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解決済みの質問

「友人」について質問があります

「友人」について質問があります
私は高校2年の女子です。
高校生と言ったら友達がなによりの宝物だ、という人が多いと思います。
それはどういうことなんでしょう?

私は対人関係に問題があるわけでもなく、普通の学生生活を送っています。
しかし学校では特に「友達」と話そうという意思はなく、用事があったり、二人きりで気まずい時に話す程度でしかありません。メアドもたくさん知っていますが、自分からメールする気になれません。
会話やコミュニケーションが楽しくないわけではありませんが、相手の反応を常に考え、気をつかい、自分の本音を押し殺すことも多々ありますし、またその会話の内容をあとで振り返り、もっといい返し方があったんじゃないか、と自分でも気にしなくていいとわかっている小さなことに悩み、半ば鬱のようになるので正直きついです。
そして今ここで書いているような悩みを友達に話すつもりなど毛頭ありませんし、できません。以前悩みも本当の自分もさらけ出すことができたことがありましたが、それはただ友達の動揺を誘い、自分の後悔の種を増やす結果となりました。今はもう思い出したくもありません。

そこで質問です、あなたにとって友達とはなんですか?
それは一緒にいて本当に楽しいものですか?
それはたださみしさを紛らわせるための道具ですか?
友達とは笑いと泣きを共有できるというのは本当ですか?

自分はクラス替えのない特別クラスのため三年間クラスは変わりません。
そのためこのクラスは二年目ですが時々友達の名前を思い出せないことがあります。
そのたびに友達にもうしわけないという罪悪感でいっぱいになります。
そして自分にとって友達はそれだけの存在なのかと悲しくなります。
これで自分の高校生活は終わるのだなと今はあきらめにも似た感情を持って通学する日々です。
終始一貫性のない長文駄文となりましたがご容赦ください。

投稿日時 - 2010-08-01 23:02:30

QNo.6080527

困ってます

質問者が選んだベストアンサー

高校生活はこうじゃなくてはいけない。
それ以外の過ごし方では自分はダメな日々を過ごしている。
そういう先入観というか、価値観が貴方を覆ってるんだよ。
だから貴方はぼんやりと自分を責めてる。
友達が沢山居て、皆で和気藹々何でも打ち明けられて、暖かい人間関係の中で
文武両道で充実した高校生活。
そういうこうであるべきという理想と自らの現実との隔たりに対して。
貴方は悶々としているんだと思う。
貴方は。今の状況を自分で選んでるんだよ。
自分で選んで友達との距離感を創って、対人関係を築いている。
それは貴方の自由で、貴方の人生。良い悪いなんてない。
それなのに。
一面的な本当の友達とは?とか。そういう価値観に今更振り回されてる。
貴方は特に対人関係に問題は無いと書いているけど。
その「問題ない」対人関係に過敏になりすぎるが故に。
当たり障りの無い自分を常に意識して、相手からどう見られているかに支配されて。
結局その場だけの向き合い方を選んでしまう。
それが続いてしまうと。段々息苦しくなって。
貴方はそういう自分と距離を置く為に。
相手と距離を置く選択をした。
自分からは動かない。必要な時に必要な対応させしてれば丸く収まると。
現に収まってるんだと思う。
でも貴方の内側には。そういう自分ではない、丁寧に相手とのコミュニケーションを
受け止めて、共有して楽しめる自分を求めている貴方が居るんだよね。
だから苦しい。
でも過去に自分の内側を吐露した時の相手の対応があるから。
貴方は簡単に心が開けなくなってる。
開くという選択を自分の中に残してない。
だから結局自分の中に溜まった不活性ガスがどんどん貴方を煮詰めて。
それが逆にぼんやりした、ボーっとした貴方を作り出して。
友達の名前さえうろ覚えな状態を創ってるんだと思う。
何故諦めてしまうのか?
確かにクラスの入れ替えは無いけど。既に相手との足元が出来上がった関係。
これからいくらでも変化はつけていけるんだよ。
今まで殆ど無かった貴方からの自己発信が少しでもあれば。
そこに新しい風が吹く。
貴方もそうだし、相手も多面体なんだよね。
まだまだ見えてない、見せて無い部分があるんだよ。
それを発見できるのが。相手とのコミュニケーション。
貴方は貴方のペースを大切にすれば良い。
でも自分で決め付けたり、頭だけで考えても何も生まれない。
自分が楽なペースも大切に。
でもそれだけでそこに安住したら。何も変化は生まれない。
少しでも自分なりに良いなと思える高校生活を目指したいなら。
貴方は自分の目の前の一歩一歩を出来る範囲で少しずつ変化をつけていけば良い。
特別な事をしろなんて言って無いんだから。
周りは貴方と同い年、同じ立場。
貴方のような不安を実は抱えたまま生活している仲間も居る。
表面的な付き合いにしがみついて、一人にならない事を大切にするあまり。
丁寧なコミュニケーションが出来なくて。
友達の中に居ても孤独感を感じている友達も居るかもしれない。
貴方だけじゃないんだよ、不安を抱えているのは。
貴方は少しずつ、友達との距離を縮めて行きたい気持ちがある。
だからこうして書き込んでる。
だったら。その気持ちを丁寧に持ち続けて。
貴方なりに高校生活全体の中でもがいてみれば良いじゃない?
上手く行ったかいかないかは関係ない。
もがきの中に成長があるんだよ。発見があるんだよ。
それが高校生活の充実感にも繋がってくる。
まだまだ時間は沢山ある。目の前の日々から丁寧に。
笑顔で快活な貴方を忘れずにね☆

