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解決済みの質問

ゆとり教育はどうして失敗したのでしょうか?

「ゆとり教育」の先に…自信も失った若者たち
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080217-00000913-san-soci

ゆとり教育が、ネットで相手をおとしめる用語にもなっているほど評判が悪いようです。
ゆとり教育のどこに問題があったのでしょうか?
時間がとれるので、自習や塾に行きたい人は学力が伸びますし、趣味やスポーツなど興味のある分野を伸ばしたい人はそれができるはずです。
選択肢があるのはよいことだと思うのですが。
学力低下は、学校での教師の教え方に手抜きがあったのでしょうか?

よろしくお願いします。

投稿日時 - 2008-02-17 16:57:26

QNo.3784539

暇なときに回答ください

質問者が選んだベストアンサー

>ゆとり教育のどこに問題があったのでしょうか?

 ゆとり教育とは本来、詰め込み式の教育の絶対量を減らし、その分子供たちの主体的な思考力を養うことを目的としていました。しかし授業量の削減のみが実行され、思考力の教育が十分に行えていないのが現状だと考えます。理由を列挙すると

・受験制度が変わっていない
 受験制度がいわゆる詰め込み教育の成果を問うものであるのに、その改革がなおざりにされてしまいました。これでは授業に多少の変更を加えたところでゴール地点が変わっていないのだから教育に内容にが大きく変わることは不可能でしょう。

・授業内容をマイナーチェンジのみで対応しようとした
 週に数回、総合的な学習なるものを行えばそれで生徒の自発的な思考力が養えるというのは短絡に過ぎるでしょう。生徒の論理的思考力を養おうと思えばディスカッションや論文などを各教科で行う必要があります。

・十分な予算をかけていない
 上記の様な授業を行おうと思えばやはり少人数制のクラスの方が望ましくなってきます(例えば小学校で40人の生徒全てをディスカッションに参加させ、40枚の論文を全てチェックするのは至難の業です)。現在の教員数はそれを行うのに全く不十分です。質問者様は教師の手抜き云々を仰っていましたが身近に教員の知り合いがいれば彼らの労働時間を聞いてみることをお勧めします。

>自習や塾に行きたい人は学力が伸びますし、趣味やスポーツなど興味
>のある分野を伸ばしたい人はそれができるはずです。
>選択肢があるのはよいことだと思うのですが。

 数ある選択肢から有意義なものを選び取り主体的に実行できるという人間は大人でも決して多くはありません。選択肢の中には、一日中ネットゲームに耽ることも、TVを観る事も含まれています。子供たちに指針を示すべき親たちが先進国屈指の労働時間に喘ぎ、子供に構う暇も余りとれずにいるのですから、ただ選択肢を丸投げにするのも考え物でしょう。

投稿日時 - 2008-02-20 09:07:34

ANo.15

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回答(21)

ANo.21

ゆとり教育の主眼は、総合的学習の時間を導入すること、
いわゆる、調べ物学習や自由研究を時間割の中に入れることだったのでしょう。

知りたいことがある→学習をする→知りたいことが増える→さらなる学習
ということが、したかったのだと理解しています。

授業時間の削減の目的は、質問者さんがおっしゃっているように、
生徒が時間を好きにつかえるようにするため、
さらには、生徒が個別に行っている学習へ対応する時間を教師へ与えるためです。

学校での勉強が社会へ出てからどう役に立つのかという風潮は、
生徒が抱く期待に格差が生じているということを示しています。
これについては、別途方策を探る必要があるでしょう。

学校で勉強をする方が得だ、という判断のための材料を揃えることはできるでしょうし、
そのことにより平均的学力が向上するでしょう。
近代教育における基礎学力が備わっていれば、
本人が進路を選択するに際して、その選択肢の幅が広がることになっています。
勉強ができるから、これをやってみよう/これがやりたい、
と生徒が判断するという仮定の上に成り立っているわけです。
基礎ができる→それに基づいた学習が可能→さらにそれに基づいた学習→
という形で学校教育が行われていますが、
可能ではあるけれども、やらない/やりたくない、といった判断に対して、
総合学習が導入されたのではないでしょうか。

