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締切り済みの質問

人類の未来は北斗の拳。。?

まず結論からいいますと、人間社会の未来は究極的には北斗の拳の様な世界に行き着くのでは。。と思うんです。要するに腕力の強い者が腕力の無い者をコキ使う世界。人間以外の生物類は皆北斗の拳ですよね?ライオンにしろ鳥にしろ野良犬にしても。人類だけがなぜ共存できてるかと言えば簡単に言っちゃえば貨幣価値のもとで理性と法の両車輪で人間社会が形成されてる訳ですよね。毎年地球が砂漠化してるのはご存知ですか?なんと日本の四国の面積分毎年砂漠化してるらしいです。(某テレビ番組談)このまま環境問題が深刻化していき、人口爆発に伴い食料不足や資源不足で各地で争いも増え、どこかの国が核の禁じ手に手をだし核戦争が起きる。。その後に残る世界はまさに北斗の拳。荒廃しきった社会と砂漠化した大地では金より水、地位や権力も意味が無い。生き残るのは強いオス達。空想チックな例えですが、大地震等の災害の後必ず略奪や暴行が起きるのはなぜでしょうか?私は人も社会とゆう縛りが無くなったらあんなもんだと思います。こんな世界はあり得ると思いますか?あり得無いと思いますか?暇なときにでも回答願います。

投稿日時 - 2006-05-08 05:16:31

QNo.2137904

暇なときに回答ください

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回答(8)

ANo.8

よく「理性」といわれるものは大脳辺縁系の上に被さっている薄い大脳新皮質のことですが、ニンゲンというピラミッドの頂点に位置する霊長類が誕生し、その薄皮一枚のそれが地球を破壊するほどのものになっているとは、原始人だって想像し得なかったと思います。

よくニンゲンは唯一その「理性」をもつ生物だと称されますが、私はそれはあまりにもおこがましいと思います。理性というのは生産的で良質で、創造的な世界へベクトルを向くものであるべきだからです。まぁいかにもニンゲンらしい傲慢的な表現だと思いますけれど。

すべては「恐れ」にあるのだと思います。恐れは本能です。結局ニンゲンも動物なんです。その恐れを克服するためにありとあらゆる技術を生み出した。
でも面白いですよね、防衛手段の核を使う人自身を滅ぼすのに?一部のニンゲン達が核シェルターに入ってやり過ごし、地上に出てみたら不毛の世界。そうしたらどうやって食べていくのでしょう?そんな汚染された世界で。
たとえ北斗の拳の世界のようになっても結局残された者同士でまた争うという悪循環が生じるんですね。恐ろしい。地獄ですね・・・そんな世界なら私は核で一瞬で死ねるのならその方を選びます。
ニンゲンてそんなこと簡単に想像できるのに、何故国家のためと称して核を生産し続けるのか?同じニンゲン同士なのに言葉や肌の色や文化や習慣の違いがそれほど恐ろしいのでしょうか?だからステレオタイプの心理ほど恐ろしいものはありません。この心理状態を一人一人が自覚しないと共倒れすると思います。それ以上に弱い者(地球や動物、そして仲間同士への愛)への共感、理解に勝るものはないと思います。

心理学者のマズローが唱えてた「欲求5段階説」というのがあるのですが(詳しくはここで参考URL先で)、このように欲求を満たすことに関しては飽くことを知らない人間なんですよね。
こうした欲求が社会心理として認められている以上、これをニンゲンの理性とはとうてい思えません。個人差はあれど、誰しも持っているのだと思います。たとえば孤独への恐れもそうでしょう。(この「群居」という人に群れたがるという本能は食欲よりも強いという説がありますが疑問です。この5段階の説のように底辺の欲求が満たされてこそ、求める余裕ができると思います。)

>生き残るのは強いオス達
とありますが、女である私は怖いと思いました。空腹が満たされたとき、生殖欲求が生じるでしょう。今度は種の保存を巡って「オス」同士で争いがおきますが、そうなると本当にニンゲン以外の動物の世界ですよね。
でも動物達はそれが役割なんですよね。地球は自ら滅ぶのでしょうか?淘汰されるべきときがきてもそれすら自覚しません。ただ神の意志にこうべをたれるだけです。そしてプログラム通りに作用している。木は春の訪れと共に新芽を出し、夏には葉を茂らせ秋には葉を落とし、冬には冬眠する。それを永遠に繰り返す。私はそんなサイクルに美を感じます。
質問者様の
>地球がまともだった
というのはそんな意味でまともです。というよりマジメです。でもニンゲンて甘えるんですよね。より強い存在に。でも甘えから自立しないと結局は生きていけませんよね。

