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解決済みの質問

どうして輸血できないの(宗教)

 親友(同級生)がエホバの証人で私もいろいろ教えてもらってます。
 彼女はお母さんもエホバですごく丁寧に教えてくれるのですが、輸血は聖書で禁じられているので駄目だと言ってました。
 その話を軽く実家でしたら突然叔父さんが怒り出してその友達と付き合うのをやめなさいと言われました。(普段はいい叔父さんなのに)
 叔父さんは、聖書で輸血は禁じてないしエホバの人は血を分ければ輸血するからおかしいといってました。すごいけんまくで怖くなりました。
 私には、どっちも大切な友人と叔父さんだし二人とも信用していたし、難しい説明をされてもどっちがあっているのかわかりません。
 親友にも、もう一度聞くのはちょっと気まずいです。
 叔父さんにも話をしずらくなってしまいました。
本当に困ってます。お願いします。

投稿日時 - 2005-07-30 00:27:18

QNo.1547428

すぐに回答ほしいです

質問者が選んだベストアンサー

ここにエホバのことについていろいろ調べた人がいますので読んでみてください。

http://www.d2.dion.ne.jp/~majinbuu/ougi.htm

輸血の理由も載っていますが、理由はもろに宗教的理由ですよ。
かなり長い内容なので輸血の部分だけここに書いておきます。

『「永遠の生命」と呼ばれる不老不死はハルマゲドン後の楽園でしか手に入りま
せん。そして輸血をすると楽園に行けませんから不老不死になれません。だか
ら不老不死になるために断固として輸血を拒否します。

輸血拒否はエホバの証人にとって究極の信仰の表明です。輸血を断固として拒
否して、自分の信仰を貫いて死んだ人が楽園で生き返れなければ、普通の信仰
を持つエホバの証人は誰一人として楽園に行けないと考えます。ですから輸血
拒否で死ぬのは不老不死を確実に手に入れたのと同じ事になります。

仮に今、緊急輸血をして命が助かっても、輸血をした以上、「永遠の生命」は
もらえませんから寿命で死ぬことになります。生きてハルマゲドンを通過した
いのは誰でも同じですが、緊急輸血をしないと絶対に命が助からない状況にな
った時に、信者に選べる選択肢は2つしかありません、

一つは輸血をして、不老不死を手に入れる事をあきらめ、普通の人と同じよう
に寿命で死ぬ道です。もう一つは輸血を拒否して、一度死んで、その後で楽園
でゾンビのように死後の世界から生き返って不老不死になる道です。

普通の人がまともな頭で考えたらちょっと信じられない教えだと思いますが、
ものみの塔の教えとは、一度信じてしまったら後戻り出来ない特殊な教えです
ので、気楽に考えず、取り扱いには充分に注意して情報を集めて下さい。』

エホバ的予言でもうすぐハルマゲドンがやってくるそうで、決まりを守っていれば楽園に行けて不老不死になれるそうです。もし破ったらそのまま寿命がきて死ぬそうです。

普通に考えたらアルマゲドンこないし、不老不死もありえないんだけど、ここの人たちはマジメなのかそれを信じているみたいですね。
マインドコントロールですかね。

早いとこ友達の目を覚まさすか距離をおくかするべきです。
叔父さんのいうことは正しいです。エホバなんかにはいっちゃだめですよ!

投稿日時 - 2005-07-30 00:45:31

お礼

不老不死って言われても初めて聞いたので???なのですが

叔父さんは血を分ければ輸血するっていってたし、謎です。

なんとか確認してみます。

投稿日時 - 2005-07-30 14:22:27

ANo.2

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回答(30)

ANo.30

>先日、心配そうだった叔父さんに打ち明けました。
>順番に話すのがむずかしくて、結局ここも見てもらいました。

そうですね、それで良いと思います。

ここに書かれている意見は玉石混交ですけれども、叔父さんが真に宗教的な人であれば、天使から支持を受けている意見か、悪魔から支持を受けている意見か、きちんと見分けられると思いますよ。

投稿日時 - 2005-08-04 00:04:29

補足

先日姪に、こちらで意見を伺ったと聞き驚きました。

本来なら、私共がやるべき事をみなさんでアドバイスして頂き感謝しております。
私は過去エホバの証人とも関わりがあり、聖書は新世界訳と新共同訳どちらも目を通しています。
 看護師を目指す姪が友人とめぐり合い、この問題に疑問を抱いたのは必然でありましょう。仏教的にいえばご縁があったという事です。

 今回はたくさんの助言をしていただきました。ざっとですが、すべて目を通させていただきました。兄弟の意見も興味深く拝見しました。

私自身は特定の信仰を持っておりませんが、信仰心は持ち合わせており、また他人の信仰は尊重されるべきものだと考えております。
輸血に関して言えば、本人が納得するのであれば否定しない立場です。
姪の交友関係を心配したのは、統治体流に書けば兄弟姉妹に影響されると平衡の取れたものの見方は難しくなると考えたからです。

◆兄弟の方へ
輸血拒否に関しては、聖書の解釈ですので個人の選択の自由であると考えます。ですが、輸血をしないものもまたイエスキリストを通してエホバ神に崇拝を捧げていることを忘れず、尊重してください。
 私が組織を離れたのは、統治体が唯一の神の組織である根拠のひとつが『兵役拒否』であった事が大きく関与しています。
歴史的に見れば近代キリスト教で『兵役拒否』を確立した(アメリカで勝ち取った)のは南部バプデストの聖書主義すなわちアーミッシュ及びメノナイトの信者です。そもそもラッセル氏が設立した組織は南部パブデストが母体ですから『兵役拒否』の導入は自然な流れと考えられます。
 にもかかわらず、『兵役拒否』を組織が語るときはあえてアメリカの事例に触れず、ナチスとエホバの証人の逸話のみに触れて真の組織を名乗り、母体となった宗派すらサタンの影響下という事が納得できなかったのです。

