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締切り済みの質問

体罰についてみなさんの意見をきかせて下さい。

近年先生の体罰などが問題になっていますが、昔の教育からみてみるといたって普通のことだと思います。
みなさんは生徒が悪いことをした際に、口で言ってもわからないなら多少でも体罰はしてもいいと思います?

今の父兄が過保護過ぎるような気もします。

投稿日時 - 2010-12-03 14:17:04

QNo.6360113

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回答(13)

ANo.13

こんばんは。今回初めて書き込みをします。この件に関する私の持論は「総論は反対だけれど各論では賛成」です。
最近の大阪での生徒の自殺事件を受けて多くの人達が「体罰」と言う言葉に対して否定的になっているのは事実です。
でも、本当に「体罰=悪い事」なのでしょうか?
もし「100%そうだ。」と言い切る人がいればその人達に対して私は問いたい。「そもそも貴方にとっての体罰とは何ですか?」と。体罰と言う言葉を辞書で調べるとこう書いてあります。「体罰は、父母や教員などが、子供や生徒などの管理責任の下にあると考えられる相手に対し、教育的な名目を持って、肉体的な苦痛を与える罰を加えることを指す。この場合の苦痛とは、叩くなどの直接的なものから、立たせたり座らせるなどして動くことを禁ずるなど間接的なものも含む。」。つまり平たく言うと「言っても聞かない子供や後輩、部下に対して肉体的な苦痛を与える罰です。
こう考えると、過去に起きた残虐な殺人事件や傷害事件に対する刑法上の罰も立派な体罰になります。それに対して否定する人は果たしてどれ位いるのでしょう?もっと身近な事で言うと我々の世代(当方は40代です。)がまだ幼い頃、人の大切な物を盗んだり、強奪したり、故意に壊したり、或いは相手の心情を深く傷つける様な言動をした時は周囲の大人達から注意を受け、言う事を聞かない時は叩かれたり、殴られたりしたものです。これも立派な体罰に相当します。これが果たして本当に悪いことなのでしょうか?私の記憶ではそれでも殴られた本人は自分が悪い事をしたという意識があるから「叩かれて当然」という反省の意識が少なくともありました。
私の持論に話を戻しますが、私は体罰は大きく二分されると思っています。一つは今、大きな社会問題になっている(と思われる)「虐待」や「暴力」、それに「いじめ」といったもの。二つ目は「躾け」や「愛の鞭」といったものです。
前者は相手に対する愛情の無い「体罰」であり、後者にはそれがある「体罰」です。
今問題となっている多くは前者であり決して後者ではないはずです。この違いを正しく認識できたうえで「体罰」を行っている大人が今の時代どれ位いるのか甚だ疑問です。そもそも「虐待」や「暴力」と「躾け」や「愛の鞭」が同列で括られている事が大きな間違えでしょう?その認識があまりにも無さ過ぎるから今回の大阪での自殺事件の様な悲惨な事が起こるのだと思います。
では何故この違いについて正しく認識できていない大人が多いのかについて思う処は言うまでもなく自分が育てられた環境が大きく影響していると思う事です。
自分が幼い頃に親から注意を受け、それでも言う事を聞かずに「躾け」或いは愛の鞭」としての体罰を受けた事があれば受けた本人も、何が「虐待」や「暴力」であり、何が「躾け」の為の「愛の鞭」なのかは具体的に分かるようになるはずです。
一方でまともな「躾け」をされていない、親から甘やかされて育った子供達はその違いを正しく理解できず、大人になった時に「愛の鞭」でやってるつもりの体罰が実は「虐待」や「暴力」だったりして今回の様な悲惨な事件を招いてしまう事になると思います。
ですから、先ず大人達は「躾け」や「愛の鞭」と「暴力」や「虐待」の違いを正しく理解したうえで本気で子供たちと正面から向き合える様になるべきです。少なくともこれら二つの「体罰」を十把一絡げにする事は今後の世の中にとっても物事の良し悪しが分別出来ない子供が増えるという危機感を持ってこの問題に対して向き合うべきと考えます。

投稿日時 - 2013-02-01 01:55:51

ANo.12

お釈迦様によれば「この世に絶対はない、諸行無常である」で、この世に絶対も、完璧も、確実も、100%も正解もありません。

ただし、絶対がないこの世に絶対があり、それが「法律」と「判決」です。

で、法令で「体罰禁止」が日本で、これが囚われ思考ですが・・・

世界に目を向けて見ましょうか?

