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締切り済みの質問

離婚の危機です。皆様の意見を聞かせてください。

今、旦那に離婚を迫られています。

私は、子供が教会付属の幼稚園に通ったのをきっかけに関り始め6年目です。教会はプロテスタントでエホバとかもろみのなんとか、といったものではないのは確かです。ただ純粋に神様を信じている人達といったイメージです。
疑問を持ちつつ聖書を勉強していくなか、私は押しつけられたのではなく自分でもっと勉強していきたいという思いと、神様というのを信じたいという気持ちが大きくなり、今までお世話になった牧師の前で「神様を信じます」というお祈りをしました。気持ちはクリスチャンです。
でも、そのお祈りをしたからといって、教会全員が私がクリスチャンになったのは知りませんし(大げさなものではない)、献金に家のお金を使おうとか、家族の時間を減らしてまでどうこうするつもりはサラサラありません。献金も、したとしても私のアルバイトのお金からお財布に入っている小銭少し程度です。それはこれからも代わりありません。
教会の人達も、ごく普通でこれまで6年間関って来て安心出来るところだと確信があります。
そして、何よりこれからの人生、ただ純粋に神様を信じることをしたかったのです。

つい最近、旦那に「私はクリスチャンになったよ。神様を信じて生きていきたい」と告げたら大反対されました。
まず、自分に内緒で儀式みたいなことをしたことと、自分は1つの宗教にのめり込む考えは嫌いだと言ってあっただろうということと、自分の頑張りに対してお前の考えはこれからずっと「あなたありがとう、ではなく神様ありがとうなんだろ」だということ、結婚してこれまで20年間オレの考えだけだったのに、これから「GOD」が入ってくるのは許せない等等。
そして最近は、「冷静に考えたら、もしかしたら牧師(男性)に嫉妬していたのかもしれない。おまえを取られてしまう危機感を感じた」といいます。

自分でも、何人もの人に自分の考えが可笑しいのか、縛り付けていないか、様々な宗教の人に何人にも相談したが、今更家に戻れない状況だといいます。
私は旦那のこと今までだってこれからだって大好きだと言いました。
子供3人とも、戻って来て欲しいと泣いています。

旦那の意見は、離婚の危機まで来ているのに聖書をとる君の考えがおかしいといいます。つまり、洗脳されていると。

私が神様を信じたい気持ちは1つも受け入れてくれません。押し付けることはないと言っても、私が家庭を捨ててまでのめり込まない自身があるといっても、信じてくれないのです。
神様ではなく怒りの矛先が牧師であったら旦那の誤解ですのに。

皆様のご意見が聞きたいです。私はなにか重大な悪い事をしているのでしょうか。

私たちについて、どう思いますか。

どんな意見でも聞かせてください。

投稿日時 - 2011-03-15 07:24:24

QNo.6593899

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回答(29)

ANo.29

 そもそも宗教とは何だろうかと考えられたことはありますでしょうか。世界中にそれこそ何百、いや何千と宗教なるものがあると思います。
 また、それぞれが我が宗教こそ他の宗教より優れていると自負していることでしょう。
 それぞれの立場で信ずるものを信じればいいのですが、私の宗教観は「宗教とは人の生き方を律するもの。」というものです。
 この世に生を受け、幼稚園から小・中・高・大学等を経て、就職し、結婚し、子供が産まれ、子供を育て、親の介護をし、そしていつかは自分も死を迎える。
 そういう長い人生の中で、お宮参り、七五三、厄払い、結婚式等々を経て最後はお葬式に至るまで、人生の中でいろいろ宗教に関わる行事を経験することとなります。
 人として、人の親として、人の子としてこれらのことをきちんとやるために宗教なるものがあると思っています。
 逆説的にいえば、宗教に頼ることなくこれらのことにきちんと自身で対処できる人は、宗教に頼る必要はないということです。
 しかしながら、すべての人がと言っていいと思いますが人は弱いものであり、従って何らかの宗教に自分の処し方を求めるのだと思います。
 すなわち、人生の中で自分が弱くなる時にいかなる宗教でもあるいは宗教でなくても自分の律し方の準拠となるものを見いだし、的確に処し方を律されればいいのだと思います。
 宗教以外のものとは自分自身でも、ご主人でも、尊敬する人でも、人でなくても、いずれでも良いと思います。
 なお、日本人は多神教とよくいわれ神道も仏教もキリスト教も受け入れており、反面欧米等は一神教といわれ一つの神を大事にし、毎日あるいは日曜日礼拝をしますが、それと同様に家族を非常に大事にします、いや実生活では家族が最も大事とよく言いますし、そのように行動していると思います。
 どうぞあなたもご家族であるご主人をもっとも大事にしてください。

投稿日時 - 2011-03-20 22:28:48

ANo.28

レスはありませんが、コメントします。

ここまでたくさんの回答が寄せられているのに放置していること自体が、あなたの人となり、宗教観を示しています。

あなたが入信したキリスト教では、誠実ということを大切にしていないのでしょうか??
そしてそれぞれの意見に対して、きちんとあなたの考え方を述べられないのは、あなたの中で考え方が定まっていないからでは?
そして、定まっていなくても、それを、それぞれの回答者に向き合うことで定めていこうという気持ちがないからでは?つまり、信仰をより確かなものにしようという意欲がないからでは?

私は、神を否定しませんし、宗教によっては、まぁ、それほ否定もしません。

しかし、「針の先には何人の天使がたっていられるか?」といったバカバカしい宗教問答をやるようなことは、私にはありえないですよね。
その宗教で大切にしている言葉をあちこちから引用して、屁理屈をこね回して、詭弁で相手を打ち負かすことに血道をあげるわけですから、その方向で勝負すれば、一般人が勝てるわけはないですけれどね。
そういったことの萌芽は、最も大切なものと問われても二つ答えるようなところにも現れていますけれどね。途中で誰かが改変した可能性も否定はできないですしね。

真実は、そこにはあるのでしょうか。

宗教の中で大切にされている言葉の中の「神は~」とか「主は~」とかを都合良く並べ立てることは可能ですが、そんなこと、その宗教にとっても不本意ではないのか?と思ってしまいます。私は、宗教や神を愚弄するつもりは全くありませんが、それらの言葉を、例えば「麻原は~」に置き換えても、ちゃんと文脈は通じてしまいます。それでも、入信しますか?
つまり、神や宗教を語る場合、上っ面の詭弁ではなく、本当に大切なものを見抜き、愛や誠実さ等を大切にするということから考えなければならないということです。

