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締切り済みの質問

「~というふうに」という発言をやめてもらう方法を教えてください

官僚、政治家、知事、市長などの発言で
「~というふうに」
というものをよく耳にします。
これって不要ではないでしょうか。
それどころか、使ってはいけないと思うのです。

「早急に対策をすべきである、というふうに考えます」
このような発言をしたとします。この場合、その部分を無くして
「早急に対策をすべきであると考えます」
これで十分に通じます。

そして、使ってはいけないと思う理由は、何かあった時に
いつでも逃げられる口実のためだと思うのです。
「私は『すべきである』とは言っていない。『すべきであるというふうに』と言った」
このような言い訳をされないためにも「~というふうに」は
使用禁止にして欲しいのです。

私の考えが間違っていましたら、ご指摘ください。
また、これを実行してもらうにはどこへ申し出ればいいのかも、あわせて教えてください。

投稿日時 - 2008-07-03 14:24:27

QNo.4148228

困ってます

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回答(10)

ANo.10

 やめてもらう方法はないでしょう。
 と言うのも、この言い回しは伝染病のようなもので、蔓延したウィルス同然だからです。つまり人は、周囲の人々が、それもあまりに多くの人々がこの言い回しを使っているものですから、これが当たり前のものと思ってしまっているのです。ただそれだけなのです。いざというときの逃げのためとのご指摘は当たっていないと私は判断しています。
 テレビの国会中継を見ていると、ほとんど(※いやほぼすべての)質問者、答弁者がこの表現を使っています。また、テレビ各局のニュースキャスターさえもがこの表現をしているのにしばしば出くわします。あきれ果ててものが言えません。
 ずばり言いますと「というふうに考えます」の表現における「というふうに」は、ほとんどの場合において不要なわけで、「と考えます」でよいわけです。
 これをやめてもらう方法は見当たりませんが、質問者さんや私のように、この表現が不適切なものと気づく人が増えることを待つしかないと思います。

 追加で記しますが、主に若者さんらが使う「・・・・があるじゃないですか」という表現、この表現は絶対正しくないと私は断言しますが、これもあまりに多くの人が当たり前に使うものだから、昨今ではテレビタレントはおろか、NHKをも含むTV各局のキャスターでさえ平気な顔で「・・・あるじゃないですか」と使っているのもウィルスの蔓延によるものです。

投稿日時 - 2012-09-26 21:14:26

ANo.9

言い訳なんて、どんな発言からも出来てしまうのではないでしょうか?
仮に断定した言い方をしても『訂正いたします』みたいに。

問題の本質は、『無責任発言の多さ』や『発言に対する実行力』のなさですよね。
でしたら発言の仕方に意見するのではなく、政策などの賛否を強く主張
されたほうが賢明だと思います。

敢えて言うなら私の場合は、諸外国との外交問題なんかのとき「・・・大変遺憾です」
という口先だけの表明のほうが耳障りですね。
改善させる気があるのかといつも疑問に思います。
(日本政府の弱腰外交の話ですが・・・)

投稿日時 - 2008-10-10 15:17:36

ANo.8

NHKのアナウンサーですら
「~~したいと思います」
なんて当たり前のように言っているんですからね。
困ったものです。

「~~します」と言え!
といつも思っていますが。

「ら抜き」にしろ
皆で直していかなければなりませんね。

投稿日時 - 2008-07-05 11:15:16

ANo.7

 逃げる口実というのは深読みのような気もします。

 単なる喋り方の癖でもありますし、
「考えます」よりも強い 
「○○します」という発言をしたところで、
「あの時点では可能だと考えていたが、後に実行不能であることが判明した。政治機構は万能ではなく、予測能力、実行能力に限界があることは理解して欲しい」
 といえば幾らでも逃げれますよね。そこまで論理的な発言が出来ない人は「忘れた」とか「あなたのやっている事は言葉狩りだ」といった発言を連発しますし。

