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解決済みの質問

心の病気の意味・回復

私は22歳になる統合失調感情障害を患ったものです。心の病気になった意味について考えてしまったり、回復することだけに専念する日々を送ろうと決意したので、経験者の方や専門家の方、あるいは自分は治ったという経験を持つ方などに「意味」「回復」についてどちらでも構わないので、何か助けになるご意見を聞かせてください。


病気になった原因は、中学・高校時代、進学校に行き、自分とは合わない価値観の元、周りの友人に理不尽なことを理由にいじめにあい、それに耐えるため、学校の勉強に無理やり没頭したり、それに限界が来ている頃に大切な家族を失ったことなどが重なり、いろんなことをずっと一人で抱えすぎた事だと思われます。

それ以降も本来の明るくてポジティブで元気そのもの自然体だった頃の小学校時代の自分などを追い求めたり、勉強を頑張った末にかなえようとしていた夢に再度チャレンジして起死回生を狙ったり、いろいろとしては頑張りすぎの空回り、人間不信は治らないし、考えすぎるようになってしまった性格・トラウマも消えないまま、些細なことで傷ついては死を考え入退院を繰り返しました。

ゆっくり人間関係もいろんなことも含めてリハビリのつもりで通いなさいと親の勧めがあり、私はとりあえず大学にも通ったのですが、気力・体力ともに全く追いつかず、友人関係にもいちいち傷つき、なかなかうまくいかずにほとんど通えない状態で、目標も見つからず、結局退学してしまいました。

最近、ソーシャルネットワークなどで過去のつながりから高校時代の友人たちが企業に内定などを決め、社会人になっていくのを見ると、私はどうしても自分と比較してしまいます。でも、私は勉強をして、一般企業に勤めてという生き方は自分には合ってないと昔から思っていたので、比較する必要もないのですが、苦しんで社会とのつながりも持てずに死にたいと思ってしまう人生よりははるかに楽なのではないかとマイナスな視点で見てしまいます。何様なのかという感じですが・・・。

昔、私が、学校に通えなくなり苦しんでいた時に、父が「これにも絶対意味がある。逆にこうやって苦しんでいろんなことで悩んで成長した大人ほど人の痛みがわかって一味もふた味も違う深みのある人間になるんだ。かえってこっちの方がよかったと思える日がくるよ。」などと何度も励まされて、私は、こうなってしまったことの意味などを考えすぎるようになったのですが、いつまでも感じられません。社会参加もできなければ、怖いものは増え、傷は増え、とどうしてもマイナス要素が見えます。


しかし、昨年入院した時に、「もう完治しているので、後は自分で立ち直ってください」というような事を言われました。確かに年々落ち込みながらもよくなっては来ているのでしょう。私にはあまりわかりませんが、周りの大人が私を見てそう言います。


ただ、私は立ち直るためにも社会参加したいとも焦るのですが、やはりまだ、普通に規則正しく生活することすらままならない状態で、落ち込みやすいし、人と交わるのが怖いし、夢や目標がしっかりしないので、このまま何かを始めてまた中途半端でやめるという結果にならないように、まずは体調を元に戻す事に専念しようと決めました。
そう思えたのも、最近彼氏ができたからだと思います。でも、あまり相談しすぎると彼自身も限界を感じる時もあるようなので、私も自分にできること、まずはこれから1年、ゆっくり1日1日プチ達成感を味わいながら規則正しく過ごすようになろうと思います。無理せず、ゆっくりまずは元気に健康を取り戻して自信を回復したいです。


改めて、書かせていただきますが、私には失ったものの方が大きく思えたり、自分の心の傷に目がむいたり、いろんなことをとにかく考える癖がついてしまったので、とてもこの病気になった経緯すべてを含めてよかったとは思えません。しかし、「意味」を求めてしまいます。そして、後、どういうことをやったら、どういうふうに考えたら「回復」したか皆さんからヒントを得たいと思います。理不尽な目に合った上、病気になった場合、どうそれを受け入れていくか、その心構えを教えて頂きたいです。苦しんだ末に見える光は、必ずそうでなかった人生とは違う温かみのあるものですか?

