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解決済みの質問

新旧の理論についての文系的疑問(たとえばニュートンとアインシュタイン)

アインシュタインによってニュートン以来の重力理論が覆された、というのは門外漢でも聞く話です。しかし、人類の月着陸における軌道計算には、ニュートン力学の方が使用されたとのことですし、月に旅立った宇宙飛行士が無事行って帰ってきたことからも、大きな不都合がなかったことは想像できます。月や地球レベルの重力下での人間の活動においては、ニュートンの理論とアインシュタインの理論の結論はほとんど違わないのでしょう。

そこでふとした疑問が起こるのですが、ではその「ニュートンの重力理論」は、果たして間違っているのでしょうか。つまり、

(1)ミクロに寄りすぎない限定された範囲では正しいのだから、「正しい」。
(2)強い重力下で説明が付かない部分があると証明された以上、「間違っている」。

のどちらなのか、ということです。もちろん、単純に100%で割り切れるものではないのでしょうが、あえて二択だとしたら、どちらの立場をとるのか、あるいはとる「べき」とまで言いきれるのか。それとも「小数点以下何桁までなら当てはまるから90%くらいは正しい」というスタンスでもいいのか。わたし個人の専門は文学なのですが、こういう思考が小説や批評の刺激になったりするので、お聞きしたい次第です。よろしければおつきあいください。

※宇宙の創生期においては一般相対性理論が当てはまらないことも承知しております。質問を一般化すれば、「より詳細な観察や思考実験モデルによって過去の理論で説明がつかない事象が判明したとき、その理論は他の大部分で適用できるとしても『間違っている』のか」ということになります。

投稿日時 - 2006-08-18 12:07:11

QNo.2346593

暇なときに回答ください

質問者が選んだベストアンサー

 科学という学問の限界を説明しないとこの回答は不可能ですね。科学というのは実証の学問であり、ニュートンがF=maという法則を見つけたというのは正確には違うのです。そういう仮説を立てたということなのです。そしてそれを知られている事実に当てはめてみて矛盾が見つからないので、それを万人が認めたのです。これを演繹と言います。しかし演繹で求められるのはこれに拘わるすべての現象を集めることなのですが、それは不可能です。ですから万人が認めてもそれは『一応の真実』でしかあり得ないのです。
 案の定、20世紀に入って測定技術が進歩して来ると、ニュートンの法則に当てはまらない現象が次々に見つかって来たのです。そこでアインシュタインはその新しく見つかった現象も説明できる新しい仮説を提案したのです。これによって今のところ、その仮説に当てはまらない現象が見つかっていないので、これも『一応の真実』とされているのです。ですから将来またこれが覆える可能性はじゅうぶんに考えられます。
 ではニュートンの法則は間違いかというとそれはちょっと違います。我々が通常接する現象はすべて説明できていますから、これを使うことには何の問題もないのです。ですから飛行機やロケット、人工衛星などの設計したり動きを測定したりするのには今でもニュートンの法則は立派に生きているのです。
 ですから科学ではこれは絶対に正しいという法則を見つけることは不可能なのです。
 では数学の世界ではそれが可能かというとこれも問題があります。わかりやすい例で言えば平行線は交わらないかどうかは誰にも分からないのです。それを交わらないと決めるとそこにはユークリッド幾何学が成立し、交わると決めるとそこには非ユークリッド幾何学が成立します。つまり真実かどうかを決めるにはモノサシが要ります。それが真実なのかどうかは誰にも分からないということですよね。ですから真実があると考えるのはちょっとおかしいかなということになりますよね。

投稿日時 - 2006-08-18 14:49:26

お礼

>万人が認めてもそれは『一応の真実』でしかあり得ない

そこなんです。完全ということが不可能であるだろうことは承知しつつも、どこかに「完全なる観測」と「完全なる世界の記述」があって、物理はそこを目指すのだろうかと漠然と考えていたのですが、みなさまの回答を読んでいると、どうもとんだ思い違いだったようですね(これが分かったことでわたし個人としての今回の質問の意義は十分に果たされました)。

物理の相対性から、文学の方に思考がふくらんでいきそうです。大変な刺激になりました。ありがとうございました。

投稿日時 - 2006-08-19 01:12:35

ANo.3

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回答(5)

ANo.5

科学理論って段々と精密な理論に変わって行きます。

よくある言い方としては、相対論はニュートン重力理論を包括しているといったところでしょうか。
実際充分光速より遅い時や重力が弱いとき相対論はニュートン重力論と同じになるそうです。

例えば、普段私たちは地球が丸いことを知ってはいても意識しません。
平らだと思っていても差し支えありませんし、逆にいちいち近くのスーパーに行くのに球形である影響を考慮するのはばかげています。
これは行動範囲が狭いから影響がないからだと考えられます。
ところが行動範囲が広がり飛行機で外国まで行こうとすると、その行路は地球が球形であることを考慮しなければあらぬ土地に行ってしまったり回り道をしてしまいます。

