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いじめ問題

中学、高校のいじめは、今でも多いですよね。私の子供の学校もいじめがとても多いです。学校側は、何もしてくれないし、まず、いじめをなかなか認めず、いじめがエスカレートし、手遅れになり、子供が学校に行けなくなり学校側がわかったとしても、それでも認めないですよね。いじめをした親も、うちの子は、何もしてないのにかわいそうと自分の子供をかばいます。私の子供は、いじめにより自殺まで追い詰められ回復するまで約一年かかり学校になんとか行けるまでなりました。いじめについては、やっぱり停止処分などの罰則を取り入れてほしいですよね。いざという時には、親にかばってもらい、またいじめを繰り返すので、本当に悪質です。何か良い方法は、ないものかと思います。

投稿日時 - 2007-11-19 17:47:31

QNo.3530956

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回答(13)

ANo.13

いじめっ子を停止処分にするのは、本来教育機関としてやってはいけないことだと思っています。いじめっ子を適切に指導するのが教育。それができないからと登校停止などするのは、教育責任の放棄ではないでしょうか
僕は「いじめられる側にも原因がある」と勘違いした大人が多いことが、問題がなくならない原因だと思います
子供の問題は大人の問題。子供より先に大人を教育すべきかと

投稿日時 - 2011-02-19 18:29:02

ANo.12

全国いじめ被害者の会の会長さんに相談すればいいと思う。凄腕です。あの方に助けられた子どもの大切な命は5200人です。

投稿日時 - 2009-12-18 17:53:35

ANo.11

いじめは根の深い暴力です。鶏だって弱い個をつついて殺してしまいます。貴方はよく我慢しましたね。
私の場合、実子ではなく姪御の件でしたが、まず弁護士に相談し、場合によっては相手両親に賠償請求を匂わせ、まず校長、副校長、担任を自宅に呼び土下座させました。そしてこれから私が行動に移すことを(法的に)説明しました。私の話が終わるまで3人には頭を上げさせませんでした。校長から親たちにもその旨連絡をさせました。
翌日、アポなしで学校に出向き加害者男子3人と話がしたいと告げました。(書き忘れていましたが公立高校です)
3人を並べ「ほう、君たちか? これからもやるのか?」「いえ、もうしません」「それだけでは足りない。卒業するまで私の姪を護れ」と命令しました。「もし今後○○がいじめに会ったらお前らに責任を取らせるぞ」と釘打って終わりにしました。親たちにもその場で電話させ後日謝りに来るよう告げました。親たちは数度、謝罪に来ましたが、家には通しませんでした。
私が言いたいことはもう判ってもらえたと思います。子の為ならどんな手段を使ってでも護るのです。暴力や恫喝は必要ありません。どれだけ腹を括るかです。私の行動、発言は弁護士にも伝えました。同意を得られました。
全てが一つのやり方で解決できるとは思いません。
しかし、失礼ながらいじめに合いご両親も一緒に怯えているのでは?
それでもやまない。向こうの親も反省しない。そのときは当然とるべき方法があるはずです。実は私の息子も来年その高校を受験します。
子供が危ないとき、親が怖がっていてなにができますか?

投稿日時 - 2008-08-07 01:44:48

ANo.10

はじめまして。今できることとして、カウンセラーとの連携、教育委員会への相談などはいかがでしょうか。

教師になる予定の学生です。いじめは、絶対に許せません。私は、いじめ問題の解決を、勉強ができて東大にいけることよりも、はるかに重要なことだと思っています。私の中学校の先輩は、いじめによる自殺でなくなり、テレビで全国報道されました。

中学校では、その反省から、いじめを防止しようと呼びかける「委員会」ができていて、私の代ではその委員会が「いじめストップ」の呼びかけを学年集会や学校集会のときにしょっちゅうやっていました。
そこで、私の時には、いじめはやめよう的な雰囲気ができていたと感じます。


いじめ問題自体の(長期的な)考察を以下に書いてしまいました。
暇なときにでも読んでください。即効性がなくてすみません。


私の中で、思っていることがあります。一つは、現在の学校教育では、批判的に考えたり、批判することは教えても、「貢献すること」を教えません。「友だちの為に、学級の為に、学校の為に、社会の為に貢献すること」「貢献する喜び」「人を喜ばせる喜び」を伝えていきたいです。私は個人的に生きる上で人間として大切なことは、『4つのこと』だとおもっています。それは、「生きること」「愛すること」「学ぶこと」「貢献すること」です。これらの普遍的価値を伝えていきたいです。個人的なことですみません。(個人的に解決策の一つだと思っているから書きました。)