◆その他の信仰を持つ方々へ
頑なになり、相手を貶める道は聖書の道ではありません。
イエス・キリストを通して主を崇拝するものは言葉を聞き分けた羊であり、
他の群れもやはり羊であり、ただ一人の羊飼いに属していることを喜びとし、
言葉・すなわち愛を語れば良いのではないかと思います。

聖書的にいえば、天国のかぎを持っているのは兄弟姉妹だけではない。
その逆でもない。
どちらかが偽預言者や偽キリスト、ましてやサタンであるわけでなく
主はどちらの魂を込めた崇拝にも応えて下さるのではないでしょうか。

もう一度言いますが、私は信仰を持っておりません。
信仰を尊重しますが、頑な信仰はかえって主を貶めると考えます。
信仰によって引き起こされた戦争はないと考えますが、信仰の名の下に死んだ兵士もまた膨大だと考えます。

あなたがたの信仰が、主を賛美し、自らと兄弟を高めるものでありますように。

姪とこのような話題を冷静に話すことは困難でした。
また、私の主観を押し付けるのではなく、みなさんの意見を良く読んで欲しいと思っております。
このような機会を与えて下さり感謝しております。

投稿日時 - 2005-08-04 00:55:37

お礼

みなさん、本当に本当に沢山おしえていただいてありがとうございました。
まとめてのお礼になります。ごめんなさい。
ポイントも、順番にします。すみません。
ありがとうございました。

投稿日時 - 2005-08-05 14:27:06

ANo.29

katyanさんへ

いちいち論議するのも好みませんが、誤った情報は正したいと思います。

>あの宗教は他の本で、聖書を使っていないでしょう。
>かってに聖書をいい所だけ抜き出し、

聖書を真のよりどころとしています。他の出版物は、聖書の解説書であり、教理の根拠となる聖句を参照しています。それを勝手とみなすかどうかは、katyanさんの個人的な見解ですね。エホバの証人は、毎日聖書を読むことを勧められています。年に一回聖書を読み通すことを目標としている人も少なくありません。

>教祖を中心として考えるのか

エホバの証人は、人間の教祖を立てていません。イエスを会衆の頭としています。

>律法を行うことによっては、だれひとり神の前に
>義と認められない」ローマ3章20節

使徒15章29節に
「偶像に犠牲としてささげられた物と血と絞め殺されたものと淫行を避けていることです。これらのものから注意深く身を守っていれば,あなた方は栄えるでしょう。」
と書かれています。これは、律法ではありません。当時の統治体の支持です。エホバの証人は、血を注意深く避けているのです。

投稿日時 - 2005-08-03 21:15:58

ANo.28

まあキリスト教というのは聞けばキリがない
そして誰の言葉が正解なのか?わからなくなると思いますが、それぞれの回答が正解だと思う
 一度 asakoasakさんも一度聖書を自分の信仰によって読んでほしい。聖書は次のように書いていますね

「神はそのひとり子を賜わったほどに、この世を愛して下さった。それは御子を信じる者がひとりも滅びないで、永遠の命を得るためである」。ヨハネ3:16
いいですか?誰かの言葉を信じるのではありません
あくまでも救い主イエスを信じるものが救われると
行いによって救われないと聖書に明確に書いていますね
律法を行うことによっては、だれひとり神の前に義と認められない」ローマ3章20節

もう一度ゆってくりあなたの聖書で読んでください

投稿日時 - 2005-08-03 18:19:38

ANo.27

No.15です。

そろそろ皆さんのご意見も出揃ったことかと思います。

No.21で挙げました様に、イエス様は霊的世界の真実を語っておられます。
イエス様の御言葉を、この板風にアレンジしますと、「体内に摂取するものは肉体を害することはあっても、人の本質である魂を害することはない。」ということになりましょうか。

宗教というのは霊的なもので、「人の魂に与える影響」を語るものです。
体内に摂取するものの是非を問うたり賛否を唱えたりすることは、医者や栄養士の仕事であって、本来、宗教が携わる仕事ではないものと考えます。

こうした(体内に摂取する物質に関する)分野に必要以上にこだわって、思想的な理由で拒否までしたりするということは、これは「我が身大事の唯物思想」に堕していると見なすことが出来ますから、この時点で、もはや「宗教と呼べる思想ではない」と解釈して良いと思われるのです。
私自身は、この輸血拒否問題が社会的に浮上した時点で、その答えが出たと解釈しています。

投稿日時 - 2005-08-03 02:45:06

補足

先日、心配そうだった叔父さんに打ち明けました。
順番に話すのがむずかしくて、結局ここも見てもらいました。

投稿日時 - 2005-08-03 03:58:04

ANo.26

17の補足です。まあ聖書をどのように扱うのか?
その基準のあり方によって考え方が違います
私は新約聖書の「愛し合いなさい」という言葉を基準にして考えますね

自分を基準にして、天国に行く、このようにすれば天国にいける。
そのひとつが生きたままの血を飲まない(献血する行為)だから天国に行けると考えているんじゃないかな?と推測しています
もし、聖書の中の「するな!」という規則を守れば生きていけないと僕は思うけどね。

僕が一番不思議なのはこの時代に輸血をするな!といってる訳ですよね。この時代、輸血をしていたのかな?ごめんね、回答じゃなく質問してしまいました

あの宗教は他の本で、聖書を使っていないでしょう。かってに聖書を
いい所だけ抜き出し、あっているような感じで書いている。ここが怖い。もちろんエホバの人はすごくやさしいというのも知っています
(見習う必要はありますが)
まあ信仰の違いでしょうね。教祖を中心として考えるのか
それとも聖書を中心として考えるのか(聖書も違えば意味もかわりますがね)
信仰というのは難しいね

