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締切り済みの質問

人間がヒトを産む権利はあるのでしょうか?

人間は結婚という行事を終えると、女性は高確率で子供を産みます。
「自分の生きた証を残したい」、「家族を増やしたい」、「老後が寂しくない様に・・・」
など産む理由は様々です。ただ漠然と「子供が欲しい」と思って産む人もいます。
しかしどれもエゴの固まりにしか思えてなりません。
周りの目を気にして見栄などのために子供を産む人もいます。
人間は感情のないロボットではありません。自我があります。
そんな簡単な理由で人間がヒトを産んでも良いのでしょうか?
また中には「自分は今幸せだから、自分の子供を産んでその子も幸せになってほしい」
という理由もあるでしょう。
しかし、人生はどっちにどう転ぶか分かりません。+にも-にもなり得ます。
さらに人の幸福感は様々です。
ましてや、この世に本当の幸せなんて存在していないかもしれません。
幼稚園や学校に無理矢理行かされて、受験戦争を勝ち抜くために死に物狂いで勉強し、
今度は自分や家族が生活するために死に物狂いで働いて、老後を数十年過ごした後死ぬ。
この日本での平均的な人生です。人のために人が働き、そして死ぬ・・・
説明不能に生まれ、時がたてば死んでいく。
そんな人生、ただ虚しいだけなのかもしれません。
では反対にヒトが産まれなかったらどうでしょう?
ヒトの産まれる前が「無」であるなら幸福の絶対値は0です。
どちらの方が良いのかは分かりませんが・・・

今日、日本では「少子化」が騒がれています。
税金など色々な問題があるのでしょうが、
とにかく自分たちが将来ちゃんとした生活できるように子供を増やすことに
努めているわけです。
人が生き残るためにヒトを作る。
そしてそのヒトは、人のために上に書いた虚しいだけなのかもしれない人生を
送ることを強いられる・・・


人間は人間に「生」を与えます。
それをちょっと変わった表現をすれば、「命のバトン」ですとか、
「人は愛を紡いで歴史を作る」とかでしょうか。
しかし、それらの言葉は余りにも人がヒトを産むことを美化しすぎで、ある一つの事実を覆い隠している感じもしなくはありません。

当然ですが、人間に「死」を与えるのも紛れもなく人間なのです。


産む理由もなにも、産むのは人間の本能だ!と考えられている方もいらっしゃるかもしれません。
しかし、本当にそうでしょうか?
それは「本能」という言葉を使って逃げているだけじゃないんでしょうか?
人間も動物は動物ですが、人間と他の動物、決定的な違いが有るはずです。


果たして人間がヒトを産む権利はあるのでしょうか?
結婚すると、当然のように子供を産もうとするという現実に疑問を感じていたので質問させて頂きました。
皆様の意見を聞かせてください。
御願いします。
乱文、失礼いたしました。

※ライフ(その他)のカテゴリーで似た質問させて頂いたんですが、もう少し回答を頂きたいので
こちらで質問させて頂きました。よろしく御願いします。

投稿日時 - 2007-04-18 01:39:39

QNo.2929979

暇なときに回答ください

このQ&Aは役に立ちましたか?

12人が「このQ&Aが役に立った」と投票しています

回答(15)

ANo.15

4年も前のご質問ですが、ちょうど今私も似たようなことで悩んでいるので自分の考えを書きたいと思います。

私自身の主たる考えは、
「現在の日本の共通であると思われる倫理観から見て、親が子供を産むという選択(=子供の誕生を子供に代理しての選択)に対しては、一人二人の人間が背負うには大きすぎる責任が伴う。それにもかかわらず子供を産むことは人として当然という風潮は、社会全体の矛盾なのではないか」
ということです。

現在の日本の文化では、本人の同意なしに選択を「してあげる」ことは、いけないことであるというのが常識ですよね。例えば、ある会員サービスがどんなに有益だからと言って、友達の名前を勝手に登録してあげることはできないのです。

私は親が子供を産む選択をするということは、まだ何も判断できない子供に代わって、その子の誕生を代理して選択するということだと考えています。つまり、「本人の同意が得られていない会員登録」と構造的には同じようなものだと思います。