学問的な観点(教育学)から書くと、現代は「他者の喪失」が指摘されています。つまり人(他者)を人(他者)として見ていないということです。例えば、マクドナルドの店員さんを、感情を持った【人】として見るというはむしろ、【マクドナルドのシステムの部品】と見ているというのです。同じように見ていくと、駅員さんも【電車会社の部品】であり、学校の先生ですらも【人】ではなく【学校システムの部品】にすぎないということになります。
人は、部品ではありません。しかし、部品だらけだとすると、その役割は、「自分にとって役にたつか/役にたたないか」という有用性で人を見てしまいかねません。ましてや、貢献するなんていう気持ちは湧いてきません。
つまり有用性にとらわれない「他者の個体性(その人らしさ)」を現代社会は喪失しているのではないかということです。ある教育学者によれば、「他者の個体性」は、「関係の冗長性」の中から出てくるといいます。「関係の冗長性」とは、ボケと突っ込みのような冗談の言い合えるような笑いあえるような親密な関係性です。多少失敗してもクッションになってくれます。しかし、有用性にとらわれる人間関係では、役にたたない人は捨てられる。「関係の冗長性」が社会から失われると、冗談の度合いがわからなくなったり(いじめに発展しやすくなったり)、無気力になったり、孤独を感じやすくなったりするらしいです。また、少年犯罪にはしる子どもたちの多くは、幼少期に「冗長的な関係性」を経験していないらしいです。

「関係の冗長性」の土台はコミュニケーションです。コミュニケ-ションの中心は、声とリアクション。コミュニケーションの土台は、信頼です。信頼の土台は、「(1)Win-Win精神」「(2)安心感・リラックス」「(3)好意・好感」「(4)ささやかな親切」「(5)見返り、完璧をあいてに期待(要求)しないこと」だと思っています。

「関係の冗長性」と「他者の個体性」を取り戻し、そのために「信頼」を取り戻し、その土台の(1)~(5)を取り戻すことは、これから大切ではないかと個人的には思います。

す~っごく読みにくくて長い文章をすみませんでした。(UoU)

投稿日時 - 2008-02-04 03:06:56

ANo.9

はじめまして。
親子でとても辛い思いをされていると思います。
僕の息子はまだ小学1年生で、イジメとは少し遠いのですが、
僕自身は、イジメで命を落とす必要もないし、
イヤなら学校に行かなくてもOKだと思います。
何故なら、息子が大好きだからです。
肉体的・精神的に追い詰められるくらいなら、
家にいても十分勉強もできるし、
他人とのコミュニケーションも出来ると思いますよ。
そもそも現代の「学校」なんて最初から信用はしていませんから。
又、俗に言う「いじめっ子」もそのまま大人には成長出来ません。
普通に考えても成長できませんよね?
「環境」が悪ければ、自分の方から「環境」を変えるのが
一番早いのでは?
少しキツイ言い方になって申し訳ありません。

要はご両親が子供さんにどれだけ「愛情」を注げるかだと思います。
子供が嫌いな親はいないですが、体を張ってでも「この子を守る」
と言う覚悟が必要じゃないでしょうか?

あくまで、間周りの事や他人の子なんてどうでもイイんじゃないですか?

投稿日時 - 2007-12-21 20:22:06

ANo.8

いじめには”主犯”が特定できることも多いですが、弱者をターゲットとした”邪な行為”がいじめとして成立するのは、周囲にいる無為のサポーターの存在によるのだと思います。。

学校が対処しない、あるいは対処しかねている理由には2つあります。1つはそうした無為の匿名のサポーターの存在により、邪な意図が広く共有され”主犯”の”邪な行為”がくらまされていること。。もう一つは、学校の教育指導がいじめの下部構造の祖型であるため、学校側がいじめの発生するシステムを正しく理解し対処することができないからです。

やや長くなりますが、後者についてはつぎのように説明できます。

近年の度を越した個人主義によって、2000年以降、教育の場にも「自立した個」を謳う教育方針が導入されています(「21世紀日本の構想」)。これにより、子供たちの(教室)社会にも、お互いの「個」に立ち入らない人間関係が教育的に指導されるようになりました(自立した個、すなわち、人に頼らず自力で解決し自身が責任を負うひと、です)。

