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締切り済みの質問

西洋諸国or日本の植民地の結果、なぜ韓国は発展して、アフリカは発展が遅い?

タイトルがわかりにくくてすいません。
植民地についての質問です。

1、なぜ、西洋・欧米諸国に侵略または植民地化されていたアフリカの国々は発展せずに、日本に植民地化されていた朝鮮半島(韓国)は今やすばらしい発展をとげているのでしょうか?
植民地は必ずしも良いことだとは思いません。しかし、日本が朝鮮を植民地としたことで、朝鮮にとって何かプラスのこと(例えば教育など)があったならば、それは良いことなのかな。。と思ったりもしています。
西洋・欧米諸国と日本の植民地の仕方には何か違いがあったのでしょうか?

2、これは補足の質問なのですが、
インドネシアは16世紀後半からオランダによって植民地にされ、また世界第二次大戦時にはイギリスの植民地になりました。そこに日本の軍政がインドネシアに上陸し、インドネシアを白人から助け、そして独立を手助けしました。そのことに対して、インドネシア人は日本にとても感謝しているとこのビデオは言っているのですが、本当にインドネシア人は日本人に感謝しているのでしょうか?日本人は白人のような悲惨なことは行わなかったのでしょうか?
http://www.youtube.com/watch?v=_PwbHPaGWLw

よろしくお願いします。

投稿日時 - 2009-10-07 07:14:32

QNo.5348073

すぐに回答ほしいです

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回答(18)

ANo.18

かなり以前の質問なので多分もう回答は求めておられないでしょうが、あなたの質問はとても重要なものであり、かつ既出の回答に重要なポイントが抜けていたので追加させていただきます。

まず、ヨーロッパ人に植民地化されたアフリカやラテン・アメリカが未だに発展しない理由は過去の搾取だけにあるのではありません。植民地化された場合、その搾取は現在にまで続くものとなっています。かつて植民地化を経験した国の大半では未だにその国土の多くを占領者の子孫や彼らの持つ大企業、国外の資本や個人によって占められています。つまり、その国の人間がどんなに努力して発展をなしとげてもその努力は最終的に地価の上昇につながり、大土地所有者を肥やす以外の何ものにもなりません。土地を持たない一般市民は貧しいままと言うわけです。

反対に日本の占領した国では、それを植民地と呼ぼうが呼ぶまいが、今では日本人の子孫がその土地を所有しているわけではありません。終戦とともに日本は立ち去ったからです。つまり、日本がインフラやなんやらを残した事も重要とは思いますが、何も残さなかったことも重要です。

投稿日時 - 2013-10-02 13:12:22

ANo.17

それは、朝鮮半島は日本であって植民地ではなかったからです。それ以前の朝鮮は、清国の属国でしたから、全てを摂取され最貧国になってしまいました。

日清戦争によって晴れて朝鮮は大韓帝国として朝鮮史上初めて独立国家が創設されましたが、あまりにも清国の属国だった後遺症が大きく独立国として最早運営していくのが困難になり、100万人以上の支持の元、先見性のある国王によって日本と日韓併合条約を結び、大日本帝国朝鮮地方として再出発しました。当時の日本の国家予算の半分近くを使いインフラ及び教育などあらゆる分野に投資をしたわけです。

西洋との違いは、西洋人はあくまで西洋人とその他という概念ですが、日本と朝鮮、台湾は全て日本人として扱いました。

なので日本は植民地支配をしたのは支那国だけで、朝鮮、台湾は全く違います。

投稿日時 - 2010-02-08 15:24:25

ANo.16

韓国の場合、立ち上がりの経済発展は急だったが、少し発展すると
ストや賃上げが相次いで急ブレーキがかかった。
稲作農耕民で集団主義的な日本人は、悪政によって貧富の格差が
拡大しても、我慢強く耐える。

この「稲作のための集団主義」が、「大量生産における工場労働」に
うまく転用されたのが、明治以降の日本の成功のカギです。
同じ中国でも、工場労働の主流になっているのが、福建などの
江南地方(稲作農耕地域)なのとも符合します。

