:23

お礼

ああ。「ランナーズ・ハイ」と言われるもののようですね。
ゴール近くになって、また苦しさが戻って来るというのが凄く興味深いです。
ちょっと違うかもしれませんが
ひとりで山にキャンプに行った時
山に居る間は、物を一体考えているのか考えていないのか
良く分からない夢うつつの状態で過して
帰りに人里が見えて来ると、げっそりしたものでした。
いずれにしても、雑念の無い状態というのは非常に幸せですね。

ご回答ありがとうございました。

投稿日時 - 2013-03-20 22:34:13

こんばんわ

すごいオカルト的精神世界の用語が出てきてつい張り切って回答をかいたら
質問者様がalterdさんなので、投稿してていいのかどうかわからなくなりましたが
馬鹿でスケベな回答ですみません。

かねてからやりたかったことをやっている自分に、自分では気が付いていない。夢が叶ったといえば大げさだけど、それお前が望んでいたから持ってきたやったんやで、と関西弁の神様がいたら言いそうな状況、そういうときに神様【もう一人の自分、ハイアーセルフ、守護霊、何でもいいです】がいい気分の波動を送る。これは私にとってAタイプの「至高体験」。

それと、もう一つ未来のあこがれに通じる体験。さっきのもう一人の自分が「おいこれどや?ええやろ。憧れたくならへんか?」みたいなお誘い。これをBタイプの「至高体験」とよぶことにしましょう。

Aタイプ 
少しだけ麻生祐未似の超美形の女性と恋仲になった時。恋愛はいつでも自分を有頂天にしますけど、
自分が取るに足らない存在ではないと思え(お前、こんなきれいな女性を連れてレストランに行きシティホテルにとまっとるんやぞ。おまえは結構な男前やで。
ちょっとチビなのが玉にキズだけどな)人生を肯定的に歩める原動力になりましたね。
丁度、先妻に裏切られ離婚して3年目で、自暴自棄になりかけていた頃でした。

あとは、好きな企画書をパワポでカッコよくまとめて、ワクワクしながらみんなが驚く瞬間を楽しみに待つとき、俺って本当に天才だなぁと思う。
それから、洋服が好きで、いろいろコーディネーションを考えているとき。妙な幸福感があります。俺って女かなぁと時々思う。

Bタイプ
1990年頃の米国のボストンで見た、再開発住宅。これが妙に心に残っていました。
いいなぁと思い、将来自分は米国に定住するのかとも思いましたが、今住んでいる住宅はあの時見た住宅の間取り、構造、窓からの風景がよく似ています。
驚くほど快適で心になじむ住まいです。

C 日常至高体験
うまいつけ麺食っている瞬間。もう死んでもいいの反対で、一生喰いつづけたい。
珈琲を飲む瞬間・・・・高校生時代から今まで珈琲だけで人生生きていけそうと何度思ったことか
OKwaveで回答がウケたとき。カミさん以外、遊び相手の少ない私ですがこのサイトさえあれば老後はけっこう楽しくくらせそうかなと思います。
長老のふくろうさんが「良い趣味をお持ち」と言った意味が、老後の生きがいという意味なら、そりゃ大丈夫。その自慢をして嫌われないようにすればいいのですから。

投稿日時 - 2013-03-20 20:47:50

お礼

確かに、付き合う女性で男のレベルが計れますね。
昔、大阪の博報堂に、親戚がノーベル賞獲ったことがある家系の人がいまして
凄く小柄な方だったんですが、JR大阪駅の雑踏で遠くから何人かで歩いて来ても
その人の声だけ聞こえて来る大声でした。
普段も凄く堂々としていて「男は背丈ではないな」と確信しました。

>好きな企画書をパワポでカッコよくまとめて、ワクワクしながらみんなが驚く瞬間を楽しみに待つとき、俺って本当に天才だなぁと思う。

仕事をそれだけ楽しめたら最高ですね。
さすがexhibitionistさんです(笑)

>洋服が好きで、いろいろコーディネーションを考えているとき。妙な幸福感があります。

ああ。これも分かります。
頭で色やら形やら組立てれば勝ちですよね。
でも、これ、私は漫画家志望でしたし
exhibitionistさんは建築デザイン志望でしたから
大いに関係ありそうですね。

>1990年頃の米国のボストンで見た、再開発住宅。これが妙に心に残っていました。

これは超羨ましいです。
最近もEテレでMITの講義をやってましたが
あの辺りが世界の中心な気がします。

>うまいつけ麺食っている瞬間。もう死んでもいいの反対で、一生喰いつづけたい。

つけ麺って全く興味が無かったんですが、急に喰いたくなりました(笑)

>珈琲を飲む瞬間

ああ。これはうちも夫婦共々愛してます。
若い頃は喫茶店をやりたかったです。
今でも、コーヒーを淹れるのは一度も飽きたことがありません。

>長老のふくろうさん

映画通の渋いおじさんですね(笑)

楽しいご回答ありがとうございました。

ではまた(笑)

投稿日時 - 2013-03-20 22:25:04

ANo.2

突然、というか思ってもみないときにそういう体験がありました。
美容室で頭皮をマッサージしているときに、
幸せな状態になり、そのときに、心の底から、
幸せというのは、何もかも、受け入れられる状態のことをいうのだと体験しました。
悟りというのは、体験し会得するものだと思います。
それは個人個人で体験すべきであり、
皆が同じ物事を会得するのではないとも思っています。
また、私は、眠りにつこうと枕に頭をあてたら、
遠くに魂がいくような状態になり、「我は我なり、ゆえに我である。天上天下唯我独尊。悟った」
と体験しました。
物が食べれない状態にあったときには、体の中心に生命の灯があるのを発見しました。
また、物が食べれない状態のときに、人の幸福を祈ることができたのが不思議な体験でした。
いつ、そのような状況になるのかはよくわかりませんが、
次元が移行しているような、言葉では説明できない摩訶不思議なそんな体験ですよね。

投稿日時 - 2013-03-20 18:23:26

お礼

全く同感です。
宗教のことは良く知りませんが
「悟り」とか「天の啓示」とかの宗教的経験に近いことではないかと思います。
なるほど、人間、一人一人違いはありますが
大本のところでは、そんなに違っていないように思います。
違いも健康的な個性なら良いですが
環境による歪みなら悲しいことだと思います。

ご回答ありがとうございました。

投稿日時 - 2013-03-20 18:55:37

ANo.1

人を助けたり、手伝ったり、お世話した
りした時に、その相手から、感謝の気持ちの
「ありがとう」を言われた時に、そのような
感情を感じますね。

投稿日時 - 2013-03-20 18:09:21

お礼

ああ。分かります。
私も、嫁さんに「いってらっしゃい」とか「お帰り」と言われただけで
何か気持ちがふわっとします。
挨拶の力は凄いですよね。

ご回答ありがとうございました。

投稿日時 - 2013-03-20 18:46:44

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