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解決済みの質問

ロボットは心を持ちうるか?

コンピュータが進化してあらゆることが可能になったとして、人間はコンピュータに心を持たせうるのでしょうか?
そのとき人間とロボットの区別はなにでできるんですか?
そもそも人間の心って特別なものなんですか?
考えるといろいろとわかりません。一緒に考えてくれませんか?

投稿日時 - 2005-07-18 04:16:28

QNo.1520816

暇なときに回答ください

質問者が選んだベストアンサー

極端に省略して書きますと、
もうすでに機械(ほとんどを無機質で人間が作り出したものとしてとりあえず定義)は心を持っています。
例としては、ウィルスチェックプログラムです。
このプログラムは自己と他者を区別でき、またその中から有害なものを認識し、注意・警告・駆除などを行います。これな免疫システムというだけではなく、既に心です。

私は、イランの"ハタミ大統領"を知覚するつど、オイシそうな気持ちが湧き上がります。分析すると、焼肉のハラミや和民のニヤケタ社長の顔を海馬が紐付けしているからだと気づきました。これを心だとすればウィルスチェックも同じ機構です。

もし、犬が親しい飼い主を見てシッポを振る、といった動作は心ではない。まして、ウィルスチェックは心のはずがない言う人がいるとすれば、それは人間の行動と似ていないのが原因なのでしょう。
その方向にあるのが愛知博の受付ロボット、ブレードランナーや鉄腕和アトムの葛藤ですね。
似せてあげれば、簡単に人は心と感じるに違いありません。
もう、この時代は既に一般人へも到来しています。
市販されている癒し人形(留守にして帰宅すると、人形が「淋しかったよぉ」などと言う)は大変よくできていて、実際、二人暮らしのご老人に話しを聞いたことがあるのですが、大変有機的な心の繋がり感じるとのことでした。

パターン認識や言語による経験蓄積を紐付け情報で引っ張ってきて、ドーパミンやノルアドレナリン、エンドルフィンなどのホルモンの代わりに電気他による信号になっているだけですね。これを心ではない、と否定する理由はないと、私は思っています。

人間は山やカラス(実際は山にはないがカラスにはある)にも心を感じたりする生き物です。
無機質だからと言って、心を区別できたりできる訳がない、と思います。まして有機質(クローンではなく)で機械を作る時代になれば、人間と区別するのはまず不可能でしょう。

愛や友情、美しい夕焼けをみた時の感動は?って?
それはそういう名詞として名前をつけて区別しているだけで、脳の働きは同じ原理ですよね。

子供が死んでミイラ化しても、母がいつまでも抱いたり背負ったりし続ける日本サル、動物園でゴリラの遊び場に落ちた人間の幼児を保護し、♂ゴリラを近づけようとしなかった♀ゴリラ、などの映像を見たら、心が人間にしかない特別なものとは、とても思えません。

投稿日時 - 2005-07-18 11:17:02

お礼

わかりやすい説明ありがとうございます。
ウイルスソフトが心というのには感銘を受けました。

投稿日時 - 2005-07-19 10:55:15

ANo.17

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回答(51)

ANo.51

#48さんがまとめてくれたので回答しやすくなりました。
工学系の考えから否定派の根拠に対して回答します。


<否定派の根拠>
>(1)認識の主体である「心」が自分自身を認識の対象にすることはできない(自己言及の矛盾)。
ちょっと良く分からないのでパスします。

>(2)心は特別なものなので、人工的に造ることはできない。
人が有機物を使って作ったものはロボットというのか分かりませんが、
分子レベルで人と全く同じものを作り出せばそれは人そのものではないでしょうか?
なぜ心を特別と考えるのかは分かりませんが、人間の脳に心のメカニズムがあるのは確実です。
義手・人工腎臓・人工心臓などは既にできていますから、そこに心がないのは明白です。
脳の一部を損傷させたサルとかの実験てありませんでしたっけ?
行動がちゃんちゃらおかしくなるという・・・

>(3)心のプロセスは論理的なものでないからコンピュータで実現は不可。
>(4)現在の技術は心を取り扱っていないから、現在の技術の延長線上では不可。
>(5)CPU,HDD,メモリをいくら寄せ集めても、心にはならない。
現在のコンピュータ技術ではそうなりますが、
根本的に今までと違うCPUなどを作っているグループもあります。
人間の得意な「パターン認識」などが得意なコンピュータを作ろうとしています。
これができれば一歩人間に近づくでしょう。

投稿日時 - 2005-07-30 02:11:52

ANo.50

この道をいけばどうなるものか
危ぶめば道は無し
まよわずいけよ
いけばわかるさ
ありがとう!

投稿日時 - 2005-07-27 21:34:12

ANo.49

#48です。

では、大変興味ある議論でしたので、まとめさせていただきます。回答された方々のご意見を正しく把握できていない点も、多々あるかとも思いますが、その点については、あらかじめ、お許しいただけますようお願い申し上げます。

<ロボットは心を持ちうるか?>
賛否両論の根拠を下記<肯定派の根拠>、<否定派の根拠>に整理しました。
また、今回の議論から賛否両論が分かれた真の原因は、心を<持ち得る/持ち得ない>の点にあるのではなく、心をどう捉えるかにあると思われます。以下#1、#2は肯定派の考え方です。これに対して、否定派は#3のように考えているようです。

<肯定派の心に対する考え方>
 #1: 心を持っているかのように振舞わせることが可能なら、それは心を持っていると言える。
 #2: 観察者側が、そのロボットに心があると考えて違和感がなければ(例えば友達になれれば)あると考えてよい。
<否定派の心に対する考え方>
 #3: 心があるかのように振舞うことと、実際に心があることは全く別のこと。

従って、この議論をさらに深化させるには、上記#1、#2、#3の考え方の違いを議論するのが良いと思います。

<肯定派の根拠>
(1)論理的でない不合理な判断や、感情もプログラム化することは可能。
(2)物質の塊である人間が心を持つのだから、同じく物質の塊のロボットが心を持ってもおかしくない。
(3)人間は有機物の塊で、ロボットは無機物の塊だが、無機物だから心ができないという理由は見当たらない。
(4)脳と神経細胞の解明ができれば可能。
(5)人間の思考を真似するプログラムができれば、将来は可能性あり。
(6)ウィルスチェックプログラムですら心を持っているのだから可能。
(7)人工知能が「我思うゆえに我あり」を理解できれば可能。
(8)脳と心の働きが完全に解析できシミュレートできれば可能。
(9)「高度なプログラム=心」なので可能。
(10)心は脳の働きの結果であり特別なものではないから可能。
 
<否定派の根拠>
(1)認識の主体である「心」が自分自身を認識の対象にすることはできない(自己言及の矛盾)。
(2)心は特別なものなので、人工的に造ることはできない。
(3)心のプロセスは論理的なものでないからコンピュータで実現は不可。
(4)現在の技術は心を取り扱っていないから、現在の技術の延長線上では不可。
(5)CPU,HDD,メモリをいくら寄せ集めても、心にはならない。

<問題提起>
以下は、議論の過程で挙がってきた問題提起です。

(1)「ロボットに心があるかないか」は偽問題、真の問題は「心を認めるか認めないか」
(2)「心=脳」か?
(3)クオリアが心の重要ファクタではないか?

.......さて、ロボットは心を持ち得るのでしょうか?そして、「心」とは?