その理性と称されるひとつに「自尊心」があります。それが世界を混乱させているのだと思います。権力に固執するラオウも、それにすがってしか生きられない(?)弱者のユリアも、結局自己実現を表現しているに過ぎないんですよね。
地球を捨てて宇宙に移住しても、そこでまた宇宙が汚されるし隣の国の異民族に代わる異種つまり宇宙人への「恐れ」からまた戦争をするかもしれない。

壊しても壊してもそれでもゴキブリのように地球の上にどっかと居座り続ける反省しないニンゲンの目的は、ひょっとすると自己実現したいがためそれだけなんじゃないかと思います。
この欲望そして希望が人間にだけ与えられた特殊なものなら、その実現のための食欲、睡眠欲、性欲という基本の3大欲求が必然的ならばそのために争うわけじゃないですか。今の世の中でも、北斗の拳の世界でも。そのために争いが続くのなら「ピラミッド型」の「底辺」と「てっぺん」は相克しているのでは?と思うんです。社会においては。
たとえば食べ物の資源がなくなったら人口が10億人にものぼる中国なんてどうするのか?現に貧富の差はまだあるわけですよね。その一方で1億数千万のグルメ天国日本はマスコミやテレビなどで食べ物を玩具にさえしている。でもそれすら輸入に頼っているのが現実なんですよね。
一方で北朝鮮やアフリカの飢餓問題も現実。日本て今「格差社会」とか言われてますけれど世界規模で考えたら全然甘いと思います。

だから誰か一人の「自己実現」は多くの「底辺」を犠牲にして成り立っているんです。ピラミッド型は個人についてだけを語っているのではないと思います。
現に今、隣の国でも有史以来も、古今東西の歴史が示していますよね。歴史は戦争の歴史そのものなんです。
なんか話が逸れてしまいました。

結局自分勝手にしたいからこそ本能を満たすものを食いつぶすんじゃないでしょうか。それが地球、宇宙、同じ種同士、というすべての環境において利用できるものは何でも利用するという。
じゃあ肉体の意味って何なのか?って考えると、意志のためのツールとなる。そうすると「知」を持たない動物や植物の意味がない。
そう考えると「精神」て後に付与されたものだと思うんです。はじめに肉体ありき。じゃあ肉体は何なのか?それ自体宇宙ですから人の社会が作る不完全で脆い秩序とは全く違う完全な秩序が存在します。そして精神が勝手に暴走するとき属性である肉体を必要とします。そして人の、他の動物の肉体や秩序を食いつぶす。
だから生きるって本当に恐れ多いことだと思いますよ。でもそんなふうに肉体は独立している(孤独)のに精神は人とのリンクを望む。本当に矛盾しているというか、これだけ勝手な生物ってやっぱりニンゲンだけですよね。

だから人にも地球にもプラスになるのならある意味「自我の欲求」から上は省いてもいいんじゃないかと思いますけれど(笑)。というより逆にそんな素晴らしい機能があるのなら、それを「調和」に生かせばいいだけのことでしょう?それを考えるのもニンゲンの意志で可能なのですから。そのとき初めてニンゲンから「人」になれる、つまりそれが人においての第二の誕生であると思います。

法なんてその薄皮1枚のもの程度でしょうね。おっしゃるように戦争や災害で秩序が崩れたとたん、あっけなくそれが剥がされる。でもそこに抑制が働くとき、つまり自らに「法」を課すとき、そのような人のもつそれを初めて「理性」と呼ぶべきかと思います。つまり極限状態で人は試されるのだと思います。

>環境が壊滅的になったとしても、必ず最後に知恵は勝つと思いますか?
横レスでスミマセン。それは残されたニンゲンの進化が決めるのだと思います。反省しないのならそれはそれでいつか淘汰されるべきでしょうし、そのとき社会心理に何らかの化学作用が生じて新しい人間が誕生するかもしれません。そのときそれはニンゲンの知恵が勝ったのではなく知恵を克服したのだと思います。
北斗の拳のエピソードでもありましたよね。ラオウにあえて反抗する食べ物のタネを守ろうとする共和主義者たちの共同体。でも村長は立ち向かったラオウに殺されてしまう。この村長こそ皆の共有物としようとした植物のような強さをもった人だと。あえていうなら未来のキリストのような人だと勝手に思っていますが・・・。

長くなりましたのでそろそろおしまいにしますが、ところでメル・ギブソン主演の「マッドマックス」という映画をご存知ですか?「北斗の拳」は映画公開後に描かれたのでうーん、パ○リといっては身も蓋もないのですが弱肉強食の世界や石油をめぐっての争い、暴走族が主役級とか、あまりにも似すぎているのですが(笑)。
あと大友克広の「アキラ」もそうですよね。あれも大きな戦争後の話でしたが、主人公の金田君達も暴走族(好きだったなー金田君)。
世界戦争後の話ってやっぱりイマジネーションを刺激するのでしょうね。