同じようにお考えの「日本と韓国」でさえ、違うのですから、
狩猟採集民が主流のアフリカが、異なるのも当然です。

投稿日時 - 2009-11-12 13:44:16

ANo.15

http://www.mofa.go.jp/MOFAJ/area/asean/pdfs/yoron08_02.pdf
では、外務省の対日世論調査の結果が載っています。
この中で、「第二次世界大戦中の日本について、現在あなたはどうお感じですか」という設問で
「悪い面で忘れることは出来ない」「悪い面はあったが気にしない」「まったく問題にしたことはない」「分からない」のなかから選ぶというものがあります。
「悪い面で忘れることが出来ない」が27パーセント、「悪い面はあったが、今となってはきにしない」が69パーセントとなっています。
「悪い面で忘れることが出来ない」が27パーセントというのは、韓国や中国に比べるとかなり低い数字ではあります。が、この調査がおこなわれたのが、平成20年と戦後かなりの年月がたっていることを考えると、低い数字とは思えません。

インドネシアの歴史教科書で日本を胴扱っているかについては下のページが詳しいです。
http://www.geocities.jp/indo_ka/index.html
このページで紹介されている
http://www.geocities.jp/indo_ka/buku_pelajaran/sd/index.html
(孫引きのようですが)1977年に発行された小学校の教科書には
「日本は残忍でその行動は横暴であったけれども,占領時代はわれわれにとって利点もあった」
とあり、まあ、この教科書のスタンスとしては日本の占領は横暴だけど、いいところもあったという評価のようです。

ただ、教科書と、国民の意思とが同じではないとはおもいますが。

投稿日時 - 2009-10-09 03:17:43

ANo.14

欧米の植民地というのは、文字どおり原料、食料の供給地でありその住民は奴隷です。マスター・カントリー(ご主人様の国)のコロニー。

台湾、朝鮮が植民地かどうか意見のわかれるところですが、形としては、内地並をうたっており、差別や口には出来ないようなむごい事実は確かにありましたが、住民は基本的に大日本帝国臣民とされています。当然、教育も行われており、欧米の植民地とそもそも一緒に論じられる物ではありません。

韓国の発展はNo.10のかたのおっしゃるとうり。北朝鮮が発展しないのがその証拠です。ちなみに、北は6カ国協議に絶対戻らないなどと言ってますが、うそです。北の望みは、アメリカとの平和条約だけではありません。一番は、日本との国交回復に伴う戦後補償です。

インドネシアの件はNo.10さんのとおり。ただ、日本に反感をもつものも多いのはどこの国でも自明のことです。日本ですら、意見が集約されているわけではないし、そういうことも理解しましょう。

投稿日時 - 2009-10-08 12:14:51

ANo.13

漫談です

アフリカ諸国をみると、国境が不自然に真っ直ぐだったりします。現地の事情を鑑みず、欧州列強が勝手に「北緯××からこっちはボク、そっちキミね」といった感じで引いたからです。
これにより、自然ではない部族の寸断などが起きてしまったため、国民意識をもちにくい土壌がうまれてしまいました。独立後に紛争などがおきる大きな要因となります。

半島はそのようなことがなかったこと、それと朝鮮語で高等教育をできる、つまり母国語で学べる大学がある、という強みがあります。
アフリカ諸国は宗主国の言葉でしか高等教育をうけられない場合が多いのです。
日本人が、大学教育は中国語でしかうけられない、ということを想像してみてください。

インドネシアは、確かに日本に好意的な国です。ただ、日本が原因の戦禍に巻き込まれたのも事実なので、いろいろな側面から物事を考えられるのが、よいとおもいます。

投稿日時 - 2009-10-07 22:06:30

ANo.12

 回答に成らないかもしれませんが…。

>西洋諸国or日本の植民地の結果、なぜ韓国は発展して、アフリカは発展が遅い?
 アフリカには確か、一人当たりのGDPが中国と同等かそれ以上の国が10ヶ国程度有ったと思いますが…。
 赤道ギニア(元ポルトガル・スペインの植民地)の様に、中国の3倍以上の一人当たりのGDPを稼ぎ出している国も有ります。[日本の半分程度]