シンガポール、体罰可能です。ただし、男子のみお尻を叩くこと限定。
女性には暴力は一切禁止。
これは勝手な価値観ですが、私も女性への暴力に反対です。

校則違反で、説教はしない、とにかく「お尻を叩く」。ただし6回まで。

そんな感じです。

生徒も、殴るけるの暴行の恐怖がなく、不安で何かしてしまうで、それで生徒も落ち着き、「お尻なら叩いてもいい」と言われると、先生も心に余裕ができ、意外と叩きませんし、大事な生徒を叩けません。

イギリス、アメリカも「お尻を叩いていました」が、「子供の人権」「それは虐待」とか言い出していますが、そうやって禁止するから、ストレスで、過激な暴力を誘発する。

安全に「お尻を叩く方法」をわきまえれば、意外に叩けませんし、その方が子供の人権を守れるが、勝手な主張です。

男子なら、説教より、お尻を叩かれて終わりの方が気が楽です。

投稿日時 - 2012-11-21 08:49:41

ANo.11

親に体罰をされていた子供の方か犯罪を犯す危険が高いとアメリカで実証されてます

投稿日時 - 2011-05-03 15:42:49

ANo.10

多少でも体罰はしてもいいとおっしゃいますが、その多少の体罰というのはどこに境界線があるんですか? 叩く体罰はありだけれど、蹴る体罰はダメ、手で殴るのはいいけれど、竹刀(木刀)を使うのはダメ、多少の体罰といっても、その多少って人によって異なりますよね? そうなると、より詳しく決めなければいけないので、正直言って面倒だし、現実的ではないとおもいます。
今の父兄が過保護って言うのは分かる部分も多いのですが、体罰はよくないと思います。
トラウマになってしまったり、ひきこもりになってしまったり、自殺してしまったり……そういう場合に、誰が責任取るんですか? 起こってからじゃ遅いから、先に禁止してしまう、それが体罰禁止のもととなる考え方なのではないかと私は思っています。
多少っていうのは言葉の受け取り方によって、かなりの差ができてしまって、殴るのは多少の体罰にならないという人もいれば、殴るなんて言語道断、せいぜい授業中の説教くらいが体罰と思う人もいると思います。
なので、私は多少の体罰はしてもいいという意見には賛成できません。

投稿日時 - 2011-03-20 20:06:36

ANo.9

体罰をしないと優しいわけではないです。
叩かれなければわからないというのは幼稚すぎます
また体罰がある所には猥褻事件もあります
特に尻等の部位は性的部位のため性的虐待になり
子供をスパンキングマニア等の変な性癖を持つ人にする事が多いです
体罰はよくないです

投稿日時 - 2011-01-24 15:29:36

ANo.8

私は教員には体罰という選択肢は存在しないと考えています。

教員は、子供との信頼関係や、指導力によって、子供の問題行動の解決を図りますが
ご質問のように「口で言ってもわからない」場合もあると思います。
その場合、例えば「授業妨害は退出処分とする」等は必要なのではないかと考えています。

投稿日時 - 2011-01-14 06:53:12

ANo.7

体罰は法律で禁止されています。何が体罰に当たるかも詳しく法令で示されています。
教師は、すべて学校教育法は理解しているはずなので、体罰は許される事ではないのです。
管理職・教育委員会も、体罰については全国どこでも誰でも共通認識しています。