さて、他人の選択を、委任なしに代理することは非常に大きな責任を伴いますよね。上記の会員制サービスの例では、勝手に登録されてしまった友達がサービスから不利益を受けた場合、その責任はすべて自分のもとに返ってきます。

子供を産むことに関しても同様で、子供が、自身が生まれたことで何か不利益を受けた場合、その誕生を代理選択した親には大きな責任が生じると思います。事実、多くの親御さんは自分の子供に対して責任を感じているでしょう。

私が主張したいのは、その責任は一人や二人の一般的な大人が人生を賭けて背負うにしても重すぎるものなのではないか、ということです。なぜなら、やや倫理的に疑われそうですが、生まれ育った本人が理性的に判断できるようになったとき、改めて自分の生を拒否したいと考えた時には、親は、その子が「会員登録を取り消す」=生を拒否する自由を認めてあげなければならない=それが最低限の責任であると考えるからです。しかし一生懸命に育てた子供が自殺することを認めるなど、普通の人間にできるでしょうか??


以上の理由で、現在の日本の常識的な感覚では、子供を産むということにはかなり大きな責任があり、それを背負える人間はまれなはずなのに、社会全体として次なる世代があることを当然とする現在の日本の文化は、私は矛盾していると思います。


ただ、私は質問者さんの人間が人間を産む権利はあるのか、という質問にはお答えできません。
なぜなら、「権利」は実在しないからです。権利とは、社会が円滑に動くように形作られてきたフィクション(あるとみなされるもの)の一つです。別のフィクションを持った文化であれば、人間が人間を産む権利に関して何の疑問もないかもしれませんので。
私が上で主張しているのは、現在の日本で持たれているフィクションがその内部で矛盾しているよ、ということにすぎません。

ちなみに私も質問者さん同様、種の保存が生物の本能であるからといって、それに従うべきであるとは考えません。人間が選択をする際は、内から染み出る欲望以外にも、学習による後天的な判断も大きく影響していると考えるからです。

投稿日時 - 2011-02-10 04:48:59

補足

ベストアンサーは現時点で選択が難しいため
申し訳ないですが無しとさせていただきます。

投稿日時 - 2011-04-22 01:11:09

お礼

ご回答ありがとうございました。
当たり前とされていることでもどこか首を傾げたくなるようなことって
世の中にはとても多ですよね。
どこか俯瞰的な私自身とても刺激的なご回答でした。
4年前の質問にもかかわらずお答えいただきありがとうございました。
,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,

ここでこの質問を締め切らせていただこうと思います。
私自身4年経ち、考え方もかなりかわりました。
傲慢と感じても仕方がないこの質問を読んで気分を害された方ごめんなさい。
この自分自身の質問に真摯に向かい合える人間になれれば
それはきっと充実した人生を送れた証なんだと思います。

投稿日時 - 2011-04-22 01:07:31

ANo.14

chunibyo12さん、こんにちは☆
権利だなんて…そういう風に考えたこと無かったのでとても興味深い質問だなぁと思い、以前から、この質問読んでました。

私は、昨年結婚して誰に教えられたわけでもなく、「子供欲しいなぁ」と思い始めています。
私は、本能なんじゃないかな?と思います。

もっと若い頃は、自分の好きな事が出来なくなるから子供要らない、と思ってました。

でも、人生って自分のために生きるよりも、時として人のために生きていくほうが楽だったりします。
楽って怠けるとかそういう楽じゃないですよ。

自分の為だけだと、どんどん人生に妥協して堕ちていくことも簡単です。
子供や愛する人と暮らしていくって、それなりにきちんと生活しようとか、幸せになるためにより良い方法を考えたりするのが苦にならないもんですよ。
そういう意味の「楽」です。
生きがいがあるのと無いのとでは、長い人生楽しさが違ってくると思いませんか?

それも結局は「自分のため」かもしれません。

でも、生まれてきた以上、常に「自分」という考えは付きまといますよね?
誰かのために何かをする…
これも誰がそうしたいのですか?
「自分」ですよね?
人間て生まれてきた以上、「自分」のしたいことをして生きているんですよ。

自分勝手にするのも自分のしたいこと。
人のために何をするのも、したいからしてるのが自分。

子供欲しいのも要らないのも自分次第。

権利があるとかないとかの以前に必ず行動の前には
「自分」のしたいかしたくないか…という事がついてくると思います。

生きていくこと自体、突き詰めてネガティブに考えればエゴの固まりか?!てことかなぁ…と。(笑)

でも、出産がエゴだったとしても生まれた子供に「産んでくれてありがとう」といつか思われるならそれは親のエゴだけでなくなるのではないでしょうか。

産んだらいつか自立できるように、責任持って育てる!