投稿日時 - 2005-08-02 20:10:25

ANo.25

No.24のmickey_goo さん,誠実なご回答ありがとうございました。今回の書き込みには全面的に同意いたします。

私はエホバには賛成しませんが,その主張が輸血拒否だけに特化され,世間でゆがんだイメージで捉えられているのは残念に思います。

これからも冷静かつ地道にご活躍くださいませ。

また,質問者様,横道にそれて申し訳ありませんでした。

投稿日時 - 2005-08-02 16:49:55

ANo.24

kaitenzushiさん、ご指摘ありがとうございます。

>>全体で考えたら、輸血ありの死者と輸血なしの死者は、どっちが多いのかおのずと結論がでますよね。

私も、この文章を書きながら、誤解を招くかなと不安に思いながら書きました。言葉足らずでしたね。

>これは比較対照が違うのでおかしいと思いますよ。「輸血しなければ助からない」状況のみで考えれば,

私が書きたかったのは、例えになりますが、輸血全面的にOKの人1万人と輸血は絶対しない人1万人の死因を比較すると、血が関わる原因(血液型誤認、エイズなどの感染症)で死に至る人は、輸血OKの人の方が多いのではないかということです。

「輸血しなければ助からない」という状況は、医師や病院のラインの引きかたで異なってくると思いますし、実際、輸血しても亡くなる人もいます。ですから、「輸血しなかったせいで死んだ」かどうかという点は、非常に微妙で、検証の余地がない問題かもしれません。

ご指摘を受けた文章自体が不適切だったかもしれませんね。読み流していただければと思います。

kaitenzushiさんの平衡のとれた見識に感謝します。

投稿日時 - 2005-08-02 14:58:30

ANo.23

ルール違反かもしれませんが,No.22さんの文言に引っかかりました。

>全体で考えたら、輸血ありの死者と輸血なしの死者は、どっちが多いのかおのずと結論がでますよね。

これは比較対照が違うのでおかしいと思いますよ。「輸血しなければ助からない」状況のみで考えれば,拒否すれば死亡率100%です。承諾すれば感染症にかかる確率を入れても,99%くらいの生存率になるでしょう。おっしゃる事実だけを見れば,たしかに輸血なしの死者は数字には出てこないでしょうが,だからといって輸血なしの方が安全かのような言い方(少なくとも読む方はそうとってしまう)はいかがなものかと。

エホバがいけないとか,輸血を認めるべきだと言っているのではありません。単に比較の仕方が間違っているというだけです。輸血をしない方が助かる率が高いという主旨になっているので,そうではないと言いたいのです。

でも,エホバの輸血拒否により医療技術が進んだ面もあります。それは評価してよいと思います。
脱線したのでこれ以上は述べませんが。

ごめんなさい。どうしても気になったので書かせていただきました。

投稿日時 - 2005-08-02 11:55:32

ANo.22

#14のエホバの証人の者です。

一刻一秒を争う時、いろいろ検査しないといけないなんて言ってませんよぉ。成分輸血は、どうだったかな?血液なのか微妙なところなので、それを受け入れるかどうかは、個人の決定に任されています。そうしたグレーゾーンの治療に関してはエホバの証人は、どの治療を受け入れて、どの治療を受け入れないか、自分の決定を書いたカードを携帯していますので、お医者さんは、それを見て、即時に、判断できます。日本全国のエホバの証人の無輸血治療に協力的な医師がリストアップされていますので、緊急時には、その病院に搬送してもらいます。協力的な医師は、エホバの証人が受け入れられる方法で、最善の処置をしてくれます。エホバの証人の医療連絡委員会という組織がそうしたお医者さんたちに情報提供してあるので、迅速に対応してもらえます。

ちょっと具体的な数値を覚えていないのですが、30%の出血では、まだまだ大丈夫だったような気がします。人の命をつなぎとめるのに最低限必要な赤血球は、これまで考えられていたよりもっと低かったハズ。生理食塩水(これもうろ覚えで自信ない)などで、全体の血液量を増やすことで、状態を改善できると聞いています。正確な情報は、お友達から、無輸血治療に関するビデオを見せてもらって下さい。

では、一番問題の輸血しないで死んだらどうするの?という部分ですが、それは、この場で説明するにはあまりに深遠な事柄ですので、とりあえず、お友達と本一冊勉強をしてみてください。そこで学んだ事柄にあなたが信仰を抱けるかどうかです。あなたが、それに納得できなければ、仕方ありません。

「エホバの証人」というと、「輸血できない」という先入観がありますが、私の周り(組織内でけっこう付き合い広い方ですが)には、輸血しなかったから死んだというのは、聞いたことがありません。(まぁ、例の事件は、本当に、輸血しなかったから死んだのか微妙なところですから、置いておきますが。)むしろ、血液型を間違えて輸血されて死んだとか、エイズに感染したとか、いうことの方がよく見聞きしますから、全体で考えたら、輸血ありの死者と輸血なしの死者は、どっちが多いのかおのずと結論がでますよね。

投稿日時 - 2005-08-02 10:22:57

ANo.21

No.15です。

>聖書の言葉でいわれると、わかる気がします。

では、聖書よりイエス様の言葉を紹介したいと思います。

マルコによる福音書7章14~23節より>
「あなたがたはみんな、わたしの言うことを聞いて悟るがよい。すべて外から人の中にはいって、人をけがしうるものはない。かえって、人の中から出てくるものが人をけがすのである。」[聞く耳のある者は聞くがよい]。
イエスが群集を離れて家にはいられると、弟子たちはこの譬(たとえ)について尋(たず)ねた。すると、言われた、「あなたがたも、そんなに鈍(にぶ)いのか。すべて、外から人の中にはいって来るものは、人を汚(けが)し得(え)ないことが、わからないのか。それは人の心の中にはいるのではなく、腹(はら)の中にはいり、そして、外に出て行くだけである」。イエスはこのように、どんな食物でもきよいものとされた。さらに言われた、「人から出てくるもの、それが人をけがすのである。すなわち内部から、人の心の中から、悪い思いが出て来る。不品行(ふひんこう)、盗(ぬす)み、欺(あざむ)き、好色(こうしょく)、妬(ねた)み、誹(そし)り、高慢(こうまん)、愚痴(ぐち)。これらの悪はすべて内部から出てきて、人をけがすのである」。