長くなりましたが、よろしくお願いいたします。

投稿日時 - 2012-02-04 17:48:44

QNo.7285075

すぐに回答ほしいです

質問者が選んだベストアンサー

私はうつ病経験があって完治したと言えるくらいの状態で恐らく30数年間で一番安定した良い精神状態でいれていると思っています。

直接、質問者様の回復に繋がるかどうかは解りませんが、精神面での事なら多少共通する部分もあるかと思い書かせていただきます。

まず、文面を拝見させていただきましたが、非常に丁寧かつ解りやすく恐らくかなりの時間をかけて書かれた事と思いますが、これだけの文を読ませていただいたのは久しぶりでした。


よく「病気になったけどむしろこれがきっかけで成長が出来て結果的に良かった」と回復された方の文を見ます。
これは、今まで臭いものに蓋をしてきた自分の心をしっかり見つめなおしてその答えに納得し、出来ない・出来なくなった物を追いかけずに自分の出来る事を見つめて出来る事を増やして行こうとされているんだなと実感としてよく解るし確かにそうだと思えるんですが、もし自分が病気にならなかったとしたらという事をほとんど考える事がないので、病気にならなかった自分と比べて今が良いかは解らないです。
でも、遅かれ早かれ病気になってたと思うので良かった・・のかな(^^;)
回復するにしたがって徐々に感じる事なので、質問者様の今の状態で良かったと思えなくて当然ですから今気にしなくていいですよ。


質問者様なら間違った結論へ考えを持っていかれないと思ったので多少荒療治的な事を書かせていただきますが、もし今でも「死んでしまいたい」と思われるなら「どうすれば100%自分が納得いく死に方が出来るか」をとことん納得いくまで考えてみてください。一気にやるのが辛ければ少しずつ。
自分の場合は、家族に迷惑のかかる死に方はしたくないっていう気持ちが強かったので、どううまく考えても答えは出ずにそのうち「もう何年グルグル同じ事を考えてるんだ」となり答えなんか出ないんだから生きるしかしょうがない、生きるんだったら楽しく生きたいと考えが行き着きました。

これから自分の過去や考え方を見つめ直すのに「どうせいつか死ぬし・・」という考えが出るとそこで思考がリセットして非常に邪魔な存在になりますのでクリアされておかれる方が良いと思います。


>私には失ったものの方が大きく思えたり
あまり良く無いなと思ったのはこの一文くらいで後は心構えとして非常に良いと思いました。人の精神は過去が作り出すものだと思いますので少しずつゆっくり過去と対峙してみてください。

参考URL:http://kusamayanosuke.blog15.fc2.com/blog-entry-381.html

投稿日時 - 2012-02-04 19:54:35

お礼

早速、回答ありがとうございます。

>よく「病気になったけどむしろこれがきっかけで成長が出来て結果的に良かった」と回復された方の文を見ます。

私も、こういうふうに言われる方が具体的にどのような形でそれが実感できているのかなど知りたくてネットサーフィンや本を読んだりするのですが、なかなかあなたが見られているような文にめぐり合うことが私にはありません。むしろ闘病中あるいは治った方で「よかったとは思えない」などと言ってる人をよく見るのですが、あなたの見ているような事が書かれているものはどこにありますか?教えて頂きたいです。私が知っているのは、竹脇無我さんの闘病記です。うつになってよかったなどとサブタイトルで付いてたような・・・。

あと、参考URLのブログはあなたのものですか?少し拝見したのですが、いっぱいヒントになる事が書かれていました。

私も過去と向きあう作業は今までもやってきたのですが、まだまだ見直していける点があると思うのです。わたしの場合、私の人生がすべてうまくいってそうだからという一方的な相手側の視点から理不尽ないじめを受けた事がきっかけで、そこから自分が助けを求めても親が受け入れてくれなかったり、それでますます自分を追いやる方向へ物事を考えていったので、いろんな周りの人が悪かったという思いが消えません。

私立の中学への進学を期にこのことが始ったので、公立の仲の良かった友達がいる穏やかな環境へそのまま進んでいた自分との比較がいつも頭をもたげます。すみません、質問と同様に書くと長々となってしまうので、もしあなたがそのブログの主の方なら、ブログをやるメリットデメリットなど教えていただけませんか?

私はブログをもし自分を直接知っている人に見られたらという不安があるのと、パソコンと向き合う時間が長くなると不健康かなとも思うのですが、実際どんなメリットがあるでしょうか?