私はそれでいいと思います。
少なくとも自分の親には感謝しています。
この世に産んでくれて、自分のしたいことをさせてくれた。
もちろん出来ない事、叶わない事もあったけど、
それは親の責任ではないと思っています。

この世にある大事なことほどエゴとかそういう理屈で片付かない事柄だと思うけどな。
もう少し大人になったら、自分自信で言葉にできない感情で解決できると思いますよ^^

自分で考えて行動することが生きるということなのだから、エゴっていうのとはまた違うんじゃないかな??

でも私は思います。
エゴでもなんでもいいじゃん!
自分のしたいことをしつつ、周りの人と幸せになれば…と

うまく言えなくてすみません。
それにしても難しいこと考えるんですね。
私も考えるいいきっかけになりましたよ^^;

投稿日時 - 2007-05-06 20:21:32

お礼

長文のお手数を頂きありがとうございました。
そう言って頂けるとこんな質問をした甲斐がありました^^
はじめて意見らしい意見を聞かせて頂けた気がします^^;
前向きに事を考えていくのって大切なことですよね。
アドバイスありがとうございました!

投稿日時 - 2007-05-10 16:13:44

ANo.13

>ヒトの産まれる前が「無」であるなら幸福の絶対値は0です。

違います。
0よりマイナスにはなりません。
プラスになった分から幾分マイナスが生じますが、死が終了なら恐らく幾らかプラスで人生を終えるはずです。

あと、子供を作る事を制限しているのは人間だけで他の動物は本能に任せて子を作っています。
だから、逆に作らない(制限する)事こそがエゴになるのではないでしょうか?
犬や猫は子が幸せになろうが無かろうが腰をふるでしょ?

それに、親が子を幸せにするわけではないので、幸せになる事と子を作る事に関連はありません。

もし、貴方が生について疑念に抱いているのなら、親に”今後子供を作るな・子を不幸にするな”と言って目の前で喉を欠き切って死んで見せましょう。
もしかしたら不幸になるであろう一家族は減るかも知れませんね。

投稿日時 - 2007-05-04 13:50:34

お礼

すいません、最初の所意味が分からないんですが・・・

投稿日時 - 2007-05-04 18:46:50

ANo.12

髪の毛やヒゲに「伸びる権利」があるのでしょうか、とか
からだが細胞分裂を繰り返して「新陳代謝をする権利があるのでしょうか」とか、
考えても仕方ないので、

自然てそういうもんなんだ、ぐらいでいいんじゃないでしょうーか
権利がある、ないとか区別するのは、あらゆる生物のなかでも、
きっと人間だけだとおもいますよ

で、考え出しても、
答えが出ないように(なまじ出たりなんかすると「種」として絶滅しちゃうんじゃないですかね)
なんていうかうまく人間をつくってるんだと思ってますけど

投稿日時 - 2007-04-19 13:02:26

お礼

ご回答ありがとうございます!

確かにこの種の問題は答えが出ないようになっているのかもしれません。
う~ん...やっぱり割り切るしかないんですかね・・・。

投稿日時 - 2007-04-20 13:05:53

ANo.11

権利うんぬん別として、ヒトがヒトを生む機能がある以上
しかたないのではないでしょうか?

本能ではなく、その機能があるからです。

足があるから歩く、手があるからモノをつかむのと
同じようなものです。

>そんな人生、ただ虚しいだけなのかもしれません。

命あるものは、その命を終えて自分の価値をみいだせるものもいれば
見出せないものもいます。

たとえば草花など、きれいな花をさかせ、やがて散ってゆく。
その花を一人でもきれいだと思ってくれたら、その花は
その「きれい」の気持ちはつたわらないが、きれいだと思ったヒトの
中で残るもの(忘れるけど)
しかし、人目につかないところできれいな花をさかせて散ってゆく花も
あります。

>果たして人間がヒトを産む権利はあるのでしょうか?