投稿日時 - 2005-07-27 20:31:22

お礼

おお!すばらしい!
まとめだ!
感慨深く読ませて頂きました。
後数日で良回答を出して、
閉め切らせて頂く予定です。
皆様有り難うございました。

投稿日時 - 2005-07-27 21:24:12

ANo.48

#47です。

>まさにクオリアの問題に帰結しますね。

クオリアの考え方は、心の外に物質である「脳」があることが前提になっています。そのため、「クオリア=心」とは言い切っていないと思います。

クオリアを論じるとき、クオリアが作り出す仮想世界の豊かさを必要以上に強調しているように見えますが、これは「クオリア=心」と考えるならば必要のないことです(心は元々豊かなので)。

私は、物質が心の外に存在していると考えない方が良いと考えます。物質世界は、「心」から見ると、数値データと数式だけで構成可能ですから、そのようなものを置く場所は、通常我々が考えるような巨大宇宙空間である必要は全然ないと思います。

どういうことかというと、心の一属性として「物質セクション」を想定し、そこに物質世界に関するデータと数式が格納されていると考えます。この「物質セクション」は、人類一人一人の「心」が共有する領域にありますので、客観世界の樹立が可能です。

こう考えることによって、「脳」<--->「クオリア」や「脳」<--->「心」の情報伝達インタフェースをどうするか問題は「論理的」には解決します。

投稿日時 - 2005-07-25 21:41:19

お礼

御説明有り難うございました。

ここで書くのもなんですが、
そろそろ閉め切ろうと思っています。

だれかまとめてくれませんか?

投稿日時 - 2005-07-27 15:44:20

ANo.47

#36です。

>みなさんが心=脳という仮定を絶対のものにしているようですがそれすら疑問に思えてきたのですが。

結論として、「心=脳」ではありません。その説明は以下の通りです。

これもコンピュータ・ゲームとのアナロジーで考えることができます。

コンピュータ本体(CPU+Memory)が「脳」、ディスプレー端末のスクリーンが「心」です。

「脳」はどんなに複雑でも、その中にあるのは物理量だけです。物理量そのものには、色も音も匂いもありません。色、音、匂いを具体化しているのは「心」のスクリーンです。

「脳」の中では、青い空、輝く太陽、新緑の輝き、美しいメロディー、犬の糞、トイレの臭い、恋の悩み.......これら全ては、真っ暗闇の頭蓋骨の中に閉じ込められたデータに過ぎません。これらを具体化するのは「心」のスクリーンです。

これは、コンピュータ・ゲームのスクリーン上で、キャラクタがバトルを行う場合と同様です。コンピュータ本体にあるのは、キャラクタのデータとそのデータを制御するアルゴリズム(プログラム・コード)だけです。データそのものに色や音があるわけではありません。具体的な色や音を生成しているのは、ディスプレー端末です。

従って、「心=脳」かという疑問に対する回答は、以下の通りです。

「脳」は、「心」が色、音、感触、匂いなどを具体化するのに必要なデータを供給する場所ではありますが、「心」そのものではありません。

投稿日時 - 2005-07-22 09:28:13

お礼

まさにクオリアの問題に帰結しますね。
におい、や色や感触をそれとしていききと感じるというのは情報とは異なるという考え方ですよね。
クオリアは心にとって重要なファクターになりそうですね。

投稿日時 - 2005-07-24 01:23:44

ANo.46

>心=脳のはたらきなんでしょうか?
>そこには身体の重要性がかけていませんか?
私は、心の働き≒脳(という器官)の働きだと思っています。
いわゆる魂みたいな存在は仮定しません。
例えば、脳の大部分が損傷したら、思考や感情は損なわれますし、
魂=心と考えるのであれば、脳の損傷は、心の損傷になりませんね。
また、電気刺激で、ある種の感情が呼び起こせるというのも(聞いたことがあるに過ぎませんが)そういうもんだと思います。
心がどこにあるか、と、身体を切り刻んで調べてみれば、
手や足など末端組織を無くした人(あるいは最初から無い人)が心を持っていることを(手足がないことが直接心の損傷になっていないと思われることから)思えば、そういう末端部分は、心の働きにとっては、(あるとしても)ほとんど重要な器官とは思えません。
そういう心の働きの発現がどこを無くしたとき無くなるかというと、やはり脳だと思われます。(詳しく実験してみるわけにはいきませんが)
でもまあ、よく、心臓移植した時に性格が変わる等と言うことも言われるので、そういう身体の中の器官(からでるホルモン?)によって影響する部分もないとは言えないと思います。
身体の中で、心は何処か?と分子サイズまでばらばらにしたところで、見つかりません(と思う)。1つのタンパク質やアミノ酸に心があるかと言えば、無いでしょう?
そういう意味では、バラバラにする過程のどの部分で、心の発現がなくなるか考えると、
心とは、脳の組成(脳の機能の組み合わせ)であると考えて良いかと思います。

投稿日時 - 2005-07-21 23:30:01

お礼

丁寧な説明ありがとうございます。利便的に心=脳の働きとすることで手を打つといったところでしょうか?ですが、先天盲のひとの脳内構造は常人のそれとことなったり手を切断した後では脳の構造が変化するなどは知られていることだと思います。やはり単純に心=脳の働きではだめな気がします。みなさんはどうお考えですか

投稿日時 - 2005-07-24 01:20:46

ANo.45

#22です。

>重要な点は
>そんな日が来るのか来ないのかです。
>来ると思われますか?

 本心を言ってしまえば、少なくとも今の科学技術の延長線上には
心を持ったロボットは現れないです。(条件付で無しですね。)

うまく説明できないので徒然なるままに書きつくろってみます。

 「自分の存在を疑う」・・言葉にすればとっても簡単に書けますが、
いざ自己とは? 疑うとは? と考えると一筋縄では行かないような気がします。
自己をPCにインプットできるのでしょうか? 疑う事をPCにインストールできるのでしょうか?
 
 そう考えるとプログラムにしたがって作業をこなすだけのCPとは次元の違う作業のような気がします。

 また人間自体が人の心を理解していない。理解していないものを作れるか? やはり理解していないものを作ることは出来ないと思います。
  人の心を理解していないから表面的に人の振る舞いを真似るカラクリ人形
  しか人類はまだ作れていないのだと思います。

 また目の前にいる人が本当に心を持っているかどうかなんて確かめ様が
   無いような気がしますが、少なくとも自分本人は心を持っている
   事は疑いようが無いと思うので、やはり心は少なくともこの世に1つは
   存在するような気はします。
   ただその心の仕組みをまだ誰も解明できていないですよね。
   人は腕を動かそうと思えば自在に動かす事が出来ますがそれが
   ものすごく不思議ですよね。動かすつもりが無く、ただ
   本を黙読でもするように心の中で腕よ動けと叫んでも
   動かすつもりが無ければ腕は動かない。じゃ「つもり」って
   何だろう? 

   「つもり」さえあれば心の中で発声しなくても意のままに身体を
   動かすことが出来る。でもつもりは言葉では無いんですよね。
   言葉で無いものをどうやってプログラムするんだろう。

   そんなこんなで今の科学技術の延長線上に心を持つロボットは存在しない。何か今の科学的な常識がガラリと変わるような大どんでん返しのような発見がされないと心のあるロボットは出来ないと思います。

とりとめも無い文章で、段落がめちゃくちゃで読みにくなってしまいました。最後まで読んで頂きありがとうございます。


 

投稿日時 - 2005-07-21 21:11:55

お礼

こちらこそありがとうございます。
心を持つロボットを作る前に
人間側が心がなにかを知る必要があるようですね。
心が何かを知らずに心のあるロボットは作れないような気がします。
それにしても心=脳の働きで本当にいいのでしょうかね?