その宗教に入信するかどうかを論ずるのに、その宗教での大切な言葉、枠組みでしか語りえず、一般的な言葉や考え方と乖離したものでしかあなたが答えられないのなら、視野狭窄というか、既に病膏肓に入るといおう感じですね。


勿論、あなたが、様々な宗教や宗派の教祖、開祖と同じように、求道も道に旅立ちたいのなら、全てを捨てて旅立つことも、アリだと思います。しかしそれなら、個々人の幸せなどにとらわれず、自分にとっては遙かに大きいものと考えられる真理を探求していくでしょうから、こんなところで質問するとは思えませんが。

さて、この質問は、このまま放置か、回答者のレスを待たずに締め切りか、それとも、回答者達と逃げずに向き合う=自分の心、信仰と向き合うか、そのどれでしょうか。もし釣りではなかったのなら、あなたが試されているということですね。遠くより拝見させていただきます。

投稿日時 - 2011-03-18 06:45:17

ANo.27

「旦那の意見は、離婚の危機まで来ているのに聖書をとる君の考えがおかしいといいます」
問題はズバリここなんですよ。

仕事にしろ趣味にしろ信仰にしろ、パートナーの嫌がる事をしてまで何ゆえの家族なのか?って事。
つまりは現実生活破壊してまで手に入れる事なのかって事。

「なんであなたは分かってくれないのよ~」って叫んだって、そうする妻の行為が嫌ならば
ましてや相手が離婚まで考えるほど嫌な事をする意味あるかですよ。

勿論あなたなりの信仰はあなたの自由。
でもそのパートナーがそれを嫌悪してる。
「離婚か?信仰か?どっちか選べ!」と言われてるような夫婦が今後、上手く行く訳ないです。

例えば、あなたが嫌悪する人間を、夫が家に連れてくるようなものです。
お互い嫌悪することは、やんないのが愛情です。

正しいとか自由とか分かってくれよとか関係ないんです。
嫌う温度差それぞれ大きく違う訳だからネ。

私の友人は昔からクリスチャンだけど夫は全く関知せず上手くやってます。
何故なら「神様を信じる」なんてわざわざその友人は夫に公言もせず、普通に自然にさりげなく教会に行ったりしてるからです。
「自分の心に干渉させない」と日常の生活が自立してるから、夫も家族も何も言いませんって言うか
言わせません。

信仰ってわざわざ「神様信じてる」とか「教祖信じてる」とか言うもんでもないし。
あなたのその態度と言動が、夫から見たらただただ鬱陶しいだけなんだと思います。

「私はなにか重大な悪い事をしているのでしょうか」
悪い「事」をしてるんじゃなく、あなた自身に説得力がなく曖昧な感じがします。

夫があなたのしてる事に嫌悪を感じてるのが事実なだけです。
もしも夫が「じゃ離婚だな」というと、その「神様」の為に離婚しますか?って話です。

投稿日時 - 2011-03-17 08:29:28

ANo.26

いろいろ否定的な意見が多いのですが気を落とすことはまったくありません。

あなたは、「信仰」の第一歩を踏み出したのです。
このまますんなりとあなたの考えるような教会ライフを始め、送るより
もしあなたがこの気持ちを持ち続けるなら、よほど豊かな実りを得られると思います。

箴言第8章17節
「わたしは、わたしを愛する者を愛する。わたしをせつに求める者は、わたしに出会う。」

最初から完全に、パウロやペテロのような信仰を持つ必要はないのです。
最初は、幼子がその母を求めるように、教理や疑問点をとりあえず脇において
信仰を始めてもいいのです。

ここにいる皆さんが、全員あなたの信仰を「幼稚」と断言しても私はあえて
言います。
あなたは人生の中でもっとも大切な一歩を踏み出したのです。あなたは誰にも非難される
筋合いはありません。

聖書にはイエスが、もっとも大切なことは何かを人に聞かれる場面がありますそこで
イエスはこう答えます。

「心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くして、
   あなたの神である主を愛しなさい。
   また、隣人を自分と同じように愛しなさい。」
            (マタイによる福音書第22章)

ここで順番についてよく考えて欲しいのです。
イエスは、最初に「主を愛せ」
と言ったのです。
神と、あなたの関係が正しければ、自然と、あなたと他の人との関係が正しくなるのです。
神が中心なのです。

もうひとつ大切なことがあります。イエスは「もっとも大切なこと」を聞かれたのに、二つ、
神を愛することと人を愛することを挙げたのです。
これは「神を愛すること」はイコール「人を愛すること」と言うことを示しています。
つまりこの二つは別のようでいて同じことなのです。ただし神が順番としては先に挙げられ
ています。

あなたはすでにこの回答を読む気さえしていないでしょう。目を通してくれる可能性は低い
かもしれません。

あなたが目を通してくれることを祈ります。

投稿日時 - 2011-03-16 17:19:39

ANo.25

再度、失礼します。
質問文を拝読すればする程、あまりにも浅くてあやふやな信仰心だということに気づいて下さい。

揚げ足を取ることになってしまいますが。。。

エホバやもろみ、などではないことは‘確かなんです’
‘純粋に神様を信じてる人ばかりの中での活動です’
‘教会の人達もごく普通です’
‘儀式みたいな’ことをしたこと。
‘気持はクリスチャンです’
怒りの矛先が‘神様ではなく牧師だったら誤解です’

以上、これだけでもいかに貴女が勉強不足であるか? 宗派に関係なくキリスト教とはなんぞや?を
全く理解していないことに気づいて下さい。

確たる根拠もないまま、6年間‘関わっただけ’でいきなり「私はクリスチャンになった」と
ご主人が納得できるだけの材料もなく言いのけたことに、成人するまでずっと悩んだり迷ったりした末に
洗礼を受けることを決心した私には、冒とくとさえ思えてしまいます。

私は聖書を読むことすると同時に、浄土真宗のお経も唱えられるくらいまで祖母に連れられて檀家になってる
お寺にも通いました。
それこそごく普通に生活してます。祖母や父亡き後、母親が定期的にお寺にお布施をしているのと同じく
教会に行かずも私は私で教会へ定期的に寄付をしてます。