イエス様はこの様に、人を汚すものは、はっきりと「(人の内部にある)悪想念」であると言われています。
自分を汚しているだけでなく、他の人をも汚してしまうような「悪想念」を糺(ただ)しなさいと言っているのです。
何を食べて良いとか悪いとか、そんなことに気を使うよりも、自分自身の中にある「悪想念」を見つけ出し、それを糺して行く方が、遙かに大事なことだと言っているのです。

>どっちも合っているし

片方は間違っているんです。

投稿日時 - 2005-08-01 23:02:07

ANo.20

#16です。
じゃぁあなたは何が聞きたいの?
質問ではどっちがあってるかわからないって言ってたじゃない。
何が聞きたいのかよくわかりませんよ?^^;

投稿日時 - 2005-08-01 16:34:50

ANo.19

お友達はエホバなのに看護師になるのですか? 自分は輸血しないけど,他人の輸血はするのでしょうか。仕事と割り切るからでしょうか。

親友ならばはっきり聞けばいいでしょう。気まずいと感じることはないと思いますよ。あと,叔父さんには,
「私はエホバに入るつもりはないから,つき合いをやめろなんて言わないで」
とお願いしましょう。

エホバが悪いとは言いません。ただ,今の日本の社会には適応できない部分が多いので,「異端」扱いされてしまいます。
私の子どもの頃から見れば,今の日本の社会の方がおかしいような気もしますが(爆)

投稿日時 - 2005-08-01 15:50:58

ANo.18

こんにちは

★信仰とは本来、調和と平和を目的としています。
イスラムもエホバの証人もおなじ神様を信仰しています。
(エホバの証人はイエスをキリストと信じている)
仏教だって根底の精神は変わりません。
だから、お互いを尊重するべきだし、この国は法的にもそのようになっています。

親友が神さまを信じている事、あなたが親友(叔父さん)を信じる事。は聖書(イエス)の教えでもつながっています。
だから、お互いを信じてあげるべきです。

にもかかわらず、ややこしいことになりましたね。
●信仰によって輸血しないのはわかる。(親友を認めてあげたい。)
●別の見方で信仰によって輸血をするというのもわかる。(叔父さん)
●医学的には、大出血で唇が紫になる(チアノーゼの場合ですね。)、一刻も早い輸血が有効なのに、(医学的に)そうじゃないとエホバの証人の人は主張する。

★もう一度いいますが、信仰は尊重してあげるべきです。

●医学の名において信仰を否定することも相応しいことでないでしょう。
(前の方のイスラム教徒に牛肉を食べさせるの例えそのものです。)
でも、信仰でなく、医学的に間違ってる(輸血は必要ない)と言われたら
確かにひっかかりますね。

この辺を整理してから(回答をもらって)親友と話し合ってみたほうが良いかもしれません。(本当の親友であれば、うやむやにするのは感心しません。)

投稿日時 - 2005-08-01 15:36:15

ANo.17

No8の補足です
たとえば友達に輸血を必要とする人がいますよね?
もし、輸血しないで死んだ場合、それが愛している行為なんでしょうか?
聖書は「愛し合いなさい」つまり進行形です。
もし、死んだ場合、愛し合うことできないですよね

そして、聖書は御言葉をのべつたえよという、一つの命令があります。死んだ場合、どうして伝えることができるのでしょうか?

聖書はすごくあいまいな言葉です
愛するという言葉もあいまいですよね?
人によって怒るのも、またやさしくするのも愛です
このように基準が自分の経験を通して聖書の言葉を自分なりに理解している事から始まります
(同じ教会の牧師でさえ、まったく違う人がいるぐらいです、私はそれでいいと思ってます。)
詳しく書くと聖書を読んでいけば理解できると思いますが・・・・・

投稿日時 - 2005-07-31 16:33:03

お礼

その通りだと思いました。

生きていればこそだと思います。

でも、親友やお母様は死ぬって事を考えていないように思うんです。

こういう場合は死んじゃうけどどうなのってのを

わかってくれたら、輸血してくれるんじゃないでしょうか?

投稿日時 - 2005-08-01 13:35:50

ANo.16

なんで聖書の解釈が違ってくるのかについてですが、
聖書は遠まわしな表現が多く使われる伝承であることと、聖書を逐語的に読もうとすると前後の記述で矛盾が出てきてしまうのがその理由の一つです。
ですから、聖書を読むには主観的な判断がかなりの部分要求されることになります。
また聖書にかかれていることを全て客観的事実と認めるのかそうでないのか、科学の発展や時代や歴史とともにその宗教観をどの程度どんな風に変容させてきたのかなどの違いでもあるでしょう

エホバの証人は旧約聖書創世記9章第4節にある「ただし、その魂つまりその血を伴う肉を食べてはならない」というくだりを拡大解釈し、輸血拒否の根拠としています。

また叔父さんがなんでそんなに怒るのかですが、それはあなたのことが心配だからです。戦後、カルト教団が変な事件を頻繁に起こしておりますが、そのような事件に巻き込まれさせたくないのです。
エホバの証人がカルトであるか否かには賛否両論があって明確な答えは無いと思いますが、実際問題として、輸血しないことで延命が出来ないエホバの証人が世界中で数百人規模でいると推計されることなどから、かなりカルト性が高いものであると言うことができると思います。
そして中でも日本のエホバは欧米のように宗教的・文化的な背景を持ち合わせていないことから、新興宗教としての性格が強くなってしまいがちであるということも否定できないと思います。