機能を備えているのでそれを使う権利はすくなくとも
あるのではないでしょうか?

またたとえ話ですが(^^;
車にエアコンがついていて
「このエアコンははたして私につかう権利があるのか!?」と
聞かれたら
「使う使わないはあなたの自由です」
と答えますよね?
そんなものだと思ってます。

投稿日時 - 2007-04-18 13:07:04

お礼

ご回答ありがとうございます!

う~ん...ちょっとその例は突飛すぎないですかね??(^^;
エアコンだから良い物の、それが自動車に積載されたマシンガン!とかならどうで
しょう?
あり得ないけど・・・
機能があるからって、必ずしもそれを使って良い理由にはならないと思うんです。

投稿日時 - 2007-04-20 13:06:19

ANo.10

こんにちは。
ほかの方も書いていらっしゃるように、「結婚」は
子供を産む為の言い訳という部分も多々あるとおもいます。

あなたはご両親のエゴから産まれ、今生を受け生きていることを
とても不満に思っているわけですか?
生まれてこなければ良かったと?いまの環境がとても
つらいのでしょうか?

「生」与えると同時に「死」を与えるとありますが、
恐ろしい「死」を迎えるくらいならもともと「生」なんて
受けなければ良かったという風に受け取れてしかたがありません。
ヒトをはじめあらゆる生物は遺伝子の乗り物にすぎず
すべての行動はプログラムによるものであるという学説も
あるくらいなので、子を得たい、子を可愛いと思うことも遺伝子に
操作されているのかも知れませんね。

産みたい人は産めばいいし、産みたくない人は産まなければ
いいのではないかなと思います。

投稿日時 - 2007-04-18 12:52:16

お礼

ご回答ありがとうございます!

ちょっと暗い質問文だったですかね?
普段から疑問に思っていたことを、思いっきり-思考に偏った文章にして質問させて
いただきました。
別に環境とか関係なく、だれしも一度は思うことなんじゃないですかね?
それにしても、そのプログラムの話、自分も聞いたことありますがとても皮肉な話で
すよね。
たしかに頷ける話ですし・・・

投稿日時 - 2007-04-20 13:07:00

こんにちは。

>結婚すると、当然のように子供を産もうとするという現実に疑問を感じていたので質問させて頂きました。
>産む理由もなにも、産むのは人間の本能だ!と考えられている方もいらっしゃるかもしれません。
しかし、本当にそうでしょうか?
それは「本能」という言葉を使って逃げているだけじゃないんでしょうか?
人間も動物は動物ですが、人間と他の動物、決定的な違いが有るはずです。

「結婚」は人間の作った制度でしかありません。結婚なんて、子供を産もうとする行為の言い訳ですよ(笑)
他の動物と違って、ヒトにはムキ出しの本能を恥ずかしいと思う理性があるから、それを「恋愛したい」とか「彼氏が欲しい」とか「早く結婚したい!」とかって言うんですね。
アメーバからヒトまで、全ての生あるものは「繁殖」が最大の義務である存在です。
私など若かりし頃は、ムキ出しの繁殖欲が自分でもコントロールできないほどに感じて脅威でした。盛りをとうに過ぎ、複数の子を得た今は繁殖欲は一応満たされています。でも一応、です。
ヒトの子が、他の動物と同じようにほぼ生みっ放しでOKであるなら、もっと本能のままに繁殖するでしょうね。しかし、ヒトは社会的な存在であるので、一人の子を育てるのに大変な労力と時間を要します。なので、多くのヒトは「本当はもっともっと繁殖したい」欲求を理性で抑制しならがも、繁殖年齢を過ぎても尚持ち続けてしまうのだろうと思います。

>結婚すると、当然のように子供を産もうとするという現実に疑問を感じていたので質問させて頂きました。

そうですか?「結婚」が単なる制度だというのは最初に書きましたが、繁殖のためのペアリングなら、どの動物だってやってることです。なので、男女がつがうことをヒトでは「結婚」というのなら、目的は「それ」なんですから仕方ない(笑)
ここまでの話と、「何を目的に生きているか」「幸せとは?不幸とは?」というのは全然別の話だと思います。
アフリカの飢えた子供達をご覧なさい。今日口にする食べ物がなかろうと、動物同様にヒトは繁殖するんです。生命の危機にさらされた時ほど、種の保存のために妊娠しやすいという説もあるくらいです。少子化が問題になったり「幸せってなぁに?」なんて思索できることは、ある意味「幸せすぎる」んですよ。

投稿日時 - 2007-04-18 12:06:58

お礼

ご回答ありがとうございました!

