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解決済みの質問

存在することに意義がある 存在することが価値である。

存在することに意義がある 存在することが価値である。

と思うのですが 賛否両論を聞かせてください

勿論人間とそれを害するものの存在というようなのではなく

人間で言えば人間存在に意義があり価値が在るという事です

よろしくお願いします(^^)v

投稿日時 - 2010-08-03 14:35:27

QNo.6084085

困ってます

質問者が選んだベストアンサー

哲学のカテゴリですから、哲学的回答をしましょう。ここでいう哲学的とは「論理的に究極の」という意味です。
<存在する、については、
存在するという認識が最低限認められなければ、話が進みません。で、認めます。肯定します。このことが、哲学のスタートでしょう。どのようなニュアンスにせよ、「単純な存在感覚」でよいのです。認めて肯定します。

<価値がある、なし、について、
価値のあるなしは「総体的判断」になりますから、条件によって答えが分かれます。一般の思考では、この条件づけを、無視もしくは、軽々しく飛ばして先、先に進んでしまうので、判断の迷路に入ります。
無意識に、常識や先入観で「条件」を勝手に決め付けて、知らんぷりという方が哲学を語ると、混乱します。

<人間の存在に価値ありやなしや・・・
人間とは何かの定義や、存在の仕方に、価値のありなしの先入観を入れてしまっていれば、結論は既に出ていますので、何をいまさら、ということなります。人間を中立のものと想定、定義すれば、価値の有り無しは中立になりましょう。

私自身の価値観からすれば、人間に限らず全ての存在には、絶対的価値を認めます。良し悪しはその次の段階です。条件を考慮して、良し悪しが決まります。それは、個人の自由の範疇ですから、思想、主義としてアピールこそしますが、絶対のものとして強制するものではありません。

哲学の必要性、重要性、存在価値は、このように論理的に明快に物事を理解するためにあります。哲学はまた、中途半端人間の、中途半端な分析、判断による「矛盾」を克服するためにも必要です。唯一矛盾を解決、克服する方法が哲学です。完成していますが、一般の哲学にはありません。

ますます哲学に興味のもたれることをお薦めしますが、最新の注意をお忘れなく、宜しくお願い致します。

投稿日時 - 2010-08-08 02:36:34

お礼

哲学によって矛盾が克服できるかどうかは分かりませんが

順序立った 理路整然としたご回答ありがとうございます

条件によるものと言うような事も考えたい所です

・・・人間に限らず全ての存在には、絶対的価値をを認めます。という御回答を得て

ベストアンサーとさせて頂きます 大変どうもありがとうございました。

投稿日時 - 2010-08-10 20:41:30

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回答(9)

ANo.8

> ただ私の考えは「その存在にとっての存在することの価値」という考えで
> 人間で言えば 私にとって私が存在する価値 もので言えば その物にとってのそのものが存在する価値
> という事です。

これに関してはリンク先にきちんと書いてありますよね。
これについてはどうお考えなのでしょうか。
ご批判などお聞かせ願いたいと思います。

> 自然は存在を目指しており 人間も存在を実現する為に日々努力し、注意し、学習し 存在性を獲得しています。
> 存在の為には存続が有利です 

存続することが存在なのだとしたら、
上の言説は無内容です。
存続によって存在するのだとしたら、
上の言説は意味不明です。

ちょっと使っている概念に混乱があるのではないかと思います。

特に重要なのは、存在の価値は「何にとって」の価値かということです。
A(分子)→B(細胞)→C(個体)というようなシステムの階層があったとき、
AはBのため、BはCのために価値があると言えます。
自然淘汰で、各要素に価値を見いだすとしたら、これしかないでしょう。
これは「ホロン」という思想です、あなたの思想と近いのではないでしょうか。

これだと一見して、全てに価値があるように思えますが、
逆に言うと、全てが究極の存在の手段に過ぎないということです。
新興宗教なんかで良く使う手法ですね。
しかし、こうした考えは、思想的にはすでに過去の遺物と言って良いでしょう。
こういった思想が争いや戦争を招いてきたということに、
人類は気づいたからです。