投稿日時 - 2010-12-23 13:11:37

ANo.6

No2の方の回答にすべてが詰まっていますね。

体罰(この表現が適切かどうかわかりません)を使えるレベルの教員が少ないのです。

ま、マスコミにあおられて、操作された情報を元に、「体罰禁止」を訴える
アホバカ親どもが増えているのが一番の問題なんですけどね・・・

体罰が減れば、言葉の暴力や態度の暴力が増える・・・

拳骨一発、ビンタ一発で済む問題を、言葉でコントロールしようとするから
ややこしくなり、人を追い詰め、死に追いやるんです。

今のいじめの典型です。

長年子どもたちを見てきて感じること・・・
「体罰が減ると、陰湿ないじめで命を絶つ子どもが増える」 そんな気がします。

投稿日時 - 2010-12-12 12:41:23

ANo.5

現役教員です。
正直なところ、すべての保護者がtraitraypencilさんのように
「うちの子が悪いことをしたらビシッとやってください」
と言ってくださるぐらい信頼してくださるなら、大変助かるのですが…。

私は、自分が児童・生徒だった頃には体罰が普通に行われていて
教員になった頃には、体罰は絶対してはいけません、と言われていた、というぐらいの世代です。

「体罰」とは、教育的な名目を持って、肉体的な苦痛を与える罰を加えることを言いますね。
一般的には、叩くなどの直接的な罰が思い浮かぶのだと思いますが
広義には、廊下に立たせて授業を受けさせない、
課題が終わるまでトイレに行かせない、給食を食べさせないなどの罰も含まれます。
traitraypencilさんは、叩くなどの直接的な体罰についておっしゃっていると解釈してお話しします。

同じ教員でも、考え方が違うと思いますが、
私自身は、体罰を使わなくても指導は可能であると思います。
確かに、口で言っても全く効果のない子もいます。
でも、その子はきっと、体罰を行っても効果はないと思われます。
指導として効果があるかないかは、体罰を行うか行わないかではなく
その子が、自分のしたことがよくないことだと納得するかしないかによるからです。

では、なぜ昔は、体罰に効果があったのか?
それは、子供が体罰を受けるようなことをした時
仮に親に言おうもんなら
「ばかもん!」と、学校の先生以上に怒鳴られたり、殴られたりしたからです。
やってしまったことに対して、先生も親も同じように「それはよくない」と叱る。
だから子供は、自分のしたことがよくなかったのだと納得する。

今、体罰が教師に許されていないことの弊害は、回答者No.3の方もおっしゃる通り
子どもが先生をなめる要因になってしまっていることです。
子どもが先生をなめるようになったのは、
親が先生をなめている姿を、家庭で見ているからです。
子どもが家庭で、今日学校で先生にこんな風に怒られた、と話すと
まあ、どうしてそんな指導の仕方をするのかしら!と学校に電話をして、我が子をかばう。
それを見た子どもは、自分のしたことが悪かったのだとは反省しません。
それどころか、次から自分が叱られたとしても、
自分が叱られてどれほど不愉快な思いをしたか、ということばかりを主張し
何でも人のせいにするようになります。
そうなってしまうと、指導の仕方が口頭であろうと体罰であろうと、全く効果をなしません。

もちろん、先生方も人間ですから、言葉づかいや指導の仕方に全く落ち度がないわけではありません。
それは私たちが反省し、教員を続ける限り、指導のプロとして高みを目指していくべきだと思います。
でも、教員も保護者も地域も、
「子どもを人として成長させたい」という同じ目標をもって進んでいかないと
どんな教育も効果は期待できないと思っています。

長々とわかりづらくてすみません。
まとめますと

体罰は必要ない。
ただし、子どもを取り囲む大人たちが子どものために一丸となって
「よくないことはよくない!」という姿勢を見せないと
体罰どころか、言葉さえも効果をなさない。

というところでしょうか。
失礼しました。

投稿日時 - 2010-12-04 21:54:36

>口で言ってもわからないなら多少でも体罰はしてもいいと思います?

