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進路についての相談です

進路についての相談です

みなさんこんにちは。私は現在四年制大学の理工学部4年で今年から制御工学の研究室に配属になりました。進路についての相談というのはこのまま大学院に行くべきか行かざるべきかということについてです。

ここからは具体的に話します。
私は昔から飛行機に関われる仕事がしたいと考え、就職活動では迷わず航空会社のパイロット採用試験に応募しました。ところが身体検査にパスできずパイロットを諦め、航空整備士と航空管制官という2つの職業を新たに目指すことにしました。
航空整備士は現在、航空会社の選考を受けている最中。そして航空管制官は国家公務員なので今年の9月に公務員試験を受ける予定です。

一見順調にも見えますが、とても不安です。航空整備士の採用試験は今年JALがあんな状態なので1社しか受けていません。さらに航空管制官採用試験もパイロットほどではないにせよ身体検査の基準が設けられており、自分の身体で受かるのか自信がありません。そもそも国家試験を受けなければならないため、大学での研究に支障が出てしまえば大学を卒業することすら危うくなります。
要するに、パイロットどころか整備士も管制官も可能性は極めて低いということです。

そこで大学院への進学を考え始めました。そもそももし夢が叶わなければ院へ行こうとは昔から考えていたことです。しかしその気持ちが揺らいでいます。今更ですが本当にこのまま夢を諦めて院に進学してしまっていいのか。やりたくない勉強、やりたくない研究を続け、普通に技術者か研究者になってしまっていいのだろうか。今私の目の前に、(大学院への)学内進学をするための調書があります。そこに志望理由とやりたい研究を書けとあります。しかし1文字も書けません。院への志望理由なんか本当はないんだから当然です。
しかしこれを書いて提出すれば私は院試(大学院入学試験)を免除され、そのままエスカレーターで院に進むことができます。建前で進学の意欲を見せれば来年から晴れて院生です。理系なので院卒ならば、メーカーなどへの就職は恵まれています。しかしさらに2年間学費を払って興味のない勉強をすると考えると嫌になってしまいます。

ここでまとめます。
(1)来年大学院には進学せず、もし今年航空管制官採用試験に受からなければ無職になっても、また来年管制官採用試験にチャレンジする。
しかしその試験でもダメだった場合、路頭に迷う可能性がある。

(2)今年航空管制官採用試験がダメだった場合には、おとなしく大学院に進学する。

現在の私にはどちらの選択肢も苦痛でなりません。今受けている航空整備士の選考、そして今年受ける管制官の試験に受かってしまえば問題はないのですが。最悪の場合を想定したとき(1)か(2)になると思います。
みなさんのご意見をお聞きしたいです、よろしくお願いいたします。

投稿日時 - 2010-04-18 21:55:41

QNo.5835516

困ってます

質問者が選んだベストアンサー

お礼ありがとうございます。

試験内容とか、難しさとかは門外漢ですのでわかりません。
あくまでも私の経験からの「考え方」しか話すことは難しいですが、それで良ければ。

物事を判断していく場合、その選択肢というのは無数にあります。
確かになりたい職に関して、特定の目標がある場合それは限定されていくわけですが、しかしそれでも人生が続いていく限りは、目標というものも変化していくわけです。

私が恐れるのは「無職」というものを「意識しすぎている」のではないか?ということ。
高い目標があることは結構なことなのですが、その「対岸」に「無職」を当てはめることは、あまり良くない事と思うのです。

無職になり、やりたいことも無くし…それは確かに到達点が高いほど、落胆も大きいと思いますが、しかし人生そのものをそこで「ジ・エンド」にしてしまうほどのことでもないのではないですか?。
「無職」というものが、私はそこまで深遠な地獄だと思ったことはありませんし、それが自分の人生を決定付ける要素になったこともありません。

登山にたとえるならば、無職状態というのは「山から下りてきた状態」であり、滑落してしまったわけではありません。
ピークにたどり着けずに下山した悔しさはあっても、それでも再びピークを目指すことはできるし、もし諸事情で登ることが出来なくなったとしても、再び「違う山」が自分を待っているのだ、ということを意識するのみです。

山に登るかどうか、目指すかどうかを決めるのは「あなたの意思」でしかありません。
滑落することを頭から振り払い、周到な準備をし、冷静に進み、かつ撤退できる…そういう人が本物のクライマーだと思うし、ピークにたどり着ける一番の「近道」を知ってる人だと私は思いますよ。
…そしてそういう人が、一番人生を楽しめる人だとも思うのです。