投稿日時 - 2005-07-31 00:33:13

お礼

私はどっちでも解釈はいいと思うんです。

彼女は医学的な事もすごく勉強してるし
優秀です。

カルトって感じはないのです

投稿日時 - 2005-08-01 13:31:57

ANo.15

>輸血は聖書で禁じられているので

私の持っている聖書には、「汝(なんじ)、輸血するなかれ」というくだりはどこにもありません。

>どっちがあっているのかわかりません。

ですので、叔父さんの言われていることが正しいと思います。

投稿日時 - 2005-07-30 23:29:17

お礼

聖書の言葉でいわれると、わかる気がします。

どっちも合っているし、信じればいいと思うんです。

でも、

医学的に無輸血が安全だ。
とか
輸血したほうが危険が大きい
とか
言われると、それは違うと思います。

投稿日時 - 2005-08-01 13:28:35

ANo.14

エホバの証人の者です。

インターネットでは、エホバの証人について、いろいろ言われています。信者としては、実際に目にしていることと、インターネット上で言われていることの差があまりにも大きく、何も知らない人が、これを信じてしまうのかと思うと、うんざりさせられます。

とにかく、あなた自身の目で確認することです。納得いかなければ、勉強をやめればすむことです。

一番下のリンクは、輸血拒否について、色んな宗派のキリスト教の人たちと論じたもので、少し難しいかもしれません。その上のリンクは、輸血拒否によるリスクがほとんどないことが書かれています。

参考までに。

http://knowledge.yahoo.co.jp/service/question_detail.php?queId=5226874

参考URL:http://oshiete1.goo.ne.jp/kotaeru.php3?q=1219572

投稿日時 - 2005-07-30 23:06:43

お礼

エホバの方ですね。

リンク読みました。難しかったです。

実際に交通事故の場合で
体内の30%が出血したら一刻を争います。
唇が紫色になって、意識がなくなって
数分を争うとき、
すべての検査結果を待って
成分輸血しなきゃいけないんですか?
友人もそう思ってるんですか?
教えて下さい。

投稿日時 - 2005-08-01 13:25:59

ANo.13

No7、No9の回答者です。

No7に関して、
>友人は、こんなに極端な行動はしてないです。
>お母様も押し付けてくるようなことはないです。

>いくらなんでも、「カモ」というのは親友への侮辱です。

「カモ」はあなたの友達ではなく、あなたの次に来る「信者候補」
のことです。表現が極端な印象を与えたようで、申し訳ありません。

No9に関しては、

>私の親友もお母様も洗脳されている。

>あんまりです。

とのご意見がありましたので、両方について再々回答します。

まず、
>友人は、こんなに極端な行動はしてないです。
>お母様も押し付けてくるようなことはないです。

とありますが、これらの行動には段階があり、私が回答に書いたのは
「最終段階」といいますか、本物の信者になった状態のことです。
ですから、今現在のあなたには「そこまで見せていない」のだと
思います。
先に言っておきますが、信者の方々は「さぁ、こいつを騙して信者に
してやろう。」といった意識で行動しているのではありません。
あくまでも「それが神の意志に従ったすばらしい行動だ」と本気で
信じての行動です。また、「神の意志に従うためにはこのような
手順でお話を進めなさい」といった決められた手順もありますので、
友達の親子は純粋に「良い行い」だと思い、それに従っていると思います。

また、
>私の親友もお母様も洗脳されている。
>あんまりです。
について憤慨されているようですが、一歩離れて冷静に見ていただければ
宗教は、この「洗脳」の要素なくしては語れません。
それでなければ「自分たちの教義は真の神の教えだから絶対に間違いがなく、
世間にある私たち以外の宗教は全て邪教だ」といった、何の批判も許さ
ない発言はありえないでしょう。
科学の世界では何らかの仮定や理論は常に批判、反論にさらされ、徐々に
真実に近づきます。
宗教はそれを許しません。
「この宗教が正しいということを信じる、だから反論はない」との意識に
ならないと信仰は成り立ちません。

何はさておき、もし、友達や友達のお母さんが信者仲間と「姉妹」と呼び
あっているのでしたら、それは本物の「信者」ですから、私が書いた
1~6の事を事実かどうかを確認してみてください。

私は、「(下の文について真偽を友達に確認されることを勧めます。
友達が「攻撃」と受け取った場合の責任は取れません。あしからず)」
と書いていますが、実は事実確認の質問で、友達のお母さんあたりは
逆ギレする可能性があるから書いたものです。

なぜなら、この1~6の質問に対し、嘘をつきたくないという良心と
今はまだ知られたくない、という教団の教えに従おうとする心の葛藤
があるからです。

心情的に友達とお母さんを、心ない回答者の攻撃から守ろうとする
あなたの気持ちもわかりますが、冷徹な事実も知る勇気が必要だと
思いますよ。

投稿日時 - 2005-07-30 17:27:09

ANo.12

♯6です。

コメントを見ているとどちらかといえば信者の親友さんの肩を持たれたいご様子に見えます。

もちろん信者以外から彼らを見ると奇異に映りますからその素直が感想が暴言に聞こえるかもしれません。

しかし、考えてみてください。私を含め、ここで回答している方々全て、貴方がエホバに入信してもまったく他人事、影響がありません。ぶっちゃけ「しったこっちゃない」と言える立場です。

それでもこれだけ、貴方にとって親友を非難されているように聞こえる意見が出ます。

話の方向を変えましょう。これだけ見ても分かるとおり、エホバの証人に対する世間の風は冷たいです。もちろんその信者である親友さんへの風も冷たいです。貴方が叔父様を怒らせて、この冷たい風に晒される覚悟があった上で入信する意思がおありなのでしょうか。

もしそうでなければ貴方は親友さんと付き合っていく上でなにがあろうとも入信しない、という確固たる線引きが必要かと思います。それを示せば叔父様も何も言わないんじゃないでしょうか。

ちなみに洗脳、という言葉
(1)第二次大戦後の一時期、共産主義者でない者に共産主義教育を施して思想改造をはかったこと。
(2)転じて、ある人の主義・主張また、考え方を根本的に変えさせること。