余談ですが、ご質問者様の「お礼」それぞれの「例え」が面白いですね。小泉さんは選挙に勝っただけで核シェルターに入ることができた結果「その後の世界」を担うことができるのでしょうか。それはあまりにも重過ぎる課題ですよね。それでも「痛みを伴う改革」と「(不毛の)世界の中心から改革を叫ぶ」のでしょーか(笑)

もういい加減最後にしますが、ひとつ疑問です。私は原作やアニメを全部見て読みきったわけではないのですが、食べ物が枯渇状態の世界でどうしてケンシローとかラオウとかはあんなにマッスルな身体でいられるのでしょう??(笑)

参考URL:http://www.dango.ne.jp/sri/maslow.htm

投稿日時 - 2006-05-31 06:52:05

ANo.7

ラオウよりも、のびたが勝ると考えられます。なぜだろう。
ラオウは、己の覇道を極めんがために生きています。鉄の意志で前にだけ進み、阻むものはことごとく粉砕していきます。しかし、これは短絡的です。
 それに対し、のびたの友愛はケオティックです。その発展に予測がつきません。無縁と思われるところにも突然生まれる。如何様にでも、何処にでものびてゆく。生命の本質を受け継いでいるのがのびたです。
ラオウが乱世の中で、わずかの間は最強なれど、多様性を孕んだのびたは乱世そのもの。ラオウはのびたの海で溺れてしまう。
気になるのは、ユリアです。
ラオウはユリアの前にあっけなく落ちますが、のびたは微妙です。
ユリアとのびたの関係を知りたいですね。
のびたがユリアに目覚めたとき、ほんとうに乱世が、終わるのかもしれません。

投稿日時 - 2006-05-15 15:34:02

ANo.6

暴力が支配する世界、恐怖が支配する世界が人類の未来・・・どうでしょうか? 北朝鮮の様な世界へ人類が向かっているのでしょうか? 生産性の面から考えると、荒野に放たれた二つのグループがあって、一つのグループは恐怖と暴力で組織の階級がきまるグループで、もう一つは
民主的なグループとします。どちらが組織としての力をつける事ができるでしょうか?どちらが先に文明を築くでしょうか?どちらに文化的てな生活が根付くでしょうか?軍事力は?・・・どちらのシステムも否定しませんが、暴力が支配的な組織がそれほど有利とは思えないですね。

投稿日時 - 2006-05-09 09:45:06

補足

ありがとうございます。確かに人類誕生以来、北斗の拳的世界が反映を極めた事はありません。核戦争が起きたとしても混乱から平和の再構築が三度なされると思います。ですが問題は前項で投稿したように毎年砂漠化してる地球環境だと思うのです。人類がビルドアンドスクラップを繰り反し文明を維持してきたのは地球がまともだったのが大前提ではないでしょうか。その大前提が人類のエゴで今もう崩れだしています。完全に崩れたとき、果たして暴力より知恵、ラオウよりのび太が、有利もしくは対等に共存できるのか不安なのです。環境がまともでも戦地ではのび太的人間が先にくたばります。人でも腹が減れば同胞すら食います。環境が壊滅的になったとしても、必ず最後に知恵は勝つ。と思いますか?是非暇な時にご回答願います。

投稿日時 - 2006-05-09 22:39:41

ANo.5

ありえるかどうかと問われればありえるでしょう。

次に、「人も社会と云々…」のくだりですが、
当然です。
それが社会の役割なんですから。

ただひとつだけ思うことは、
たとえば北斗の拳のような世界になったとしても、
現存の社会はなくなっていても新たな勢力、集団、社会は生まれるはずであり、
それは必ずしも腕力だけで成り立つものではないのです。
なぜなら人間には知恵があります。
もちろんある程度の腕力がなければ頂点に立つのは無理でしょう。
しかしながら、腕力以上に知力、魅力のバランスが取れていなければ頂点に立てるとは思えません。

これまでどの時代にでも腕力だけで頂点に立てた人間はいないはずですから。

投稿日時 - 2006-05-09 08:27:39

お礼

ありがとうございます。確かにそう願いたいです。が、砂漠化した大地で知恵が働き、新たな勢力、集団、社会が生まれるものでしょうか。。私には想像できません。。生まれるのは先があるからではないでしょーか。まぁ私の想定は極論ですので、地球が滅びる前に火星に移住してるなり、なんなりの回避のプロセスが踏まれてるのでしょうかね?全く想像できませんが。北斗の拳を例えたのはあの世界感は人もいち動物であるとゆう本質を描いてると思ったのです。