気が向いたら足が向くのは教会で、だからと言って毎週通ったりや家庭で大っぴらに聖書を開いたりもしません。
同じキリスト教でも、カソリックと違いプロテスタントは食事前のお祈りは欠かせないものだけれど心の中で唱えるだけです。
聖書を読んでお祈りを捧げて落ち着く時間は自室のマリア像の前で十分です。

子供達が混乱しないよう家庭内で宗教観は出さないようにしながらも、小さい頃からキリスト教色を全面に出していない
絵本などを読んであげてたりな程度でした。

実家にはお仏壇もありますし父のための祭壇もあります。
お仏壇に向かって亡き祖父母だけでなくご先祖様のために両手を合わせて感謝のお祈りをします。
父親に向かっては、父親が好んでいた聖書の一節を心の中で唱えます。十字は切らないので一礼するだけです。

突き詰めれば邪道なことなのかもしれませんが、お寺でお坊さんの説法を拝聞することも教会で牧師と対話をすることも
私に取ってはどちらもすんなりと心で受け止めることができます。

一概に‘キリスト教徒’の方がみんなこぞって寄り集まって、勉強会をしたりしていくうちに‘神こそ全て’に
なっていってしまってる、履き違えた宗教観を持ってしまう方々もたくさん見ました。
貴女のように広い意味で妄信的になり‘神様を信じていきたい’と声高になり、慣れ親しんではいないご主人が
どう感じるかをも慮ることもできない方、純粋にキリスト教を掘り下げてはいないと見なしてしまいます。
キリスト教は日本や他国の仏教徒に比べると、単に信仰心を持ち合わせるだけでなく元は同じでも様々に
枝分かれしており、それこそキリスト教徒同士なのに宗教戦争にまで発展してしまってる現状の矛盾さを鑑みたことはおありでしょうか?

聖書についての‘勉強会’こと日本においては、本質的なことが抜けたままでの理解をすることが多々あるということも
実際に見聞きしてます。

そうやって中途半端な理解しかしていないのに徒党を組んで「神を信じる」「安易な聖書の勉強によってのめりこんでいく」
自分に都合よく解釈できるということは一部の方々に取っては否めないと強く感じてます。
貴女は、こっちの部類に入ってることに気づくべきです。

私は洗礼を受けた時点で‘完全なるキリスト教徒’なのでしょう。新約聖書も旧約聖書も完全に頭に入ってます。マタイ列伝何章と言われれば聖書のどの部分にあるのかは空で出るようにまでなってます。
父の考え方は、聖書の勉強をすることだけではキリスト教徒とは言えない。
果たして神は全能なのか? その他キリスト教について何も疑うことなく盲信すべきことではないとの考え方でした。

日本人に一番馴染みやすく生活の一部になっていいる仏教的思想は大方の日本人に刷り込みをされているから
敢えて‘お経の勉強会’などほとんど必要もないのは、仏教徒でなくても仏教的な思想が根付いてるからでしょう。

私はたまたまキリスト教と仏教的なことが身近にあったから混乱しないようにどちらも受け入れるよう、両者を理解するべくを心がけていただけです。父親が偏らないよう導いてくれたことが大きかったです。

貴女の文章から抜粋した稚拙で無知さを丸出しの言葉は全く本質的な部分から離れていて‘どんな神様’を信じていても
大切な家族だけでなく他人にも程度を知られてしまうだけ。本物の信仰心とは声高にみんなに知らしめることではありません。

薄っぺらで上っ面の信仰心もどき。宗教とはそんなものではありませんよ!!!

投稿日時 - 2011-03-16 16:05:28

ANo.24

 神様がいるものなのか、いないものなのか、いると仮定するものなのか、それぞれ意見は分かれますし、どれにも一理あります。そして様々な宗教もあり、その中にも宗派があります。それぞれ言い分があり、それぞれに一理あります。だが、しかし一点だけ見失ってはいけないことがあります。それを間違えた宗教は狂信者の集団を生むだけです。残念ながらあなたもそれを見失っている。それは確かなことです。

 それは、「宗教とは人を幸せに導くもの」という大前提です。人の不幸を軽くして、幸せに導くこと・・・これが最大の存在意義です。振り返ってあなたとあなたの周囲はどうですか?宗教に否定的な家族の悲しみがあなたにわかりますか?そしてあなたご自身も幸せとは言い難い。何かを間違えたからこそ、全員が不幸なこういう現状になったのは確実ですよ。何を間違えたのか知りたかったら、以前の状況に一回立ち返るべきです。

 まず第一に
>つい最近、旦那に「私はクリスチャンになったよ。神様を信じて生きていきたい」と告げたら大反対されました。

 家族に一言の相談もなく独断でこれは間違いです。大多数の回答者から批判されてなお、自分が正しいと思うのでしたら、今更他人の意見をこのような掲示板で求める必要もないのではありませんか?

 「あなたが純粋な気持ちで問題のない宗教を信じる、だからそれを理解しない人が間違っている」そう考えますか?それならばあなたは狂信者の類と何も変わりません。

投稿日時 - 2011-03-16 10:40:57

ANo.23

質問文から察するに貴女は洗脳はされていないし純粋にその宗教感に賛同できて信仰心を持ったのでしょう。

貴女は悪いことはしていないと思います。ただ、最初に打ち明けた段階でご主人はいい顔をしなかったより
嫌悪感を示した。
その時点で、それ以上ご主人の理解を得ようとしたりなさるべきではなかったと思います。

日本は宗教については信仰の自由が許されています。他人に害を及ばさない限り、また押しつけたりしなければよいだけのこと。

純粋な信仰心を持っていればわざわざ他人(夫も含めて)にあからさまに言う必要もなくご主人が反対なさったのなら
家庭内でも貴女が信仰している宗教色を出さずにいられたはずです。
色々と言い訳されていらっしゃいますが貴女は知らず知らずに自分が信仰してる宗教色を家庭内で顕著にしてしまっていたはずです。

宗教の自由、誰にも侵す権利はない。また現代の日本人の宗教観念は薄れていってるので一つの宗教を
強く信仰することに違和感を抱くことが多いことを視野に入れてみることも必要だったのではないでしょうか?