 地下資源に恵まれた国も有りますから、民族・宗教問題などが無ければそれなりに国は発展します。
 ソマリアとかジンバブエとかの余りにも極端な所のイメージで、全てのアフリカ諸国を見ていなければ良いのですが…。アジアを見るのに北朝鮮を指標にする様な…。
 (まあ、貧しい国が多いのは事実ですが。)

 なお、現在アフリカはEUを参考にしたアフリカ連合を2002年に発足させ、2015年を一応の目処としたアフリカ合衆国というと言う統一国家設立を目指しています。
 (さすがに2015年には間に合わないのではと言う意見も多いのですが…。)

 もし成功すると、国土面積世界1位、人口は中国・インドに続いて世界3位、GDPでロシア(2008年度ベース)を抜いてしまう超大国が設立しちゃうんですよね…。

投稿日時 - 2009-10-07 21:16:54

ANo.11

イギリス、オランダ、スペインなどの植民地であった所はどうもあまり発展していないように感じます
日本、フランスの植民地であった所は発展しているように感じます
植民地の人たちを酷使したであろうけれども教育をしかなりの施設を残しているのです
そういうものが独立後に役に立っているのだと思います
朝鮮半島、中国、マレー半島、スマトラの鉄道はほとんど日本が建設したものです
アフリカでもフランスから独立した国は公共設備はまあまあの程度です
フランス領ギアナは独立よりもフランスに帰属することを選びました
違いは収奪だけをしたか収奪はしたが教育と設備を残したかの違いでしょう

投稿日時 - 2009-10-07 20:56:45

ANo.10

1.
まあ日本では情報が隠蔽されているかあえて無視されているので、質問者様が知らないのは当然です。
大雑把に言うと、戦後の経済協力と日本の遺産です。何を行うにしてもお金が必要なのです(民主党は財源をどうするんですかね)。日韓基本条約締結時に有償無償の経済援助をしました。また、日本の遺産も韓国の経済発展に役に立ちました。例えばインフラなどがそれに当たります。具体例としては鉄道などの交通網の整備です。韓国人は満州や中国への侵略のために鉄道を敷いたなどといっておりますが、物流は戦時・平時を問わず重要なものです。このようなインフラ整備について、鄭夢準氏(韓国現代財閥を築いた鄭周永氏の六男にしてハンナラ党国会議員にして大韓サッカー協会会長)は著書の「日本人に伝えたい!―KOREA/JAPAN2002」で「韓国の産業基盤は日本が築いたものではない。日本が残したインフラは朝鮮戦争で跡形もなく消えた。現在のインフラは韓国人の手で築いたものである」との趣旨の論理を展開しております。さて、インフラが跡形もなく消えたのかは本当に跡形もなくなという疑問もありますが、別の視点で見てみます。日本の遺産とは必ずしも有形のものとは限らないということです。日本では1889年に憲法が制定されましたし、また、憲法だけでなく1898年には民法が制定されました。憲法も民法も日本人が欧州で法律を学んで日本に取り入れたものです。民法はイギリス・フランス・ドイツの影響を受けておりますが、そのうちのフランスの影響とはいわゆるナポレオン民法典からですが、ナポレオン法典はナポレオンが「世の真の栄誉は40回の戦いの勝利ではなく、永久に生きるのは余の民法典である」といったものです。あるいは日本が始めて鉄道が開通したときはイギリス人技術者の指導の下でなされました。法律にせよ鉄道にせよ、日本は外国に教えを乞い、やっと知識や技術を手に入れました。手に入れたものを実際に利用し、かつ後世に残すために学校で教えました、もちろん日本統治下の朝鮮でも。このような無形の財産も韓国の経済発展に寄与しました。このことは日本ではあまり語られないので知らなくても不思議ではありませんが、常識ある人なら誰でも知っていることです。まあ、たまに鄭夢準氏のような人物もおります。(「日本人に伝えたい!―KOREA/JAPAN2002」とは自分は常識のない人間だということを日本人に伝えたかった本なのかもしれません。)