三割削減のゆとり教育導入まで、授業時間は減少を続けてきていますが、
どの時点においても勉強をしない人はいたわけです。
勉強をしない人のそれぞれの動機に対して対処をするのか、
近代学校教育においては、基礎からはじめれば勉強は誰でもできることになっていますから、
無理矢理やらせるのか、そのどちらを選ぶのか、両方か、そこが問題の所在でしょう。

しかしそれでも、そこには受験勉強という学校と塾での二重の勉強が行われているという現実があります。

投稿日時 - 2008-02-26 12:34:59

ANo.20

学力が下がったのがゆとり教育が原因であるとは言えないと思います。(大手予備校の調査でも発表されてますよね?そうでなくても、そもそも平均的な学力は下がる前提ですよね?)
ゆとり教育が本来ねらった目標を達成できなかったという意味でやはり失敗だと思います。

その原因は大きく2点あるように思われます。

ゆとり教育の本当のねらいをきちんと説明できなかったから

ゆとり教育の目的を達成する手段として、しかるべき研修を教員に行わなかったから

この2点につきると思います。

1点目
子どもにゆとりを持たせるためという2時的な目的を全面的に押しだし、大量生産方式では今後インド中国と競争して勝てるわけがない。1万人の優秀なマニュアル人間より、1人の天才を育てる教育という本来の目的をきちんとつたえなかったため、多くの誤解が生じた。

2点目
ただでさえ、教員は研修がほぼ皆無で現場にでる職場であると言われていますが、(他業種からの転職組はたいてい驚きます)教員本人が受けてきた教育を元に教員という仕事を行っています。

 自分が生徒として体験したことがないことに関して、研修なしでまともな成果が出ると考えたところが決定的な失敗の原因です。

投稿日時 - 2008-02-23 18:20:45

ANo.19

ゆとり教育はどうして失敗したのでしょうか?

私が思うことは
ゆとり教育が『失敗』した『成功』したの問題ではなく
(『失敗』『成功』の問題では無く) 
ゆとり教育がなにを生み出したか?

私、もし今。
時間にゆとりがあるとしたならば先ず勉強します。
もっともっと時間にゆとりがあれば
スポーツにも没頭したいなと思います。
それは今の年齢(25)になって思えた事です。

学生の頃に
時間の使い方
勉強、学ぶことの大事さ、
考える事の大切さ
とかとか、
を教えてくれる身近な人が居たら
もっと沢山勉強していただろう
当時、空手やってましたけど、本気で打ち込んでいればプロになれたと今更になって思って^^;心残りです。
今何がしたいか?将来何がしたいか?
自分個人として何が出来るか?
その為に何が出来るか?何をするか?
色々考えることが先ず必要なのではないか?と思います。

1、自分なりに考える。
   変な人には相談しちゃ駄目
2、ある程度答えを出す。
   あくまでも自分なりで良いと思う
3、目標を見つける。
   簡単でも良いからしっかりと目標とする!と良いと思う
4、そして実行に移す。
  無理をしない程度に頑張る!実現させたら必ず良い事あるから
順序を踏まえて、実行に移す時になってからようやくと
ゆとりの出番。(ゆとり=時間)

悩まなくなったり 答えをごまかしたり
人のせいにしたり 考えなくなったり
成長する為には必要な事ってあると思います。
まず基本を教える事が最大の教育と思う
基本の出来る人にとっては
『ゆとり教育』ゆとり、時間の使いかた
自主性をもてる最良の教育システムになるのではないかな?
と思いました。

教師の教え方に手抜きもあった。

私の奥さん。ゆとり教育受けてましたけど
「ねぇねぇOOってさ、ゆとり教育だったよね?どうだった?変化とか思った事とかあった?」と聞いてみた所
「ん?休みが急に増えたくらいだよ♪」と言ってました。
奥さんのゆとりが今の私を支えてくれているのだなと思った。

投稿日時 - 2008-02-23 06:01:05

ANo.18

すでに多くの意見が出ておりますので、簡単に意見を述べます。

ゆとり教育は理想でしょうが、社会生活に必要な基礎学力(知識)を身に着けないで進級(卒業)させたシステムを確立したことが大失敗だっと判断します。週休2日制の導入に伴い夏休み・冬休み・春休みの短縮しなかったため絶対的な授業時間数の欠除です。一方、日本社会はグローバル化と称して世界的に活躍できる人材の需要があるにもかかわらず、結果としては国内教育は正反対の教育をしていた。