どうして徹底した個人主義が”均質化した”組織の悪病である村八分を誘引するのか、ですが、、それには次のような原理がはたらくのではないかと思います。教室のような狭い社会に「自立した個」が数多く共存する方法は、お互いが触れ合わないよう小さくなることです。本来なら大きい「個」、小さい「個」が入り混じるはずですが、個人主義には等しい権利を要求できる、という暗黙の”権利”が(おまけで)付いてきます。このため、「個」は排他的に同じ粒度にならざるを得ないのです。同じ粒度の「個」が集まっている=すなわち均質化した社会ですね。。

このことは(教室社会にある)ルールの扱われ方の観点からも確認できます。個人主義を遵守するにはすべての個に等しい権利を保障しなければなりませんが、そのためにはルールの設定とその厳守が不可欠になります。抜け駆けして利得を得るものがないように(ルール違反を)相互に監視する....これが徹底した個人主義下の学校、教室、あるいはグループのルールにおける現状です。ルール遵守の原則を破ったもの、破らざるを得なかったものが”村八分=いじめ”による被害者になるのです。

各個人の事情や背景に頓着しない”等しい権利”の頒布は、かならずルールを守れないものを生み出します。それ以前にルールを設定すること事態、今現在ルールを守っていないもの、将来ルールを破るものを前提にしています(だって、みんながルールを守るのであれば、ルールの存在自体が不要ですから)。。いま、子供たちの狭い社会では、必然的に”いじめ”の構図を生んでいるのです(昔といまのいじめの大きな違いです)。

こうしてこどもたちは学校の教育指導のなかから、いじめの方法を知らず知らず身に付けてしまうことになります。。。

学校側はいじめと教育指導が根が1つのことであると気づいていないため、”弱者であることが良くないんです”、とか”いじめられないようにしましょう”、とか”つよくなれ”といった言葉でいじめの被害者に同一化を求めますが、結局この方法では最後の一人まで同一化を果たさねばいじめは解消しません。

いじめは”主犯”をきっかけに生じますが、これまで教育指導下に訓練されてきた学級がそれを支えるからだ、、というのがいじめの本当の構造だと思います。主犯、クラスメート、学校が未必の共犯となるため、とりつくしまがないんです。

学校、学級といった組織固有の問題ですから、学校をあるいは学級をかわればいじめから脱出することは叶うでしょう。しかし、いずれもできない場合には、家庭と学校に全幅の信頼をおける人を探して、それにすがって(支えられて)いじめを乗り越えるほかないように思います。家庭なら、両親ができましょう。。。学校なら、親友か、特定の心を寄せられる先生になるでしょう。。。いじめに対決するまえ(対決すら避けた方が良いように思えます)に、しっかりとした”支え”を用意すること、、、、このためには”支え”のメンバーが直接手を取り合うことが必要なのかもしれません。

投稿日時 - 2007-12-16 01:30:29

ANo.7

いじめは、いじめっ子が精神的に弱いときにおこります。でも、子供はみんな弱い物です。過ちを必ず犯します。だから少年法があって20歳以下の子供は原則として罰しないんです。
いじめっ子はだいたいの場合、学校で他の子からいじめられたり、先生いじめられたり、家庭でいじめられたり(つまり児童虐待です)、お父さんお母さんが居ない・・・寂しいよ。辛いよ。って子がします。
なので罰則を強化しても無くならないと思います。
つまりいじめっ子が何が原因でいじめているのかを探さないと解決には成らないと思います。
でも、笑顔あるクラス、学校にはいじめがありません。みんなが笑顔で暮らせる学校、地域になればいいなと思います。
ちなみに僕はみんなが笑顔になるように「挨拶」を心がけています。挨拶をすると、した方もされた方も気持ちいいものです。

投稿日時 - 2007-12-09 18:39:15

お礼

とても分かりやすいです。私もそう思います。いじめっ子の心の対処は、本当に難しいですよね。周囲が気づいてあげる前に、本人も心にいつのまにか重いものを抱えてることにも気づかずに、いじめに走ってるのかもしれませんね。世の中、今、寂しい子供達が増えてるのでしょうね。学校側は、いじめに間しては、カウンセラーの方をやとえば解決と思っているようですが、先生達は、カウンセラーの方に任せっきりで全然心のケアにも解決にもなりませんでした。いじめっ子の親はわが子の寂しさに本当に気づいてほしいものです。いいご意見どうもありがとうございました。