投稿日時 - 2005-07-24 00:56:05

ANo.44

simってシュミレーションゲームやった頃の話です。

1家に8人までキャラを持てて、彼らの感情バーがいくつかあって、彼らを操作して、常にそのバーが緑に保つようにしていくゲームです。
緑の内は満足しているので、勝手に動くのですが、赤になるとこちらに訴えてきて、人数が増えるほどに指示する回数が増えます。
頭のいい子なら、勝手に腹が減れば食事を作るし、眠ければベッドで寝てくれるのですが、教育の仕方が悪いのか、勝手にやってくれないキャラもいたりして、「ああ うざい」とか思ったりします。

ある時 キャラを操ってネコを2匹手に入れました。
一匹はかわいくてよく私の操作するキャラになつきました。
もう一匹は呼んでも来ないし、私の好きな一匹の方に喧嘩ふっかけてくるし、食事を用意しても、ぐーたらして食べようとしない。
いつもゲージは不満足になっていて、とても手がかかりました。
第一人間キャラと違って、ペットは操作できないので、ややこしい。

優等生のネコ 一匹を養いたかったので、もう一匹のネコを追い出すことにしました。
マニュアルによると、あまり構わないと感情バーがどんどん下がっていって、家出して帰ってこなくなると書いてある。
ネコが腹が減っても食事を与えず、おもちゃも与えないので娯楽ゲージも下がっていきます。
「よしよし もうすぐ家出するだろう」と見ていたが、ゲージほとんど真っ赤になっていっても、家出しません。
このゲームは感情バー全部が真っ赤になれば、死亡するはずです。
それでは と壁でカコって他者と喧嘩するコミュニケーションすら断絶しました。
もう全部真っ赤です。
死にません。
ネコは瀕死になって、ずっと寝ていますが、死にません。
普段いじめられていた猫が反撃して、虐め返していますがされるまま。
普段は野良犬にすら喧嘩ふっかけているが、瀕死なので、逆に犬にいじめられて、ボロボロになっている。
でも死なない。


さすがに私の良心が痛みました。
「ごめんなさい」
わたしは彼に食事を与え、豪華な寝床を与え、トイレを与え おもちゃを与えました。
ぐんぐん感情ゲージが蘇ってきました。

「ああ、ほんと手のかかるネコだし、私のお気に入りのペットをいじめるけど、それで私のお気に入りのペットがグレるわけじゃない。それが示す私への愛情にこたえていけば、いじめられてもすくすくと育つからまあいいか」
   ↑
この感情はもし私がロボットなら持つのかなぁ??って思いました。

投稿日時 - 2005-07-21 08:23:39

お礼

具体的な感情をあげていただき参考になります。
考えさせられました。

投稿日時 - 2005-07-21 19:33:19

ANo.43

お礼文にお応えさせていただきます。
狼に育てられた少年は人間でありながら「人間の心」を持たない存在と言うことになります。
また可愛そうに永遠に人間の心を持つことは不可能であるかも知れません。
我々は他者の身体を通じて自分の身体を認識し、他者の言語を通じて自分の言語を認識します。
猿の子供は鏡の中の自分を見てもすぐに興味を失ってしまいますが、人間の子供は違います。
鏡の中の身体が自分の身体で、他者から自分がそう見えていること、すなわち他者の視線で自分の身体を捉えることを学びます。

そしてさらなる段階、「~~ちゃん」から「わたし」への認識です。
「わたし」が自分の周りにいる他者にとっても「わたし」であることを理解するとき、初めて「わたし」が完全に意味を持ちうることになります。
人間が精神を持つには、このようにまず自己の身体を同定して、そこにアイデンティティーを持たなければなりません。
狼に育てられた少年には残念ながらこの「わたし」はありません。
「人間の心」を待たない人間ということになります。

脳髄は還元できるが、「こころ」は還元できるものではありません。。

ご質問の趣旨が「人間はコンピュータに心を持たせうるのでしょうか?」であれば
持たせえないというのが私の結論になります。

そして他の動物に人間のようなこころが無い以上、こころは特別なものであると私は思います。

投稿日時 - 2005-07-20 20:18:52

お礼

はっきりとした意見爽快でした。
有り難うございます。
心を特別なものと考える姿勢もやはりもっと議論が必要ですよね。

投稿日時 - 2005-07-21 19:28:52

ANo.42

CPUやHDDなど人間とは、違うもので構成されているから
心が無いと断じるのは、論理が欠落していると思う。

クローン人間は、元の人間と遺伝子的に同じものであるから、
もし、オリジナルの人間に心が存在するなら、クローンとして生まれてきた人間にも心があるとするのが普通だと思う。
もちろん、脳は可塑性があり、環境や刺激によって違うモノになるから
映画などの様にクローンがオリジナルと全く同じ意識・性格(心)であることはないが、心を持っているだろうことは想像に難くない。
クローン人間が生まれてからずっとあらゆる刺激から隔絶されてた状態であったなら、そのような心の育成は無かったと考えられると思うが、それを持って心がないとするのは、今の話(心を持ちうるか?)とは違うことのように、思う。
心の保有可能性(?)という意味で、クローン人間も心を持つ(あるいは持ちうる)と思う。

既に述べたが、脳の働きがイコール心の働きであるとする前提に立った上で、
脳の働きがシミュレートできるというなら、その組成物が何によるかは、
問題でないと思う。
逆に、CPUやHDDのような機械で構成された組成物で心が表現できるなら、
人間の心というものは、そうした機械となんら変わりがないといえると思う。
心の動きというものが計算可能かどうかやいつも決定的であるか不決定的(揺らぎがある)かどうかは、心のあるなしとは関係ないように思う。
計算機の動作として、揺らぎを含ませることは可能で、その場合、状況によっていつも同じ動作になるとは限らないということになろうと思う。

投稿日時 - 2005-07-20 14:22:26

お礼

>CPUやHDDなど人間とは、違うもので構成されている>から
>心が無いと断じるのは、論理が欠落していると思
>う。

>クローン人間は、元の人間と遺伝子的に同じもので
>あるから、
>もし、オリジナルの人間に心が存在するなら、ク
>ローンとして生まれてきた人間にも心があるとするのが普通だと思う。


まったく賛成します。私もそう思います。
ですが、心=脳のはたらき
なんでしょうか?
そこには身体の重要性がかけていませんか?

投稿日時 - 2005-07-21 19:25:20

ANo.41

ずいぶんたくさんの方が回答してますね。
私はちょっと違った切り口で答えてみたいと思います。

あらゆるものは、
・人間であるか人間でないかどちらかである。
・心を持つか心を持たないかどちらかである。
というふうに分類されるものとします。

この二つの分類基準によってすべてのものを分類すると、四つのグループができます。

1)人間でなく、心を持たないグループ……空気などの物質、原始的な生物
2)人間でなく、心を持つグループ……議論の分かれるところ?
3)人間であり、心を持たないグループ……意外と皆さん忘れてません?
4)人間であり、心を持つグループ……ここを見ているすべての人はこれでしょう

コンピュータが心を持つとすると、2)のグループになるわけです。
このように、人間であることと、心を持つことを別として考えれば、コンピュータが心を持ったとしても、コンピュータが人間になるということはありません。

また、ヒト以外の動物で2)に当てはまるものが存在するか、というのも重要です。
ミジンコやゾウリムシは間違いなく1)でしょうが、高等な動物、犬や猫、猿、類人猿などはどうでしょう?
「感情」のようなものを持つことは明らかです。
それは心でしょうか?
それとも生存本能と反射に過ぎない?
人間の心と動物の感情を分けるものはなんでしょう?