投稿日時 - 2006-05-09 23:54:06

ANo.4

phj

暴力でも何でも、それなりの行動を起こす場合には、それなりのリターンを計算して行動するものです。
ですので、全面的な核戦争というのは起こりえないと思います。
核戦争が起きてしまえば、戦争コントロールするのが難しく、戦争終結後に得られる果実が無くなってしまうからです。
戦争のボタンを押す権力者は、自分の利益に敏感ですから、そのようなことはしないと思います。(権力者はそれに従う者が居て初めて権力者として利益が得られるのです)

また、人口爆発といっていますが、現在の全世界の農業の生産力は、世界人口が100億程度なら十分に食べていけるだけの生産力があります。(今、先進国は必要な食料の3倍程度消費しています)
また、一気に食糧難になるのではなく、徐々に食糧難になってくるのであれば、経済原則が働き、場合によると農産物などの1次産業品が、3次産業の工業品と同等もしくはそれ以上になる可能性もあります。そうすると、農業が十分儲かるようになりますので、農産物の供給量はさらに増える可能性もあります。

私が子供の頃は、いつか全面核戦争でみんな滅んでしまうんだと、みんなが思っていました。
ノストラダムスの大予言は、核戦争しかありえなかったのです。しかし、すでに21世紀になり、また冷戦構造も終結しました。
いろいろ新たな問題があるとしても、人類の英知はそれを克服できると信じたいですね。

投稿日時 - 2006-05-08 13:45:28

お礼

ありがとうございます。核戦争起きませんかね?せっぱつまったら起きるのでは。。とかなり不安なんですよね。人類は悪魔の領域に手を出してしまいましたね。

投稿日時 - 2006-05-10 00:02:13

ANo.3

「>腕力の強い者が腕力の無い者をコキ使う世界」
はあちこちで既に現実のものとも言えそうです。コキ使うどころか殺していますからね。
もっともこの場合は、腕力が権力や政治力の比喩ということになるのでしょうが、自然界における腕力もただ闇雲に使われているわけではないことを勘案すれば、純粋の腕力よりも性質の悪いものと言うこともできるかもしれません。

それはともかくとして、確かにおっしゃるような状況では「北斗の拳」的世界が現出するかもしれません。
しかし、それが継続することはあり得ないと思われます。
なぜなら、腕力で腹を満たすことはできるでしょうが精神を満たすことはできないからです。
人間が完全に心を失うほど突然変異的に退化する状況を想定しているのでない限り、必要に駆られて一時的に腕力が幅を利かせることはあっても、精神が満たされない飢餓感が必ず沸き起こり腕力以外の秩序維持方法が模索されることになるでしょう。

投稿日時 - 2006-05-08 13:19:57

お礼

ありがとうございます。秩序があるから人間界は知恵があるものが強者になり得ます。秩序があるから一般市民もボブサップ的人間から殺されたりしません。法と知恵が人間界にあって良かったです。今は。。

投稿日時 - 2006-05-10 00:26:36

ANo.2

K-1

究極の「力(パワー)」とは暴力です。
それ以外の「力」は「理性」という縛りがあるから成立するのであって、
そういう縛りがなくなったときの「力」は暴力以上のものはないですね。
ですから、戦争や天災で理性もへったくれも無い世界になったときは北斗世界になるでしょう。

投稿日時 - 2006-05-08 10:40:35

お礼

ありがとございます。やはりそうですか。。そうでしょうね。その来るべき時代、アメリカで一番偉いのはブッシュではなく、マイクタイソンかもしれません。

投稿日時 - 2006-05-10 00:16:32

ANo.1

 お説はごもっともです。
 人類については、文明の構築、戦乱、さまざまな技術の喪失、再び一からの構築・・・という、気が遠くなるような堂々巡りの繰り返しであることは、歴史的に異論を挟む余地が無いからです。

 しかし、人類が、化石燃料を使い果たす前に、宇宙への本格的移住(エクソダス)に成功すれば、御懸念のような事態は回避できると信じます。

投稿日時 - 2006-05-08 06:49:12

お礼

ありがとうございます。宇宙への移住ってほんとあり得んのか?とかなり疑ってます。どーせ移住するにしても政府要人とか一部の特権階級だけで、自分みたいな庶民は見捨てられるだろ。。と思ってます。今だって核シェルターは市民には与えられてないけど、小泉純一郎には与えられてるはずです。

投稿日時 - 2006-05-10 00:11:24

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