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解決済みの質問

なぜスペインは第2次世界大戦で枢軸国側に加わらなかったのですか?

スペイン内戦で、ドイツ・イタリアに応援してもらいながら、また国家主義という政治的イデオロギーも一致していたのもかかわらず、第2次世界大戦に参加しなかったわけを、諸説ありますが教えてください。皆さんの個人的見解、推測も含めてもかまいません。むしろ歓迎します。

投稿日時 - 2008-12-17 16:14:28

QNo.4562944

暇なときに回答ください

質問者が選んだベストアンサー

>皆さんの個人的見解、推測も含めてもかまいません。むしろ歓迎します。

というわけで推測ですが。

単純にスペインは「枢軸側に付いたら負けてしまう」「国滅んじゃう」と判断したためが一番大きいように思えます。
イデオロギーだけで国家運営できるほど世の中は甘くありません。

スペインが枢軸側に参戦した瞬間、問答無用でイギリス海軍が海上封鎖を仕掛けてきます。
つまり大西洋と地中海の貿易路が使えなくなります。(運良く地中海が使えたとしてもその先にあるインド洋が使えないのが痛すぎます)
スペインは鉱物資源が取れるとはいえ、それだけでは国としてやっていけるわけないでしょうね。(そもそも貿易無しでやっていける国なんてありはしないでしょう)
その海上封鎖を破るには強力なイギリス海軍を打倒する以外に方法はありません。
ですがそもそも独伊海軍が弱小であり、それに超弱小海軍であるスペイン海軍が加わったところで何も足しにはなりません。

悲しいことですが、ジブラルタルが落ちても、地中海の航路がちょっと大回りになろうとも、何かの奇跡でエルアラメインで勝利できたとしても、当たり前の事ですがその程度でイギリスは倒れやしないんです。
何も負け馬に乗る必要性が皆無であり、戦況に合わせ枢軸・連合とうまく付き合っていく、という無難な線をスペインは選んだに過ぎないと思われますけどね。

投稿日時 - 2008-12-18 01:39:45

お礼

貿易路のことまでは考えてなかったです。確かに貿易できないと戦前の日本のようになっちゃうし・・・。スペインは自分の国力をよく分かっていたのですね。

投稿日時 - 2008-12-19 17:58:30

ANo.3

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回答(5)

ANo.5

既に回答に出ていますが、内戦による経済の疲弊が一番大きな理由です。

内戦中に400万人が家を失い、工場、鉄道、車両、船舶にも大きな被害が出ていました。さらに熟練労働者の多くが反フランコ側についており、その結果、多くの熟練労働者を失っています。
その結果、戦争前の工業生産量を回復できたのは1950年に入ってからです。
農業生産についても工業同様に酷い状況で、特に1939年は凶作でもありました。
戦争に加わる余裕はありませんでした。
1940年10月にフランコとヒトラーが会談した時も、ヒトラーの参戦を求める要求に対しフランコは「経済的条件が許した時、参戦する」と返答しています。

また内戦でフランコが勝利したとはいっても、共和国派の残党が国内に多数潜伏しており、その逮捕・粛清にも力を注がねばなりませんでした。逮捕された人数は1942年までに27万人と言われています。

また時期によってはドイツに対する不信感もありました。共産主義と手を結ぶ独ソ不可侵条約の締結はスペイン軍部内のドイツに対する不信感を高め、スペイン国内の教会もドイツのカトリックへの迫害に対し、不満がありました。
さらには軍部の判断では、イギリス、フランスとドイツが戦えばドイツが敗北するという予想をしていました。(予想に反してフランスの降伏という状況になりましたが)

結局、国家としては参戦はしませんでしたが、独ソ戦が始まると、フランコは総計5万人もの義勇兵を独ソ戦に送っています。

投稿日時 - 2008-12-18 09:57:53

お礼

なるほど、内政に専念しなければならなかったから、参戦しなかったのですね。

投稿日時 - 2008-12-19 17:55:40

ANo.4

ナチスの破綻を知っていた。という趣旨を本で読んだことがあります。

立ち読みだったので、人名等は不明です。

ナチス側の主要人物が情報をリークしたとか、彼は当然、非命に終わりましたが、フランコは戦後、彼の遺族に対して手厚く報いたという内容でした。

投稿日時 - 2008-12-18 07:26:56

ANo.2

まず、スペインが疲弊していたことが第一です。
ドイツも分かっていましたが、ジブラルタル要塞をなんとかしたいので、貸しのあるフランコ・スペインに対して幾度も参戦するよううながしています。ただ、ここでフランコはドイツに対し、燃料、食料の完全なる保障、軍事援助、というドイツがとても呑めない提案をし続けてかわします。ただ、あまり怒らせるとドイツ軍が攻め込んでくる可能性もあります。そこで、ドイツの対ソ連戦争に義勇軍として1万以上の兵士を参加させ、ドイツの機嫌をとったりしました(青旅団)。
そのうちドイツも、スペインに戦争しかける余裕も無くなります。下手に刺激して連合軍を引き入れられても困ります。だいたいこんな流れで、やがて戦争がピレネーの向こう側に行ってしまいました。

投稿日時 - 2008-12-17 23:59:09

お礼

ドイツも力でスペインを参戦させることができなかったのですね。勝っているようでも、余裕がなかったんですね。

投稿日時 - 2008-12-19 17:53:13

ANo.1

スペイン内戦終結が1939年02月、第二次世界大戦勃発が1939年09月でした。

スペインの国土は、3年弱も続いた内戦のため荒廃していました。
フランコ将軍が内政面で無能でなければ、軍需物資を大量に消費する対外戦争にスペインが積極的に参加できないのは自明のことですから、中立を守ったのは合理的な判断だったと思います。

投稿日時 - 2008-12-17 17:07:28

お礼

スペインは戦争をする状態じゃなかったのか・・・

投稿日時 - 2008-12-19 17:59:22

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