2.
これは、
http://www.ch-sakura.jp/oldbbs/thread.html?id=185982&page=1&genre=sougou
から引用します。

◆◆◆◆◆◆◆以下、引用開始◆◆◆◆◆◆

東南アジア諸国の教科書はどう書いているか

 それでは東南アジア諸国の教科書は、大東亜戦争をどう書いているか。初期の段階では、日本への好意を持った記述が見られる。しかし日本の敗色が濃くなると、優勢な連合国側に加担して独立を獲得したいという事大主義的思惑もあり、抗日運動も起こってきた。また欧米人が数百年にわたってゆっくり植民地政策を進めてきたのに較ベて、日本人の短兵急な性格が誤解を与えた。さらには同じ黄色人種に対する近親憎悪感情も働き、戦争末期には反日運動も起こり、教科書にはそういう記述が根強く出ている。
しかし日本の果した役割については、随所に評価した記述が見られる。ここでは一つだけ、「世界の中のインドネシア」(中学三年用・一九五八年)から引用してみよう。


「日本の占領は、後に大きな影響をもたらすような利点も残した。
 第一にオランダ語と英語が禁止されたため、インドネシア語が成長し、使用が広まった。その三年半の間につちかわれたインドネシア語は、驚異的な発展を遂げた。
 第二に日本は、「セイネン・ダン(青年団)」や、「ケイボウ・ダン(警防団)」に組織された青年たちに軍事教練を課して、竹槍と木銃によるものだったとはいえ、きぴしい規律を教え込み、勇敢に闘うことや、耐え忍ぶことを訓練した。
 第三に、職場からオランダ人がすべていなくなったことにより、日本はインドネシア人にいろいろな高い地位を与え、われわれに高い能力や大きな責任を要求するような重要な仕事を任せざるをえなくなった。
 第四に、日本はとくに「PUTERA」(インドネシア語でプトラ、民衆総力結集運動のこと)や、「ジャワ・ホウコウカイ」(奉公会)を通じて、ジャワに本部を置き、すみずみにまで支部の広がった統合された大組織を運営することを、われわれに教えた。
 われわれが独立を宣言した後に、オランダの攻撃から独立を守らなくてはならなくなって、急にわれわれ自身で国内を組織しなくてはならなくなった時など、以上四点は、特に、測り知れないほど価値のある経験であった」(『軍国主義−東南アジアの教科書にみる日本』合同出版刊、本稿は熊谷玲子訳)

;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;
以上、「反日国家・日本」
    名越二荒之助著
    山手書房
より。


◆◆◆◆◆◆◆以上、引用終了◆◆◆◆◆◆◆◆

投稿日時 - 2009-10-07 19:01:39

ANo.9

2、について
 当時の日本とインドネシア人の関係は、軍政をひいた占領地の中で、一番良好であったと思われます。(オランダの植民地支配があまり良くなかった。)

 東南アジアの華僑に対しては、相当悲惨なことが行われていますし、日本が占領する以前に独立することがアメリカとの間で決まっていたフィリピンは、日本の占領で目の前にあった独立が消えてしまい、反日運動が盛んでした。

 参照にされたYouTubeは、良くできた編集ですが、日本に都合の悪いことは出てきませんね。
 過去の日本が、全くの「正義の味方」であるかのような印象を受ける人も、居るかもしれませんね。 

投稿日時 - 2009-10-07 14:35:47

ANo.8

1、について。
 一般的植民地かどうかという論争は置いておいて。

 世界恐慌以後の世界的不況の中で、欧米列強がそれぞれの植民地や経済支配地を市場として囲い込んで行く中で、日本は欧米列強に比べてはるかに少ない支配地しか持っていませんでした。

