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対人関係のトラウマ

対人関係のトラウマ

27歳女です。
中、高校生の頃に人の輪に溶け込めず、教室でひとりぼっちだったことがいつまでも人生についてきます。

向き合う気力はありますが、自分だけでは乗り越えられそうもありません。相談できる人に説明しても「なんとかなる。大丈夫。」とあっさり。こう言ってくれても、結局のところ全く理解してくれてないんじゃないかと、虚しくなります。

パーティ会場や、親睦会のような場では、どうしてもどうしてもボディランゲージで人から逃れたいと表してしまっているようです。表情も、気持ちを表して、無表情というか、硬い悪い表情になってしまいます。

できるだけ大人のふるまいをしたい。できるだけ、にこやかに笑顔で楽しく社交的に行動したい。人の飲食に気配りをしたり、話題をふったり、相手にいろいろ聞いてみたりしようと考えますが、顔や行動に力が入りすぎてこわばって不自然になっているようです。
周囲の人のリアクションをみていると、ああ、自分の表情も行動も、他の人と違うんだなと分かります。その浮いている自分が、まるでさらしもので、クラスの汚れた標的にでもされたような辛い気分になります。身を守るためには、一切弱さを出さないで、笑顔で乗り切るのがベストだということが、頭では分かりますができません。

自意識過剰すぎるからこうなるわけで、
相手のことを考えればいいでしょう、と思うかもしれませんが、
人の輪=自分の危機
というのが、頭に焼き付いてはなれないです。。。

やさしくしてくれる人がいても、大人の社交の一貫なだけで、
内心はいろいろ値踏みされているのかな、って怖いです。人との関わり方を観察されて、人脈を計られて、身なりや表情から細かく推測される。そして、人物の価値を計算されて、その結果、自分にとってのどの位置づけの人物かが算出される。
ほとんどの人間関係って、意識/無意識は別にしてこういうことからなりたっているんですよね?そんなふうにしか、最近は考えられなくなってきました。

あと、大人は年を重ねるほど本音を言わなくなりますよね?やさしさでもあるのかもしれないけれど。お世辞、よいしょは「うそも方便」ということかな。本音なんて、腹の底にしまうしかないもので、皆ちゃっかりしまって、でも持っているものなんですよね?

そんな中、自分の青春時代が染み付いていて、頭をよぎる。
「自分は友達がいないんだ。自分は話ができない。人に心を開けないんだ。」って。
もうどうしようもなく思い込んでしまっています。これ、トラウマというやつですよね。

投稿日時 - 2010-02-12 01:09:29

QNo.5669444

困ってます

質問者が選んだベストアンサー

「認知の歪み」で検索してみてください。
少なくともトラウマではないです。
書かれた内容を読ませて頂く限り

部分的な焦点付け
過小評価
べき思考
自己関連付け
自分で実現してしまう予告

に当てはまりそうです。

さて、違う視点から行動を起こしてみてはいかがでしょうか。
行動と言っても観察するだけです。
よく観察する側に立って周りの人を評価してみてください。
だから今度は逆にあなたが他人を評価・値踏みをするつもりで人の行動を観察するのです。
「あれ良いな」と思ったら自分に取り込んで、自分を成長させてあげればラッキーくらいの感覚でやってみて下さい。
他人を観察して評価するのが面倒くさくなったら止めても構いません。
スローペースが良いでしょう。

ちなみに対人関係の中で疲れることがあれば、その事にその都度気付いてください。「ああ、今私緊張してる」とか「ドキドキしてる」「肩に力が入ってる」と。
そこに自己評価は決してしないで下さい。ただ体が感じたままに受け止めるのです。
この「気付き」に慣れて(相当時間を費やしてください)初めて、自分が自分を客観的に評価できるようになります。
気付きの段階でしんどさが強かったら、その場でも構わないですし、少し人のいる場所から離れて自分が気になった箇所に「ここが少し楽になれば良いな」と深呼吸しながら意識をしてみると少し楽になると思います。

生きていれば何らかの問題は起こるものですし、解決はできなくても対処できることなら幾つかは出てきます。
気付きに慣れた頃に自分なりの対処方を初めて考えれば良いでしょう。