ここらへんをどう考えるかによって、人工物の「心」の捉え方も変わってくると思います。

3)のグループですが、脳の障害、疾患などによって通常の意識がない人間は、このグループになります。生まれたばかりの赤ちゃんや、重い知的障害を持つ人もこれに入るでしょう。

2)と3)はちょうど対照的な性質を持ちますが、どちらが尊重されると思いますか?

あれ、なんだか私も混乱してきました…。
人間でないものが、人間よりも人間らしさを持つということもあり得る?

投稿日時 - 2005-07-20 13:47:02

お礼

一緒に考えて下さって有り難うございます。
区分分けはわかりやすい手法ですね。
脳の障害という観点も新しいです。
そこらあたりから発展した考えがまとまってくるといいのですが。

投稿日時 - 2005-07-21 19:21:08

ANo.40

すごい数の回答ですね・・。
全部目を通してから書き込みさせてもらおうかと思っていましたが、途中でめげました・・。

私も少し書かせてください。
質問者さんがおっしゃっているように、いつの日か「心」を持つと思いますね。
区別は恐らくつかないですね。
これは、「心」という定義が難しく、人の数だけあるような感じなので、とても捉え難いですが・・。両者で区別がつかなくなれば、やはり特別にはならないでしょうね・・。
確かに「心」って何ですかね・・。興味はありますね・・。
でも、死ぬまでに必ず知っておかなければならない、というものではないと思いますね。
私は、人(動物、植物)が表す考え、行動、活動などが、いったいどっから出て何でそのようなのか、よく分からない部分が多いゆえに、「心」の存在感を高く、尊く感じ、また感動を覚えるのだと思っています。
すみません、ちょっと疲れてきました・・。ここで失礼します。

投稿日時 - 2005-07-20 12:34:43

お礼

まとめていただき感謝します。そして個人的にはかなり賛同する部分が多いです。御意見有り難うございました。また疲れがとれたら続きを教えて下さい。

投稿日時 - 2005-07-21 19:16:56

ANo.39

ロボットに「心があるかないか」を問うのは答えのない偽問題であって,
問うべきは「心を認めるか認めないか」であると考えます。

じつのところ
ロボットどころか他人が心を持っているかどうかさえ
論理的に証明してみせる術はありません。
にもかかわらず
お互いが心を持っているかのように振舞うことで
われわれは社会生活を営んでいるのです。
「心の理論」と呼ばれる行為理解のためのスキーマを共有することで
それが可能になっているというのが近年の心理学の見解ですね。

チューリングテストに合格したロボットに向かって
「おまえは機械だから心などない」と断じるのは「機械差別」にほかなりません。
このような差別をやめられないのも人間の特質ではありますが,
一方でカウンセリングプログラム“ELIZA”のような事例を考えると
われわれがロボットに心を認める日も案外早くやって来るかもしれません。

投稿日時 - 2005-07-20 11:38:53

お礼

確かに議論で心ってなにか?についてまとめないとにつまらないですよね。それに心の定義によってみなさんの回答も多種多様のようですね。
私なりに心を定義せねばならないとは思うのですがちょっとお待ちください。

投稿日時 - 2005-07-21 19:12:50

ANo.38

#37補足です。

人間が作った物 = 中の仕組み・動くルール・将来の行動等を計算で求められる物。
としたら、それには心がない。

心は、計算で分からないものであると思う。
という結果に成るのかな?

投稿日時 - 2005-07-20 08:56:28

お礼

背景には神の存在がなければ人と人意外を区別できないと思うのですがそこのところはどうなんですか?

投稿日時 - 2005-07-21 19:08:56

ANo.37

> ではメールをやり取りしているヒトのクオリアに他者の心が生じていませんか?

クオリアが何か調べてみましたが、よく分かりませんでした。いままでの流れから推測すると、クオリア = 理解度・認識なのか?

CPUやHDDの集合体には心はないと思います。あれはただの金属や半導体ですからね。基本的に人間が作った物には心は無いのでは?
(心のように見せかける = 他の人が心だと思うような電子部品はやはりただの電子部品であって心ではないと思います)

クローン人間にも心はないと思いますが、物理的には人間と同じなので、もっとも人間に似た、心を持っているようにふるまう有機物であるという定義になるでしょうね。

投稿日時 - 2005-07-20 08:48:53

お礼

回答有り難うございます。
クローン人間には心があると思います。
ないといわれる理由がわかりません。
教えて下さい。

投稿日時 - 2005-07-21 19:06:23

ANo.36

#31です。

>全ての事象が心であるという考えにいたった経緯をお教え願えますか?

以下の2点が主な根拠です。

(1)我々が直接的にその存在を確認できるのは「心」に写っているものだけである。「心」に写っていないもの(客観的もの等)は、「仮定」の産物に過ぎない。

(2)我々の脳は「数値データ」としてしかこの世界を把握することはできない。すなわち、この世界は「数値データ」と等価である。

色は光の波長、音は音の振動数、臭い、味、感触は該当する神経への刺激の強度という数値データとして取り込まれ脳に伝達される。すなわち、脳にとってこの世界は「数値データ」以上のものではない。従って、「心」の外に客観的な「物」があると仮定することは、全くあり得ないことではないが、わざわざ事を複雑化しているに過ぎない。

以上のことは、パソコン画面に表示されているゲームの世界の建物や登場人物とのアナロジーで考えることができます。パソコン画面が我々の「心」に相当します。画面上に映し出される建物や人は、我々の「心」に写る実際の建物や人物に相当します。

我々はパソコン画面上の自分をあたかもそこに本物の建物や人間がいるかのように操作して、建物に入ったり、敵をやっつけたりします。しかし、その建物も人物も実体はコンピュータのメモリ上の「数値データ」に過ぎません。同じことが我々の「心」に写る「もの」についても言えます。

以上です。

投稿日時 - 2005-07-20 08:08:17

お礼

解説ありがとうございます。
良く分かりました。
また質問で悪いのですが、
みなさんが心=脳という仮定を絶対のものにしている
ようですがそれすら疑問に思えてきたのですが。

投稿日時 - 2005-07-21 19:01:55

ANo.35

再度#17です
あなたは、キャンパスのベンチで空一面が赤いという生まれて初めてクラスの特殊な天文現象を見ています。その夕焼けをバックに赤いワンピースの美女が自分の方へ向かって来るのが見えました。網膜に新しく加わった情報は、電気信号に変えられ、後頭部だの新皮質だの回りくどい経路を、新幹線の約2倍というとてもゆっくりしたスピードで海馬へやってきました。
海馬と扁桃体は、10TBという地球シミュレータよりずっと少容量の脳から関連する情報を集めます。しかし、これまたずっと低容量のメモリでもある海馬は、先入先出法などによっていろんな情報を落としてしまいます。美女のみに関しては、美メスを見たチンパンジーの脳が集めるのとほぼ同じような情報でしょう。それ以外は、服や夕焼けの赤、そこから抱いていた昨日観たテロ現場の映像やらかなり個人的でかつ非論理的な情報が結合されました。この情報検索システムは、OKwebよりチェーニングの確実性も件数もスピードもずっと低能力です。
また、人類得意のパターン認識によって、この美女は好意的な表情であり、視線は合っているので経験則からこの後コンタクトがありコミュニケーションが開始されることを容易に推測します。これらの情報から扁桃体は感情を制御を始めます。恐らくこれらの情報から、ある種の期待・不安・恐れといった「心」ができあがっています。ここでどんなことが起きるかは、私の能力では不明ですので省略、とにかく何らかの曖昧な結論を出します。その結論により、アドレナリンだか何だかのホルモンを各部へ送り準備を進めます。結果心臓はバクバク、頭はCPUを使いきるほどのマルチプロセッシングを開始。髪型も気になる、社会の窓は大丈夫か?、美女の最初の発声は「スミマセンが・・」かも知れないし「あなたは神を信じますか?」かもしれない。それぞれに防衛や反撃システムも準備開始です。。。