語弊があるかもしれませんが、宗教観念は薄れているからクリスチャンでもないのに結婚式などで平気で
カソリック式で愛を誓ったりする。
先祖代々の‘お墓’を大切にすることが当然だったりもする。冠婚葬祭のほとんどは形式は変われど基本的には
仏教の教えにのっとって行なわれることが多い。
彼岸には先祖を敬ってのお墓参り。大半の家では先祖代々伝わる仏教の宗派による葬式が執り行われることに誰も異論は唱えない。

そういう大方の日本人は、声高に「私は宗教を押しつけてはいない‘だけど私の信仰心を受け入れてほしいだけ’」などとは
思いもしないし、そんなことにこだわることもないでしょう。

例えば、私の父方はプロテスタント教会に属しています。けれどそれをことさら大袈裟にすることもなく
単にお仏壇がない、食事の前には聖書の一部を唱えることが慣習になってる、日曜日には教会に行く、そんな程度です。

私個人的に思うことは、宗教観というのは幼少児からの刷り込みであったりするということ。
そして宗教の自由があるからこそ、時と場合によっては他の宗教を受け入れることもできたりする。
様々な宗教のしきたりにのっとっての葬儀などでは、お相手に合わせることも自然にしてしまえる。

貴女の場合は、大人になってキリスト系に出会ってそこで強い信仰心を抱いたからとコトを大袈裟にして
しまったようですね。
自分ではそうではないつもりでも、特に近しい存在のご主人には妄信的になっているように映ったのでしょう。
キリストの神様を信じて聖書を読んで心が落ち着くのであれば、それだけで十分ではないですか?
文面からは、とてもとても強く‘自分の信仰心を認めてほしい’意識が先走ってます。

その信仰心をご自身の心の中に秘めておく、隠すわけではなくてご自身の信仰心を敢えて大っぴらにする必要はないのでは?
貴女の言動は、ご主人でなくても「ちょっとね・・・」となります。

クリスチャンになったということは、洗礼まで受けてしまったのでしょうか?
献金、仏教で言うところの‘お布施’と似たようなことと私は捉えていますのでこれまた敢えて「私のバイト内でしてるんだから!」などと
アピールすることでなく、ご自身の気持ちでなさればよいだけのことでしょう。

とても失礼なことを申し上げてしまいますが、貴女が信仰する宗教が‘家庭不和’を引き起こすわけではないです。
今の状態は宗教のせいでなく付け焼刃的に宗教にのめり込んでしまった‘貴女自身’の振舞いによってでしょう。

今一度冷静になってご自身を省みること。キリスト教にも様々な宗派があり、カソリック・ローマンカソリック英国教会、等々。
キリスト教徒になるということはこれらについても当然造詣を深めては、いないようですね。
貴女の場合はどちらかというと、大勢が拒絶したくなるような‘新興宗教的思想’が入ってます。

迷うことなく純粋に信仰心を持っていれば、自分は間違ってるかなど様々な宗教を信仰する人に聞いて回ること自体が
エセの信仰心だということに気づくべきでしょう。
わざわざ‘エホバ’や‘もろみ’なども言葉を持ち出して私は違う! と強調してる時点で貴女は本来の
キリスト教徒ではありません。
牧師の言葉を鵜呑みにし、つい最近出会った宗教の上っ面だけで信仰してしまったように見受けます。
私は父の影響で幼少児から聖書に慣れ親しんでおり旧約聖書もほぼ暗記できるようになっています。
片や母方の浄土真宗の成り立ちやしきたり?なども祖母によってきちんと教わりました。

神様を信じることは貴女の自由。けど貴女は謙虚さを忘れてご主人の気持ちが離れるようなことをした
上っ面だけのエセ信者です。

投稿日時 - 2011-03-16 08:07:23

ANo.22

>押し付けることはないと言っても、私が家庭を捨ててまでのめり込まない自身があるといっても、信じてくれないのです。

嘘っぱちじゃないですか。
「1つの宗教にのめり込む考えは嫌いだ」ってご主人に押し付けがましく「クリスチャンになった。だから理解して」
って詰め寄った。「子供3人戻ってきて欲しいと泣いてます」って時点で家族を振り回してることに気づかないのですか?
勝手に洗礼を浴びたのも家族に対する「裏切り」ですよね。

言い方は悪いですけど「浮気」と一緒ですよ。牧師がどうとか関係ないです。
ご主人から「俺浮気して他の女を抱いたんだ(洗礼された)その女に本気かもしれないね(クリスチャンになったんだ)」って告白されるのと一緒ですよ。
あなたはそう言われたらどう思いますか?
それくらいの嫌悪感がご主人にはあるんでしょうから、離婚を切り出されてもしょうがないと思います。

まあ、信仰心が深いあまり家庭を壊すことになるなんて本末転倒。何が神様だ。って思いますけどね。
いくらエホバとかに関係なくても他人の人生をぶち壊すのならエホバと同等ですね。

投稿日時 - 2011-03-16 00:44:23

ANo.21

文面からですが、もしかして貴方は家を出ている状況でしょうか??
それは貴方の意思でしょうか? それとも御主人に追い出されたのでしょうか?

今の別居状況?に直接的な理由はわかりませんが、少なくとも貴方が言われる
「家庭を捨ててまでのめり込まない自信がある」は違ってますよね。
「今だってこれからだって大好きな御主人」なので相談もなしに、なぜ入信したの?
   夫婦関係に問題があっての入信でしょうか??入信の相談しなかったのは??
   悩みは誰でもありますし、心の支えは人間には必要です。信仰もその一つでしょう。
   でも話す相手、相談すべき相手は既婚の貴方にとっては先ずは御主人ではないですか?

「子供が戻ってと泣いている」のに、何故戻らないの?信仰以前の話だと思います。
   聖書のほうが大事なのと御主人に思われても仕方が無いのかもしれませんね。


貴女の信仰に対して、とやかく言える人は家族でもできません。自由ですから。
でもそれは、心の中で信仰すれば良い事ですよね?
相談もなしに、儀式して入信、事後承諾みたいに「今日から神を信じて生きます」
なんて急に言われた御主人の気持ちを貴方は考えた事ありますか?