別の例を言えば地球は丸いという表現も今回のご質問に近いかもしれません。
気象衛星ひまわりからの画像を見れば恐らく100%の人が地球は丸いと言います。
しかし実際には地球は球形ではなく若干ゆがんでいますし、エベレストやチャレンジャー海淵などでこぼこしています。
このとき果たして地球は丸くない(丸いは間違い)といえるでしょうか。

おそらく質問者さんの質問の本質はそういうところにあると思います。

また別の視点から言うと、この手の質問をする場合には「間違っている」を厳密に定義してやらないと回答が不可能になると思います。
なぜなら「間違っている」という判定基準が各人で同じではないからです。

投稿日時 - 2006-08-20 00:19:14

お礼

回答ありがとうございます。やはり適用範囲について意識することは重要だと痛感しております。

>相対論はニュートン重力理論を包括している

恥ずかしながら、それをいままでは理解できていなかったということです。sekisei様ふくめ皆さまからの回答でたいへん勉強になりました。ありがとうございました。

投稿日時 - 2006-08-21 09:45:33

ANo.4

専門家の間で恐縮なのですが。^0^

ニュートンの理論とは、計算が合う。
こう言う理論です。

もちろん、
ニュートンは、宇宙物理学の基礎です。
これを基に、ケプラーなどが軌道計算を構築して行きます。

これに対し、光速度不変法則は、
今までの時間軸、座標軸と言う絶対理論を覆した訳です。

基準を、光速とした訳です。

これを電気に当てはめれば、
実際は電流は+から-へは流れない。
しかし、問題が無く、計算しやすい。

むしろ、過去の研究、計算も、使用できるので、
+から-へ流れる。でよい。

-から+へは、電子流で充分良い。

こうなります。

つまり、
計算のつじつまが合うニュートンは使いやすい。
目に見えた力を足すのだから当然で、使いやすい。

>宇宙の創生期においては一般相対性理論が当てはまらない。
質量が分離していない。
時間、座標軸が分離していない。
もちろん、次元も分離してはいない。

この状態で3次元物理学を持ち込むのはどうでしょうか?

重さ、速度、エネルギーと言う、現在の我々の見た
ニュートン力学が使える状態では無いでしょう。

強い重力下で説明が付かない部分がある。
まだニュートンの方が出来が良いですね。^^

>強い重力下で説明が付かない部分があると証明された。

強い重力下で説明が付かない部分がある観測結果が公表された。

アインシュタインが死んでしまい、これを証明する人間はいないだろう。
こう言う、思考の元暗躍できる。

残された馬鹿共は、アインシュタインをやれば名が売れると思い、否定して喜ぶ。

強い重力下
原子が崩壊した世界。
この場合、電子も崩壊する。

電子激突による光発生を考えれば、
電子崩壊以降の、
補正計算式は充分構築可能と考えます。

投稿日時 - 2006-08-18 15:43:34

お礼

おっしゃるように、「計算が合い、問題がない」からといって正しいのか、という疑問があったわけですが、目の前の霧が晴れてきた思いです。適用範囲をみな重視されているということはひとつの示唆だと感じています。