というようなことが難しいでしょうか?いや、難しいのですが、ゴールは見えなくもない気がします。10TBの容量は無機質ハードでは困難かもしれません。蛋白質による分子レベルでの集積度UPを図るしかないかもしれません。少なくともプログラムは、そう高度ではないようです。

参考URL:http://allabout.co.jp/study/itqualification/closeup/CU20031219A/index2.htm

投稿日時 - 2005-07-20 00:44:41

お礼

なるほど。実現可能というわけですか。
実現可能性に関する明確なお答え有り難うございました。それを待っておりました。

投稿日時 - 2005-07-21 18:58:03

ANo.34

うまく書けないので、例を考えてみました。
ヒントは地球シミュレーターです。

以下ハードウエア構成のコンピューターがあるとします。

心君1号:
(1) CPU 65536個
(2) HDD 256台
(3) メモリ 16TB

天才的なプログラマが居て心を表現するプログラムをプログラミングしました。
それを知らない人が心君1号と電子メールで対話すると人なのかコンピューターなのか区別できません。
(つまり人間を完全にシミュレートしたとします)

で、心君1号は、(1), (2), (3)でできています。これには心があると言えるのか?
(1), (2), (3)の小さいのは我が家にもあるんだけど、それは心がない?電子デバイス数がある程度増えると心になる?

-----------------------------------------
(1), (2), (3)には心はない。→ 工業製品のロボットには心がない。と思います。

投稿日時 - 2005-07-19 22:54:47

お礼

メールのやり取りをしているヒトにとってはこの心君1号は心を持っているように感じるわけですよね。ではメールをやり取りしているヒトのクオリアに他者の心が生じていませんか?

投稿日時 - 2005-07-20 00:15:21

ANo.33

心のプロセスは論理的なものではない(分裂症的)し、他者との関係(とりわけ幼少時の母親との関係)で成り立ってゆくものなので、一般的な常識人の「心」をコンピューターに持たせることは不可能だと思います。

投稿日時 - 2005-07-19 22:19:57

お礼

ちょっとこの意見を聞いておもしろいことを考えたのですが。オオカミに育てられた少年は人間の心は持っていなかったのでしょうかね?

投稿日時 - 2005-07-20 00:09:25

ANo.32

#25>そんな日は来るんですか?
脳の神経細胞のシミュレートは、なかなか良いところいってると思いますよ。外界との"刺激"との接続(インターフェース)はどうするかは、さておくとしても、細胞に比べて、機械的な"神経細胞"というのは、今のところかさばりすぎるということです。
大量の年々縮小化、大容量化することを思えば、そう遠くない未来には、外付けの脳(ビルの1フロアぐらいの大きさのもの)ぐらいはできそうに思います。

投稿日時 - 2005-07-19 19:44:56

お礼

ありがとうございます。
そんな日が来るんですかね。
驚きです。

投稿日時 - 2005-07-20 00:07:01

ANo.31

あらためて考えてみたんですけど、我々にとって存在するものは、所詮「心」だけなんですよね。「心」以外のものがあるなんていうのは、単なる便宜的なアイデアに過ぎない。

だから、ロボットなんかは、「心」の中の小さな部分事象に過ぎない。ロボットが「心」を持つと言う事は、部分が全体を包含するということになるから論理矛盾ですね。

ということで、結論は、「ロボットは心を持つことは出来ません」です。

なんか議論を変な方向へ持って行ってしまい済みませんです。
平にお許しを..... m(。-_-。)m ゴメンナサイ

投稿日時 - 2005-07-19 19:16:39

お礼

おもしろい考えですね。全ての事象が心であるという考えにいたった経緯をお教え願えますか?

投稿日時 - 2005-07-20 00:02:09

ANo.30

心を神や魂などと関連付けて考えるのであれば、心理学ではなく哲学ですね。カテゴリー違いのような気が…。

投稿日時 - 2005-07-19 13:16:51

お礼

そこをなんとか心理学の範囲で語りたいのです。

投稿日時 - 2005-07-19 23:56:58

ANo.29

そういう意味では私は心は特別なものだとは考えません。

ニーチェが神の死亡を確認していますから。

投稿日時 - 2005-07-19 12:20:09

お礼

議論が哲学の方向に完全に流れていますね。
まあそうなんでしょうね。
うーーん。なんか私はまだ考えてしまいますね。

投稿日時 - 2005-07-19 13:01:40

ANo.28

No20kaitaradouです。(認識)主体というものは認識の対象にならないからこそ主体でいられるということです。人間は言葉で主体などと表現しているので主体も認識の対象にできると錯覚してしまいます。主体というものは客体からの情報によって変更されては存在できません。主体を客体として扱おうとすると主体は変更されてしまいますから、主体の客体化は原理的に禁止されているはずです。しかし主体の存在を認識することは可能です。このことが自我意識(=自己同一性の認識)を可能にしています。しかし主体そのものの分析的認識は不可能であることには変わりがありません。別の表現をすれば主体が客体化されてしまえば認識の自覚そのものが存在の根拠を失ってしまいます。これは暗闇とは何かを光を当てて調べるようなものです。コンピュータにわけの分からない回路を作ってそこに心があるとすればよいと言うのはこういう意味です。すなわち心があるコンピュータとは欠陥製品のことだと思います。

投稿日時 - 2005-07-19 12:13:56

お礼

丁寧な説明有り難うございます。私なりに理解したつもりです。

そろそろまとめたいのですが、なんとかなりませんかねこの質問。

投稿日時 - 2005-07-19 13:04:06

ANo.27

>心はやっぱり特別ななにかなんでしょうか?

特別な何かとは何でしょう?

投稿日時 - 2005-07-19 11:52:11

お礼

うーーん難しいですね。
あえていえば神のような物理世界では説明のつかない現象を統べてひっくるめて特別なと付けたつもりなんですが、、、
自分でも曖昧で申し訳ないと思う次第です。
があえていえば神ですかね。

投稿日時 - 2005-07-19 12:07:09

ANo.26

私は高度なプログラム = 心 だとおもいます。
人間のする行動は一般的に言えば限られていると思います。
それを樹形図のようにプログラミングしていけば可能だと思います。

投稿日時 - 2005-07-19 10:17:01

お礼

行動主義ですね。でもそれって限界がありませんか?

投稿日時 - 2005-07-19 10:50:33

ANo.25

もし、人間の心(脳)の働きが完全に解析できて、それを、機械的なものでシミュレートすることができるということになったら、
その時ロボットは心を持っているということになるでしょう。
その場合、人間の心とロボットの心は実質区別がつきません。(組成はちがうにしても)

もし、心というものを人間の心のシミュレートに頼らない方法で実現しようとするなら、言わば別の進化をたどった動物のように(例えば犬にも心があるとするような)、やはり心を持つということになろうかと思いますが、
その場合は、人間の心と同種のものかどうは判別がし難いということになろうかと思います。その場合、そもそもそれを心というのかどうかというところがまず問題になるような気がします。(言ってみれば何らかの反応を示すようなものでも心があるということにもなるかと思います)

投稿日時 - 2005-07-19 02:46:48

お礼

>もし、人間の心(脳)の働きが完全に解析できて、そ>れを、機械的なものでシミュレートすることができる>ということになったら

そんな日は来るんですか?
そこも実は結構知りたいところです。
もしお分かりでしたら教えて下さい。

私の直感では来ない、です。

投稿日時 - 2005-07-19 11:02:44

ANo.24

#10です
>自分が自分であるという意識は心の根幹にかかわってくると思うんですが、
>それはロボットには持ちうるのですかね?

