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キリスト教

私は、宗教には所属していませんが、キリスト教の影響を受けています。なぜ、神様は、アダムとエヴァが善悪を知る木の実を食べて罪を犯してしまったとき約束どうりこの二人を殺して新しい人間を作らなかったのでしょうか。また、キリスト教では、人間は天国に入るために生まれてくるとされていますが、キリスト教関係者は、ほとんどの人間は、地獄に堕ちるといっています。これでは、東大を受けろ、落ちたら死刑だといっているように感じます。また、地球上には人類は必要なのでしょうか。

投稿日時 - 2007-01-04 19:31:07

QNo.2642981

暇なときに回答ください

質問者が選んだベストアンサー

旧約聖書の創世記を読んで、神の行動原理を理解しようとすると、神の行為の矛盾が噴出します。
それをなんとか理屈ずけようとすると必ずグノーシス的考えに行き着きます。
質問者の疑問もそうで、その疑問を突き詰めますと、グノーシス的考えに行き着かざるをえません。
グノーシス的考え方は、精神と肉体とを分離して考える事で、精神世界を肉体的世界よりも高度の世界と捉えます。
そのため、キリストの三位一体(神=精神、肉体=人間、聖霊=精神と肉体をつなぐ者)を説く現在のほとんどのキリスト教から、異端視され排除されてきました。
しかし、創世記の持つ矛盾から、排除されても排除されてもグノーシス的考え方に行き着く者は絶えず、いろいろなグノーシス的考え方が次々と生まれてしまいました。

一般のキリスト教徒は、創世記を物語化する事により、深く探求することはしないようにして対処しています。
しかし、福音派の諸派においては、そう言っていられない事態で、なんとか理屈付けをしようとしています。

質問者の方が、この件に関して興味が有るのでしたら、グノーシス関係の文献や資料を調べてみてください。
グノーシス派と言いましても、多様な考え方が有り、なかなか自分の考え方と一致する考え方に行き着けないかと思われます。
文献などは見つけにくいかと思いますが、少しずつ調べてみてください。

旧約聖書も聖典としますイスラムでは、神の意思を探る事自体を否定していますので、キリスト教のような混乱はおきません。

投稿日時 - 2007-01-05 13:24:42

ANo.4

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回答(5)

直接の答えを差し上げる能が私にございませんのでピンボケ投稿になってしまいますが「神」という概念存在に対する、あらゆる疑問一般に対して何らかの示唆を与えてくれる一文を紹介させていただきます。
確か
マン『ヴェニスに死す』
からの抜粋です。

~~ソクラテスは、この狡猾な求愛者は、この世にある最も微妙な事がらを話した。
愛する者は愛される者よりも一層神に近い。なぜなら愛される者のなかに神はいないのに愛する者のなかには神がいるのだから。
けだし人間というものは相手に判断を下し得ないでいるあいだだけ相手を愛し敬うもの。憧れは認識不十分の一産物なのである。

賢者はこの、かつて人間によって考えられた思想のなかで、おそらくは最も心こまやかな最も嘲弄的な思想を語った。憧れというものの持つ一切の狡さ、最も密やかな快楽は、つまりこの思想に端を発するのである。~~


しかして神は人に理解されることを望まない。

投稿日時 - 2007-01-05 16:45:01

お礼

ありがとうございました。

投稿日時 - 2007-01-05 19:01:29

ANo.3

映画マトリックスをご存知でしょうか。
グノーシス的映画なのですが、主人公は普通に暮らしていて、ある日トリニティー つまり女神の体現者によりある事実を知ることになった。
実は現実だと思っていた世界は、ウイルスにより作られた幻で、なぜウイルスが人間に幻を見せていたかというと、エネルギーを吸い取って自分たちの栄養にするため。



これと同じような思想が、グノーシスにもあります。
人々が神と崇拝している神は下等の神で、人々に幻を見せ農場で働かせていたが、人間はその幻を神からの賜物だと思わされていた。

それを哀れんだ叡智の象徴である女神が人間に叡智はいかが? と問いかけ、人間は自らの意思により知恵の実を食べた。
すると今まで楽園だったと思っていたものは、実は下等の神が自分たちの都合のいいように創っていた幻の世界であったと知ることになった。

真実を知ったことで悲しみが生まれたのか?
真実を知る前には悲しみは存在しなかったのか?
知る前からあったのに、それまで知る能力がなかったので、既にあるにもかかわらず無いと思っていただけ。



変な新興宗教によって「信仰すれば永遠の命が与えられますから、入信して信仰し、全財産を教団に寄付しなさい」と言われ信じた挙句に、摘発されその教団の悪事が暴露され、夢から覚めてしまった人のようなものです。

浦島太郎ですね。


夢から覚めたら家も財産も家族も友人も仕事もすべて失っており、「はぁぁぁ・・・ 自分は被害者だ」となる人もいれば、「詐欺師を救世主だと信じてしまった。でも本当の救世主は別にいるはずだから、本当の救世主を探しに行こう。この宗教は詐欺師じゃなさそうだし 今度はここにするか」とまた性懲りもなく騙され続ける人もいる。
そして騙されるとまた自分は被害者だと、自分の能力のなさを死ぬまで認めない。


グノーシスの教師モノイモスは「神とか創造主とか、それに類似するものを探し求めるのはやめなさい。「神よ 肉体よ 我が心よと求めるのは誰であるのか知りなさい。 喜びや悲しみの根源を知りなさい。 それを知ったとき・・・」と言っています。