投稿日時 - 2007-12-15 14:45:47

ANo.6

イジメにせよ、被爆者問題にせよ・・

ユダヤ政商らの方針は・・
まずその被害者団体のトップに就任することで、
問題の方向を自分たちの都合のいい方へと進めていき、
都合悪い方への意見はおさえたり、却下する・・

基本的に・・
(1)イジメを受け、心に傷を持ってる人を
 現、ユダヤ政商教育者らは、
 同じ気持ちを理解できるということで・・
 公明文部省方針で、
 子供たちや障害者ら弱い立場の上へ彼らを置こうとしてきた・・

(2)その結果、実態は・・
 傷が真に修復していない人物が、
 さらに弱い立場の者に対し、
 自分が受けた傷を共感してほしいという欲望のまま、
 言葉では世論や平等、権利、教育というのをひけらかせて。。
 言葉で返せない弱者らに
 堂々と傷をつけてるのがあるように思える・・

身体的障害ではなく・・
心理的障害?・・たとえば・・親によるDVなどプライベート体験だから・・
一見、すばらしく、セレブ家庭でエリート教育を受けて育った申し分のないように見える女性がそうであったり・・

彼らは母親に対しての対応も上手い!
言葉での対話マニュアルを学校で学んできている・・
こう言えば、民主主義であり、平和主義であり、平等であるという
マニュアルに沿った対応、発言をして、
特徴は・・
彼らにはそのマニュアルことが民主主義であり、平和主義であり、平等であると言葉で納得しているに過ぎないから。。
それら言葉で規定されたマニュアルを傷つけられることを極度に嫌い、ヒステリックに攻撃的になる・・

彼らは、民主主義であること、平和であること、平等という状態の実体験が無いから・・
または、、それを探したり作ることの術を知らないから・・
言葉のマニュアルだけがこの世で生きる糧になっている・・

そういう危険な人事環境に弱い反論できない子供を置くことは・・・
残酷に思う・・?!?

投稿日時 - 2007-11-27 07:30:10

ANo.5

 お気持ち、お察しいたします。さぞや、お子様も、保護者様も長きにわたって苦しまれたことでしょう。
 いじめ問題に関する取り扱いは、難しいものがあります。いじめを受けた側は、相手側が明らかに加害者であるという認識に至りますが、いじめを行った側の子どもや、その保護者の中には、その行為をいじめとして認識しない、あるいは、意図的に隠したり、ごまかそうとする心理が働く場合があります。これにより、「うちの子は悪くない。」「相手が誤解している。」「言いがかりだ。」等の反論を展開する場合があります。いじめが、教職員の目の前で発生した場合は比較的対処しやすいといえますが、ほとんどの場合は、教職員の目に触れないような場で行われます。このため、学校側は、いじめを受けたとされる側と、行ったとされる側の双方から事情を聴取し、慎重に事に当たることになります。いじめを行った側の保護者が、モンスターペアレンツだった場合、どれほど学校側が丁寧に事情を確認し、加害事実をつかんだ上で指導に当たったとしても、その指導を受け入れることはないと思われます。加害児童(生徒)も同様です。
 結論としていえることは、程度の差はあるにせよ、学校内での指導には自ずと限界があるということです。被害児童(生徒)が自分自身の力で傷をいやすことや克服することが難しいような状態に至った場合は、警察等への相談や、場合によっては、被害届等を出すことも視野に入れて行動されますことをおすすめいたします。その際、いつ、どこで、どのようないじめを受けたのか、という詳細な記録をとっておくことが大切です。
 我が子がいじめで苦しむ姿、一刻も早く解決したいですよね。理不尽ないじめ、あってはならないことだと思います。
 「わたしのいもうと」という詩、ご存じでしょうか。機会がありましたら、是非、お読みくださいませ。
 