 どうでしょう。
 仮にロボットではなくとも、記憶を共有し、体の部品を取り替える事ができる。思い出となる傷でさえ、そのまま受け継がせる事ができる生命体が、自分が自分であると認識するのか。もし「自分達である」と認識するとしたら、ロボットの場合、人型と動物型で服の違いや車の違いといった以上のこだわりを持つのかどうか・・・
 人間は電話で話すのと手紙を交わすのと直接会うのとでは感じが違いますが、根幹は同じです。ネットワークの媒介としてのロボットには自分を自分であると定義する必要性が存在しませんから・・・

 「持ちうるか」というのが現実性ではなく、ただの可能性としてであれば可能であると思います。上記の要件を満たさず、パーツは修理に出しても交換はしない。同型機が見た映像も表現されたものを視覚を通して認識しなければならない。そんな唯一性や孤独を与えれば、自己を定義する必要が得られるでしょう。

投稿日時 - 2005-07-19 01:21:44

お礼

ありがとうございます。
では仮に可能性がみたされた場合。

クオリアも機械に生じると考えていいのでしょうか?
そこの点が分ると面白いです。

また可能性がみたされる日は来るのですか?
私は来ないのでは無いかと思っています。

投稿日時 - 2005-07-19 11:05:47

ANo.23

例えば知覚の換喩作用なんかどうなんでしょう。

非論理を論理的に処理できるのでしょうか?

投稿日時 - 2005-07-18 16:11:25

お礼

すいません。わかりません。もう少しお話していただけませんか?

投稿日時 - 2005-07-19 11:06:45

ANo.22

 (1) 疑う事
 (2) 自己の定義

(1)と(2)をしっかり出来る人口知能が出来れば、心は出来るのかも知れない。

  ~~自分の存在を疑っている自分の存在を疑う事は出来ない。~~

人口知能がこの言葉を理解した時、心を獲得した事になるんだろうか?
 
       いわゆる我思うゆえに我ありです。

投稿日時 - 2005-07-18 15:13:01

お礼

有り難うございます。
非常に簡単な定義ですね。
どちらかといえば哲学的な気がします。
わたしもそれでいいのかなとおもったりもしますが、
重要な点は
そんな日が来るのか来ないのかです。
来ると思われますか?

投稿日時 - 2005-07-19 11:09:15

ANo.21

> 相手が機械か人間かわからないほどに進化したロボット
> では上記の反論は成り立たないと思う

そう進化させたのは人間であって、ロボットは人間が作った物です。ただの機械です。心があるような振る舞いをさせるようなプログラムを持っているだけです。再度書きますが、相手はただの精巧な機械です。

高度なプログラム ≠ 心
ですよ。高度なプログラムは、心があるように見せかけているだけです。つまり、それを見る人をだましているんですよ。

クローン人間はどうか分からないですが、ロボットという工業製品には心はありません。

投稿日時 - 2005-07-18 14:34:34

お礼

こちら側の意見も大変興味深いのですが、
だます、とおっしゃられているところなんですが、
完全にだましきったとしても心にならないわけですよね。そこらへんが哲学的で面白いのですが。
もうそうなると神しか区別できないわけですよね。
じゃあ神様がいるってことを前提にしないと心は存在し得なくなりそうな気がしてしまうのですがどうでしょうか?

投稿日時 - 2005-07-19 11:15:35

ANo.20

No2kaitaradouです。あなたの言う投機というのは主体としての認識という意味でしょうか。認識の主体そのものは投機の対象にならないから主体で居られるのでもし投機(=認識?)の対象になったら自己同一性の認識と同じことである自我意識も消滅してしまうと思います。

投稿日時 - 2005-07-18 13:55:56

お礼

大変おもしろそうなお話ありがとございます。
投機とは主体としての認識ですね、はい。
論理の後半部分についていけません、もう少し
フォローしていただけると助かります。
バカですみません。

投稿日時 - 2005-07-19 11:12:11

ANo.19

返信頂きありがとうございます。初投稿なもんで、あまりのレスポンスの速さに驚きました。

> クオリアが人の心を心たらしめているという考え方は間違いですか?

間違いかどうかはわかりません。仮説です。歴史が証明するでしょうね。

ちなみに、他の方が言われた通り認識のニューロン原理は根拠が理解しづらいように感じます。
(それならば統計学的根拠に基づく認知心理分野の基礎理論を参考にされるほうがいいかもしれません。あくまでも感想です。)

根本的な質問をさせて頂きますが、「心」って概念を作り出しているのは質問者あなた自身ですよね?
「物理世界」も「特別な存在」も。
聞いたわけではないのでわかりませんが、たとえば元素単体に「心」はありますか?
時間に「心」はありますか?
私は無いんじゃないかと思います。
しかしそれらが集合し「人間」を構成し、その概念を表象できるようなメカニズムを持たせるようになっているのがすばらしいことだと思います。
(現時点では)「まさに神の領域」
(因みに無宗教ですので、勧誘など致しません..)

> 心は物理世界において特別な存在か、それは人間の心だけなのか..
私なりに回答するとすれば、物理世界に存在するものに「心」が含まれているのであり、特別でも何でも無いと思います。
また逆に「人間」は物理世界に含まれています。
「宇宙は1つ」ってのがわかりやすいかも。

たぶん人間の悪い癖でしょうが、認知した情報を概念として記憶する際、領域を設定しないと概念が成立しないと言うことがいえると思います。「心」が持つ意味もそれぞれの方によって範囲も、感覚も違うと思います。

直接的な回答ではないかもしれませんが、お伝えしたい事は理解頂けましたでしょうか。

投稿日時 - 2005-07-18 13:05:42

お礼

ありがとうございます。
心は哲学や心理学がうんだ幻想とでもいったところでしょうか?

投稿日時 - 2005-07-19 11:00:35

ANo.18

>いわゆるクオリアとの関係で心は心たらしめられるという考え方はどうなんでしょうか?

どうなんでしょうね。脳の働きをニューロンレベルで考えている時点で、私にとってはアウトなんですが。ニューロンに記憶を蓄えると考えると記憶容量が足りないらしいですよ。

投稿日時 - 2005-07-18 11:22:50

お礼

ありがとうございます。なるほど。不思議ですね。
心はやっぱり特別ななにかなんでしょうか?

投稿日時 - 2005-07-19 10:57:03

ANo.16

> コンピュータが進化してあらゆることが可能になったとして、

この時点でロボットと人間の区別はありません。
質問者がイメージされているロボットの概念が曖昧な為十分な回答はできませんが、仮に人間と同等なメカニズムを実現できたとするならばそれは現在あなたの理解している概念としての「人間」と同一のものとなります。

> 人間はコンピュータに心を持たせうるのでしょうか?

コンピュータが人間と同じメカニズムを持っているのですから、持たせうるんではなく、持つようになります。

> そもそも人間の心って特別なものなんですか?

未知なものであるが故、「特別」という概念が表象されるのだと思います。この「特別」という概念もあなたの心が決めているんですよね。
あまりにも高度なメカニズムによって「心」が生まれているのですから、人間でも人間の事がわかりません。(現時点での私達では)

余談ですが、先日、抑鬱状態のセロトニン仮説の講義を受けました。現在の人間は、所詮この程度です。自分の仕組みさえわかっていません。

人間のメカニズムは(現時点において)科学では全容解明できていないですよね。そこの部分を補う為に、宗教などが存在しているのでしょうね。

ついでに、質問者はマトリックスを観てのイメージがあるようですが、これは現時点の人間(作者)が表現手段としての映像作品に出現させるロボットの概念を作り出し、要素を与えた個体としてのロボットであり質問のロボットとは異なります。

投稿日時 - 2005-07-18 10:46:43

補足

クオリアが人の心を心たらしめているという考え方は間違いですか?