>「結婚」は人間の作った制度でしかありません。結婚なんて、子供を産もうとする行為の言い訳ですよ(笑)
ほとんどに果てはまると思いますが、一概にそうとは言えないと思います。

ごめんなさい、ちょっと論点がずれているような気が・・・?
回答者様の結論を明確に書いていただきたかったです(^^;
ですが、貴重な経験談ありがとうございました。

投稿日時 - 2007-04-20 13:08:17

ANo.8

あなたの人生観の暗さに驚きます。
人生は夢のような幸せばかりでもなければ、ツライことばかりでもありません。
働くことが無意味に感じるというあなたは、実際に働いたことがない未成年者でしょう?
頭でもっともらしい理屈をこねて論理的な主張を掲げるものの、自らの体験に基づいた確証は何もお持ちではない。
自分の主観だけで世の中を見て論ずるのはやめて、自分の人生をより良く生きる努力をなさってはいかがですか?

人が人を生むことに権利もなければ義務もありません。
個人には、そんなに悪い人生でもなかった、幸せだったと思える一生を終える権利があるだけです。

投稿日時 - 2007-04-18 11:32:21

お礼

う~ん、ごめんなさい。

働くことが無意味だなんて書いた覚えもありませんし、思ってもいません。意味のな
いモノなんて一つもないと思っています。

投稿日時 - 2007-04-20 13:09:19

ANo.7

>人間がヒトを産む権利はあるのか?
>エゴの固まりにしか思えてなりません。
産む権利も産まない権利もあると思います。
産む理由は人間のエゴかもしれません。
あまり無責任に産むのはいけないですが、産む理由が人間のエゴだとしても、産む権利がないことはないと思います。
理由が人間のエゴや本能なら産んではいけないのでしょうか。
無責任だからでしょうか?
(そもそもエゴや本能以外で“産む理由”があるとしたらなんなのでしょう…)

確かに、産んだ子を絶対に幸せにできる保証なんてどこにもありません。
>人生はどっちにどう転ぶか分かりません。+にも-にもなり得ます。
そうですね。例え同じ人生でも、幸せかもしれないし、不幸かもしれません。どうなるかなんて誰にも分かりませんね。
しかし不幸になる可能性もあるなら、逆に幸せになる可能性だってあるわけです。

「どうなるか分からないから0のままの方がいいのではないか?」
とお考えのようですが、「+になるかもしれない」のなら、そっちに賭けてみる権利だってあってもいいのではないでしょうか。
子どもを産むことはある意味賭けだと思います。女性は産むことによって死ぬ危険性だってあるわけですし。
どんな人生であれ、“幸せ”になるかもしれない方に賭けて、産むのだと思います。
この世に生を受けたきっかけが人間のエゴでも何でも、産まれてこなければ幸せにも不幸にもなれません。

私が子どもを産むなら、子どもに老後の面倒をみてもらおうとか、未来の人類のためとか、世間体とかが理由ではありません。
純粋に産んでみたいからです。自分と夫の子どもを見てみたい、育ててみたい。それこそ本能なのかもしれません。
その本能自体がエゴかもしれません。
子どもに何かしてもらおうとは思いません。産むからには自分の都合で産むのであり、自分の全責任を持って、命がけで育てようと思います。
絶対に守りきれる、幸せにできる保証なんてないですが、それでもチャレンジして賭けてみる権利は、あってもいいと思います。

>当然ですが、人間に「死」を与えるのも紛れもなく人間なのです。
「生」を与えられるのも紛れもなく人間です。
例え産む理由がエゴでも、“命を賭けて”産み育てるのなら、「生」を与えたっていいのではないでしょうか。

質問内容をつきつめると「人はなぜ、なんのために生まれ、生きているのか?」ということになるようにも思いますが、そう哲学的になってくるとまた話が長くなりそうなので、とりあえず今回はこの辺で(^^;

投稿日時 - 2007-04-18 11:07:31

お礼

ご回答ありがとうございます!