人間は生来怠け者なので、「ゆとり」などと称して楽な道を与えれば多くのヒトはそちらに行ってしまいます。平等をモットーとした中央集権国家の我が国では、文科省の指針(方針)には反対するヒトは少ないと思います。回復するには20年近くかかるでしょうが、将来、我が国が生き残るためには仕方ないと思います。

投稿日時 - 2008-02-22 15:59:17

ANo.17

問題があったのは、ゆとり教育というよりも、そのベースにある学力軽視の風潮でしょう。

私が小中学校の頃、学校の教師から、「学校の勉強なんか社会に出てから役に立たない」と、よく言われたものです。教えるほうがそれなんですから、教わるほうもそれなりにしか勉強しません。勉強ができることがむしろ悪いことのように扱われ、ドラマなどでは勉強ができるやつは決まって悪者、そして学力が高い=人間性が無い、というようなステレオタイプもできました。結局のところ、学力は人間が生きてゆく上で大事なものだ、という世界中の常識が、この国では通用しなくなってきました。
残念ながら、ゆとり教育というのはそのような学力軽視の流れから出てきたものであり、その根本から問題をはらんでいたといっていいでしょう。

その結果として、学力の低下が顕著になってきたわけです。それが顕著に表れ始めて、学校も、行政も、マスコミも、国民も慌て始めたのがここ最近のことでしょう。

http://www2.ttcn.ne.jp/~honkawa/3940.html

別の調査でも、学力そのものよりも学力に対する「意欲」が、日本では極端に低下していることがわかってきています。

http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo0/toushin/07020115/001.htm

ゆとり教育の方法論は、決して間違っているとはいえないでしょう。使い方次第で、強力なツールになりえることは私も感じています。ですが、冷静に状況を見ていれば、今のありさまは容易に予想できたことです。いわば、目に見える家そのものよりも、その基礎がもともと腐っていたから、家が傾きだしたのですが、いまだにその基礎が腐っていることに、大多数の国民は気づいてすらいないでしょう。

本当の病根はそこにあると、私は考えています。

投稿日時 - 2008-02-21 21:18:05

ANo.16

 教えてGooも、すっかり荒れてますね。罵倒・中傷ばかりで最近は参考になる回答がほとんどなくなりました。こちらもなるべく早く回答受付を閉めた方が良いです。回答を読む限り、プリンスホテルが日教組を断った理由は決して右翼のせいばかりではないと思えますね。

 私の経験ですが、教師の教え方の手抜きは相当にあります。どうしようもない教師も非常に多いです。でも、公立校の教師の質の悪さは戦前からです。最近の話ではない。とすれば、最近の学力低下の原因は他にもあると考えるべきでしょう。
 私が生徒だった30年前は、教師の間違いを生徒がその時に指摘できました。教科書を見れば、一目瞭然だったからです。野口教授が「超勉強法」で指摘されたとおり、教師の間違い自体重要な勉強となりました。ところが、今の公立小中校は、教師が間違っても、生徒達に間違いと分からない状態です。教科書を見ても分からないからです。原因は教科書が分からないように作られているから。指摘できるのは塾で別途勉強している子だけなんです。
 教科書は学習指導要領に基づいて作られていますが、この現在の学習指導要領が子供を勉強の出来ない人にするように極めて巧妙に設計されているのが学力低下の最大の原因だと思います。このような教科書を見ていると「ゆとり教育」の目的の本質は、格差社会の維持にあるようにしか思えません。もし本当に「ゆとり」が目的ならば、国立・私立の中高一貫校は閑古鳥が鳴いててもよさそうですが、現実は大盛況ですし、東大合格率も中高一貫校が90%を越えていますし。

 試しに、書店で中高一貫校用の参考書と中学校用・高校用の参考書を比較してみて下さい。いかに中高一貫校の参考書が内容が厚い上に分かりやすいかが理解できると思います。さらに、中学校用の参考書と教科書を比較できれば、公立校用の教科書がいかに分かりにくいかが確認できます。
 さらに教科書にないが、教えてもよい(というより入試に出しても良い)発展的学習というものがありますが、難関校ほどこの領域から出題されます。しかし、ここまで手を伸ばせる公立校教師はいないでしょう。まわりませんから。