自分の知らないジャンルを思うのは好奇心をそそられます。回答ありがとうございました。

投稿日時 - 2006-08-19 01:20:29

ANo.2

「あえて二択だとしたら」という発想自体がおかしいとは考えられませんか。なぜ二択でなければいけないのでしょうか。TVのゲームの世界を持ち込んでも仕方がないことです。
「法則には成り立つ範囲があってそこから外れると合わなくなる。そこで合わなくなったからといってその法則が間違っているというのではない。」という立場なんだと思うのですが。成り立つための条件は初めから意識されているわけではありません。矛盾する現象に出会って初めて認識されるのです。それと同時に法則自体の論理構造が解きほぐされていきます。前提としていた現象が明らかになっていきます。前提とした現象と法則の論理構造が矛盾するときは間違っていたということになります。
単に規則性というだけであれば法則とは言いません。法則は予測能力を持っています。思考の枠組みを与えるものです。
ニュートンの運動の法則は法則と言うよりも原理に近いものです。それに適用限界があったという発見は大きな驚きだったと思います。「同時」という考え方も同じですね。「物質の世界を超越して時間があって、同時があると思っていたのがそうではなかった」、凄い衝撃ですね。でも私たちは日常生活では今までの通りの生活をしています。ニュートンの時間を使っています。アインシュタインの時間で生活しているのではありません。でもアインシュタインの時間が問題になる世界があります。二択ということはどちらかの世界の存在を否定することになります。どちらも存在するのですからどちらも認めるのです。ただ2つは無関係ではありません。接続可能と言うことも示されていないといけません。成り立つ条件がわかればその条件を意識した表現で接続可能を示さないといけないでしょうね。アインシュタインの式でV<<cを考えるとニュートンの式が出てくるのは重要でしょう。
天動説、地動説も似ていますね。誤った昔の考えとして天動説を否定し、地動説を正しいという言い方がよくなされます。でも毎日、太陽が東から出て西に沈みます。毎日の見え方は天動説の通りなんです。見る立場、座標系の問題です。見る立場、座標系の問題であるという意識がなかったというので矛盾に突き当たってしまったと思うのですが見ていた現象に間違いはありません。それを意識した上でいまでも毎日の表現では地球が止まっているものとしています。だれも動いているということは意識していません。
コップの中の水の面を水平と考えています。地球の重力の方向に垂直な平面だと考えています。これを球の一部だと感じる人がいるとしたらその人の感覚がおかしいと思います。地球が球面であるということとコップの中の水の面は平面であるということは矛盾しません。考えている長さのスケールが違うのです。法則の成り立つ条件の違いの中にはスケールの違いという場合が多いです。
非常に小さいサイズの世界を見ている、非常にサイズの大きい世界を見ている、非常に早い運動を見ている、・・・。全部変わってきます。原子のサイズまで小さくなるとニュートンの法則は成り立たなくなる、これが量子力学の世界ですね。これの方がもっと我々には大きく影響しているはずなんですが。
余談
光の速さが有限であるということが問題になるできごとが最近少しずつ出てき始めました。インターネットで地球の反対側とメールのやりとりをしているときの同時とは? 惑星探査の無人操縦ロボットとやりとりする信号の遅れは? これは深刻です。障害物が見えたのでそれを避ける動きを命令した。普通は無駄ですね。信号が届くのに数分かかるのですから見たときはもうぶつかっている可能性があります。これを処理するのは技術的に難しいですね。ロボットの制御に予測の要素を入れないといけないでしょう。

投稿日時 - 2006-08-18 13:44:10

お礼

>「あえて二択だとしたら」という発想自体がおかしいとは考えられませんか。

おっしゃるとおりです。あえて極論をぶつけたときにどういうことになるのかを知りたかったのですが、このようなお答えが返ってくるということは、自分が感じているほど(2)の考え方はない、ということだと思います。


>二択ということはどちらかの世界の存在を否定することになります。

ここでひとつ目を開かれた感じがいたしました。このような発想は持っておりませんでした。スケールの違いを意識することに注意を払うべきなのですね。

丁寧な回答、感謝いたします。ありがとうございました。

投稿日時 - 2006-08-19 01:06:28

ANo.1

>>アインシュタインによってニュートン以来の重力理論が覆された、というのは門外漢でも聞く話です。

 えーと、そういう言い方は、初めて聞きました。何冊も物理関連の本を読んでいますが、「覆された」という表現はされていなかったと思います。「ニュートン理論の適用領域の限界が示された」という言い方になると思いますね。

ですので、あえて2つの中から選べば、(1)でしょう。


>>より詳細な観察や思考実験モデルによって過去の理論で説明がつかない事象が判明したとき、その理論は他の大部分で適用できるとしても『間違っている』のか」ということになります。

 有効性が広いモデルが、採用されて、古いほうは、新しいモデルとの継続性・親和性で「モデルの精度が上がった」という友好的な言い方から「間違っていた・覆された」という否定的な言い方のどれかが採用されるんじゃないでしょうか?
 天動説の「地球が宇宙の中心であり、遊星歯車に従って惑星が運動する」という理論と、太陽が中心になる地動説では、この2つのモデルは全然違うもんですから、「覆された」という言い方になりますね。
 そして重力理論では、ニュートンは重力起源の「モデル」を提供していませんし、当然ながらアインシュタインも提出してません。ですので、「覆すべきモデル」が無いから、「覆した」といえず、「理論の適用領域が広がった」という言い方になると思います。

P.S.
ニュートンは、プリンピキアを著したとき、「重力の起源は判らない。これは今後の課題である」と述べています。そして、アインシュタインはこの問題を解決できていませんし、現在の物理でも未解決です。もし、解決されたら、UFOのように急加速・急減速しても乗員に全く加速度を感じさせない乗り物ができるでしょうね。その日こそ、地球が宇宙連邦に加盟できる時でしょう。(笑)

投稿日時 - 2006-08-18 13:41:03

お礼

「覆された」というのは言い過ぎなんですね。勝手に思いこんでいました。あくまで「適用範囲の問題」と。

対立軸をもったモデル同士と深化方向に進むモデルとでは事情が違うというのは分かる気がします。参考になりました。ありがとうございました。

投稿日時 - 2006-08-18 21:08:26

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