投稿日時 - 2007-11-21 22:01:23

お礼

ありがとうございます。とても参考になりました。政治でも今、世の中の色々な問題を取り上げていますが、少子化や、子供の生活環境、いじめ問題など本当に力を入れてほしいですよね。母子家庭、夫の収入が少なく共働きしている家庭。きっと子供は、みんな寂しい思いを抱えて犯罪や、いじめに走るのかなと思ってます。国はとても大変ですが、子供の為に援助してくれたら、親も子供も少しは楽になるのにとおもいます。今、こうしている間でも、全国に、いじめにあい、誰にも相談できず、苦しんでいる子供達はたくさんいるでしょうね。まずは、お互いの親、子供の変化に早く気づいてあげてー!と思います。

投稿日時 - 2007-12-15 15:18:54

ANo.4

この7ような議論が繰り返されている間はいじめはなくならないでしょう。「いじめられた」と言い募って、いじめた?子供をいじめる。
暴力を封じるのに暴力を使うのと同じで、際限なく未来永劫繰り返されるだけでしょう。人間社会でも(動物の世界でも)強者が弱者を、姑が嫁を(その逆も)、兄が弟を、姉が妹を、いじめる・・・生き物の本能に起因するところがあるようです。殺人や強盗も、悪いことと皆が知って根絶できない。
 「いじめをなくそう」との理想を掲げ、そのための努力をするのは崇高としても、現実の場面では、ある程度までのいじめくらいなら、それに耐える免疫耐度を養う事の方がよほど有効ではないかと思われます。病気を直すのにその原因たる病原菌を根絶しようとするより、むしろその抗体を体内に取り入れて免疫力を養う方が効果的なのと同じように。
 私たちが子供の頃に、人生の範として読んだ「立志伝中の人」の生き方は、ほとんどすべてが、いじめに耐え、克服し、人間を磨いたというものでした。「野口英世」しかり「二宮金次郎」しかりです。
 私は、いじめにあうことは人間を鍛える、大いにいじめにあうべし、と今でも考えています。「かわいい子には旅をさせよ」「獅子は生まれたばかりの子供を谷底に突き落とし、そこから這い上がってきたのだけを育てる」・・・今また、味わうべき教訓ではないでしょうか。

投稿日時 - 2007-11-21 06:50:12

ANo.3

いじめを行った本人が一番悪い、という意識が欠如しすぎです。
親達の態度も、問題が多いと思います。

いじめをする・しないっていうのは、学校の教育というより
それまで親が育ててきた結果の部分が大きいと思うんです。
なのに、何でもかんでも学校の教育のせいにしたり
学校は何もしないと批判が集中します。

現在のいじめは、親や学校に見つかると
さらに内に潜ってしまうという悪質な面が強く、
学校としても扱いにくい上に
すべて学校の責任にされて、身動きが取れなくなるのだと思います。

いじめをする子の親は、たいてい○○ペアレンツの確率が高いです。
よって、いじめっ子の親に直談判しても、徒労に終わる可能性大です。

NO1さんも仰っていますが、いじめは犯罪ですので
家庭環境の問題は抜きにして、いじめはいじめ、
やってはいけない犯罪として処理すべきだと思います。
いじめた本人が、一番悪い。
刑罰も、どんどん取り入れるべきでしょうね。

投稿日時 - 2007-11-20 14:23:33

そのいじめとは、携帯を使ったものでしょうか?
どういういじめでしょう?子供によっては、小学校から
高校迄ずっといじめられ通しというのもあるそうです。
状況をもう少し、書かれてみては?私立高校・女子校で
都市部(人口50万以上)で、などです。母子家庭だから
いじめる、とかそういう子供達もいるそうですが。
(日本では、一番標的になりやすいのが、混血の人。次が
いわゆる帰国子女ですね)

投稿日時 - 2007-11-20 01:20:04

ANo.1

いじめは犯罪であることを浸透させることが一番だと思います。
また、学校側が「いじめを許さないと」常に言い聞かせるのです。
犯罪であれば周囲の子供も先生や親に報告すると思います。

いじめ=犯罪=報告
この徹底です。
学校側の強い姿勢が伝われば子供たちは変わります。

投稿日時 - 2007-11-19 17:59:10

お礼

ありがとうございます。今までずっと子供と二人で、いじめのことで学校や、周囲とたたかってきました。特に学校側もあやふやにすることが多く、少しでもそういう考えをもった方がいることは、とてもうれしいですしがんばっていける自信にもなります!私も、少しでも早くそういう教育環境になってくれたらと思います。

投稿日時 - 2007-11-19 18:35:26

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