信仰は自由と思っていますが、私自信想像して思う事は、内緒のうちに儀式、入信
した貴方の行為は、ちょっと如何と思います。加えてそれに固持している貴方の考え。
一度リセットして、何故その様な考えを持ったのか、御主人の話せば済む事でしょ?
難しい事ではないと思いますよ。
言葉足らず、意思の疎通足らず、なのだと思います。
 

投稿日時 - 2011-03-15 16:41:52

ANo.20

私は仏教ですと言って反対する人は殆どいないと思いますが、何故クリスチャンなんでしょうか。キリスト教は正解で一番排他的な宗教です。他の宗教を認めない。でも信心は自由です。でも貴女の入りは入れ込みですね。だからご主人が嫌がるのでしょう。何も言わず常に神と共にいれば良いだけではないのですか。何故わざわざ言わなければいけないのでしょうか。私の妻はクリスチャンで外国人ですが、貴女ほど入れ込んではいません。普通です。日本人が普通に檀家が仏教で普段は意識などしていないのと何ら変わりません。朝晩普通に神に感謝し、お祈りし、時には教会に行く。年に数回程度です。それが生活に普通に入っています。貴女は、少々入れ込み気味で、リキミが感じられます。これで離婚などしたら、神は本当にいるのでしょうかね?貴女がご主人を取るか神を取るかの選択です。

投稿日時 - 2011-03-15 14:31:08

ANo.19

 あなたの信仰は、あなたの心の中だけで守っていけばいいと思います。

 なお、ご質問には崇高な信教の問題(クリスチャンたるあなた)と下世話な嫉妬の問題(男性としての神父さん)とが同じ次元に並立して共存しており、ここに、なんとなく作為めいたイメージを受けてしまいます。

 GOD BLESS YOU!

投稿日時 - 2011-03-15 14:20:39

ANo.18

私も家族の中で私だけがクリスチャンでプロテスタント バプテスト派日本キリスト教団
の教会です。子供の時から幼稚園がキリスト教中高短大とキリスト教なので、
何時か教会に行きたいと思っていました。転勤した社宅のすぐそばに教会があり、
懐かしい讃美歌が聞こえてきて、自然に足が向きました。
夫には宗教の自由は基本的人権の一つだから認めてね。迷惑はかけないから、といって
了承してもらいました。夫の家は檀家総代を務めてきた家柄ですが、何も云いませんでした。
きっとご主人は宗教に対する深い疑惑やアレルギーがあるのでしょうね。
私はどんな時でも神様に導かれ、神の愛に支えられていると言うことは、大きい感謝だと思って、
これまできました。
今はあまりご主人に逆らわず、
聖書と聖書の解説書をもとにぼつっぼつととみ言葉を自分のものにされたらいいと思います。
神様は群れを離れた一匹の羊をを他の99匹を置いていしょうけん名探してくださる
かたです。それを信じて時を待ちましょう。
日本キリスト教団で検索すると沢山の教会が出てきます。その中のホームページ
のある教会で牧師のお説教がはいっているものがあります。
高槻教会だったと思いますが質問もできます。志を失わないでいるときっと願いがかないます。
お元気で

投稿日時 - 2011-03-15 14:11:31

ANo.17

日本人はどうしてこう宗教にうるさいのかわかりません。
人は神や仏に支えられて生きているものです。
まったくの無心論者でもたとえば地震がきて津波がくれば助かりたいと願います。
もっと平坦にいえば、なにもなくとも心の潤いを宗教に求めることもあります。
夫の宗教嫌いは日本人のもつ無神論者が正しい論から離れられないのでしょう。

まず、貴女がどうして宗教に心を開いたのか。
その自然のなりゆきについて話すことをしてみてはどうでしょうか。

投稿日時 - 2011-03-15 13:32:05

ANo.16

>押し付けることはないと言っても、私が家庭を捨ててまでのめり込まない自身があるといっても、信じてくれないのです。

と言ってるけど、41thumbsupさんがやってることは、押し付けではないかと思います。
“理解を求める”ことを押し付けている。

本当に、家族に何も押し付けないで宗教をやるつもりなら、誰かに理解してもらう必要も無いと思います。

心の中で神様を信じてるだけでも、出来るんじゃないですか?

拒否反応を示してる人に、わざわざ宗教の話をして、我を通そうとする自体、言ってることと、やってることに矛盾を感じます。

投稿日時 - 2011-03-15 12:38:12

ANo.15

統一教会なのかエホバの証人なのか、プロテスタントなのかカソリックなのか…
貴方の選ぼうとしているものが他人に非難されているのかどうか、どう受け取られているかなんて関係はありません。
どの会派なのか、どの宗教なのかそれも関係ないのです。

それはたとえるなら愛情の表現である“親切”をしてあげた事が相手にとって“迷惑”である事もあるのと同じ。
『どの会派であるか』や、『どの程度か』や『どんなことをするか』などは一切関係ないことなのです。

あなたがどうしたのか、貴方が何をしたのか、そして『それが相手にとってどういう事か』が一番大事なのです。

例えばですが…押し付けの親切は相手にとって迷惑でしかありません。
いくら親切をした側が“ただほんの少しの親切をしただけじゃないか”と思っていたとしてもです。
貴方の言っていることはそれと同じです。
違いますか?

貴方はそこで“彼は私を受け入れてくれない”と嘆きます。

そこで貴方は“夫は私は受け入れてくれないが、神(だけ)は私を受け入れてくれる”と思うのでしょうか。
そして貴方の信じる神や神父は貴方の夫をもって「人は時に罪を犯す」と…そういう言葉を用い、そう理解するのでしょうか。
あるいは“赦すのです”と神父や神や貴方など『貴方側』が貴方に厳しい言葉をかけた夫を赦す…というそんなスタンスに立つのでしょうか。


貴方は「家庭を捨ててまでのめり込まない自信がある」といいます。
けれど今の貴方は離婚の危機におり、神を信じ始めた貴方自身が家庭を“崩壊の危機”に落としこめてしまっています。

貴方の発する言葉は他の人からして…或いは貴方にとって大事であるはずの夫からして貴方の言葉は信じるに値するものでしょうか。

貴方の信頼しているその神父やその人たちに伺いなさい。
“これは神が私に与えた試練ですか?”と。

もしその神父が『すべては神が貴方に与えた試練です』というならば、
その神父は貴方を幸せに導くに値する者ではありません。

なぜならそれは神が与えた試練ではなく、神によって導かれたものでもなく、“神を信じる私になりたい”という
そんな”我を通そう”とする貴方自身が作り出したことだからです。