私が言っているのはそうではなく、
存在が存在そのものとして本当に価値があるという話です。
あなたの発想だと、この結論にはたどり着けないのではないかと思います。

自然淘汰は存在と深く関わっていますが、
所詮は、A(分子)→B(細胞)→C(個体)というようなシステムの階層の中で
理解されることであり、
存在そのものの話ではありません。
うまく考えていかないと迷路にはまってしまいますよ。
老婆心ながら一言言わせていただきました。

参考URL:http://informatics.cocolog-nifty.com/blog/2010/08/post-8033.html

投稿日時 - 2010-08-07 15:05:33

お礼

私の思慮が足りないのかもしれませんが

存在する事はまず第一にその存在にとって価値がある

卑近な喩えでは 甲子園に出る事が高校の野球チームにとっての価値とすると

出られないチームも沢山あります 出れるチームも沢山あります

それから その存在が他の存在にとっても価値がある 例えば

鶏の卵は人間の体にとって必要な栄養源であるから価値がある という風にもなる

またそれも 鶏の卵も存在しないことには価値にならない。というような事です。

存在することが第一の価値だから 存在を目指そう 存在を意志しよう 存在しよう となる訳です。

我流の考えですみません。

投稿日時 - 2010-08-07 21:55:02

ANo.7

>存在していても 存在しなくなるかもしれません

 存在しない状態というものがあるとしても、その状態を意識できないですからわかりませんね。

>ご登校どうもありがとうございました。

 存在性理論の学校ということでしょうか。登校したつもりはなく、解答したつもりなのですが。


 少なくとも「アホの運営」は存在価値はありません。彼らにとってはあるでしょう。

 ゴキブリには潰す価値があります。また、自らの環境や在り方を考えさせられると言う意味においても、価値があるかもしれないですね。

投稿日時 - 2010-08-07 00:29:05

ANo.6

存在性理論、ですか。
賛否もなく回答にもならないと思いますが、
同じ場所に二つ以上の物質が存在しないということは、
高次元の物理の理論では、言えなくなるのじゃないかなと思っているのですが
そういう可能性というのは、数学を駆使して消去法で証明されたりするのかもしれませんが、
もしそうだとわかれば何なんだ、というところがやはり哲学の出番かなと思われ、
まあ、話の方向性がご質問と少しちがってきて、
存在には何の目的もなく、本当に時間的にも空間的にもランダムで、偶然のみちびく必然の数々で、
時と場所の占有といっても、出現自体は、宙吊りにあるのだなあと、
科学的にわかるようになるのではないかと思われ、
すると、同じ網の目にひっかかっている宙吊り同士って、ひょっとして認識の限界と思われ、
時と場所というものについての、せめぎあっているとか、ひしめきあっているというシミュレーションのもとに、
私という一認識は方程式化できることになるのではないかなと、
思ったりしています。
大きい話はそれとして、
小さい話では、出現している占有物には、同じ網に居る者として価値と意義を創出すべきだと思っております。

投稿日時 - 2010-08-05 02:57:26

お礼

良くは分からないですが 客観的で緻密で深い思慮を感じます

宙吊りとか よくは分かりませんが

大変どうもありがとうございます。

投稿日時 - 2010-08-07 21:20:28

ANo.5

以下のURLに詳細に書いてあります。

「存在することに価値がある」って本当だろうか/情報学ブログ
http://informatics.cocolog-nifty.com/blog/2010/08/post-8033.html