三省堂提供「大辞林 第二版」より

とあります。
もし貴方が親友さんの言葉を鵜呑みにして入信し、エホバに傾倒するというのであれば、暴言でもなんでもなく事実として(2)の意味には当てはまるかと思います。

投稿日時 - 2005-07-30 17:02:54

お礼

入信するとかしないとか、そういう問題じゃないです。

輸血を信仰でしないとかいうんだったらわかる気がしたんですけど
無輸血が安全だっていうんだったら
勉強している親友にも、
そうでない急激な失血の場合とか
わかる筈なんです。

どうしてなんだろう。

投稿日時 - 2005-08-01 13:20:10

ANo.11

叔父さんは正しいのです。あなたは、友達に半分鴨にされかかっています。あなた自身に宗教に関してしっかりとした考えをもっていたら、友人親子は過去のエホバの例として、付き合わないと思いますよ。あなたが、エホバの疑問を一つでも口にしたら、その何十倍の悪口になって帰ってきます。彼らは、彼らの世界でしか生きていないのです。私も昔、誘われて、聖書の話から、神の存在意義、等々遣り合ったら、悪魔だ、邪道だと散々罵られました。そんなものです。その友人とは、宗教以外の付き合いをしていますか?案外、話が全て宗教に結びついてはいませんか。
もし、結びついていたら、付き合いも含め、手遅れになる前に考えたほうがいいですよ。

投稿日時 - 2005-07-30 16:49:14

お礼

叔父さんは正しいと思います。

でも、だからといって友人に騙されているというのはあんまりです。

付き合いをやめる気はありません。

投稿日時 - 2005-08-01 13:16:07

ANo.10

こんにちは。

「血液を分ける」事について。
エホバは教義によって輸血を禁じているのはご存知の通り。
しかし医学の発展した現代では、血液そのものではなく、赤血球等の成分、それを元に作られる血液製剤など多様な輸血が行われています。
彼ら自身も自らの教義で苦労しているのは事実であり、その中で血液製剤や人口血液などを認める動きが出始め、近年正式に認める事になった訳です。
(当然これには内部反発もあり、原理主義的な一派は認めていません)

これが血液を分ければ輸血すると言う事の意味です。

くり返しますが、あなた自身がしっかりすれば事足りる話です。キリスト教と一口に言っても様々な宗派があります。(カトリックとプロテスタントだけでもかなり違います)
自分の宗教以外の他者を排斥したいのなら二者択一的な考えを持っても仕方ないですが、世の中の多くのキリスト教徒がそうであるように、普通は他人が何を信仰していようと気にしないでしょう?
エホバはキリスト教諸派の中でも、非常に熱心な部類でかなり真剣に教義を守ろうとしています。それは事実です。ゆえに部外者から見ると奇異に映るでしょうし、それはある種カルト的な雰囲気を持っています。
叔父さんが心配しているのは正にここで、あなたがエホバに入信してしまうのではないか、と思っている訳です。
あなたに必要なのは客観的な視点ですね。

物事にはいろんな側面があります。単純に善悪で分けるべきではないのです。戦争を考えてみて下さい。それぞれの兵士に事情を聞けば、どちらも正義の為に戦っています。太平洋戦争では日本は悪とされていますが、我々の祖先は悪人だったのでしょうか?それと同じ事で、あなたの友人も叔父さんも正しくもあり間違ってもいるということです。
しっかりすると言うのはどちらかの意見を全て信じる事ではありません。あなたの友人は信仰を持っていますから、自分が正しいと思う事をあなたにも正しいと思って欲しいでしょうし、それであなたが救われるのではないかと考えているかもしれません。相手に為に何かしてあげたいと思うのは親友として当然の感情ですから。
叔父さんも同じです。あなたの為に意見をしているのです。

あなたはどう思うのか、輸血をして欲しい、してあげたいか、そこをはっきりさせて於けば問題ない事です。

個人的な話ですが、僕は無神論者ですから特定の宗教は持っていません。友人にはイスラム教の人もいるし、カトリックも居ます。知人レベルなら創価学会もいますしエホバもいます。でも、普通に付き合えます。
相手が嫌だと言う事はしませんし、配慮もしますが、逆に向こうも僕に何かを勧める事はありません。宗教の話をすることはありますが、意見が食い違っても喧嘩になったりしませんしね。
もし自分が勧誘されてると思えば、残念ながらその人とは距離を置いてしまうでしょう。

投稿日時 - 2005-07-30 16:17:30

お礼

輸血は信仰の問題っていうのがよくわからないんです。

彼女も私も看護士を目指して勉強しています。
彼女の成績は私よりいいです。

無輸血療法や、血液成分の輸血の勉強もしました。

でも、交通事故の失血とか、急激な場合は
数分遅れれば助かりません。

その時に検査結果を待って成分輸血をしていたら
間に合いません。

ますますわからなくなりました。

投稿日時 - 2005-08-01 13:13:10

ANo.9

No7です。補足で回答します。

あなたが、仮に友達と集会に出席したとします。
家に帰ってその事を家族に話すと、当然家族は
怒ります。

しかし、その前にあなたは他の信者から先に
こう言われます。

「あなたの家族は私たちの正しい信仰を知らない。
そのためサタンの影響下にある。今日あなたが
集会に出席した事を家族に言えば、家族はきっと
怒りますが、これはサタンが我々に対し、なんと
か攻撃を加えようとしているためです。惑わされ
ないようにしてください。あくまでもご家族では
なくサタンのせいですよ。」