 それから本題の「ゆとり」ですが、実感としては子供達のゆとりは却って減っています。質問者は何時頃帰宅していましたか?私は午後3時には帰宅していたと思います。今の小学生は早くて午後4時過ぎ、午後6時近くなんてしょっちゅうです。理由はと言うと「行事の練習のための居残り」「プリントが間に合わないための居残り」「先日の病欠の時にやれなかった作業の居残り」。つまり、子供達にはゆとりなんてないと言うのが実態です。ただ、これも地域格差が激しいようで、地方より都市部は無茶苦茶なようです。

 小学生の子供達の塾の開始時間も遅くなり、開始午後7時で終了午後10時なんてのは当たり前です。子供にすれば「ゆとり」なんて嘘ですよ。今の子供は塾もスポーツも命を削りながらこなしているのです。そうしないと、国立・私立の子供に全く歯が立たないから。
 それじゃ子供達は日中何してるの?と言えば、主要5教科は一日に2時限あれば良い方で、後は行事の練習や車いすの押し方の練習、交通教室、街探検やそのまとめのグループ学習、と一体何してるのか、さっぱり理解できません。でも休めば内申に響きます。子供達は受験に全く無関係だと知りながら、学校で10時間近くも耐えている訳です。

 でも教師も大変ですよ。私のまわりでも責任感や思いやりのある教師が次々と校長や教育委員会からの圧力で辞職に追い込まれています。教育委員会に評価されているのはどうしようもない教師ばかりです。しかも、生徒達からの集金まで負わされて(これって本来学校の事務担当の職務だったはずですがいつの間にか教師が全部やらされているんですね)、まともな人は精神的にもたないです。

 それでも何とか、現状を打破しようとする教師もいます。東京都杉並区立和田中は都教委の反対を押し切って「夜間塾」を始めました。校長の未来の昇進はもはや絶望的なのかもしれませんが、彼の悔しさの一端は推測できます。杉並区には都立高校の中でも難関校と呼ばれる高校が複数あります。でも自分の中学からなかなか入れないんです。入った卒業生も「塾のお陰」と言います。自分たちが残業までして一所懸命教えても、それが近所の高校の入試に対してすら全く役立たないのです。

 「ゆとり教育」は失敗したのではありません。文部科学省の目論見通り、学習指導要領に従わざるを得ない公立校の学力低下、つまり国立・私立との越えがたい学力格差を生ぜしめたという意味では大成功です。
かわいそうなのは、指導要領をいじくることで、実際はやっていない単元を記録上ではやったことにされてしまう今の子供達です。

投稿日時 - 2008-02-21 09:57:13

ANo.14

「テストの点数だけが評価基準ではない」という詰め込み教育批判をかわすためだけのもので、替わりの評価基準を用意しなかったのが一番の問題。

 いままでのゴールをとっぱらってしまったのにコース自体は従来通りとなれば、結局同じ方向に向かうしかない。なのにゴールがないから誰もゴールできなくなってしまったという感じかと。

投稿日時 - 2008-02-20 01:59:58

ANo.13

ゆとり教育に問題があるよりも
教育そのものに、目的が明確に示されてないことが
大問題だと思います。
何を教育するのか、どういう人間を育てたいのか
全く示されてないでしょ?
個人的には、教育とは人を育てることだと思ってます。
その為に、勉強やスポーツをさせるわけなのですが
目的は、人を育てることですね。
世の中で、使い物になる人間や、独り立ちできる人間を
育てることが、教育だと思います。
親の目的もここのはずです。
そこに気がついてないように思われます。
ついでに、ゆとり教育の最大の問題は
週休2日制であると思います。
世の中で、週休二日制を取れる人なんて
そうそういるはずもなく、自営業の人などは週休二日制どころか
休みなど考えてられないですよ。
今の教育の形で育って人たちは
週休二日制のない場所で、働いていけるのでしょうかね?
それと学力についてですが
授業時間を入れ物にたとえれば、器を小さくしたと言うことです
今までの料では、中身がこぼれてしまいますので
中身を減らしました。
ですから、中身を減らしたのですから
ゆとり教育を求めた時点で、学力の低下は
問うべきではなかったですね。
一番迷っているのは、文部科学省だと思いますよ?
まず、土曜日の学校を始めるのが、先決だと思います。
そして、日本中の子供たちがが同じ環境ではないと言うことに
気がつくべきですね。