 イギリスなど列強諸国は、広大な植民地を未開発のまま薄く搾取する政策を取ることで、その土地の旧態然とした社会をそのままにして、社会の変化を減らし、民族意識の成長ができるだけ起こらないように努めました。
(19世紀初め、フランスはナポレオン体制のもとで、ヨーロッパ大陸の諸民族にフランス革命の思想を広めた結果、支配地各国のナショナリズムが盛り上がり、反フランスの国民運動が盛んになったという背景があります。)

 日本は、当時一等国と呼ばれたイギリス・アメリカ・フランスに比べて支配地が狭く、支配民族のレベル向上による独立運動激化のリスクを知りつつも、占領地を徹底的に開発して、列強と対抗できる国力を目指しました。

 そのため、植民地の貴族や藩王などを温存し間接支配を行ったイギリス・フランスに対して、日本は「両班」と呼ばれた朝鮮の伝統的地主貴族階級の経済基盤を崩壊させ、封建的社会を近代的社会に作りかえました。
 そして封建社会の農民を直接日本政府の支配する「日本国民」として教育することによって、日本の国力増強に道を開いたものの、朝鮮の人々の自意識を活発化させることにもなりました。
 その結果、もと両班であった知識階級が主導する「朝鮮のナショナリズムズム」が盛り上がり、反日運動も勢いを増すこととなりました。

 尚、日本が朝鮮半島に投資した資金によるインフラ整備は、朝鮮戦争で壊滅的打撃を受けました。
 特に、アメリカが制空力を持ちながら、戦線が膠着した現在の韓国部分では道路・鉄道の破壊は顕著で、日本の鉱山開発などの設備が残った北朝鮮よりも被害が大きいです。

 現代韓国人には、戦前の日本の投資による開発の恩恵というものは、ほとんど感じられることはないでしょう。

投稿日時 - 2009-10-07 14:14:33

ANo.7

朝鮮は植民地ではありません。正式な日本の国土の一部(国際的にも承認済み)であり、そこに住む朝鮮人は日本国籍を持つ日本人です。すなわち、朝鮮の人々に対しては日本人と同等の権利を持っていたというわけです。

朝鮮は10世紀遅れているといわれるほどの悲惨な状態でした。搾取型であった欧米諸国の植民地とは違い、日本は朝鮮に対して莫大な投資をしました。これは朝鮮に国として発展してもらい、ロシア等の共産勢力を抑える防波堤の役割をしてもらうためです。日本は国一つ買えるくらいのお金を朝鮮に投資しました(もちろん日本の自費で)。教育を施し、インフラや社会制度を整えました。これで発展しない方がオカシイというくらいに。
http://photo.jijisama.org/BeforeAfter.html

投稿日時 - 2009-10-07 12:01:53

ANo.6

1についてだけ。

国の経済発展は「どこの植民地だったか」だけで決まるものではなく、
地政学的、文化的、自然環境、人口動態など、さまざまな要因で決まる。

たとえば、シンガポールやミャンマー、今のケニアの大部分(英領東アフリカ)は
英国の植民地だったけど、それぞれ発展の仕方が違う。
もし宗主国の違いだけが要因ならこの3国は同じように発展しているはず。
だから、アフリカと朝鮮半島を比べて、宗主国の違いに理由を求めることはナンセンスだと思うよ。

朝鮮半島には朝鮮半島の発展の素地があるというだけで、
日本が植民地化していたことはそれにプラスだったのかマイナスだったのかは
歴史の「もしも」の話にならざるをえないね。

国の発展度合いの測り方はいろいろあるだろうけど、例えば一人当たりのGDPで見ると、
シンガポールの一人当たりGDPは韓国を上回っているし、日本とも同じぐらい。
同じ比較ならアジアの国同士を比べたほうがまだいいような気がするけど、
「シンガポールは英国の植民地だったから、日本の植民地だった韓国よりも発展した」
ことにはならないと思う。

投稿日時 - 2009-10-07 11:11:20

ANo.5

1、なぜ、西洋・欧米諸国に侵略または植民地化されていたアフリカの国々は発展せずに、日本に植民地化されていた朝鮮半島(韓国)は今やすばらしい発展をとげているのでしょうか?