切実なご意見を聞くことが出来て本当に良かったです^^
ですが、気になる点が一点。
>そっちに賭けてみる権利だってあってもいいのではないでしょうか。
う~ん、ちょっと引っ掛かりました・・・(^^;

投稿日時 - 2007-04-20 13:10:06

ANo.6

人が人を産むのは権利以前に『種の保存』です。男は自分の遺伝子を残したい、女はより優秀な遺伝子を残したいと願います。
権利や義務など勝手に人間が作り上げたものです。
産んだ子供が幸せになるとも限らないのに安易に産むなと質問者様は思うのでしょうね。
現在の日本は利己的であるはずの遺伝子に対して,社会的,経済的な理性がブロックをしてる・・・少子化問題ですね。
格差社会がもたらした現状を考えると今後益々産まない選択をする人が増えていくでしょうね。
全ての人が安心して子供を産める世の中になって欲しいと願います。
以上、難しい質問ですね。こんな程度しか浮かびません;

投稿日時 - 2007-04-18 10:50:49

お礼

ご回答ありがとうございました!

願います。って普遍的真理っぽく書かれていますが、本当にそうなんですかね・・
・?
確かに、安易には産むべきじゃないんじゃないかな・・・とは思います。

投稿日時 - 2007-04-20 13:11:00

ANo.5

結婚して子供を作る事は、本能と理性が融合した人間らしい行為だと思えます。
権利があるから産むのではないし、権利が無いから産まないのでもありません。自然の営みがあるだけです。

投稿日時 - 2007-04-18 09:55:29

お礼

確かに、自分も理性と本能がどちらも少なからず含まれていると思います。

投稿日時 - 2007-04-20 13:11:58

ANo.4

結婚という行事を終え、子供を産んだ人間として答えます。

私は自分の親から生まれたわけですが、今まで両親のエゴから生まれたと思ったことはありません。たとえエゴで生まれたとしても、今までそだててくれたことに感謝していますし、自分自身子育てしているとエゴだけでは育てていけないとおもいます。自分の思い通りには行かないものです。

今までいろいろなことがありましたが、今考えると私の人生は幸せな方だと思います。ひどく不幸なことはありませんでしたから。
子供は3人いますが、自分がいままで育っていく過程で実感した事をベースに育てているので、子供達の将来もあまり悲観していません。楽観的な性格だと思いますが、心配ばかりしていたら産むことも育てることもできません。母親ってそんなものだと思いますよ。

>幼稚園や学校に無理矢理行かされて、受験戦争を勝ち抜くために死に物狂いで勉強し、
今度は自分や家族が生活するために死に物狂いで働いて、老後を数十年過ごした後死ぬ。
この日本での平均的な人生です。人のために人が働き、そして死ぬ・・・
説明不能に生まれ、時がたてば死んでいく。

確かにそのとおりです。私自身その真っ只中にいます。でもそれって不幸なことですか?これは人の生まれてから死ぬまでの経過だけしか書いていませんが、その間の過程の中にうれしかったり、悲しかったり、怒ったり、楽しかったと思ったことがなかったのでしょうか。なんの感情もなくただ過ごしていれば虚しくなりますが、人間とのふれあいの中でなにかしら感じればそんなに虚しくならないとおもいます。幸福感ってひとそれぞれです。小さな器なら少しの幸せでも満足しますが、大きい器なら満たすのが大変です。あなたは器が大きいのかもしれませんね。

ところであなたは自分が生まれてきたのは親のエゴからだとおもいますか?これから先、虚しいだけの人生しか送れないと思いますか。少しでも幸せになりたいと思って行動していますか?