投稿日時 - 2008-02-19 22:17:38

ANo.12

ゆとり教育といっても、実際は詰込教育の詰め込む量を減らしただけだったのが問題でしょう。
学校の授業時間を減らすのなら、より効率よく勉強する方法に変えるべきでした。
そのためにはなんでも暗記でなく、自分で考え応用を利かすことを教えなければいけなかったのです。
当然暗記する量が減って、他に何もしなければ学力が落ちるのは当たり前でしょう。

投稿日時 - 2008-02-19 16:43:55

ANo.11

>時間がとれるので、自習や塾に行きたい人は学力が伸びますし、趣味やスポーツなど興味のある分野を伸ばしたい人はそれができるはずです。
>選択肢があるのはよいことだと思うのですが。

本当に全ての子供に選択肢が有ったでしょうか?
その選択肢は子供に必要なものだったでしょうか?

家庭教師を付けたり塾に行けるのは経済的に余裕のある家庭だけです。
趣味やスポーツも全ての子にそういう興味が有るわけではないです。
家庭で教えようにも親に教師並みの能力が有るのはごく一部です。
そもそも、共働きなど親に時間がない場合が多いです。
子供が選んだとしてもそれが適切かどうか、判断する人がいません。

そういう環境を持っていない家庭の子は、余った時間を遊んで過ごすことになったのです。
授業内容や時間数を削られて、そのフォローをしなければ学力低下を起こすのは当然です。

結果として、子供全体のレベルが下がったのでなく、余裕のない家庭の子供の学力が更に下がったのです。
経済力の格差が学力格差となってしまったのです。これは教育の機会均等という前提を崩す大失敗です。

ゆとり教育の本来の目的を遂行するためには、どんな子でも実践的な経験や必要な補習を受けられるように
選択可能な様々な補講や体験学習プランを用意すべきでした。

でも、政府は自分らの負担を軽減する授業時間削減は行っても、負担増加となるプラン策定を行いませんでした。
自分たちが楽をしたツケを家庭に押しつけて知らんぷりしたのです。
一部の裕福な家庭ではフォローのために教育費増となり、多数のそうでない家は学力低下を起こしました。

この国の「ゆとり教育」が理想とかけ離れたものになった原因は、政府の手抜きです。

投稿日時 - 2008-02-19 12:52:39

ANo.10

親が二人教員です。

ゆとり教育の失敗(というか、今現在の教育の悪化)の原因は
現場をしらない文科省
現場をしらない親
現場をしらない・・・
と、現場を知ろうとしない人間のせいですよ。
大多数のまともな教員は、授業数削減、内容削減、総合学習の導入、等などの話が出た時点で「はぁ?」と思っていました。
それを今になって"教員がなまけたせいだ"ですか。呆れてものも言えませんよ。

内容削減といっても、実際削った上で、低学年でも理解できるだろう事をどんどん後ろへ後ろへ詰め込んでいる状態です。小学校6年生をもった教員がどれほど大変かわかりますか?
一人の人間ができることには限界がありますよ。

私の親は10年ほど続けて高学年を持っていました。
私は、

保育園では一番最後まで残り
小学生の時から鍵っ子
家庭料理よりもファミレスの方が多い
学校行事(運動会や授業参観、卒業式等)に親が来てくれる事はほとんどなし
親と一緒に親子らしく過ごせる時間は、一年で唯一正月の夜だけ

という環境で育ちました。
これで、教員が怠けているなんて言われたら…正直腹が立ちますね。

投稿日時 - 2008-02-19 06:12:47

ANo.9

「ゆとり」と言うのは気持ちの問題です。
金額に定量できるお金にゆとりがあるかどうかでも、貯金が500万円あればそう感じる人もいれば、1億円あっても「将来が不安」という人も居ます。
そういった心の問題に、結果責任を問われない世の中を知らない役人が指示を出して、改善された試しはありません。
日本の歴史でも、質素倹約を無理やり押し付けた享保の改革は全く効果が無く終わっています。
そもそも「ゆとり」を規制(制限)によって得ようとする発想自体が誤っています。

投稿日時 - 2008-02-18 16:02:45

ANo.8

今小学校の登校日数は1年間で約190日です。ゆとり以前は約240日でした。
加えて、それまでなかった総合学習なんてものが割り込んでいます。
登校日数には、始業終業式、運動会、音楽会、や先生の研究大会で通常授業の無い日も含まれますから、実際の授業日数はさらに少なくなります。