投稿日時 - 2005-07-18 11:03:32

お礼

丁寧な解説ありがとうございました。願わくば、心は物理世界において特別な存在か、それは人間の心だけなのか、についてもお話をお聞かせください。

投稿日時 - 2005-07-18 11:00:06

ANo.15

心を特別なものと考えるか、そうでないと考えるかは人それぞれなので、わかりません。人それぞれの好みの問題だと思います。私自身は、心を特別なものであるとか、そうでないとか考えたことはないので。

私は、心は記憶を蓄積された大脳の働きだと考えています。これは今現在の科学の一般的な見方だと認識しています。

私は、脳は入ってくる情報を能動的に処理するのではなく、情報が自主的に自己処理する場を与えているにすぎないと考えています。その場が記憶であり、
その蓄積された記憶の働きが心であるということです。心というのは単に現象につけられた名前であると考えています。

なにかに名前がつけられたからといって、そのものが存在するとは限らない。霊、魂、河童、竜、麒麟。

投稿日時 - 2005-07-18 10:27:28

お礼

いわゆるクオリアとの関係で心は心たらしめられるという考え方はどうなんでしょうか?

投稿日時 - 2005-07-18 11:02:14

ANo.14

J.P.ホーガンの小説に、”造物主(ライフメーカ)の掟”があります。これは、ロボットが繁殖する世界を書いています。ロボットを動かすプログラムに一尾損傷があるため、両親は子に、自分のプログラムを半分ずつ与える・・・。そんな設定です。オリジナルのプログラムが一部欠けたり、誤ったコードになったりして、個性が出ている、という感じですね。
また、別の小説では、”有機生命体は、より完全な機機械生命体を生み出すための手段”みたいな表現がありました。

コンピュータ、人間の思考を真似るようなプログラムを作成し、また経験による記憶に基づいて動作する、となると、同じプログラムを元にしていても個体差が出てくるでしょう。更に、自分のプログラムを書き換えられる、ハードウェアを変更するようになれば・・・、などと考えてゆけば、心のようなものを持つことも可能では、と感じます。

そうなったとすれば、人の心とロボットの心との間に明確な違いはあるのか? 私は、ないのでは、考えます。
人間の神経細胞の働き、そんなに複雑なものではなさそうです。それが非常に多く集まり、心が生まれるとすると、単純な命令/論理回路が多く集まり、心を生み出すことは可能のように思えます。

本当に人工的な心を持つものが可能かどうか、これは現時点では少なくとも存在しません。でも、将来的に出てきたなら、ということで考えてみました。

心として認められるなら、当然、ロボットにも法律が適用され、人権が認められ、当然刑罰も・・・? 

投稿日時 - 2005-07-18 09:21:52

お礼

ありがとうございます。ロボットと人間の心に差は無いですか。であれば、人間とロボットが共存か戦いの道を選ぶ日が来るのでしょうかね?ロボットを押さえつける権利は人間が持っているのでしょうか?興味深く読ませていただきました。

投稿日時 - 2005-07-18 09:58:41

ANo.13

ブレード・ランナー
原作:『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』作者フィリップ・K・ディック
この本の中の世界でしょうね。
映画は1982年製作ですが人間の脳ミソとその他神経組織の解明でもできたら何か出来ると思います。
こんなSF的なモノは映画、アニメを鑑賞するとイメージが湧いてくると思います。

カテゴリー違いならすみません。
参考までに。

投稿日時 - 2005-07-18 08:56:03

お礼

アドバイスありがとうございます。
映画といえば、マトリックスを考えました。
あれでプラグにつながれている人間の心は
ある意味で機械なわけですよね。
でも人間の心にはちがわないみたいな。
私はそこら辺が非常に曖昧だなとよくかんじるのですが、
人間とロボットの心の差ってなんなんでしょうか?

投稿日時 - 2005-07-18 09:54:53

ANo.12

> 表面的に心があるかのように反応することは
> 立派な人間の心の一部ではありませんか?

それは偽装というか、あたかも心を持っているように振る舞っている・見せているだけです(コンピューターならプログラムがそうさせている)。
それを本当と勘違いするのはまずいです。相手はただの精巧な機械ですよ。

投稿日時 - 2005-07-18 08:39:56

お礼

相手が機械か人間かわからないほどに進化したロボットでは上記の反論は成り立たないと思うのですが、いかがでしょうか?

投稿日時 - 2005-07-18 09:52:05

ANo.11

一緒に考える事には、賛成です。

ただ、お伽噺はお伽噺です、分析しても不毛でしょう。

お礼で、質問がありましたが、
心は発達すること、つまり、赤ん坊は完成した「心」を
もって生まれてくるわけではないようです。
この辺りは、遺伝説とか生得説とか折衷説とかは、ギブアップ。

それと、感情のような受動的な反応を「心」に組み込むか、
脳の中にはいまだに見つからない、能動的部分を「心」と限定するか、
難しい問題です。

私の作ったお伽噺は、生得説と能動性を重視しています。
これで考えてみてください、正否を問うのは不毛です(笑。

朝から暑すぎ、それでは失礼します。暑い暑い。

投稿日時 - 2005-07-18 08:33:42

お礼

ありがとうございます。また是非議論に参加してください。

投稿日時 - 2005-07-18 09:50:25

ANo.10

コンピューターに関してはあらゆる事ができるとして考えるのですね。
持たせる事はできると思います。ある意味では。

1)観測者の側の問題だと考えます。コンピューターが実験の対象としてではなく、子供がそうするように人間かどうかを問わずに友達となった時、そこで人が心を感じたら心を持ったといえるのでしょう。
2)人が心の存在を感じた時に、心は存在すると決定する。その時、区別の問題はどうでも良くなっていると考えます。子供にとって「トモダチ」である玩具の材料が気にならないように、その機械=心を持っていると確かに思える存在が人間ではない事が気になるなら、人は目元に刺青でも付けるでしょう。
 個人的には、影武者等の目的のために識別可能な人間との境界はどんどん取り除かれていくだろうと思うので、境界線上に多数の例外をもつ区別は無意味だと思います。
3)うん? ここでは「動物の心」とかもあると考えて良いのでしょうか?
 あるなら間違いなく特別です。人間は命を取捨選択します。放っておけば絶滅する種族を救おうとする心なんて、人間以外が持っていると聞いた事がありません。
 無いならちょっと難しいです。コンピューターの心と区別しようにも、コンピューター独自の心の存在を知りませんから。比較対照が無ければ区別もできない。そう考えると特別で良いと思います。コンピューターが心を持ったとき、それが人間に比べて遜色ないものであったなら素直に認めればいい。少なくとも良く知りもしない物を相手に自分を下に位置づける必要はないと、そう思います。だから、誰よりも下ではないという意味で、特別。

 )一度自分に心があると思ったなら、後はそれを育てていくのは本人達でしょう。心がどれだけの機能を持つようになるかは、彼ら次第だと思います。

投稿日時 - 2005-07-18 08:21:05

お礼

ありがとうございます。
投影する心については私も同意権です。
ですが、やはり自分が自分であるという意識
は心の根幹にかかわってくると思うんですが、
それはロボットには持ちうるのですかね?