興味があるので教えてください。お手数ですが、よろしくお願いいたします。

投稿日時 - 2012-02-05 00:09:07

ANo.1

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回答(3)

ANo.3

統合失調の原因は心の中で葛藤があると成り易いものだと理解しています。

あなたの場合、価値観の違いに囲まれた学校生活なのか、イジメなのかは判断できませんが、発病した結果価値観の違いはどの様に克服されましたか。いじめは避難できる様になったのですか。
回復へのアドバイスを書くときは、その葛藤をどの様に解きほぐすかを話し合うようにしています。
誰もが幸せに成る為に生きていますし、身近な人をも幸せにしたいと生きているものですから、それらに矛盾が生じないような生き方が必要になるのではないでしょうか。

病気になったことの「意味」は、過去にありはしません。
それから病気を治したのであればどう生きていくのかが問われます。
「どう生きるか」の答えを出させるのが「意味」になる筈です。

失ったものが大きく見えるのは、まだ未来に向かっての生きる意欲が小さいのでしょう。
遣りたいこと、昔持っていた夢の実現など、たくさんすることがあり、どこへ向かうかもたくさんあるのに過去に置き去りにしたものに未練など持つ必要は無いのではありませんか。
自分の生き方に問題があった過去、それでも過去に未練があるのでは十分な回復にはなりませんよ。
医者や看護婦さんが言った言葉は、前に向かって歩いていけば、過去などとは別なあなたが、あなたを迎えてくれるのだと教えてくれたのでしょう。
過去のあなたは失ったものに関してどれだけの関心を持っていたのか、それを問うたのが病気でしょう。

繰り返しますが、「意味」は過去にはありません。
「回復」は、あなたが前を向いて、幸せを手にする生き方を始めることで、始まります。
夢の実現も、幸せも過去にはありませんから。

投稿日時 - 2012-02-05 09:59:58

お礼

回答ありがとうございます。

投稿日時 - 2012-02-05 14:40:23

ANo.2

お礼ありがとうございます。
「うつ病になってよかった」って記事をどこで見たかはちょっと覚えてないんですよ。参考URLのサイトは私のブログで同じカテゴリの方のブログを拝見したりよくしていたので、その時に拝見したりどこかのサイトなんかで○△■さんの体験談みたいなもので見たりです。

私の場合はブログをやる事でかなり助けられた部分が大きいです。
同じ様に苦しんでおられた方と知り合えた事
自分の心の整理をする時に文面で書くといろいろ発見する事があったり後で読み直して復習する事も出来た事
これをやろうと思った時にブログで宣言すると、皆見てるしちゃんとやらなきゃって気持ちになれた事
たまに愚痴を書いても誰にも文句を言われない事
たまたまですが、昔から好きだったアーティストの人が来てくださって少しやりとり出来た事

デメリットとしては、自分がブログを始める前に思っていたのが「誹謗中傷」なんですが、出会い系サイトの広告みたいなコメントを書かれる事はよくありましたけど、直接的な誹謗中傷は一度も今までないですね。ネットはそういう輩が沢山いるからあっても直ぐ消せば良いくらいに思っておくのが良いとは思いますけども。

知り合いに知られるんじゃないかって点は、PCからブログを書かれる場合だとアカウントとパスワードをPCに記憶させていると他の人がそのPCを使うと見られる可能性があるので、複数人でそのPCを使われるならアカウントとパスワードをご自分で記憶しておいて毎回ログイン時に入力すれば、それほど問題はないかと思います。
大体どこもそうなってると思いますが、私の使っている「FC2」、アメーバピグなんかでTVCMしてる「アメーバブログ」辺りは携帯からでもブログの書き込みが出来ます。
名前や居住地、年齢みたいな個人情報は公開する必要もないので心配ないと思います。

誰に強制されてやってるものでもないですし辞めたくなったら辞めようくらいの気持ちでやってましたから、私の場合特にデメリットは感じた事ないですよ。

投稿日時 - 2012-02-05 01:57:21

お礼

二度目の回答ありがとうございました。


あなたのご意見すごく参考になります。やはり、三十数年もいろいろな苦しみを経験されてるあなただからこそ、人の痛みに寄り添う優しさやこの病気と付き合う心構えなどを兼ね備えてらっしゃるように思いました。本当に感謝です。私もブログやってみようかなと思いますが、過去と向き合うのは発見もあるだろうし、苦しみも伴うように思います。なので、自分のペースで無理なくやっていこうと思います。そして、これからの回復するための日常なども綴ってみたいと思います。あなたのブログ、これからも参考にさせていただきますね。

投稿日時 - 2012-02-05 16:37:52

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