足りない部分は、家庭学習で補うのは当初から織り込み済みでした。
当時の文部省のゆとり教育の小冊子には、家庭で父親が子供の勉強を見ている姿がイラストで掲載されていました。

>選択肢があるのはよいことだと思うのですが。
確かに能力のある子供を伸ばすには良いことかもしれません。
英才教育を始めるのには早すぎる事はありません。
スポーツ競技でも、音楽でも一芸に秀でた英才を育てるのに小学以前から皆さんお金をかけていますね。
野球しかり、サッカーしかり、フィギィアスケートしかりです。
そうそうゴルフも早いうちから育てるようになっています。
これら英才は小さいうちから厳しくそだてるのに世間から「詰め込み」とか、「遊ぶ時間がなくてかわいそう」とかいわれませんね。
しかし、誰もが励めば有る程度高いレベルを得られる勉強については…
『かわいそう』と呼ばれる風潮があります。
スポーツや芸術、勉強も同じなんですがねえ。

>学力低下は、学校での教師の教え方に手抜きがあったのでしょうか?
授業時間数は減っても基礎は同じくしっかりと教えなければならないのですが、それは教える側にも通常より高い能力が求められます。
手抜きがあったというより、能力が無い教員の限界がよりよくクローズアップされるようになったのです。
戦前のように教員養成の専門学校があるわけでなく、大学の一学部としてあるだけですし…教員免許など種類によっては短大卒でも取得可能です。
免許さえあれば教員採用試験にエントリー可能です。
雇用側の自治体にも、安い号俸で雇用できる短大卒やその他大学でオマケで取得した人を採用するメリットがありました。
ですから、いくら志をもって教育学部を卒業しても任用にならない方も沢山います。
そうなると自然の摂理で教育学部に優秀な学生が集まりにくくなります。
各大学の学部別偏差値も教育学部が高いわけではありません…

結局ゆとり教育で、子供はゆとりがなくなり、親も財布にゆとりがなくなり・・・
ゆとり教育の一番の恩恵は、よからぬ欲望を満たす為に教職を選んだ教員にあったというお粗末ですね。

余談ですが、昨年の学力テストで小学生は成績が良かったけど、中学生がワーストランクになった県があります。
実は、その県は小学の成績上位は殆ど私立に進学するのが当たり前という県です。
そして、公立校の教員の子供は例外なく私立に進学しています。
笑えない本当のお話です。

投稿日時 - 2008-02-18 12:07:23

ANo.7

失敗してないと思うよ。
元々、学力の低下はあったわけだし、国際的に評価しても他の国が学校を整備してきたから上がってきただけで下がったからと言うわけではないでしょう。
それに学力調査なんていくらでも改ざんが利くし捏造なんて定石でしょう。
今までの日本の学力調査も疑わしい。
第一、大人自体が見失っているんだから子供が見失わないはずが無い。

昔なんか、どっかの大人の団体さんが学校に乗り込んで警察騒ぎとかあったしね。
そして、ある教師が面白い事を言ったらいきなり転勤とかね。
教師でも何故か特別待遇の教師が居たりとかね。

そもそも、明治に学校を開いたら大人どもが打ちこわしや焼き討ちを平気でしてたんだから子供に良い影響があったとは思えませんがね。
それからと言うものの、某団体が機関紙とか売りに来るわ、教科書を買わすだの学校は大変だ!
学校の意義は大人の悪意をもっとも受けやすい事なのかもね。

提唱者は意外と優しい人だな。

投稿日時 - 2008-02-18 01:55:06

学力低下というのは、たんに「学校で教えられることが少なったり、学校で教える計算ができなくなったり、学校で知る知識を持たなくなった」とかその程度の意味でしか使われません。
授業時間が減ったのですから、上記のような事態が起こるのは「あたりまえ」です。なのに、何故「学力が下がったからゆとり教育は失敗だった」と言われるのかが、私にはわかりません。

学力というのはテストで測れます。
趣味やスポーツの興味のある分野を伸ばしたとしても、そんなもの測れません。政治家というのは、何故か「測れないものは存在しない」と思っているらしく、「学力が低下したからだめだ」などと言いだすわけです。