たとえ話ですが、何か参考になれば幸いです。

投稿日時 - 2010-04-23 19:33:44

お礼

たびたびご回答いただきありがとうございます。

アドバイスを受けながら自分を見つめ直して気付いたことがあります。
それは私が今までに積み上げてきたものを失う恐怖に駆られているということです。
同じように登山に例えるならば、それはやはり滑落してしまう恐怖でもあります。

今までの人生、多少の苦労を感じたことはありますが、基本的には順当に進んで来ました。
まったく自慢をするつもりはありませんが、中高私立一貫で難関大学現役ストレート合格。
ここまで留年をすることもなく、傍から見れば順風満帆なエリートコースを歩んで来ました。
ここまで積み上げたものには、自分の能力以外にも大変なお金と時間、そして周囲の期待が掛かっています。正直背負っているリュックが重すぎて、頂上を目の前に足が震えているのかもしれません。

ふと楽になりたいなと考えてしまうことがあります。
でもここまで背負ってきたリュックを手放し、下山する勇気がなくなってしまいました。
やはり夢の山頂を諦め、安全かつ無難な山を登ろう。
そんな意気地のないことを考えてしまう自分が嫌になってしまいます。

愚痴ってしまって申し訳ありません。
ただやはり私にとって無職になることは、普通の人以上に怖いことなのかもしれません。
無駄にプライドが高くなってしまった分の代償だと思います。

なんだか話も考えもまとまらなくなってしまいましたね。
とにかく親切に相談に乗ってくださってありがとうございました。

投稿日時 - 2010-04-25 21:39:56

ANo.2

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回答(2)

ANo.1

関係者じゃないから具体的なことは書けませんけど、アドバイスを幾つか書きますね。

私、今まで46年間生きてきましたけど、今になっても新たな発見の連続です。
あなたのように、しっかりとした目標なんか持ってきませんでしたが、そんな私でも「理解」というものは進むものなんですね。

そんな中でわかったことの一つに
「仕事というのは、割り切ることでも仕事になる」
「仕事というのは目標でやるものではない」
「仕事は好き嫌いではない…仕事は「行うもの」として純粋であることだ」
と、いうことでした。
つまり「どこまで純粋か?」ということが、仕事なんですね。

別に「何度でも好きなら挑戦せよ」と言いたいのではないですよ?。
「どのような経過を辿ろうとも、自分で関わる仕事に邁進せよ」
という意味です。
邁進していくために、純粋であるべきだ、と言うことです。
自分がもし「どうしてもパイロットになりたい」と思うならば、そうすべきだと思います。
ただその理由は「純粋であるからこそ、仕事に嘘がなく務められるだろう」という意味で、意地でも何でも無いということは間違えないで下さい。

「航空整備士や航空管制官ならば「関われるから」」とか、今までの学歴が無駄にならないから、と言うのは「逃げ」とは言いませんが「賢さ」ですよね?
「賢さ」は時に純粋さをスポイルします。
そこに「甘さ」が出る可能性を内包してると言うこともあるわけです。

もちろん、現場に出て行く時、諸先輩方からはその辺を指摘されることになると思います。
そこで自身の感性と、現場の違いの齟齬に深く悩む可能性も捨てきれない。
私は違う方向に機首を向けることも反対はしませんが、自分が手持ち無沙汰に抱えている「不満」があるなら、一人前になる過程でそれを積極的に燃焼してしまって欲しい。

プロフェッショナルな現場という色が強い職業でもありますしね。
期待も含めて、アドバイスめいたものをさせていただきます。
どうぞ、自分に悔い無い人生を目指して下さい。

投稿日時 - 2010-04-18 22:32:48

お礼

ご回答ありがとうございます。

やはり自分に素直に生きるのが良いということですよね。私もそうでありたいと考えています。ただ私の場合、目指すべき目標が非常に特殊であるがゆえに、純粋にそれを目指しても叶わない可能性が高い。そしてもし万が一新卒で就職できなかったときに路頭に迷うのではないか。そんな不安があり院への進学を考えていました。

要するにやりたいことを失ったとき自分はどうなってしまうのか。そんな不安が払拭できない自分がいるだけです。大学を卒業し無職で社会に出てからも、人生挽回することは可能なのでしょうか・・・

投稿日時 - 2010-04-23 18:21:24

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