先にこう言われているため、家族が当然の反応と
して怒っても「なるほど、エホバの証人の言うと
おりだ。」と思いこむことになります。

一般的な反応でもなんでも自分たちの教団を優位
にできることであれば何でも利用されます。
数十年に渡る「洗脳」の技術ですから、なめて
かかってはいけません。

現在は輸血のみ有名になっていますが、実態は
それ以外にも日常から乖離した解釈も多々あり
ます。
先にお知らせしたURLで良く調べてください。

投稿日時 - 2005-07-30 12:41:40

お礼

私の親友もお母様も洗脳されている。

あんまりです。

投稿日時 - 2005-07-30 14:35:15

ANo.8

聖書に対する解釈の違いです。

たとえばある人が輸血しないなら死んでしまうという状況になったとき、信仰だから守る(輸血しない)というのがキリスト教の教えなのでしょうか?
神は一人一人を愛してます。だから私たちも愛し合いましょうと明確に書いてますね。
これがイエスの教えの基本ですよね。
さて asakoasak様はどちらが聖書的だと思いますか?
第一ヨハネ4章7節から抜き出しました

愛する者たち。私たちは、互いに愛し合いましょう。愛は神から出ているのです。愛のある者はみな神から生まれ、神を知っています。
愛のない者に、神はわかりません。なぜなら神は愛だからです。
神はそのひとり子(ご)を世に遣(つか)わし、その方(かた)によって私たちに、いのちを得させてくださいました。ここに、神の愛が私たちに示されたのです。
私たちが神を愛したのではなく、神が私たちを愛し、私たちの罪(つみ)のために、なだめの供え物としての御子(みこ)を遣わされました。ここに神の愛があるのです。
愛する者たち。神がこれほどまでに私たちを愛してくださったのなら、私たちもまた互いに愛し合うべきです。
と私たちが使っている聖書の言葉があります
一度あなたの目で考え判断してください

投稿日時 - 2005-07-30 12:16:25

お礼

わかるような、わからないような。
(もう一度読んでみます。)

愛し合うってことと、輸血の選択がどうつながるのか
よくわからないです。
叔父さんも聖書も持ってます、外にもいろいろな本を
どうしてそんなに解釈が変わるんでしょう・・

投稿日時 - 2005-07-30 14:34:18

ANo.7

信仰を持つことは、おそらくあなたの一生を変えてしまいます。
極限までの慎重さを勧めます。

下の参考URLのサイトをよくごらんください。
おそらく、このサイトが「エホバの証人」について一番詳しく書かれています。

ちょっと距離を置いて見ますと、自分たちの教義に合わせた聖書解釈や一部に
は聖書本体に対しての改ざんも見られます。
信仰を持ってしまえば、この「距離を置いて客観的に見る」ことはおそらく
できなくなるでしょう。
宗教界全体にも同様の問題がある、と思いますが(あくまで個人的にです)
この宗派が「自分たちこそ正統」と言っているためにそのギャップを強く
感じます。

叔父さんは何らかの宗派の信者ですか?
そうでなければ一時エホバの証人のドラマや新聞報道などがあったために
(自分の子供の交通事故で輸血を拒否し、結局子供は死んでしまった)
「本来、人を(魂を)救うはずの宗教なのに、なんておかしな宗教だ。」
といった感想をお持ちだったのでしょう。肉親としては自然な反応です。

友達との関係もありますが、自身について以下の点について耐えられるか
を考えておいてから再度お話されてもいいかと思います。
(下の文について真偽を友達に確認されることを勧めます。友達が「攻撃」
と受け取った場合の責任は取れません。あしからず)

1.輸血は「血を食べる行為」との解釈から輸血を拒否する。これは簡単
に死に至る。けがだけではなく、出産などでもいっしょです。
2.信者以外は「悪魔(サタン)の影響下にある」と解釈され、信者以外
との付き合いは制限される。特に家族であっても「信者・未信者」、
「信者・信仰を止めた人」が混在する場合、口もきけない状況となり
家族崩壊もあり得る。
3.「研究」と称し、過度の書籍を読まされる。また、「奉仕」という
伝道活動で自由時間がほとんど取れなくなる。これらは「時間管理」
される(報告が必要)。この書籍類は「寄付」との名目ですが、基本的
には有料です。伝道で配るのも自腹です。これらは「税金」のため、
金額を掲載できなくなったと言われています(売買だと税がかかるが
寄付だと非課税)。
4.信仰に害がある、と思われたり、噂されたりしただけで、宗教裁判的
な簡単な審議(長老と呼ばれる、地域のボスの判断のみ。弁護士的な
ものはいません)だけで首になったりする。この瞬間から他の信者は
あなたと口も聞きませんし、街であっても無視されます。これは今
仲が良い友達といえども例外はありません。でないとその友達も首に
なりますから。
5.「神(エホバ)に対する奉仕」が絶対的価値ですから、受験勉強も
できるだけやらないよう勧められます(その分奉仕する)。高等教育
されると反抗する信者が増えるので愚民政策を取っています。大学
受験は逆に軽蔑されます。そして、中卒や高卒で土木工事や大工の
見習いなどしながらの信仰生活を推奨(ほぼ命令)されます。
6.「エホバの証人の王国会館」というのが彼らの「教会」ですが、この
建設にかり出されます。もちろん寄付も取られます。信者は楽しそう
ですが・・・。

あなたは耐えられますか?
ちなみに友達に誘われて「王国会館」へ行くと他の信者が大げさとも
思えるほど歓迎してくれます(ラブシャワーと呼ばれます)。
これらの行動で「いい人たち」との先入観を持ち、信仰に対しての
慎重さを欠くようになります。
そして、信者になってしまうと、今度はあなたが「カモ」を歓迎する
立場になります。これは命令ですので逆らえません。
混同されやすいのですが、「個人的にいい人」と「その宗教が正しい」
かは全く別問題です。(正しい宗教という表現も疑問ですが・・)

参考URL:http://www.jwic.com/home_j.htm

投稿日時 - 2005-07-30 11:22:26

お礼

いくらなんでも、大げさですよぉ!