たとえば、私が小学生でもし授業が減れば、そのぶん友達とゲームをして遊びます。私はそれでいいと思いますが、何故か教育関係者は「それじゃだめだ」と言います。
また、今まで地域で交流がなかったのに、時間があれば地域との交流が生まれるだろう、という考えもあったようですが、いきなり生まれるわけがありません。時間がいくらあっても人は仲良くもない人にいきなり会いにいくことはないからです。

問題は、学力以外のものを高めようと提案したのに対し、学校が政府などが本当はそんなものに興味を持っていないことです。そして、その価値を認めようとしないことです。そして、もっとも愚かなのは、そのことに気づいていないことです。
冗談でもなく、学校や政府は「ゲームでもやってれば?」と言うべきです。ゲームは読書やスポーツでもいいですが。

ゆとり教育は、教育というものを何とかすれば趣味やスポーツを高めていけると考えたことです。それらは、もはや学校教育という範疇のものからいくらかは抜けでているはずのことなのに、彼らは教育を変えればそういうものを変わると思いこんでいるのです。

「学力」なんてものすごい狭い価値観です。学校で教えられることを理解できるかどうか、ということだけです。

>学力低下は、学校での教師の教え方に手抜きがあったのでしょうか?

授業時間が10から9になったら、学校側が定義する学力が下がるのは「あたりまえ」です。私の考えでは、教師の教え方がどうとか、そういう問題ではないと思います。

投稿日時 - 2008-02-17 20:45:18

ANo.5

ゆとり教育は間違ってない。

親が問題。
親の頭が変わらないとだめ、教育は学校が与えるものが間違い。

投稿日時 - 2008-02-17 18:13:06

ANo.4

とどのつまり、「ゆとり」になっていなかっただけだと思います。
ゆとりが手抜きになってしまっていたのではないでしょうか?

>時間がとれるので、自習や塾に行きたい人は学力が伸びますし、趣味やスポーツなど興味のある分野を伸ばしたい人はそれができるはずです。

おっしゃるとおりです。しかし!
「ゆとり」という言葉に惑わされたのです。いわば勘違いです。
問題は大ありでした。

そもそも「ゆとり」ということを考えた場合、
では、「ゆとりある生活」というのはどういう生活を言いますか?
例えば通常お父さんが給料袋を持ってきますよね。
中には50万入っているとしましょう。
同じ50万でゆとりある生活するにはどうしますか?
そうですね!、無駄な出費を削ってその分で焼き肉食べたり
旅行いったりすることですよね。
でもお父さんは同じ仕事をしますね。

もしくは今まで通り無駄なお金も使うなら
お父さんに60万の給料取ってきてもらう必要ありますね?

ゆとり生活だといって、
お父さんも9時出勤を10時にして、仕事も
暇な仕事に変えて、お父さんもゆとりある仕事をして
同じ給料取れますかね?
その給料でなおかつゆとりある生活はできませんよね?

何がいいたいかというと、
時間を減らすなら内容濃くしろ!ということです。
授業時間を減らし、さらにその授業内容まで
薄くする。
学力下がるのはあたり前じゃないですか!

学力が下がるということは、思考力が低下するということなんです。
思考力が低下すれば間違った判断を下しやすくなります。

その証拠に、哀しいことですが学歴が低ければ低い程やはり犯罪率は高いです。大卒と中卒では圧倒的に殺人犯は中卒が多いです。
これも勉強しなかったヤツが多い結果です。

バカはヤンキーやってみたり、暴走族やってみたり・・。
学校でトップのヤツがヤンキーやってるなんて見たことないです。
(全国で1人くらいはいるかもしれませんが・・・)
学力ないヤツはその行動もやっぱりバカでしょ?

従って、将来バカが国を運営するようになっちゃうわけです。
バカがバカを政治家にしてしまい、バカが役人になるんです。
(もっとも、今でもバカですが・・もっとバカがそれになっちゃいます)
すると、国力は極端に減退していきます。

話ははずれましたが、
ゆとりをやるなら、どちらかを減らすならどちらかを増やさなくちゃ
いけないわけです。
趣味やスポーツやるために授業時間を減らしたまでは良いですが
その内容まで「ゆとり」だといってうすめたのが原因です。
円周率、3.14じゃなくて3で計算でしょ?
それじゃあ6角形の面積と同じになっちゃいます。
ちょっと頭のいい子は
6角形と円ではどう見たって円の方が面積大きいだろ?
なぜ同じなの?と思うでしょうよ!