投稿日時 - 2010-08-01 23:25:27

お礼

解答ありがとうございます。
自分、凄く嘘が上手なんですよ。
だから友達との二人だけの会話では終始笑顔だと思います。たとえ話しかけられる数秒前までは死にたいとまで考えて、全然そんな気分じゃなかったとしても。
だから相手に心開いてコミュニケーションするということは至難の業だし、自分が心開かないのに相手が心開いて悩みを打ち明けるわけなく、友達のいろいろな面をみることができないのだと思います。
それでも今の生活は苦しいので、少しずつでも友達に近づいていけるようになりたいと思います。
最後のあなたの言葉「笑顔で快活な」を心の底からできるようになりたい、そう思います。

投稿日時 - 2010-08-03 22:50:32

ANo.2

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回答(4)

ANo.4

私も高校2年生です。
『友達』と一言で言っても、色んな人がいますよね。私の場合、凄く仲の良い人。1人になるのが憂鬱なときにだけ一緒いる人。用事がある時のみ話す人。
このように仲良し度が違いますが、みんな友達だと私は思ってます。
それに、同じ友達でも自分のことを話す相手は決まった人だけです!そのせいでか『○○って秘密主義だよね~』って言われることもありますが…でも、相手によって話す内容は変わって良いと思います!
この人には自分の相談をきいてもらう。とか、この人とは笑い話しをする。ってな感じで…!
たぶん、質問者さんにはまだ本当に大切な友達に出会ってないのかもしれないですね。私も、たくさんいる友達の中で1人しかいないですもん。

それと、質問者さんは上手い表現ができませんが気にしすぎるんですね。でも、そこが質問者の良いところだとも思いますが…!

とりあえず、言えることは、私達は人間ですから1人1人考え方はちがいます。友達なら全て話すべきだ。という人も沢山いますが、それが正しいとは限りません!

長々とすみませんでした(>_<)

投稿日時 - 2010-08-01 23:57:00

お礼

解答ありがとうございます。
そうですね、自分すごく臆病で気にしすぎるのだと思います。
だから八方美人みたいになって本当の友達を見つけられてないのだと思います。
その人の個性を見極められるようになって、poko414さんのように上手な付き合いができるよう努力します。

投稿日時 - 2010-08-03 22:32:43

実は私も高校時代に友達がいませんでした。
それは多分、自分が未熟で、未熟な自分自身をさらけ出すことがとても恥ずかしくて心を開いて接することができなかったからだと思います。
そして当時の同級生たちもほとんどが未熟だったと思います。そんな同級生たちの未熟さを感じていた私は、軽蔑し余計に心を閉ざしていたように思います。
中には、この人、大人だなと感じる人もいましたが、自分の未熟さに劣等感を感じ、遠ざけていたように思います。
このように私の高校時代は暗く、みじめで、辛いものでした。
今から考えると、大人だなと感じていたけど劣等感で遠ざけていたあの人たちと交流を持てばよかったかなと思います。好きな人に近づいてゆく勇気が必要だったと思います。そうすれば何かが変わっていたように思います。この話は、今から30年以上も前の話です。

投稿日時 - 2010-08-01 23:40:17

お礼

解答ありがとうございます。
あなたの解答を見てとても胸が苦しくなりました。
自分もこのままでは何十年後絶対に後悔するでしょう。
少しでも勇気がもてるよう頑張りたいと思います。

投稿日時 - 2010-08-03 22:35:38

基本友達と言うのは
社会からの疎外に対する抵抗と言った要素が大きい。

つまり、社会的に能力的に認められない人達が、群れて横のつながりで存在感を出そうと考えたのが友達という概念ではないか?

人にもたれかかって、
お互いに寄りかかって気分がよければそれで友達だ。

お互いに寄りかかって、もたれかかって、気分が良くて、
気分が悪い事は、ハブッたメンツに丸投げしたら事が済む。

それがそのまま社会構造になります。


あなたのようなタイプは社会疎外を自分の能力で解決して、嫌な事も大概お金で解決出来てしまうので、
そりゃ一人は一人の世界で閉じてしまっています。

そういうやつは社会の横の圧力で容易に倒せてしまって丸投げで簡単に利用出来るので、
友達というのは、やはりそういった意味でも社会疎外への対抗として必要なものです。

世の中、能力だけでは食って行けませんが、友達の多さだけでは食って行けます。
つまりはそういうことです。

投稿日時 - 2010-08-01 23:23:16

お礼

そうですね。
どうしても社会構造的に一人の人間というものはちっぽけで弱い存在ですから協力しないとやっていけません。
自分は小さいころから割と人に頼らず一人で解決する、できることが多かった気がしますのでそういう協力のつながりに弱かったと思います。
生きていくうえでもよい友達は必要ですので努力したいと思います。
解答ありがとうございました。

投稿日時 - 2010-08-03 22:56:45

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