重大な過ちを犯しているかと貴方は問うていますが、貴方は重大な過ちを犯しています。
今の貴方は“神を敬いたい”というその姿勢を持って『神をおとしめている』のと同じであると気づきなさい。

考えればわかると思います。
神は争いをもたらすものではありません。
神はいさかいを生むものではありません。
神は離別を生み出すものではありません。

もしそれらが訪れるならば、『それは私ではない』と神は言うでしょう。

貴方が幸せであるのは貴方の夫が幸せであり貴方の子供らが幸せであったときである。
ならば今の貴方はそのどちらに向かっているのか。

神は貴方のいうその教会やそこにいる人たちの“そこにしかいない”という事はありません。
そこでしか学べないというならば、神は貴方に問うでしょう。
『貴方はそこで何を学ぶのか?』と。

貴方がクリスチャンになる事でいさかいが生まれるなら
『それは私ではない』と神は言うはずです。


よくお考えください。

投稿日時 - 2011-03-15 12:09:53

ANo.14

こんにちは。40代既婚女性です。

信仰、宗教ということだから
なんだか大げさ感が出るのです。

夫婦ってなに?ということから考えてみてください。
人生のパートナーでしょう。
それを第一にすればおのずと答えは出ると思うのです。

信仰、宗教の勉強ということを
例えが悪いかもしれませんが
仕事や趣味、借金、買物などに置き換えてみてください。

相談もなく、結婚相手が借金、単身赴任を決めてくる、転職を決めてくる
大きな買物をする(車、家、家電)
相談もなく、親と同居を決めて引越しを決める
相談もなく大勢の友人を突然家に連れてくる
相談もなく突然家族旅行を決行する
相談もなく趣味をはじめる


ええ、ええ、立派な成人ですから
これらの権利は保障されています。
信仰の自由も同じです。
借金するのも、仕事を選ぶのも、買物も
どこへ誰と出かけようが、どこへ誰と住もうが
憲法の元に自由が保証されています。
ええ、ええ、ですから、好きなように誰でも借金して
買物して転職して、引越ししてもいいんです。
もちろん信仰もお好きなようにすればいいんです。

でもね、あなた様は困るでしょう。
結婚相手が相談もなく、上の事をやりだしたら。
借金も信仰も同じ。
借金はダメで信仰はいい。ということはないんです。

問題は一切の相談が夫婦でなかったということ。
あなた様が6年間幼稚園で
少しずつ信仰へ興味が出てきた様子に対して、
旦那様は決して無関心ではなかったはず。
6年間のあなた様を見てきて、
あなた様の信仰への姿勢を「家庭や夫婦にとってよくない」と判断したから
反対なのです。
あなた様の信仰が家庭や夫婦仲にいい作用をもたらしていたのなら、
「君の好きなようにしたら?」と
受け入れていてくれたはず。

たとえは悪いですが
夫が趣味にのめりこみすぎて
妻がその趣味を否定するケース多いですね。
相談もなく、趣味サークルの会長に立候補した夫に
我慢の限界で離婚を迫る妻・・・
それと何ら図式は変りませんよ。

だいたい、どこかのスポーツクラブに入会したり
クレジットカードに加入したりするのですら
常に夫婦で相談しあう私たちとしては、
入信するという大変重いことを
人生のパートナーに事後報告するなど、
そんなことをしたら、
夫婦間の信頼関係は粉々に壊れますね。

信頼出来ない人間と
暮らすことなど到底出来ません。
相手がいくら、純粋で清らかな美しい信仰心を持っていたとしても。

投稿日時 - 2011-03-15 12:04:59

ANo.13

既婚の母親です。

夫側の気持が理解できる立場です。
宗教は人を幸せにもしますが、その宗教では無い人を巻き込むと不幸にもします。
最初から何故?夫に相談無しで宗教に走ったのでしょうか?
信じることにしたと言うのはあくまで夫には事後報告だったのではありませんか?
貴方も逆の立場で、夫から某宗教に入った、ある団体に所属してそちらと熱き交流をすると言われたら面食らいませんか?

夫の考えに寄り添えないなら、宗教を理由に離婚してあげて欲しいと思います。
夫にしたら宗教だけが問題ではなく、夫に相談しないまま熱心に心を投じた事が問題なのですから。
夫が亡くなったら?貴方は何の宗教で祀るつもりなのでしょうか?
夫の実家の宗教?それとも送る方だからとプロテスタントで?
お子さんたちもそのままプロテスタントの墓と父の宗教の墓と二つを守っていくことを望みますか?

夫婦で別の宗教をしている人たちを数組知っていますが、それはどちらの墓も別に用意して子供たちに強制しないまでの確保をしている夫婦です。
貴方達は夫婦で居ながら二つの宗教を抱えるには、あまりにもまだ未熟かと思います。
宗教ではなく夫婦としてですが。

投稿日時 - 2011-03-15 10:09:33

ANo.12

宗教の選択はあなたの自由です。 でも ご主人のプロテスタントの教会を信じないというのも
ご主人の自由です。宗教は根深いのでご主人が離婚をしたいと言えばしてあげればどうですか?
私はアメリカ在住者なので周りはクリスチャンが多いですが いつも 神様が 神様がと言っている人を見ると やはり頭が悪いんじゃないかと思ってしまいます。こんなことを言うのは失礼ですが
アメリカ人に日本人の私が 仏の教えで 仏の教えでと講釈をたれても相手は私の事を間違っていると思うのですからオアイコだと思っています。私は私立のキリスト教の女子中学校に行っていましたが 全校生徒の中クリスチャンは一人だけでした。父親が牧師のそのクリスチャンの彼女が神様が神様がと話すので誰からも相手にされなくなり仲のいい友達も居ない状態で その後エスカレーター式で同じキリスト教の高校に進学したときはぐれて不良になっていました。やはり日本じゃクリスチャンは生きていきづらいです。でもどうしても神様を信じたいなら ご主人は解放してあげてください。