 植民地支配があったから発展したという思考はとても危険ではありませんか?私は、彼らが自分たちの努力と運によって発展したと思っています。同じように、日本も自分たちの努力と時代の運によって今の地位を築いたと思っています。決してアメリカのおかげだとは思いません。それをアメリカのおかげだと思える人というのは、戦後の悲惨な状況を知らない人ではないでしょうか?私などは、年老いた母から戦中・戦後の話を聞かされて育ちましたから、特にそう思います。
 戦争の副産物で、よい結果が出ることはあります。しかし、そうまでしてよい結果を認めたくはないです。人類が戦争によってしか、世の中を好転できないのだとしたら、元のままであった方がいいと思えるほど、私は戦争や侵略というものが嫌いなんです。

 また、アジア諸国の発展とアフリカ諸国を同列に見るのもちょっと無理があります。過酷な自然環境、これだけで発展にはかなり困難が見えてしまうのです。そこを見ずに、西欧諸国が支配した地域が発展せずに、日本が支配した地域が発展したから・・・日本の支配はほめられた点があったというのは、思考の飛躍に感じます。質問文はそこまでダイレクトには書かれていないのですが、ちょっとそういう匂いを感じてしまったので。

2.のビデオを見ました。まず注意が必要なのは、このような歴史証言には必ず虚言の可能性があります。日本の朝鮮・中国侵略に関しても同様でした。ある人は日本の侵略を極悪なものとし、ある人は日本に対して感謝を述べます。それが単純にその人の価値観である場合もあり、単にお金欲しさに証言することもあります。真実はそれぞれが思うことであって、確定はしないことでしょうね。
 インドネシア人が日本人に本当に感謝しているかどうかは、あなたが現地に行ってみて現地の人と仲良くなった後で、正直な感想として聞いてみる・・・ということを繰り返して初めて全体が見えることだと思います。

 また、このビデオでは日本の都合の悪そうなものは一切カットされています。私見ですが、海軍は陸軍よりは遥かにマシな存在であったようです。海軍の支配地域では、陸軍のそれよりは遥かにマシな結果を出しているのは確かなようです。

>日本人は白人のような悲惨なことは行わなかったのでしょうか?

 インドネシアではそうだったのかも知れませんね。ただ、他の地域ではそのようなことが行われたのは事実だったと私は思っていますので、インドネシアで善政が行われたのが事実だったとしても、あまり喜ぶ気にはなれません。

投稿日時 - 2009-10-07 10:47:31

ANo.4

西欧が一気に世界中で植民地化を行なっていた時代の世界には、国家と言う体制が確立していた場所と、国王や宗教と言われる統治勢力はあっても律令制度が確立されていない場所がありました。
特にアフリカ大陸は後者が殆どで、南部に到っては各部族以上の統治勢力が存在しない地区も多かった様です。
厳密に言えば「植民地」ではないのですが、日本が統治していた台湾や朝鮮は過去に独立国家として存在した歴史があり、それ故独立後に国造りがスムースに進みました。
植民地統治に関しては確かに搾取が目的であっても、民生の安定や産業の構築は何れにせよ行なわれる訳ですが、欧米の植民地政策の多くはその地ではそれ程必要ない紅茶やゴムを無理やり作らせた点で、現地でも必要な産業を育てた日本統治より難点があります。
ちなみにインドネシアは確かに日本に感謝していますが、統治期間が短かった事やスカルノ政権の特殊性などの理由もあっての事です。