最後に。あなたは他人の心の中に生きる人ではないのです。あなた自身のためにその社会にいるのです。この事だけは忘れないで下さい。

投稿日時 - 2010-02-12 01:48:01

お礼

「認知の歪み」ですか。初めて聞きました。調べてみたところ、心当たりがある内容でした。

行動の中で心がけることとして、「周囲を観察する」と提案してくださいましたね。確かに。そうなんです。人目が多い環境だと動揺するというか、落ち着かなくて、まわりの観察ができなくなるようなところがあると思います。10年前くらいは、今よりひどく、何倍も辛かったけれど、試行錯誤してきて、多少軽くなったような気がします。
tos-1974さんが言ってくださったように、スローペースで「自分がその瞬間に何を感じているのか」をとらえられるようになれたらな、と思います。その時になると、混乱したり焦ったり、自己嫌悪に陥ったりと、わるい考えも頭をよぎるかと思いますが、「しょうがないし」くらいの勢いでいけたらなと思います。

「生きていれば何らかの問題は起こるものですし、解決はできなくても対処できることなら幾つかは出てきます。」
このように、ことばにして言っていただくと、なんだか心強いです。

「最後に。あなたは他人の心の中に生きる人ではないのです。あなた自身のためにその社会にいるのです。この事だけは忘れないで下さい。」
泣けました。tos-1974さんは励ましのプロですね(笑)

素早い投稿ありがとうございました。

投稿日時 - 2010-02-12 21:01:45

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回答(3)

ANo.3

あなたの文章を読んで感じたのは、自分の性格を冷静に捉えていることと、それに伴って他人の分析も出来ているように思います。
輪にとけ込めなかった間、人の観察をしていたからなのかもしれませんね。
そしてまた、他人の心に対しての潔癖さが見えます。
傷つきたくないという気持ちもありそうですね。
人とフランクに付き合うことを望みながらも、心の弱い部分に触れられたくはない。
臆病になってしまっているのではないでしょうか。
例えば子供がいろいろな遊具で遊んでいるとします。ブランコや雲梯、ジャングルジムなどでを楽しんでいて怪我をするわけです。
あなたが一緒に遊んでいれば、怪我に対しての心構えも出来ますし対処も出来ます。
でもあなたはそれをやってこなかった。そして人の怪我をみてそれを避けようとしている。そう思えてなりません。
またあなた自身「うそも方便」とわかっているように、世の中綺麗なままでは生きていけません。
そういうのを「汚いこと」と考えない方がいいと思います。
あなたの洋服ダンスには綺麗な服もあるでしょうが、汚れても構わない服もあるはずです。
人と相対するのにも同じことが言えて、大切な部分は汚れても傷つけられても平気なデニム地を纏ってください。
耐性がつけば余裕も生まれます。
自分らしい自然な振る舞いが出来るようになります。
身構えるより、したたかになるほうが今のあなたには丁度いいでしょう。

投稿日時 - 2010-02-12 09:44:07

お礼

「潔癖」。言われてはっとしました。確かに、そうかもしれません。浅く無難なつき合いのほうが、大半は快適だというイメージはあります。

Vitamin_Zさんの表現、おもしろいですね。デニム生地ですか。綺麗な洋服が汚れないようにするのもいいけれど、確かにデニムの方が自分にあっているかもしれません。洋服に気をとられて、もっと大事なことに対する集中がきれていたかもしれないです。
したたかに、社会の居場所を確保したいです。お花見の席とりで、ブルーシートを敷くために作戦をたてて、勝ち取るとの同じですよね。

なんだかすっきりしました。
ありがとうございます。

投稿日時 - 2010-02-12 21:55:37

ANo.2

自分で、何か打ち込めるものを見つけてはいかがでしょう。
私は、質問者さんと似た感じでしたが、自転車に出会って、助けられました。
何より楽しいし、自転車屋に出入りするうちに、余計なことを考えずに、普通に他の人と会話できるようになりましたよ。

投稿日時 - 2010-02-12 02:45:49

お礼

なるほど、趣味を通じた仲間なら、共有できるものがあるからいいですね。
学生時代に国内一人旅にはまったことを思い出しました。旅人宿で会う人は、他人だけれど価値観が似ている人と出会えたり、なんとなく仲間意識ももてたかもなぁ、なんて。
利害関係の無い集まりは、大人にとって本当に大切ですね。
何か、続けられる趣味を見つけたいなと思います。

アドバイスありがとうございます。

投稿日時 - 2010-02-12 21:09:10

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