投稿日時 - 2011-03-15 10:05:17

ANo.11

神様を信じて家庭崩壊ですか・・・。
笑っちゃいますね。
貴女が信じている神様は本当に貴女の事を幸せにしてくれるのでしょうか。

投稿日時 - 2011-03-15 10:01:41

ANo.10

40代既婚男性です。

キリスト教を信じる人達にも、良い人がいることは事実ですが、悪い人がいることも事実です。牧師でありながら人妻と不倫とかの話も聞いたこともあります。あなたはまだ知らないだけで、そこの協会に火曜人達も、本当は色々だと思います。

歴史的に見れば、キリスト教の名の下での悪逆非道は、枚挙の暇もない程です。浅薄な考えで、あるいは邪な考えでキリスト教を利用する輩が多いからでしょうね。懺悔さえすれば免罪符がもらえて、すべて許されるって考えなら、何でもやれますよね。

私は、神様はいると思いますが、それが唯一神か、八百万の神か、あるいは自らに内在するのか、それはわかりません。それを信じることは否定しません。
しかしそれは、組織である必要があるのか?布教したいというのは、組織の都合ではないのか?宗教が組織となったとき、変質してしまうのではないか?
あなたはどう思われますか。
入信?洗礼を受けた?、何かの儀式を経た?あなたであれば、宗教とは無縁の私とは違って、考えをお持ちでしょう?

はっきり書かれていませんが、ご主人、家を出て行かれたのですか?それって、大事でしょう?

だから、不思議ですよ。なぜ、そんな大事を、その牧師さんに相談しないのでしょうか。こんなところで聞くよりも、もっと適切な回答が返ってくると思うのですが。

もしも他の人へこの話が漏れることを心配して相談していないのなら、その牧師は、牧師の資格はないのでは?
もし、信仰のためには、夫が出て行っても仕方無いという前提で話すなら、その牧師は???ですよね。
一度ご主人とお話させて欲しい~レベルであれば、やはりレベル的に???


ここは、一度白紙に戻すべきだと思いますよ。
あなたは、もっと勉強したいとのことですが、それは、何かの儀式を経ないと、できないことなのですか?あなたは、そういったことがないと、信じ続けることができないのですか?
もしそうならば、既に、盲信という状況になっていませんか?

あなたは、キリストとの対話ばかりに目が行って、ご主人との対話をないがしろにしていたのでしょう?

だから、あなたの、徐々に高まっていったであろう気持ちを、ご主人に話し、理解を求める下地をつくることすらしなかったのでは?だからご主人は、激しく怒っているのでは?

そんな状況で、のめり込まないという言葉が信じられます?既に、のめり込んでいるから、大切なものが眼に入らなくなっているから、ご主人に事前の話もなく、結果だけ突きつけたのでしょう?しかも、自分が結果を突きつけたという感覚すら麻痺している始末。

聖書の精神、本質を学び、身につけたいのか。それとも、形が大切なのか。
あなたの信仰が試されているのです。
そんなこともわからなくなっているのでしょうか。

あなたは、自分が良いと思ってるから、ご主人の了解もなく、勝手に、子ども達にも洗礼を受けさせるのでは?


ご主人の、自分が何をしても、まず神様への感謝だろう?というのは、他の宗教との混同かもしれませんが、理解できます。それは、事前にご主人に相談せずに勝手に決めているからです。
また、ご主人の懸念も、既に現実のものとなっていますよね。だから、折れないのでしょう?
宗教の前では、ご主人が別居、あるいは離婚の覚悟まで示しても、譲るつもりはないのでしょう?
だから、ダメなんですよ。

ご主人に、当然受け入れるだろうと、告げて、それが思いがけず拒否されたとき、あなたは、
・確かに、事前に話をして理解を求めなかったのは、私が悪かった。
・クリスチャンになったよ、と言っても、気持ちの中で、何かが変わったということではなく、聖書についてもっと勉強しようという気持ちになったというだけ。
・あなたの言うこともわかるので、今度、牧師さんに言って、理解してもらうね。
・あなた、ごめんなさい。
といった感じで、一歩引けばよかったのです。
そうすれば、理解を得やすかったかもしれないですよね。
今からでも、遅くはないです。より困難になったとは思いますが、やらなければなりません。

それは、あなたに与えられた試練です。それを乗り越えずして、何が信仰でしょうか。

投稿日時 - 2011-03-15 09:48:49

ANo.9

まずは、宗教とはなんでしょうか?
それは、心の中に「神・仏」を迎え入れすることから始まります。

その前に「旦那さん」には相談するべきでしたね・・・
今、相談者さんは旦那さんとの「生活」に部外者を入れたのと同じで、勝手にされれば旦那さんも怒るのは仕方がありません。
相談者さんは、「宗教主体」にならない「自信」はあるといいますが、それは「最初」だけで、段々と感覚が麻痺していき、気づけば「主体」になっている場合が大半です。
カトリックに限らず、教会にミサに出向く等がでれば「主体」が変わっています。
家庭は確かに家族の集まりですが、「共同生活」でもあります。
何かを変化させるには、「相談」は必要不可欠ですよ!

投稿日時 - 2011-03-15 09:44:16

ANo.8

>自分に内緒で儀式みたいなことをした
>自分は1つの宗教にのめり込む考えは嫌いだと言ってあった
>自分の頑張りに対してお前の考えはこれからずっと「あなたありがとう、ではなく神様ありがとうなんだろ」だということ
>結婚してこれまで20年間オレの考えだけだったのに、これから「GOD」が入ってくるのは許せない

少なくとも、これらを納得させる説明を貴方はできていない。
家族の理解を得られないのに自分の気持ちを突き通そうとしているのは貴方です。

>私が家庭を捨ててまでのめり込まない
と書かれていますが、貴方は既にご主人を切り捨てているのです。

「そんな深い気持ちじゃない。ただ神様を信じたいだけ。」とお考えでしょうか。
そんな程度の信仰心で家族を傷つけるているのであれば、それが一番罪深いことでしょうね。

投稿日時 - 2011-03-15 09:35:25

ANo.7

59歳の主婦です。

神は愛なり。神は調和なり。

では、ないでしょうか?

宗教を信じることで 夫婦仲が壊れるのなら

貴女が信じてる宗教は本物ではないですよ。

夫婦が心から信じあい、いたわり合う その中に

「神」は存在するのです。

貴女にとって一番大事な夫が反対することは

神の教えから離れてませんか?

貴女の信じる神は「夫の意見に反対せよ」と

いう教えなのでしょうか?