 また、言葉を規制しても、結局のところ得られる回答は
「その事については十分な情報を得ていないので、コメントできない」
にしかならないと思います。

 こういう事を考えると、政治家の自信の度合いを読み取る事の出来る曖昧な発言の余地を残すことは、情報開示という面では有益では、と思うのですが、いかがでしょう。

 余談ですが、前の首相の「思う」発言は非常に気になりました。上のような発想をする人間なので、別に政策を完璧に実行できるかどうかに期待はしていなかったのですが、実行性云々以前んの理想を語る場で「思う」では首相は長く続けられないだろう、と思ったものです。

投稿日時 - 2008-07-03 23:49:28

ANo.6

質問者様と同様に考えている者です。

>…これって不要ではないでしょうか

不要と私もおもいます。政権与党の政治家や官僚の言葉に特にこの傾向が強いですよね。いわゆる形容詞的だったり副詞的だったりする発言のオンパレードです。それらを取り除くとほとんど中身が無くなっちゃう発言が多すぎますよね。

例えば「…善処します」「前向きに…」「最大限の努力を払って…」…こんなのばっかし。

他国の政府だって明言を避ける傾向はもちろんありますよ。それは政権与党として有る程度当然なのかも知れません。しかし日本の政権与党はずば抜けてひどいですね。

彼等の発言はほとんど外国語への翻訳は不可能と思います。世界が急速に接近しているのにこんな発言で人をだませると思っている日本の政権与党はどうするつもりだろう?

投稿日時 - 2008-07-03 16:43:23

ANo.5

責任のある立場だからこそ、断定的な言い方ができないのです。

政策には予算が不可欠です。早急に対策をすべきであることは重々承知していても、その裏付けとなる予算、法令の整備、例外規定、経過措置の整備、内部や外部への周知など様々なハードルをクリアして初めて実現できるのです。

責任のある立場の方々は、様々な批判にさらされる立場の方々でもあります。政策というのは、結局のところ既得権の移動ですので、万人が満足する政策は存在しません。したがって、行政とは、結局のところ利害関係の調整が仕事なのです。

批判も様々で、御質問者様のように「婉曲な言いまわしではなく、きちんと言い切れ!」というのもあれば、「『早急に』とは何月何日までのことか?本当に実現できるのか?」というのもあります(年金記録問題の名寄せの際もそうでしたよね。普通に考えて、そんなの断言できるわけがありません。野党やマスコミが断言させたのです。)。

官僚や政治家に対する批判は多いですが、誰も国民にいじわるしようと思って政策を立案している人はいません。

自由と責任、受益と負担、理想と現実などが、それぞれ裏腹でワンセットであるように、政策と予算は常にワンセットなのですが、批判者の多くは片方(自由、受益、理想、政策)しか見ていないのです。

また、批判者の多くは政策立案能力がありませんので、結局のところ過去の議会における責任者の答弁(議事録)を証拠に「あのときこう言ったではないか」と迫ります。こういうのを「言質(げんち)を取る」といいます。つまり、「言葉の人質」という意味です。

当時と現在とでは、社会経済環境の変化などで、答弁当時のとおりの政策が実現できない場合も少なくありません。

ほかに、当時の将来推計と実際の数値が著しく異なり、当時の前提が崩れることも少なくありません。

例えば、政策立案には裏付けデータとして統計調査が用いられますが、統計上の結果が個人的に甘いと感じたとしても、それは何の根拠もない「感想」レベルの話ですから、統計学上問題なければ、その甘いと思った数値で進めていかざるを得ないのです。(例えばいつも思うのは、少子超高齢社会に対応するための政策において、よく「合計特殊出生率」の将来推計が用いられますが、大体外れます。)