投稿日時 - 2009-10-07 10:16:41

ANo.3

No.2です。誤記を訂正します。

誤>オランダ独立戦争が勃発したのです。

正>インドネシア独立戦争が勃発したのです。

失礼しました。

投稿日時 - 2009-10-07 09:05:11

ANo.2

1について。
アフリカ諸地域を支配した西欧諸国の統治手法は、現地の部族同士を反目させ、その中間(仲裁)に支配者である白人が立ち、コントロールする、と言うものです。こうする事で、白人が直接的な憎しみに晒されず、少数の白人が圧倒的多数の現地人を支配できた訳です。しかしこの事は、第二次世界大戦後のアフリカ諸国に於ける独立運動の後、白人が撤退した後まで禍根を残してしまいました。コントロールの無い部族対立による各地の継続的な内戦です。アフリカ諸国が今も疲弊し続けている理由は、主にこれでしょう。
それに対して、朝鮮半島はアフリカ諸国のように小さな部族単位の社会構造では無く、長く統一王朝も存在しており、民族的一体性が既に確立されていましたので、アフリカのような統治手法は適用出来ず、支配者である日本人に直接憎しみが向けられました。この結果、第二次世界大戦後には、過去の屈辱を晴らす意識によって民族的団結心を容易に醸成出来たのです。
共産主義と資本主義と言うイデオロギーが対立構造を発生させ、朝鮮戦争が発生しましたが、これは米国とソ連の利害コントロール下にありましたので、大きな被害は出たものの、アフリカ諸国のようにコントロール不能の争いの連鎖には発展しませんでした。
韓国とアフリカ諸国の違いは以上の通りだと思います。

2について。
インドネシアが英国の植民地になった事はありません。日本軍が侵攻するまで、オランダが支配していました。
日本の軍政時代には、しかるべき時期の独立は方針として決定されており、その準備も進められていた事は事実です。オランダ支配時代には行われなかった初等教育も軍政時代に実施されましたし、オランダによって捕らえられていたスカルノやハッタ等の民族主義運動家も釈放されました。1945年8月19日には独立を宣言する方針が決定され、日本もこれを承認しましたが、同年8月15日に連合国に対して降伏した日本軍の武装解除にやってきた英軍やオランダ軍によって反故にされそうになった為、オランダ独立戦争が勃発したのです。
戦時の事ですので、現地のインドネシア人を日本軍が労働に駆り出す事くらいは勿論あったでしょうし、物資の徴発もあった筈ですが、上記の大きな流れと経緯を考えれば、インドネシア人にある程度の親日感情がある事は自然ではないかと思います。

投稿日時 - 2009-10-07 08:29:25

ANo.1

 韓国や台湾に対する日本政府の統治方法と欧米植民地が採った方法の根本的な違いが一つありました。それは植民地の人達の権利と日本内地の人達の権利が法の下では完全に平等だったことでした。
 その結果、さまざまな差別と偏見があったものの、植民地の人達の子弟は日本人と同じレベルの教育を受けることができたことが大変大きく影響しているのです。独立を勝ち取ったとき、それぞれの国を統治するには多くの教育を受けた集団が必要なのですが、その要求に応えるにじゅうぶんな人が育っていたのです。
 これに対し、アフリカでは高等教育を受けた人があまりにも少なく、また一般の人達も教育を受けていないために倫理観が乏しく、その人達を統治するのは大変難しかったことが独立後に独裁と殺戮が続く原因を作っています。
 韓国、台湾、特に韓国では李承晩大統領の徹底した反日教育のお蔭で日本のやった統治をすべて否定する状況が作られ、それに少しでも異を唱えると非難の嵐が起きる風潮が歴史の正しい認識を妨げています。
 アジアでもこの状態は同じで、旧植民地が次々に独立戦争を始めたとき、軍隊には軍曹以上の下士官さえいなかったのです。これに対し、韓国では士官学校を出た軍人が沢山いたためにこれらの上級将校達によって即座に軍を組織することができたのです。
 インドネシアが独立運動を起こしたとき、それを指導する軍人が皆無だったのですが、居残った元日本兵が独立軍の組織作りや戦闘指導を引き受け、これがオランダ軍を敗北させる大きな力になりました。それが感謝の念に繋がっているのです。

投稿日時 - 2009-10-07 07:42:29

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