どんなに貴女が信じる教えの宗教が正しかったとしても

貴女にとって一番大事な夫が、その教えに反対するのなら

その教えは「正しく」は無いのです。

本当の正しい教えは「夫婦愛和し」、夫婦が調和をとれて

仲良くさせるように教え諭すのが本物の宗教です。

その宗教で家庭の調和が乱れるのは、その教えが

本物でない証拠です。

貴女を食べさせ、着せて生活させてくれてるのは「夫」です。

極端なことを言えば 夫が「貴女にとって神」なのです。

その「神」に逆らうのは、貴女の信仰は邪教ということになります。

投稿日時 - 2011-03-15 08:43:37

ANo.6

価値観の違いは厳しいですね。

でも、まずあなたも先に旦那さんに相談しなかった
のもまずいですね。
逆にあなたの旦那さんがいきなり
「○○教の信者になったよ」
なんて言われたらどうですか?

それだけ自身をさらけだしてくれる旦那さんです。
事前に相談していればなんとかなった気もするの
ですがね。

この場合、家族と宗教を量りにかけるしかない気が
します。
どちらをとりますか?

私は神は信じてませんが人を救済するのが宗教ですよね。
家庭を破壊するものではないはずです。信仰は気の持ち様だと思います。
礼拝等表立った行動をしなくても信じる気持ちがあれば
それで良いのでは?

投稿日時 - 2011-03-15 08:39:05

ANo.5

私も教会との付き合いは有りますが、
入信して欲しいとも言われましたが断りました。
それでも、付き合いは変わってませんよ。

私の家は、神道ですが
神様=先祖なので、特定の神様を信仰するつもりは
これからも有りません。
(八百万よろずの神様なので、特定の神様は必要ない)

ただ、宗教に入信して
神様に祈れば何でも解決出来れば、何も必要無いのでは?
私自身、神様に祈って何か解決出来た事は無いし
神様に祈ってる暇が有るなら、自分で行動した方が
どれだけ良いか・・・・。

宗教にのめり込む自体が、私から言わせてもらえば
精神病の兆候だと思います。
(他人に任せて、自己逃避してる)

あなたの場合、お子さんの幼稚園がきっかけと書いてますが
その時期に、旦那さんや周り方とのトラブルは有りませんでしたか?
(日本人は特に人と違うのを嫌がる傾向が有るので)
人間は弱い所を埋めるために神様に頼るのです。

今回は、入信した際の事を1つ1つ思いだして
整理して夫婦で話合いましょう。
感情的に為ると、互いの意見が判らなくなるので
第3者(関係者以外)を入れて話をしましょう。

最後に、神様はあなたの生活は守ってくれませんよ。

投稿日時 - 2011-03-15 08:17:17

ANo.4

まず最初に、神はいるとは思いますよ。
ただ、日本では大多数が唯物論者の無神論者なので、神が居る。なんて言っても到底受け入れられないと思います。
そもそも無神論者の国で宗教なんてしようと思っても、胡散臭いのが先行して理解を得るのは難しいでしょう。
変な宗教団体もたくさんあって誤解を受けやすいのも問題です。

それと私はキリスト教にも問題があると思います。
神を信じれば天国へ・・信じなければ地獄へ・・・
そして何かにつけて罪を強調する姿勢が脅迫に近いと思っています。
神はそんなに心が狭いのですかね?

ところで現実的な解決法を考えた時、物事をオンオフで考えていては解決できないと思います。
なので、あなたが譲れるところは譲って、旦那さんが譲れるところは譲ってもらいましょう。
とりあえず私としては、あなたが死ぬ時にキリスト教の神に召されればいいのではないかと思いますよ。

投稿日時 - 2011-03-15 08:14:59

ANo.3

質問者さんとご主人は根本的に世界観が異なっているようです。「よい」、「悪い」の問題ではありません。一方が相手を説得して理解を求めるということは不可能だと思います。

投稿日時 - 2011-03-15 08:08:40

ANo.2

神様は信じるが、夫の言う事は半信半疑なら、夫から離れてください。夫の言い分は、俺を取るか神を取るかと、内心では貴方を罵倒したい気持ちで充満してるでしょう。
そもそもの神は、世界で最も悪名高いキリストの教えなんでしょ?
平和であった世界中を侵略し、奪略し、植民地として暴虐の限りをしてきた、キリスト教信者の亜流をあなたは踏襲しようとなさってるのですか?
旦那が許せないという気持ちは、如何にキリスト教の教えが欺瞞に満ちたものでしかない事をご存じだからでしょう。
二者択一です。貴方の信心の心を否定するものじゃありませんが、邪教の仲間であるキリスト教は、日本人の慈悲の心とかけ離れた教えですから、旦那は容認できないのです。
信心に邁進されるなら、離婚されて、思うさま信仰の道にお入りください。
私の妻が貴方と、同じようなら、躊躇わず離婚します。考え方の根本が違う二人が一緒にいて、幸福であるはずがありません。
幸い、妻はキリスト教をはじめ、宗教の功罪を承知していますから、のめりこむ幼稚さを持っていません。
はっきり言います。宗教に活路を見つけようという方は、弱者そのもの。それも他力本願の無責任極まる連中のみ。仏教じゃ南無阿弥陀仏とお題目挙げてる浄土宗の、人の褌で相撲を取ろうとしてる連中の集まりさ…
弱虫と一緒じゃネガティブになるだけ。そんな女と一緒にいて楽しい人生なんてあるはずがない。
これがあなたの旦那の偽らない考えでしょう。
貴方の信心心を、旦那の犠牲の上で築く権利は、貴方にはないです。お別れください。

投稿日時 - 2011-03-15 07:54:22

お早う御座います。
自分は、既婚男性です。

妻であっても「信教の自由」は認めますが・・・。

仮に自分の妻が、「◎◎の宗教」に入信したいと思った場合は、
「事前に相談して欲しい」
と考えますネ・・・。
もし、その宗教が、自分の考えと相容れない、いわゆる「大嫌いな宗教」だった場合は、妻に「入信するな」と言うだろうし、もし妻が夫の意見を聞き入れず「入信する」と言った場合は、「離婚」を考えるでしょう。

「たかが宗教」、「されど宗教」です。

以上、自分の意見で御座います。

投稿日時 - 2011-03-15 07:47:23

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