アインとアイン・ソフとアイン・ソフ・アウル
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%94%9F%E5%91%BD%E3%81%AE%E6%A8%B9


さて、聖書を読むと神とされるものは、少なくとも2度人間を創造していると記述されています。
われわれがアダムとイヴと言っている人間は、最初ではなかったわけです。


天国とは、ひとつには私の解釈でいくとセフィロトの上位部分。
ヒエラルキーがあり、普通に勉強していれば、エレベーター方式に上位に昇っていけるというものではなく、叡智を得ないと上っていけないというもの。

仏像が蓮の花の上に乗っていますが、あれですね。
この回転が無いと昇れない。
キリスト教では百合によってあらわされている。
蓮も百合も意味するところは一緒。
チャクラが開いただけではクンダリニーは始まらない。
上にの昇るのに不可欠なのが蛇の力。
これなくしていくらやっても上位に昇れない。
蛇の力は求めれば得るものではなく、一方的にやってくる。
よくもんもんと考えてもわからなかったのに、ある日 突然なんの前触れもなくピカンと電球がつくように閃くことがありますが、あれです。

蛇の力とは叡智のこと。


グノーシス的文章と言われるナグ・ハマディー。
ここには蛇が騙されていた人間に叡智を与え、幻を見せていた主に「よくもやってくれたな」と蛇に呪いの言葉を吐いたと書かれている。
そして悟りを得た人間を幻の創造主は楽園から追放したと書かれています。

私は追放されたのではなく、叡智を得たことでもう幻は人間には通用しなくなという意味かな?と思いました。


天の国は死んだ後行くところではない。
天の国が地上に降りてくるとはどういう意味でしょう。
既にあり、それが降りてくるとはどういう情況なのでしょう。
天使とは誰でしょう。
永遠とはなんでしょう。

これを知った時永遠と同一となるイエスは言ったとナグ・ハマディーには書かれています。


グノーシスは、肉体を牢獄ととられているようです。
ユダの福音書はグノーシス的と思えます。
それでユダの福音書では、肉体の牢獄から解脱するため、イエスがユダに頼んで自分が殺されるように計画して実行したと書かれています。
しかし、この自殺は比喩で、実際はイエスという男は悟りを開いたことで、肉体を持ちながら永遠を得た と筆者は言いたかったのではないかと思えます。
つまり悟りが開けたことで、イエスはヒエラルキーの上位 つまり天の国と呼ばれる階級になった。
だから父の右の座に立っているのが見えたと聖書に書かれているわけです。
セフィロトの樹でいくと主柱の右は慈悲。
だからイエスは慈悲の象徴とされたのだと思います。
これが天の国。
天の国に住むとはヒエラルキーの上位階級の地位になったということ。



なお ユダヤ教には原罪というものはなく、人間は生まれながらにして原罪をもっているとした創造主はキリスト教です。
原罪の概念は、神ではなくキリスト教が創造の主だったわけです。
おそらく、初期の教父が自分の都合のために編み出したと思われます。
信じなければ地獄に落ちると、恐怖で信者を縛ろうとするそのやり方はマキャベリズム的で救済ではなく権力に執着した愚かな支配者の捕囚のやり方でしかなく、そこには救いは一切ありません。

愚者の考え出した網にひっかかる魚は所詮愚者でしなない。
捕囚や捕獲の支配者が作り出す幻に捕獲されることなく、また捕獲されても真に目覚めるのが、救いだと思います。
既に囚われてしまった人は、網から開放されるには蛇の力が必要です。
囚われて幻の楽園で働かされて栄養を吸い取られ衰弱するのを望むのか、大海原と一体となり永遠に生きるのかは、好みの問題だとは思います。

支配者の奴隷になって寄生して生かされる奴隷でありたいのか、自分が自らエネルギー体となり光を放ちたいのか、それはその人の持って生まれた宿命によるものだと思います。

投稿日時 - 2007-01-04 23:44:17

お礼

ありがとうございました。

投稿日時 - 2007-01-05 19:00:53

ANo.2

神の本質は、不可知と言うのが 絶対神です
人間が 神( 絶対神 )の行いを理解しようとすることが無理なのです
旧約聖書の ヨブ記を、読むことをお勧めします
ヨブは 神に忠実な人でしたが( 神の許可の元に )あらゆる
苦しみを悪魔から受けました なぜ?=神の行いは不可知
と言うのがヨブ記のテーマです

投稿日時 - 2007-01-04 21:15:46

お礼

ありがとうございます。ある宗教書でヨブは、イエスキリストのように、「主よ、主よ、なぜ私を見捨てるのですか。」と言えばよかったと書いてあったのを読んだことがあります。

投稿日時 - 2007-01-04 21:24:15

ANo.1

なぜ、神は完全な人間を作れなかったのか?

それは、神自身が完全ではないから!

聖書は、暇つぶしに読んだり議論したりするのは面白いが、信じたり真面目に議論したりするのは時間の無駄である。


でもなぜ、処女のまま妊娠し、出産するなんて話を作ったのだろう。

日本の神様はちゃんとエッチして子供を作っているのに。

投稿日時 - 2007-01-04 19:49:43

お礼

ありがとうございます。

投稿日時 - 2007-01-04 19:59:02

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