つまり、行政は税金を使うわけですから、個人的な「勘」ではなく、社会一般に公正妥当とされる方法で、なおかつ客観性がなければ、批判に耐えられなくなるわけです。民間企業であれば、結果さえよければ「勘」でもOKなのでしょうが、行政の場合はそういうわけにはいきません。(批判者に「この推計の根拠は何か?」と問われ「いやあ~、何となく」だと審議は間違いなくストップし、最悪クビです。)

そんなときでも批判者の多くは「あのときの答弁は嘘だったのか。あなたはうそつきだ!」と言います。

そうなると、答弁者(責任ある立場の方々)としては、あんまり具体的に踏み込んだ答弁をして将来自分の手足を縛られるよりも、とりあえずフリーハンドを確保できるあいまいな答弁をする方が無難であり、言質を取られることがないので、好ましいわけです。

批判者も政策や代案で勝負すればよいのですが、それには高度な知識や技術的なものも必要になります。過去の答弁で相手に矛盾を指摘した方が安上がりなわけです。ですので、こうした「追及する野党 vs あいまい答弁で逃げる政府」という構図になってしまうわけです。

ですので、責任ある立場の方々にあいまいな答弁を許さない方法があるとしたら、野党やマスコミが自らの政策で相手を批判し、相手の一言一句にまで挙げ足を取らないようにすればよいわけです。

批判だけならば誰でもできます。一般の国民であれば批判だけでもいいでしょう。仕事や家庭などで忙しいわけですから。

でも、野党やマスコミは議論のプロ(のはず)なのですから、批判だけでなく、「じゃあ、あんたならどうするの?」という反問にどう答えられるのかも、大事な仕事あるいは能力だと思います。

こういう状況が何十年も続いているので、私などは逆に、公的な場でペラペラと具体論を展開し、さも簡単に実現可能なような言いまわしを断定的にしゃべる責任者は信用しません。政策実現はそんな簡単な話ではないからです。

野党なんかは責任がゼロですので、バンバン具体論を展開してますよね。もし政権交代が実現したら、彼らは当時の発言にどう責任を取るつもりなのだろうか?なんて最近よく思います。

投稿日時 - 2008-07-03 16:01:40

やめてもらいたいのは山々なれど、何かあったときにどうにでも言い逃れるだけの深慮も、政治家とか企業家みたいな人たちには必要だとも思いますしね・・・難しいところだなあ(´・ω・`)

民主制においては、やはり有権者が、そういう言い方をする人たちに投票しないことで意思表示することですね。

投稿日時 - 2008-07-03 14:44:53

ANo.3

個人的にはニュアンスの違いなだけでどちらも同じだと思うけど…

結局の所、言い訳はそこではなく、
「『考える』とは言ったけど『実行する』とは言っていない。」となりません?

投稿日時 - 2008-07-03 14:43:35

ANo.2

「早急に対策をすべきである、というふうに考えますことを申し上げます」
「早急に対策をすべきである、というふうに考えます」
「早急に対策をすべきである、と考えます」
「早急に対策をすべきである、」
「早急に対策をする」

 というように、だんだん行動のレベルが上がります。ですから、「考えます」があるうちは、考えるが実行はしなくても許されると思っているのかもしれません。
 そのうち「そう(そんな)急には対策できない」と開きなおらられるかもしれません。

投稿日時 - 2008-07-03 14:39:41

ANo.1

ご質問者様のお怒りごもっともと共感いたします。
他にも「前向きに検討する」とか「善処する」とか「いかがかと思う」など枚挙にいとまがありません。
しかし、政治家や官僚というのはそもそもきっぱりしたことなど言わないのが商売みたいなもので、何でもはっきり言っては身も蓋もない、というかそれほど頭の切れる人間なら始めから政治家などになりゃしないって感じです。それに「表現の自由」と言う問題もありますから、あれこれの言葉を使用禁止というわけにはいかないでしょうね。
私たちがこういう問題に敏感になって、世論を盛り上げることによってしか、それらの言葉を使わせないようにする方法はないでしょう。

投稿日時 - 2008-07-03 14:38:17

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