投稿日時 - 2010-08-04 17:12:39

補足

「存在することに価値がある」事に関しての色々な見方をどうもありがとうございました。

もう既に色んな議論が行われているのですねえ。

ただ私の考えは「その存在にとっての存在することの価値」という考えで

人間で言えば 私にとって私が存在する価値 もので言えば その物にとってのそのものが存在する価値

という事です。

何故そんな事を言うのかと怪訝に思われるかもしれませんが 存在性理論 で検索されると分かります。

この世は存在をせめぎ合っており 進化論よろしく淘汰が繰り返されています

人間にその様な自然淘汰 人為淘汰 生存競争を望むものではありませんが

自然は存在を目指しており 人間も存在を実現する為に日々努力し、注意し、学習し 存在性を獲得しています。

存在の為には存続が有利です 存続の追及の先に永遠が見えてきます。永遠への存在を追究する価値観

その様な事を考えています。色んな考察のご紹介大変ありがとうございました<m(__)m>

投稿日時 - 2010-08-04 18:23:45

ANo.4

膨大な種の生物が共存することで捕食者、被捕食者の関係が良いバランスで保たれると仮定するならば、
自然界のバランスを欠くような行為が多い人間は、存在することに意義は無いでしょう。

人間の営利目的の行動が引き起こす、海洋汚染、大気汚染、天然資源の破壊、
これらが遠因、原因となる自然共生システムが壊れるこということです。

もしスペイン風邪のようなウィルス性の疾患などで著しく人口が減少し、
結果として現代文明が失われて、人口が少ない状態で人間が生存していくのなら
適度なバランスのもとで人間が生きているということで、存在意義があるのでは、
と思います。

投稿日時 - 2010-08-04 09:13:50

お礼

人間の存在が必ずしも自然や生命の存在にプラスとならない事が言える

という考察 どうもありがとうございます

人間があまりにもお粗末なことをしでかすので そう言いたくもなりますよねえ

確かに人間の人口は多すぎて人権も守れないほどです

かと言って誰かに犠牲になってもらうわけにも行きません

生まれたからには人権を守らなければ 人類はまた悲惨な歴史を繰り返すことになります

どうもありがとうございました。

投稿日時 - 2010-08-04 18:30:41

ANo.3

そもそも「価値」というのは、人間(ないし同様の環境認識とそこにおける
意思を有する生物)しか持ち得ないものである以上、「人間にとって」という
前提を追加すれば、「人間にとって人間が存在することによってしか価値は
あり得ない」であって、当然の帰結である。

幸いなことに、この議論に違和感を与えている、“意識とは独立した外的存在
がある”という常識的な素朴唯物論は、既に量子論的世界像において否定され、
実は、そうした有限な性質を持った存在性(宇宙)は、認識において派生する
(=無(=不確定性無限)の潜在としての自我仮説と時空仮説の相補分化)もの
であることが明らかとなっている以上、何の矛盾も生じない。

投稿日時 - 2010-08-03 23:12:09

ANo.2

 なんだかんだ言っても、人間は存在していること以外の状態はありえない。

 存在しない状態はない。

投稿日時 - 2010-08-03 21:18:50

お礼

>存在しない状態はない。

人間はアイデンティティを持って生きている訳ですが

存在していても 存在しなくなるかもしれません

時間 の問題が出てきますが 簡単に言うと誕生して存在したり

事故や病気で存在しなくなったりもする訳です

そういう中で 存在することに価値がある という考えです

ご登校どうもありがとうございました。

投稿日時 - 2010-08-04 18:40:16

ANo.1

>存在することに意義がある 存在することが価値である。


        ↓
奥深い質問の趣意や求められている解は良く分かりませんが、連想した事を述べて見ますと・・・


◇生きてるだけで丸儲け・・・から明石家さんま氏が命名したと言われてる「IMAL・いまる」


◇足立区の111歳、長寿老人に絡む年金詐取疑惑「全国で想像すると・・・」

投稿日時 - 2010-08-03 15:39:05

お礼

生きてるだけで丸儲け いまる その通りですね

生きてるだけで価値がある 意味がある

勿論出来ればより確かに生きて生きたいものですが。

長寿を喜ぶのも同じ様な気持ちでしょうね

どうもありがとうございます。

投稿日時 - 2010-08-04 18:34:54

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