ここに問題があったんです!

内容うすめるなら授業時間を増やすべきでした。
どこかにゆとりを持たせればどこかを濃くなければならないんです。

全部ゆとりにしちゃいましたからね・・・。

>学力低下は、学校での教師の教え方に手抜きがあったのでしょうか?

故意の手抜きはないとおもいますが、必然的に手抜きになりますよね。
内容が薄くなれば先生だって勉強しなくなります。
だいたい、子供のバカが目立たなくなりますから、その子を持ち上げようとはしないでしょ。懸命にはなりませんよ。
半径×半径×3で良いんですから、多少バカでもわかるでしょ。
するとバカと出来る子の差が見えなくなるわけです。
先生も危機感が薄れます。結果手抜きになります。

投稿日時 - 2008-02-17 18:11:45

ANo.3

ゆとり教育の前に 
ランク付けをやめようみたいな動きがありました。
手を繋いでゴールするとか、リレーはしない等--

その後のゆとり教育なので
親も子供も勘違いしている人が続出しています。
先生も強要できない状態なのでどうにも動けません。

「ぎゅうぎゅう勉強しなくていい」状況を
「皆同じだから やらなくていい」「すくなくても十分」だと
こどもが勘違いしてしまっているので、大人が何を言ってもききません。

小学校に入って ゆとり教育 から学校生活が始まったうちの息子。
一番バカな世代の代表です。どうしましょう。

>塾に行きたい人
都市部なら可能ですが、イナカだと全部親の送迎が必要だったりします。
時間だけでは解決しません。

まずは子供に勘違いさせたのが大きな誤りだと思います。
親の世代に関しては 何歳も違ってくるのでなんともいえませんが
一番生徒数が多かった時代の私の経験からだと
親ばかり焦ってどうにも胃が痛い状況です。

投稿日時 - 2008-02-17 17:51:47

ANo.2

っていうか、ゆとり教育自体、学力でない物の充実が目的でしょ?
それなのに学力が落ちたからゆとり教育は失敗ってのがおかしいと思いますね。

誰が何を考えて物を言ってるのかさっぱり理解できません。

投稿日時 - 2008-02-17 17:41:49

ANo.1

>学力低下は、学校での教師の教え方に手抜きがあったのでしょうか?
貴方のように、自分たちに都合の悪いことは何でも学校のせいにする連中のせいですよ。
ゆとり教育の前は、詰め込みといわれてもそれなり時間的余裕もあったし
自分で学習する時間もありましたよ。
ただ、何か学校に関する問題が起きたときに、貴方のような
>>学力低下は、学校での教師の教え方に手抜きがあったのでしょうか?
と、学校の詰め込み授業のせいで人間性が失われたのだ、と声高に叫んで
実現させてしまったのが「ゆとり教育」です。

「ゆとり教育」といっても、授業数がそのままでは絶対に無理ですので
「授業数を削る」→「やらなければいけないところまで出来ない」→
「学力が落ちる」→「全体の学力が落ちる」
この繰り返しです。
ゆとり教育の方針が決まって、土を休みにすると決めたころには
「ゆとり教育のままでは日本人の子供の学力はガタ落ちになる」
とず~~~~~っといわれていたことですよ。

>時間がとれるので、自習や塾に行きたい人は学力が伸びますし、
>趣味やスポーツなど興味のある分野を伸ばしたい人はそれができるはずです。
理想論ではそうでしょうが、現実はその通りには行きません。
塾にいきたくてもいけない人や自習では勉強のはかどらない人たちもたくさんいますし
勉強の合間を縫って、趣味やスポーツをするからこそ集中できるというものです。
本来これからは、学校生活とは別のプラスアルファの部分であり、学校の勉強を
おろそかにしてまでやるべきことではないはずです。
学校での勉強を、基礎からしっかりやっておくのが本筋というものです。

それを、教育評論家や人権家などがさせないように声高に言ったことを
政府の官僚がその声に負けて作ってしまい、その指導要綱に従った
教育をやらされた学校のせいだけにするというのもおかしいのでは?
とご自分でお思いにならないのでしょうか?

お思いにならないのならご質問のようなことを言う筋合いはないと思いますよ。

投稿日時 - 2008-02-17 17:24:00

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