いいと思います。ただし、先生がヒステリックになって手が出るようでは駄目。毅然とした態度で、ここ一番でびしっとやって黙らせると言うのが最高の教師だと思います。

そもそも「体罰の禁止」が本当に暴力の否定につながっているのか?私は非常に疑問です。
「しつけ」と称して自分の子供に怪我を負わせたり殺したりしている連中こそ、体罰禁止の時代に育ってきた世代のなれの果てのように思いますが、偏った見方でしょうか。他の条件もあるから単純には比べられませんが、昔はやんちゃ世代の小学生の頭にたんこぶ作るくらいの親父はうじゃうじゃいたけど、赤ん坊に暴力ふるうような親は居なかった。

それに、今の体罰規制は、教育上の配慮と言うよりは、親からの苦情が怖いからやらないと言う要素の方が大きいように思います。はっきり言って動機が不純。そこをきれいごとで覆い隠しているために、却って大きなひずみを生じさせているのではないでしょうか。

投稿日時 - 2010-12-04 00:42:25

ANo.3

>口で言ってもわからないなら多少でも体罰はしてもいいと思います?
この意見にはあまり賛同できないですね…
そうしなければ言うこと聞かない子もいるかも知れないのですが、
それはもっと小さい時に口で言って聞くようにしつけなかった親にも責任の一端はあると思います。
学校の先生にはやっぱり毅然とした態度で言って聞かせる気合が欲しいところです。

ただ、「体罰(子供に手をあげること)禁止」と安易にしてしまったことによる弊害が出ているというのはあると思います。
1つ目は、簡単にいうと生徒が先生をなめてかかるようになったことです。
「何をやったところで痛い目(叩かれたり)にはあわないから好き勝手やってやれ」という発想でいると、
ちょっとずるがしこい子なら先生の言うことを聞くことはないでしょう。
ただ、「先生の言うことを聞きなさい」としつけなかった親の(以下略)
ですし、先生自体が言うことを聞く気になるような一貫した態度が取れていないことも原因でしょう。

もう1つは、「先生が他の生徒も守れない恐れが出てきた」ことです。
生徒に手を出せないということは、生徒の暴力によって他の生徒が危険にさらされた時、それを守ることができない可能性があります。
例えば生徒が他の生徒を殴るのをやめさせるために羽交い締めにして、後からその生徒が「先生に腕をひねられて肩を痛めた」と言えば、責められるのは先生でしょう。
また、殴られるのをかばおうと生徒の前に立ち、殴りかかってきた手をガードしたらたまたま拳が先生の肘に当たり、当たり所が悪くて生徒の指の骨にヒビが入ったら、これまた責められるのは先生でしょう。

つまり、何の制限もなく「生徒に手を上げるの禁止!」としてしまうと、先生は自分の身を守ることも他の生徒の身を守ることもできなくなる可能性が出てくるのです。


ということで結論を書くと、
「口で言ってもわからないなら多少でも体罰はしてもいい」とは思わないが、「生徒に手を上げるのはいかなる理由があっても禁止」という風潮(どこにも決まりとしては書いてないとは思うが、先生も生徒も保護者もそう思っている節がある)も納得できない。

となります。

参考になれば幸いです。

投稿日時 - 2010-12-03 20:29:55

ANo.2

体罰自体は否定しません。痛みが分からない人間に育つと、あとが大変です。
しかし、体罰を用いて教育できる人間が非常に少ないのです。
だから、教師全体のレベルからすれば、体罰禁止が無難ではないかと思います。

投稿日時 - 2010-12-03 16:57:19

ANo.1

そもそも「体罰」にどのような教育的効果を期待しているのですか?
「権力を持つ人間は他人を暴力で支配してもいい」ということですか?

投稿日時 - 2010-12-03 15:16:18

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