友人は、こんなに極端な行動はしてないです。
お母様も押し付けてくるようなことはないです。

いくらなんでも、「カモ」というのは親友への侮辱です。

投稿日時 - 2005-07-30 14:30:26

ANo.6

教えてもらっている・・・という表現でしたらエホバの証人の信者になるおつもりなのでしょうか?

もしそうだとしたら叔父様が怒られた理由はそれを止めようとしたのだと思います。

貴方が輸血をしなければ死ぬような状態でも信仰上の理由から拒否することに納得する・・・というような状態は身内からするとそれは恐ろしいでしょう。

まあ宗教もさまざまですが、信者がそれにどれくらい傾倒するかもさまざまです。先ほどの状態でもやっぱり輸血すると判断する信者さんも居るでしょう。もし親友さんが貴方が輸血を拒むことを強要するような傾倒ぶりをしているのであれば叔父様の言うとおりに距離を置くべきですが、自分の輸血に対する意見を明確に持ち、それを認めてくれる友人でしたら貴方さえしっかりしていれば心配はないと思います。

まあとにかく話すことでしょうね。

投稿日時 - 2005-07-30 01:48:04

お礼

友人にも叔父さんにも話してみようと思います。

良心で決定していいって事もわかったけど、
叔父さんの血を分ければ輸血しているてのは
よくわかりません。(いい加減なことをいう叔父さんじゃないんです。)

私がしっかりしないといけないんですね。

投稿日時 - 2005-07-30 14:28:41

ANo.5

まず、叔父さんも親友も、どちらもあなたのことを大事に思ってくれていることを理解して下さい。
その上で、二人の立場(理解)が違うことを踏まえて考えることが必要だと思います。
宗教の話題については、慎重になるべきです。
特にインターネット上では「匿名」での主張になるので、極端な意見が多くなりがちです。
もし、あなたが本当にこの問題について知りたいなら親友にあなたの疑問を素直にぶつけてみてください。また、自分自身の氏名、立場を明確にしている人物や本などを参考にすることが、混乱を避けるためのポイントだと思います。
ただし、最終的には「信仰」の問題になりますので、あなたが信じるか・納得できるか、ということになると思います。
自分自身でよくお調べになり冷静に判断されることをお勧めします。

参考URL:http://www.watchtower.org/languages/japanese/index.html

投稿日時 - 2005-07-30 01:26:27

お礼

URLみてみました。ありがとうございます。

輸血はあくまで良心の判断なんですね。

ありがとうございます。

投稿日時 - 2005-07-30 14:26:42

ANo.4

私の意見として、どちらも間違っていないと思いますよ。叔父さんは、エホバの証人のことを詳しく知らないこともあり、たまに新聞にも取り上げられていて、良いイメージがないから、怒ったんでないですか?
また、一般の方が目にする聖書とエホバの証人の聖書は、少し違うみたいです。
あなたは、エホバの証人と付き合ってきて、どういう人たちかはわかっているんじゃないですか?
私は、親切で誠実な人たちだと思っていますが。それに宗教は自由なんだし。
もう一度輸血について聞いても、親友は嫌な顔せず詳しく理解できるまで教えてくれるはずです。
無理に勧誘してくるわけじゃないし、聞けばいいんじゃないですか?

投稿日時 - 2005-07-30 01:10:01

お礼

友達は、絶対に教えてくれると思うし
それはわかってるんだけど、
傷つけたらいやだと思ってしまいました。

素直に聞いてみます。

投稿日時 - 2005-07-30 14:24:30

ANo.3

こんばんは。

旧約聖書及び新約聖書において、彼らは「輸血が禁じられている」と解釈しています。
大雑把に言えば「知を伴う肉を食べてはならない」「人の血を流すのは殺人である」という辺りかと。
しかし、この辺の解釈はエホバとキリスト教では異なっており、どちらも宗教的観点であって医学的観点ではないので、客観的に見て間違っていてもそれを説得するのは困難です。

イスラム教徒に牛を食べろ、と説得しているのと大差ありません。
あなたはエホバに入信している訳ではないでしょう?
だったらどちらかを信じる様な真似はしないことです。
人は宗教を越えて友人になれるはずで、意見が相容れないからといってもそれは裏切りではないでしょう。

あなたさえしっかりしていれば良い事です。そんなくだらない事でかけがえの無い友人を失っても良いのですか?
輸血の話をしても、普通に受け答えれば良いじゃないですか。「そっか、じゃあケガしたら大変だね」とか。
*厳密にはエホバは輸血に関する全てに反対している訳でもない様ですが。
叔父さんにも、きちんとあなたの思う事を話して、それはそれであって友情とは関係ないと言えば良いだけです。

それでも介入してくるならそれは叔父さんの方が間違っています。あなた自身が親友と距離を置きたいと思ったのならそれは仕方ないですが、第3者があれこれ言うべきではない。良い機会ですからいろいろと調べてみるのは良い事だと思いますよ。万が一あなたとその親友が誰か輸血が必要な場面に直面するかもしれませんし。

投稿日時 - 2005-07-30 00:57:11

お礼

そうですよね。
輸血がどうこうとかいう前に、
大切な親友を大事にしたいと思います。

投稿日時 - 2005-07-30 14:23:28

ANo.1

元々砂漠の羊飼いのユダヤ教ですから、羊を屠殺したとき出る血は大地に返さないといけないということらしいです。
エホバはやめたほうがいいですよ。
キリスト教と自分たちで言っているでしょうけど、キリスト教は認めていません。
カルトというか、ユダヤ教原理主義というか、妙な宗教です。
やってる人は、栄養失調のような色白で優しそうな人たちなのですが(創価学会とは正反対のタイプです)、自分の行動や価値観を他人に委ねている人たちですから、宗教>自分>信者>>>>>異教徒の友人=サタン
という意識です。

投稿日時 - 2005-07-30 00:33:07

お礼

そんなに極端な教えのようには感じられないのですが。

ありがとうございます。

投稿日時 - 2005-07-30 14:20:37

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