投稿日時 - 2005-07-18 09:48:54

ANo.9

あなたは、"C,H,O,その他の元素の塊"ではないのですか。

投稿日時 - 2005-07-18 08:12:07

お礼

それはそうですが
私にはあまりにも還元論に聞こえてしまいます。
人の心は特別なものではないのでしょうか?

投稿日時 - 2005-07-18 09:45:53

ANo.8

現在のコンピュータ技術・ロボット技術は、センサーを通して外界から情報を入手し、その情報を情報処理装置により処理・判断し、アクチュエーターを通して外界に働きかけるという発想でできていると思います。

全て物質に関する情報と制御に関する技術だけで構成されており、心に関する技術は全く考慮の対象外です。従って、現在のコンピュータ技術やロボット技術がどんなに発達しても、ロボットが心を持つことはないと思います。

もちろん「見かけ上」限りなく「心を持っているかのように」見せかけることはできますが、それは、実際に心があるということとは全く別のことです。

では、ロボットが絶対心を持つことがないかと言えば、そうとは言い切れないと思います。それは、将来、今のロボット技術とは全く違った次元の「心」の科学と技術が確立すれば、「心の技術」と「物の技術」の融合により実現の可能性はあると思います。

私は、「心」は、「事」の範疇に属するものと思いますが、そのような「事」を有らしめている原理は、人類にとって、未だ全く解明不能なものとしてそこにあると思います。これを解明するには、もう一度「物」は本当にあるのかという次元での根本見直しが必要だと思います。これだけ、コンピュータによるバーチャルな世界が現出されている今、未だに「物」がそこに「客観的に存在しているのだ」的な固定した認識を持つ必要はなくなって来ているのではないかと思います。

投稿日時 - 2005-07-18 07:59:14

お礼

ご返答ありがとうございます。
私は個人的には見かけ上の心も心だと思うのです。
どうでしょうか?

投稿日時 - 2005-07-18 09:43:59

ANo.7

出来ません。

ロボットの心と人間の心を、同じ心と考える場合、
人間の心が、どのようなものか、考えねばなりません。

昔々のお伽噺
ナトリュウムイオンの電気信号が、脳の中に充満する生命が
進化の過程で、数を増し、生命連鎖の頂点まで辿り着きました。

だれも、心などもっていませ、しかし、一部の仲間は協力し合い
一部のものとは、敵対しあう中で、偶然の中から
他者の意識と他者の意図の存在に気が付き(錯覚)ます。
同じような身体をした他者に心があるようだ、
きっと自分にも、心はあるのだろう。

ロボットの心は、人間には作れません、ロボットが作ります。
以上、無責任なお伽噺です。

PS#1さま、参考になるページ有難うございます。
メィンではなく、脇の、フラクタル経済学、探していました\(^o^)/。

投稿日時 - 2005-07-18 07:00:03

お礼

ラディカルで面白い考えですね。感動します。
他者の意図の存在はどこから生起するのですか?
心以外の行動からですか?
他者の意図に気がつくメカニズムこそが心ではないのですか?

投稿日時 - 2005-07-18 07:05:13

ANo.6

"C,H,O,その他の元素の塊"が心を持っているですが。

投稿日時 - 2005-07-18 06:55:26

お礼

ここで定義されている心ってなんですか?
元素の塊が心をもっているとはどんな風に証明できたのですか?無知ですみません。

投稿日時 - 2005-07-18 07:01:19

ANo.5

とんでもなく難しい技術ではあるけど
人間の脳も有機物質で出来た電気回路だから、無機物で同じ物を作るのもある意味可能なのかもと思ってます。

情報量が膨大だから今は出来てないけど、回路の量的問題をクリアすれば、残るのは有機か無機かの違いだけなんで、
気分的には複雑だけど、それは自分らの脳と一緒かなと思っちゃいます。

投稿日時 - 2005-07-18 06:33:25

お礼

すいません、有機、無機の違いがどれくらいのものなのかを教えていただけませんか?そしてなにが困難なのかを教えていた抱けると助かります。

投稿日時 - 2005-07-18 06:43:58

ANo.4

C,H,O,その他の元素の塊が心を持っているとされているのですから、ロボットが心を持つことも可能なのではないですか。そのときに人間の心とロボットの心は区別できないし、区別すべきではないと思います。

投稿日時 - 2005-07-18 06:33:10

お礼

ありがとうございます。
ですが、C、H、Oが心を持っているというのは初耳です
良かったら説明していただけませんでしょうか?

投稿日時 - 2005-07-18 06:41:51

ANo.3

心を、理屈や理性で計りきれないものだと仮定して
そう見えるプログラムを組むことは可能です。
たとえば、同胞の故障廃棄処分に泣くプログラムや
自暴自棄になるプログラムも可能でしょう。

それを感情ととらえ、同情することも可能でしょう。
しかし、プログラムとして無視することを
倫理上問題とすることは無いと考えられます。

アトム派生作品で連載中の
"PLUTO"は、その辺おもしろいですね。

投稿日時 - 2005-07-18 06:13:30

お礼

ありがとうございます。
やはり投げかける側つまり投機する心は機械にも存在しうるのでしょうね。
アイボをかわいがっている人がいることからしても既にそういう意味での心は機械に備わっているのかもしれませんね。では自己認識、自我境界、簡単にいってアイデンティティは機械は持ちえますか?

投稿日時 - 2005-07-18 06:25:22

ANo.2

心を認識の主体であると考えると認識の主体は、認識の対象にならないと思います。つまり認識の主体は存在する事は確認されても、その本体(本態?)が何かということは了解不可能なものだと思います。了解不可能ということは人間が作った回路に即して考えると何をやっているのか分からない回路ということになります。これはロボットとしては不完全なものと考えられます。人間は自分が作ったものから心を消し去らないと安心できないのではないでしょうか。仏像だって完成したものには人間が制御できる胎内仏を収めるようです。逆にさかのぼれば人間の心も存在する事は分かりますが、それは何だか分からないからこそ、認識の主体になっているのではないかと考えています。養老孟司さんは。これを人間の脳における自己言及の矛盾と呼んでいるのではないでしょうか。人間は原理的には何でも理解の対象に出来るはずですが、唯一原理的にそれができないのが(自分の)心ということではないでしょうか。それでは他の人の心はわかるかというと、客体化されたもの(教養とか才能とか作品など)を通してその存在はにんちできますが、その心自体は何かというと、やはりわからないということにならないだろうかと思っています。

投稿日時 - 2005-07-18 05:57:39

お礼

議論がずれていたらすみません、考えたことを書きます。
了解不可能なものは他者の心でも機会の心でも同じですよね。他者に向けられた言ってみれば投機する側の心は機会にも他者にも存在する。そうすると自主、アイデンティティというところが問題になってくる気がするのですが違いますか?

投稿日時 - 2005-07-18 06:19:43

ANo.1

まずは
http://www.maeno.mech.keio.ac.jp/Maeno/consciousness/
が参考になるかな?

私の予想では、ロボットに心のような物を持たせるのは可能だと思います。ようなものというのは、表面的に心があるように反応するロボットです。しかし実際に心があるわけではありません。

人と同じ心をロボットに無理に持たせると、問題が起きるので、「心のような物」でとどめておくのがよいと思います。

投稿日時 - 2005-07-18 04:59:32

お礼

早速の回答ありがとうございます。
一つ質問があります。
心のようなものとは何ですか?
表面的に心があるかのように反応することは
立派な人間の心の一部ではありませんか?
そう考えると議論が複雑になりますが。

投稿日時 - 2005-07-18 06:14:56

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