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(4) Egypt's empire stretched from Nubia to Syria. Tribute gifts flooded in from neighboring rulers who hoped to ally themselves with the powerful Egyptian king. Amenhotep IV must have watched a procession of riches being presented to his father. One ambassador after another laid gifts at his feet―exquisite jars from Crete, copper from Cyprus, jewels from Afghanistan, elephant tusks, giraffe skins, and ebony wood from Kush. Materialism was alive and well in Egypt. And everything had to be over the top. It wasn't enough to build a temple; the temple had to be COLOSSAL. A cloud of dust must have spread across Egypt from the dust raised by quarrymen and carvers, working the stone for all the buildings.
(5) Traveling the Nile on the royal barge that was a floating palace, Amenhntep IV would have watched his father stop at town after town, performing rituals and paying tribute to the dozens of gods whose temples dotted the riverbank. Sailing against the current for the 400-mile trip from the northern capital of Memphis to the southern capital of Thebes would have taken three weeks without stops, but of course, there were always stops. Gratitude had to be expressed to the gods for Egypt's good fortune. That was the king's job. One day it would be Amenhotep IV's older brother's turn.
(6) How different the two capital must have seemed to young Amenhotep IV. In Memphis he wouldn't gave been able to turn around without bumping into a scribe. Egyptians were compulsive record keepers. The archives bulged with their documents. A foreman couldn't hand out a loaf of bread to workman without someone writing it down. Governorr and overseers bustled through the streets of Memphis conducting Egypt's business, and the scribes recorded it all.

投稿日時 - 2012-11-14 20:52:11

QNo.7797896

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(4) エジプトの帝国は、ヌビアからシリアにわたっていました。 強力なエジプト国王と同盟することを望む近隣の統治者から、贈り物が殺到しました。 アメンホテップ4世は、財宝が行列をなして彼の父親に贈られるのを目にしたにちがいありません。各国の大使が次々と、彼の足元にそれらの贈り物を置いて行きました ― クレタ島の非常に美しい壺、キプロスの銅、アフガニスタンの宝石、象牙、キリンのなめし皮、クシュの黒檀の木材。 エジプトでは、実利主義が、まだ残っていました。そして、すべてが、過度でなければなりませんでした。 寺院を建設するだけでは十分ではありませんでした; 寺院は、「壮大」でなければなりませんでした。 ちりの雲が、エジプト中に広がったにちがいありません、すべての建物のために石に取り組む石切り工と彫刻家によって作りだされたちりでした。

(5) 浮かぶ宮殿とも言える国王のはしけに乗ってナイル川を旅している時、アメンホテップ4世は、彼の父親が町々に立ち寄り、儀式を行って、多くの神々に供え物をするのを目にしたことでしょう、それらの神々をまつる寺院が川岸に点在していました。北の都のメンフィスから南の都のテーベに至る400マイルの旅を流れに逆らって航行することは、停泊しなくても3週間かかったことでしょう、しかし、もちろん、常に停泊は行われました。 エジプトの幸運のために、感謝が神に示されなければなりませんでした。それ(感謝を示すこと)は、国王の仕事でした。 ある日、それは、アメンホテップ4世の兄の番になるでしょう。

(6) 2つの都は、若いアメンホテップ4世にとって、いかにも違っているように思われたにちがいありません。 メンフィスでは、彼は、振り向けば必ず書記に出くわしたことでしょう。エジプト人は、強迫観念に取りつかれたと思えるほどの記録魔でした。 記録保管所は、彼らの文書で一杯でした。 監督は、誰かがそれを書きとめなければ、労働者に1個のパンも渡すことができませんでした。 総督や監督官が、メンフィスの通りを駆け回る様にしてエジプトでの仕事を行っていました、そして、書記たちが、そのすべてを記録しました。

投稿日時 - 2012-11-15 02:24:43

お礼

ありがとうございます。

投稿日時 - 2012-11-15 05:34:36

ANo.1

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