投稿日時 - 2007-04-18 09:48:13

お礼

ご回答ありがとうございました。

やっぱり人の幸せの価値観は、人それぞれですよね。
え~、最後の問いの答えは「どちらとも言えない」です。

投稿日時 - 2007-04-20 13:12:35

ANo.3

産みたくない権利(というのもヘンですが)もあると思います。そして、ひとによっては産まない方がいい資質の人がいると思いますが、「全員が産むべきでない」という理由を思いつかないので。
ものごとを大局的に客観的にとらえることは大事なことと思いますが、あまりにも大局的に考える事には全く意味がないと思います。
たった一つの正解はないんです。実際にこの問題をすぱっと解決するような答えはどこにもないです。それぞれの頭の中に答えがあり、それは人によって全く違います。
結婚して自然に産むと考える人もいる、結婚に関係なく産むと考える人もいる(結婚と出産はペアではありません)、人間がヒトを産む権利なんてないから産まないという人がいる、子供を育てるのは面倒だから産まないという人、経済的に苦しいので産まないという人、老後をみてもらいたいから産むという人、家の跡継ぎとして産むという人、いろいろです。
それは違っていてはいけないのでしょうか?
全員が同じ理由で産んだり産まなかったりというふうにならないといけないのかな?
質問者さんがそう思うのなら、自分はそういう選択をすればいいのです。この問題は(人生における選択はみんなそうですが)、自分自身の責任において、自分が選択すればいいだけです。他の人のことまで考えてあげる必要はありません。
例えば、質問者さんは女性か男性かわかりませんが、「人間がヒトを産む権利はない、だから子供はいらない」と決めたとして、おせっかいな人が「いやいや子供はいた方がいいいよ」とか「○○家がとだえるから、子供はつくらないとだめだよ」と言ってくるでしょう。それはよけいなお世話ですよね。
反対に「結婚したからといって何にも考えずに当然のように子供を産む」人がいたとして、それはおかしいと、なぜそんなことをするのかと、考えて質問者さんにとって何か意味がありますか?
結婚しても子供をつくらない人は多いですよ。地域によって偏りはあると思いますが、私の周りではかなりの高確率です。そもそも40歳過ぎても結婚してないっていうのが高確率です(笑)。

投稿日時 - 2007-04-18 09:19:10

お礼

ご回答ありがとうございました。

別に自分も普遍的な答えなんて無いってことは承知です。
ただ、皆様の意見を聞きたいだけなんです。

投稿日時 - 2007-04-20 13:13:52

ANo.2

全ての生物にあらかじめ「死」があるからこそ、
何とかしてその種を保存しようと子孫を残します。

全ての前提に「種の保存」があるのだと思います。
なので、生存競争を生き抜くためにヒトも進化してきたわけですし、
その種を生存させるために、「愛」だとか「恋」だとかがプログラムされているのでしょう。
「子供を持つことによる幸福感」だって、
「幸福感」という快楽のプログラムを与えられない限り、
「子を宿し」「育てる」という、至極面倒なことを、
進んでしようと思う人間はいなくなるわけで。
「受験戦争」だって、勝ち残ったその固体が生存競争で有利に立てるようにあるようなものだし。
全ては子孫を絶やさないために、人間が身に着けてきたプログラムなんじゃないですか。
少子化にしたって、
1個の個体が成人するまで生き残る確立の高い先進国に多いわけですから、
種の保存という観点においては、
当たり前のことのように思えます。

エゴの固まり、というのであれば、
生まれたときに、「生きたい」という強烈な欲求がないと、
生き残っていけないわけで。
「生きたい」まあ、言い換えて、「死にたくない」でも良いですけど、
そう思うことこそ、
究極のエゴでしょう。
それを否定するのであれば、今すぐ死ぬしかないですよね。
その生きたいという欲は、やっぱり種の保存のためにあるんじゃないんですか。
「エゴの固まり」って、そんなにいけないことでしょうか。

投稿日時 - 2007-04-18 08:36:47

お礼

ご回答ありがとうございます。

「種の保存」と仰られますが、人間には必ずしも適用する物ではないと、自分は思いま
す。
人間には理性というモンが入る余地がありますから。

文章を読ませていただいて、人間ってエゴの産物でもあり、エゴの固まりでもあるん
だなあと改めて思いました。

投稿日時 - 2007-04-20 13:14:27

人に産む権利があるのかということですが
逆に
ないということになると
どうなるんでしょうかね?
はて??

「生物」が存在する一番の理由って繁殖じゃないのかなーと思うんですが。
ニンゲン様だけはちがうんですかねぇ。

投稿日時 - 2007-04-18 01:58:14

お礼

ご回答ありがとうございます!

人間だけ唯一、子供を産むという行為に、本能だけでなく理性が含まれ
れていると思われるのであーいう質問文にしました。
誤解させてしまったら、すいません。

投稿日時 - 2007-04-20 13:15:24

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